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早乙女アルト歌舞伎界復帰の第一作は大作『助六由縁江戸桜』(すけろくゆかりのえどざくら)と決まった。
かつては歌舞伎宗家市川團十郎家のお家芸である歌舞伎十八番として、他家の者が演じる際は外題を変えて上演されていたが、この時代は『助六由縁江戸桜』に統一されている。
帰ってきた伝説の女形・アルトが演じるのは、もちろん花魁・揚巻(おいらん・あげまき)。女形の大役だ。
初日を前にした通し稽古が終ったのは、深夜だった。
華やかな花魁姿のアルトは、楽屋で大きなため息をついた。
「ふぅっ……」
豪華な揚巻の衣裳は、ひどく重い。その上、足元は三枚歯下駄で外八文字という独特の歩き方。これらを着用し、舞台での立ち回りは、ブランクのあったアルトには、かなりの重労働だった。
さて、拵えを解こうか、と腰を上げたところで来客があるとインターフォンが報せてきた。
「ハァイ、アルト
暖簾をくぐってあらわれたのはシェリルだった。
「おい、いいのか? 忙しいんだろ、お前も」
「すごいわね、アルトの姿」
楽屋の一隅を占める畳敷きに上がってシェリルは、しげしげと観察した。
「お前も新作のレコーディングなんだろ?」
「そうなの、だから、ごめんなさいね、どうしても初日は来れないの。楽日は必ず来るからね」
「気を使うな。作品のクォリティが最優先だ」
とは言いながら、多忙な中を駆け付けたシェリルの気持ちは嬉しかった。
「とっても素敵……やっぱり初日見たかったわ」
シェリルは打掛の刺繍に指を滑らせた。髪を飾る簪の細工にも感心して触れる。
その口ぶりが、あまりに残念そうだったのでアルトは、すっと背筋を伸ばした。
「ここで見せ場の稽古をしてみるか」
キッと、まなじりを吊り上げて、悪役・髭の意休(いきゅう)が居る筈の場所をねめつける。
ファルセットで勢いよく啖呵を切った。

 意休さんでもない、くどいこといわんす。
 お前の眼を盗んで助六さんに逢うからは、
 仲之町の真ん中で、悪態口はまだな事。
 叩かりょうがぶたりょうが手にかけて殺さりょうが、
 それが怖おて間夫狂いがなるものかいなぁ。
 慮外ながら揚巻でござんす。
 男を立てる助六が深間、
 鬼の女房にゃ鬼神がなると、
 サァこれからが悪態の初音。
 意休さんと助六さんをこう並べてみたところが、
 こちらは立派な男ぶり、こちらは意地の悪そうな顔つき。
 たとえていわば雪と墨、
 硯の海も鳴門の海も、うみという字に二つはなけれど、
 深いと浅いが間夫と客。
 間夫がなければ女郎は闇。
 暗がりで見てもお前と助六さん、
 取り違えてよいものかいなぁ。
 たとえ茶屋、船宿が意見でも、親方さんのわび言でも、
 小刀針でもやめぬ揚巻が間夫狂い。
 サァ切らしゃんせ、
 たとえ殺されても、助六さんのことは思い切られぬ。
 意休さん、わたしにこういわれたら、
 よもや助けてはおかんすまいがな。
 サァ切らしゃんせ。

シェリルが拍手を送った。
「特等席で伝説の女形の演技、確かに見せてもらったわ。じゃ、私もお礼に、銀河の妖精の魔法をかけてあげる。初日が、絶対成功しますように」
シェリルは、そっと手を伸ばすとアルトの唇に唇を重ねた。
長い間、そうしていたが、二人は名残惜しげに唇を離した。
「魔法、ちゃんとかかった?」
「ああ。ここがすーっと軽くなった。やれるさ」
アルトは自分の胸を手のひらで撫でた。
「またね、アルト」
シェリルは幽かな香りを残して、楽屋を立ち去った。


★あとがき★
アルト歌舞伎界に復帰したら、という仮定で書いてみたものです。

2008.06.08 


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