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早乙女アルト予備役大尉の平穏は、妻の一言で打ち砕かれることになった。
自宅の居間、ソファに座って寛いでいるところに背後からシェリルの腕が肩を抱く。
「ねえ、アルト
シェリルが耳に心地良い声で囁いた。
「ん?」
「買物の時に聞いたわよ、メロディから……公衆の面前で、あの子のことをションベンタレと言ったんですってぇぇぇ」
シェリルの腕が喉に極まって、アルトは呻いた。
「ぐ……う、ま、待て……あ、あれは」
「何よ?」
シェリルの腕が緩んだ。
バルキリー乗りとして大切なことを伝えようとして、だな…ぐぇっ」
シェリルの腕が首を絞めた。
「どこの世界に戦いの真っ最中に赤ん坊時代の話を持ち出す敵がいるのよっ」
「……!」
アルトシェリルの腕を叩いてタップ(降参)の意思表示をした。
ようやくシェリルの腕が緩んで、アルトは深呼吸をする。
気がつくと、目の前に私服姿のメロディが立っていた。
「お父さんのおかげで、今、私、隊内でなんて呼ばれてるか知ってる? ベイビーとかベーベとか、赤ちゃん呼ばわりよ!」
メロディはかがみこんで、アルトの胸に人差し指を突きつけた。
「う……す、すまん」
シェリルが判決を申し渡す裁判官よろしく、重々しい声で告げた。
「責任取りなさい、アルト」
メロディーもたたみかける。
バルキリー乗りの責任の取り方はご存じでしょう?」
「判ってるさ」
アルトは頷いた。これは、もう一度ぐらい、血反吐を吐く覚悟をしておいた方が良さそうだ。

「今回は得難い機会だ、しっかり学ぶように」
統裁官の役割を引き受けた少佐は、ブリーフィングルームで演習に参加するスフィンクス小隊の面々に訓示した。
「各自、自己紹介を」
深いブルーの髪をベリーショートにした女性士官が立ち上がって敬礼した。髪の色と外向きに上端が尖っている耳朶の形から見てゼントラーディの血を引いているらしい。
「マリーリ・モラミア中尉です」
黒髪のロングを背中に流している東アジア系の女性が敬礼した。
「青木美紀少尉です」
明るい金髪の女性士官が立ち上がった。アルトより身長が高い。
「ウルスラ・クリステンセン少尉です」
最後に立ちあがったのは、小柄な黒い肌の女性士官だった。良く弾むボールのように活発な印象がある。
「タチアナ・ウェック少尉です。あの、アルト大尉、後でサイン頂いてよろしいでしょうかっ?」
「ウェック少尉」
少佐はタチアナをたしなめてから、アルトに向かって頷いた。
「うちのジャジャ馬どもを、よろしくお願いします」
階級では少佐の方が上だが、アルトの実戦経験に敬意を払って言葉使いは丁寧だった。
アルトは軍礼則に適った敬礼をした。
「微力を尽くします」
「大尉のように、豊富な実戦経験を積んだ方と対戦する機会は、そうあるものではありません。この前の、メロディ・ノーム少尉とのシミュレーション記録も拝見しました。実戦の勘は、衰えていらっしゃいませんね。胸をお借りします」
少佐は固く握手すると、管制センターへと向かった。

バルキリー乗りにとって、空戦の腕が第一。
相手を黙らせようとするなら、空で決着をつける。
今回は、メロディとアルトでチームを組む。対戦相手はスフィンクス小隊4機。使用するのは実機のVF-31。武器はペイント弾と呼ばれる模擬砲弾と、模擬戦モードで出力を弱めたレーザー機銃だ。
戦場は、低緯度地帯にある南海の孤島に設定された訓練空域。

基地から飛び立ったアルトとメロディは、スフィンクス小隊とは別の経路をたどって訓練空域に向かった。
「あの、青木少尉がメロディに突っかかってるだろ?」
メロディは目を丸くした。
「なんで判ったの?」
両親に、そんな内容の話をした覚えはあるが、青木少尉の名前までは出していない。
「髪の長さが同じような感じだった。何となく対抗意識を燃やしているんじゃないか……顔立ちも東洋系だしな」
「そ、そうなの? 他に何か気づいたことある?」
アルトは少し考えた。
「小隊長は要注意だな。ゼントラーディは思い切りが良い。隙を見せたら、絶対に逃さない。彼女からの最初の一撃は、何としても回避しろ」
「同感」
「ウェック少尉は見かけ通りの無邪気な人物でなければ、ちょっとした策士だ」
ブリーフィングルームでアルトにサインをねだったのは、戦意を減退させるための芝居だったのだろうか。
機載コンピュータが指定空域への到達を表示した。演習開始だ。
「メロディ、向こうはどうすると思う?」
アルトは編隊を組んでいるメロディに声をかけた。
「2機編隊に別れて、索敵。可能ならば挟撃を狙う」
「妥当な線だ」
アルトは頷いた。
「10時方向、感あり」
先に発見したのはメロディだった。
「いくぞ!」
アルトは機を上昇させ高度を稼いだ。メロディ機も遅れずに追随してくる。
向こうも、こちらを発見しているはずだ。

