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SMSのブリーフィングルーム。
「ふわぁあああ」
教師役のオズマ・リー少佐は大きな欠伸をした。
ただ一人の生徒は早乙女アルト准尉。
「一応、俺達パイロットは士官ってことになっている。そこで将校教育ってのが必要になる。中途採用のお前には詰め込みになるが、受けてもらわんとな」
アルトは型通りに挙手した。
「早乙女准尉、質問があります」
「質問を許可する」
「何で俺達は会社員なのに、軍の階級を持ってるんですか?」
「あー、そっから説明しないといかんのか」
オズマは頭をボリボリとかいた。
「いいか、俺達は平時は会社員だが、戦時は軍人として正規軍の隷下(れいか)に置かれる」
ブリーフィングルームの壁のうち一面を占める大きなディスプレイに、新統合軍フロンティア艦隊の戦闘序列が表示された。
SMSマクロス・クォーターは艦隊司令部直属の独立任務群扱いになっている。
「そうなるとだな、前線で誰が指揮権を握っているかが問題になる。正規の指揮官が指揮不能になった時に、俺達が指揮をしなければならない状況が生まれるかも知れん。だから俺たちにも階級が与えられている。判ったか?」
「どこでも縄張り争いか……」
アルトは憮然とした。
「階級章の星の数は単なる飾りじゃない。いざとなれば、上官はお前に死ねと命令できるんだ。そして軍隊とは、どれだけの犠牲が出ようとも目的を遂行する組織だ。指揮官が作戦中に死ぬなんざザラだからな」
オズマはディスプレイの画像を切り替えた。
映像で記録された古今東西の戦闘の様相を集めたイメージビデオが流れる。
「さて、本題に入ろうか。戦争の目的はなんだ?」
アルトは即答した。
「敵に勝つこと」
「敵に勝つ、とは、どういうことだ?」
「え……敵を倒すこと」
「それは違う。武力を以て、こちらの目標を達成することだ。敵を倒すのは過程に過ぎない。極端な話、バジュラにしても船団に近寄ってこないなら何匹居たって軍事上の問題にはならない」
オズマの授業は、体験談を交えながら進められた。
途中で、オズマに呼び出しが入った。
「すまん、艦長からコールだ。ええと、誰かに代わってもらおうか」
オズマは社内ネットワークで手すきの者を探した。内線越しに話しかける。
ミシェルアルトの将校教育1回目頼む」
スピーカーからミシェルの声が出てくる。どこかいつもとは違う響きだった。
「はい? 了解しました。引き継ぎます」
見慣れない格納庫らしき場所にいるミシェルがディスプレイに映った。
「ミハエル、お前どこにいるんだ?」
マクロスのゼントラーディ区画」
「もしかして…」
アルトに向かってミシェルは頷いた。
「そうだ。今、俺はゼントラーディ・サイズだ」
声がいつもと違ったのは、巨大な声帯と体躯から生まれる響きが違うためだ。
「なんでまた?」
クァドラン・シリーズの操縦系統評価試験」
完成されきったゼントラーディーの兵器体系は、何千年にわたって基本設計に変化はない。しかし、地球人類との交流によって、見直しの機運が出てきている。
「試験飛行までは、ちょっと時間があるからな。ここからの遠隔授業になるが、お前の教官役を引き受けてやるよ、姫」
「くっ」
「ええと、どこまで進んだんだっけ?」
ミシェルはオズマの残したチェックシートを見た。
「では、早乙女アルト准尉、軍事作戦が備えているべき要件は何だ?」
「明確な目標・明確な命令・柔軟な戦力の運用」
「よし、覚えたな。では、柔軟な戦力の運用の実例を見せよう」
ディスプレイの表示が地図に変わった。
赤と青の矢印がいくつも表示される。どうやら軍隊の布陣のようだ。赤の勢力より、青の方が多い。
「どっちが勝ったか判るか?」
ミシェルは、面白がっている顔つきだった。
「わざわざ問題にすると言うことは、少ない赤が勝ったんだろ」
「正解」
画面に動きが現れた。赤の矢印は、各所で青を分断し、包囲殲滅を繰り広げる。
「これは、歴史上有名なアウステルリッツの戦いだ。ナポレオン・ボナパルトが演出した最も華やかな勝利と言える」
ミシェルの解説が続く。
「いいか、赤のフランス側は連携して青のオーストリア・ロシア連合軍の弱点を突破・分断している。総数では青の方が勝っているのに、局地的に見れば常に赤の方が青より多い兵力を集中しているんだ。これはナポレオンの指揮と、高い練度の兵士が組み合わさって可能になった高度に柔軟な運用の結果だ」
アルトは頷いた。
「戦闘は原則として数が多い方が勝つから、常に敵より多くの味方を集める必要がある、ってことか」
「そうとも言えるな。奇襲・待ち伏せ・さまざまな陣形、これらは戦力集中のための道具だ。そこで、だ、アルト准尉。お前ひとりで突っ込むのは止めろ」
先のバジュラ母艦との遭遇戦に言及されて、アルトは言い返した。
「くっ……あの時はしょうがないだろ」
「結果的にルカが助かったし、バジュラ母艦の貴重な内部情報も得られた。お前は飛ぶのは上手い。しかし、すぐ頭に血が昇る。エキサイトした頭で複雑なことは考えられない。単純な行動は、戦力の硬直した運用に結びつく」
理詰めのミシェルに反論できないアルト。
「もっと俺達を信じろ。信じられないなら、せめて利用しろ。でないと…」
ミシェルは言葉にしなかったが、アルトには伝わった。
“死ぬぞ”

