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航空宇宙博物館。
白いトラスとガラスを組み合わせて作られた明るくて広い空間には、人類史に一時代を画した飛行機・宇宙機が展示されていた。
大半は復元品だが、中には実物や可動機もある。
ランカシェリルは、『What 'bout my star?』ニューバージョンのプロモーションビデオのロケに訪れていた。
「はーい、では休憩入りまーす。15時から、再開です」
スタッフの掛声で、現場にホッとした空気が流れる。
パフスリーヴのついた白いサマードレス姿のランカは、ナナセが差し入れてくれたクッキーを取り出すと、シェリルの姿を探した。見当たらない。
「あの、シェリルさん見ませんでした?」
手近に居たスタッフをつかまえて尋ねると、あっちの方で見かけたと方向を教えてくれた。
「ありがとう」
教えられた方角へ向かうと、大小さまざまな飛行機が並んでいる区画へと入った。地球時代の展示らしい。
見覚えのあるプリント柄のクロスネック・サマードレスを着た後ろ姿が見えた。
シェリルさん」
いかめしい顔をした男の肖像画を見上げていたシェリルが振り返った。
ランカは手に持った包みを差し出す。
「良かったら、食べませんか? ナナちゃんの差し入れなんです」
「手作り? 素敵ね。いただくわ」
「この人、誰ですか?」
ランカは肖像画についているプレートを読んだ。
Wernher Magnus Maximilian Freiherr von Braun 1912-1977 と書いてある。
「ふふ、今日は彼に会いに来たの。人類が初めて地球以外の天体に足跡を残す……その時の宇宙船を作った人なの」
「詳しいですね」
ランカは肖像画を見上げた。彫りの深い顔立ちは壮年の頃のようだ。
「パイロットコースの授業だと絶対出てくるから。この辺の展示は覚えちゃったわ」
「何で、パイロットコースなんですか?」
ランカは今まで聞けなかったことを聞いた
「芸能科に私を教えられる講師が居て?」
自信たっぷりに断言するシェリルに、憧れの気持ちを強くするランカ。確かに銀河音楽チャートのトップに上り詰めた歌手を前に、何事かを教えられる講師は少ないだろう。
シェリルはちゃめっ気たっぷりにウィンクする。
「なーんてね。色々あるんだけど、自分の手で宇宙船を操縦できるようになりたいの。ギャラクシーに戻るために。役に立たないかもしれないけど、フロンティアでの時間を無駄にしたくない……そんなところかしら」
「きっと役に立ちますよ」
ランカはシェリルの横顔を見つめた。奇跡のような美貌、歌、カリスマ。
(天は二物を与えずなんて嘘だよね)
「ランカちゃん、この人……フォン・ブラウンの話は知ってる?」
「えと、歴史でちょっと出てきたかな。それ以上は覚えてません」
シェリルはフォン・ブラウンの業績を記したプレートに触れた。
「彼の夢は自分の作ったロケットに乗って、宇宙に、月に行くことだったの」
ランカは頷いた。その程度は歴史の時間に習っていた。
シェリルの横顔から表情が消えた。
「そのためには膨大な資金が必要だった。だから、彼は軍に協力して強力な兵器を開発したわ。そして、軍が戦争に負けると、かつての敵と組んで研究を続けた。ついには人類初の偉業を成し遂げた」
シェリルの顔は端正そのものだった。
しかしランカには泣いているように思えた。
「彼の夢は、どれだけの人の命を奪ったのかしら。どれだけの人の夢を奪ったのかしら。……ギャラクシーへ戻りたいっていう願いは、どれだけの犠牲の上に叶えられるのかしら?」
「シェリルさん……」
「彼なら、その答えを知っているのかな、って」
ランカは、もっと身長が欲しかった。背が高かったら包むように抱きしめてあげられるのに。
「シェリルさん、一人で背負わないで下さい。みんな……アルト君も、お兄ちゃんも、ミシェル君もルカ君もいるんです」
「あら、どっかのヒコーキ馬鹿と同じ事、言ってくれるのね」
振り返って、にっこりとほほ笑んだシェリル。
「アルト君も?」
ランカの胸の奥がほんのりと温かくなった。
「さあ、休憩が終わっちゃうわ。早く戻ってお茶しましょう」
シェリルはランカの手を取って、スタッフたちが待つ方へと歩き出した。


★あとがき★
最近のアメリカ政府やアメリカ人の描く宇宙開発史からは、ウェルナー・フォン・ブラウンの名前が消されつつあるそうです。やはり、ナチの協力者という経歴が影響しているのでしょう。

2008.06.19 


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