メロディが発見したのは、クリステンセン少尉とウェック少尉の編隊だった。
発見したのはメロディの方が早かったため、高度の優位を生かして攻撃。最初の一撃で、編隊は左右に別れた。
「メロディ!」
「任せてっ」
アルトとメロディも左右に別れて追う。
メロディは、ターンに、バレルロール、急降下を組み合わせて軌道を変更するクリステンセン少尉機に照準を合わせた。トリガーを絞る。
ペイント弾が命中、白いVF-31に蛍光グリーンの塗料がシミを作った。
クリステンセン少尉に撃墜判定が下る。指定空域から離脱する。
「アルト大尉!」
メロディが探すと、向こうもウェック少尉機を撃破していた。
「こっちを探す前に索敵しろ、来るぞ!」
アルトの声に、はっとして索敵スクリーンに目を向ける。
高空からモラミア中尉と青木少尉のVF-31が急角度で降下してくる。まずは、アルト機を狙うことにしたらしい。連携のとれた機動で、アルト機を低空に追い詰める。
メロディは、アルト機と並んで機動しながら、レーザー機銃で牽制に努めた。

「やるなぁ」
アルトはモラミア中尉の判断力にニヤリとさせられた。
味方機への救援が間に合わないと見るや、アルトたちが空戦機動で高度が低下したところを狙って、高空から一撃離脱を仕掛けてきた。
「そうだ、追ってこい……」
モニターに映る後方視界を見ながら、巧みに速度と角度を調節する。早過ぎても遅過ぎても、このトリックは成功しない。青い海面へ向けて、更に降下。
モラミア中尉機が放つ曳光弾の輝きを避けると、その軌道にかぶせるように青木少尉機が射撃する。申し分のない連携だ。
「メロディ!」
「はい!」
「俺を信じろ。角度を合わせて海面に突入する! それから…」
アルトの説明にメロディは驚いたが、反射的に返事していた。
「了解!」
「ついて来い! 3・2・1・Go!」

青木少尉は目を丸くした。
「バカな! 自殺するつもり?」
アルト機とメロディ機は浅い角度で海面に突入した。目の前で水蒸気爆発のように真っ白な水しぶきが大量に噴き上がる。
「回避!」
乗機を上昇させて、水しぶきを回避しようとするが、水の幕の向こうから曳光弾の光が襲いかかってきた。機体への命中弾の振動を感じて、敗北を知る。

モラミア中尉は、海面に突入する直前にアルトの意図に気づいた。しかし、青木少尉に伝える暇はない。
角度を合わせて海面に突入した。
未だ体験したことのない重い衝撃が機体を襲う。
水中で上昇に転じて海面を突破。青空を背景に、こちらに照準を合わせるバトロイド形態のアルト機。ガンポッドが照準を合わせているのが判った。
(やられる!)
しびれるような予感の中、手は自ら意志のあるもののように動いてアルト機に狙いを定めた。
(?)
予感した衝撃は無い。ためらわずにトリガーを絞る。
アルト機に命中させた、次の瞬間、自分の機体にも命中の衝撃を感じる。
双方に撃墜判定。

“どうだった、アルトとのデートは?”
シェリルは電話をかけてきて、メロディに顛末を尋ねた。
「ふふっ」
メロディの笑い声で、シェリルには伝わったらしい。
“勝ったのね?”
「勝ったわ。最後なんて、凄かったんだから。海面に突入して、水しぶきをはね上げたの。それで相手の目をくらませて、こっちは海面に出たところでバトロイドに変形して撃った……映画みたいでしょ?」
“私たちの税金で遊んでるんじゃありません”
たしなめているが、シェリルの声も笑っていた。
“よく水中に突っ込むなんて思いついたわね”
バルキリーは、その気になれば水中でもいけるんだけど、突入角度を間違えると海面で弾かれてしまうか、大幅に減速してしまうから……そこはお父さんの経験よね。でも、向こうのリーダーもすごくって、お父さんと相討ちに持ち込んだわ」
“アルトも腕が落ちたわねぇ”
「そんなことない。だって4対2で、最初から、こっちの劣勢だったんだもの」
“それとも、気を使って手加減したのかしら?”
シェリルの指摘に、メロディは思い当たる節があった。
モラミア中尉が演習結果の検討会で首をひねっていたからだ。
あまりに一方的過ぎる勝利、それも予備役将校がもたらしたものは、現役のパイロットたちと、メロディにとってしこりを残すかも知れない。
だとしたら…。
「まだまだ、お父さんは私の目標ね」


★あとがき★
相伝』へいただいた感想で、KC様が「シェリルにこの事が報告されたら、アルトが怒られるんじゃないかと思ったりします」というご意見をお寄せくださいました。
これに着想を得ての、続編です。
水面に突入するネタは、『相伝』で思いついたのですが上手に組み込めずにいました。
今回、使えてちょっとホッとしています。
バルキリーが水中でも行動可能なのは『マクロスゼロ』や初代の『マクロス』でも描写されていました。

2008.09.24 


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