将校教育でアルトをやりこめたものの、ミシェルの気は晴れなかった。
クランクラン大尉のクァドラン・レアをテスト機として、決められたメニューをこなしながら飛行する。
さすがにゼントラーディの兵器だけあって、操作性は抜群だった。いくつかのディスプレイについては改良点が思いついたので、心の中に書きとめる。
順調に評価試験を続けながらも、心のどこかで、アルトの死、あるいはアルトに巻き込まれる形での自分の死を考えていた。
だから、気付かなかった。気づいたのは、マクロスへと帰還する直前だった。
左腕を差し込むアーム部分、その奥に何かが入っている。紙のように薄いシートだった。
「?」
ミシェルが取り出してみると、手書きの短いメッセージが記されたカードだった。
“評価試験後直ちに24番ゲートへ A.S.A.P.”
24番はゼントラーディ用のゲートだ。A.S.A.P.は能力の及ぶ限り早く、の略語。

評価試験終了後、ミシェルはマイクローンサイズに戻る暇なく、24番ゲートへ向かった。
そこで待っていたのは…。
「早かったな」
セクシーな装いのクランクラン。白のホルターネック・ノースリーブシャツは背中が大胆に見えているカット。黒のタイトスカートに、黒い光沢のあるヒール。胸元にはシンプルなデザインのネックレスが輝いている。
「……クラン
ミシェルは絶句した。完全な奇襲だった。
いつもなら不可能な高さから見るクランクランは、ミシェルのハートを揺さぶった。
状況からクランクランが待っているのは充分に予想できたが、これほどに大人っぽく装っているとは。
(こんなの、反則だ!)
ルージュで彩られた唇が開いた。
「フォルモでな、ジャズライブのチケットが手に入ったんだ。ペアだから、無駄にしたくない。さあ、こい」
「え、あ? でも、俺、ゼントラーディサイズの服なんか持ってないぞ」
ミシェルの服装は、借り物のSMS制服ゼントラーディサイズだった。クランクランの服を見て、ドレスコードが気になった。
「かまわん、兵は拙速を尊ぶ」
クランクランはミシェルに腕を絡めると、連絡通路へと向かう。


BGM『Take the 'A' Train』

ゼントラーディ用のリニアでフォルモへ。
「な、なんだジロジロ見て」
クランクランは居心地悪そうに、身じろぎした。
「いや、いつもとイメージが違うなって」
ゼントラーディ・サイズのミシェルは目を細めた。
「それはそうだろう。戦場に相応しい武装を選ぶのはゼントラーディの嗜みだ」
クランクランらしい言い回しだが、受け取り方によっては裏があるようにも思える。
(女の武器を使うつもりか?)
ミシェルは顔には出さないもののドキっとさせられた。
いつものクランクランの私服は、ミシェルから見ると少女趣味過ぎるか、配色が賑やかでポップ過ぎる傾向があった。
「もしかして……ネネのコーディネイト?」
ミシェルは、クランクランの部下で、ドレッシーなファッションを好む女性を思い浮かべた。
「オマエのそういう所、キライだ」
ぷい、と顔を背けるクランクラン。図星だったようだ。
「だとしたら、武装の選択は的確だったな。ほら、あっちとあっち……クランが気になっているみたいだ」
同じ車両に乗り合わせたゼントラーディの男性が、クランクランに向かってさりげなく視線を送っている。
「そ、そうか……」
まんざらでも無さそうなクランクラン。顔はミシェルからそむけたままだが、声から察するに機嫌は悪くなさそうだ。
「今夜は戦果が期待できそうだ。よく似あっている」
「そ、そうか……」
ミシェルにしてみれば挨拶代わりのような褒め言葉だが、クランクランの声は少し上ずっていた。
相変わらず表情を見せてくれないが、地球人類と比べると外側に向けて尖っているゼントラーディ特有の耳朶が赤く染まっていた。


BGM『Saturday Night』

『プラスティック・ムーン』がジャズ・クラブの名前だった。
エントランスの上では店名に因んだのか、擬人化された月が三日月から満月に変化しながら浮遊している。
店に入る前に、ひと悶着持ち上がった。
「お客様、当店ではそのようなお召し物は…」
店員が慇懃ながらもキッパリとミシェルを拒んだ。やはりドレスコードがあるらしい。
「我々は軍務についているんだ。時間の関係で、着替える暇がなかったんだ」
クランクランが抗議しても、店員は難色を示した。
「せめてタイを…」
ミシェルは解決策を思いついた。
「クラン、借りるよ」
クランクランの青く長い髪をまとめているリボンのうちの一つをほどいて、それをネクタイのように結ぶ。
「これで、どうかな?」
「結構です」
店員は微笑んで店内へ通してくれた。
「限られた戦力の柔軟な運用、だな」
クランクランが呟いた。
「作戦の原則、さ」
ウィンクするミシェル。


BGM『Unforgettable』

店内は混雑していて音楽ファンの人気を集めているようだった。
「へぇ、これは……」
ミシェルは感心して店内を眺めた。
ゼントラーディのポップ・カルチャーは、基本的に地球人類の模倣の範囲を出ていない。文化というものに触れて、まだ歴史が浅いためだろう。
しかし、音楽に関しては独自の展開を見せている。地球人類の五倍という身体のスケールは、ゼントラーディの歌唱に独特の響きと迫力をもたらしているからだ。
マイクローンの固定客やファンもいるようで、『プラスティック・ムーン』の店内にもマイクローン用の桟敷席が設けられている。その席も着飾った男女で埋まっている。
「ゼントラーディ・ジャズ、か」
ミシェルはクランクランの持っていたチケットで指定された席に座った。差向いにクランクラン。
静かに近寄ってきたウェイターに飲み物をオーダーする。
「ちょっと意外だな。クランが、こういう所に誘ってくれるなんて」
「たまには、奇襲をかけないとな」
クランがステージの方を眺めながら言った。
「ああ、効果的な作戦だった」
ミシェルは調子を合せてあいづちを打つ。
「それに……音楽の趣味はジェシカの影響だ」
クランクランは言ってから、しまったと口元を覆った。ジェシカは、若くして自ら命を絶ったミシェルの姉。
二人とも同じ面影を脳裏に浮かべた。
「そうだったのか……そうだな、そう言えば」
ミシェルの脳裏にジェシカの部屋にあった本棚が思い浮かんだ。ジャズのタイトルがついた音楽ディスクが並んでいた。
ミシェルはウェイトレスを呼び止め、もう一つカクテルを頼んだ。
ほどなくして、三つのグラスが運ばれてくる。
ひとつはクランクランの前に。ひとつはミシェルの前に。最後の一つは空席に。
「乾杯」
二人は三つのグラスの縁を合わせた。
ミシェルにとっては心の傷を刺激する筈の名前だったが、今、クランクランとこうして思い出を共有しているのは嫌な気持ちでは無かった。


BGM『Stardust』

ショータイムが終わり店を出た二人。
銀河核恒星系に特有の濃密な星々が夜空に輝いている。
「クラン……」
ミシェルは口を閉じた。
「なんだ?」
クランの返事を聞いてから、おもむろに続けた。
「……ありがとう」
「どうした、お前らしくない」
「姉さんの名前を、こんな風に思い出せるなんて、考えてもみなかった」
星の光が作り出す、淡い影が二つ路面に並んでいた。
「礼を言われるようなことではない。お前が成長しただけだ」
「クランの支援のおかげでもある」
「フン」
鼻で笑いながら、クランクランはネックレスを指でつまんでいじった。
ミシェルに聞こえないように、口の中で呟く。
「戦果評価は……作戦は成功したが、戦術的には失敗、というところか」


★あとがき★
実験的にYoutubeの動画を張り付けてみました。お話のBGMとして楽しんでいただければ幸いです。
なんか、ナット・キング・コール特集になってしまいました。この人も黒人と白人の狭間で複雑な背景をお持ちの方です。
ジェシカの音楽趣味は、当時付き合ってた男の影響ではないかと邪推しています。
本編で、ゼントラーディとマイクローンサイズの変換は、わりと気軽に行えるようです。たとえば4話でSMSのメンツによるアルトの入隊(入社?)歓迎パーティーで、ピクシー小隊がマイクローンで登場しています。
地球人類もゼントラーディーサイズになれる、という描写は劇場版のマクロスでありました。
そこで、わりーと気軽にサイズの変更はできるもの、として書いています。

2008.05.29 


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