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惑星キムリ5近傍宙域での戦闘は苛烈を極めていた。
バジュラと新統合軍、双方の戦力が混淆して戦う様は魔女の大釜と呼ぶに相応しい。
SMSに所属する戦力も小隊さえ維持できないほどの乱戦に陥っていた。
「くそっ……スカル1、どこですかっ?」
ミシェルはコックピットで叫んだが、濃密な戦闘ノイズに阻まれてオズマとの通信さえ確保できない。
小型のバジュラがミシェル機後方に貼りついた、という警報が鳴る。
「くっ」
直ちに急旋回して振り切ろうとするが、高い運動性能を持つ小型バジュラは、なかなか振り切れない。
果てしなく続くかと思われた回避運動は、突然終わりを告げた。
「大丈夫か、ミシェル!」
真紅のクァドラン・レアが小型バジュラを撃墜した。
「サンキュー、クラン。ネネやララミアは?」
「はぐれた。小隊長失格だ」
ミシェルは、クランクランが歯を食いしばっている表情が目に浮かんだ。
「いや、こっちもスカル1とはぐれた。この状況じゃ……一旦建て直さないと」
と言っている間に、クァドラン・レアの後方から迫る新たな敵影。
クラン!」
クァドラン・レアと、ミシェルのVF-25は散開。敵はクァドラン・レアを追った。
「二本角か…」
新たな敵は、赤い外殻に四本の腕・二本の脚・尻尾を持つバジュラだが、最近になって登場した新型だった。背中に背負っているビーム砲が2門あるところから、通称・二本角と呼ばれている。
クァドラン・レアは巧みに回避しているが、大型の割に反応速度の速い二本角を撃退するのは難しそうだ。
ミシェルは二本角の後方についた。照準を合わせようとするが、敵は乱数加速で的を絞らせない。
クランからの通信が入った。
「ミシェル。合図したら2秒だけ慣性飛行する」
それだけでミシェルにはクランの作戦が伝わった。
慣性飛行は軌道を単純な等速運動にする。二本角が狙いを付けるために主砲にエネルギーをチャージする瞬間、二本角もまた極端な加速は行えない。
クランを囮に、ミシェルのロングレンジライフルで撃破しようと言うのだ。
「1秒でかまわない」
その程度の自信はあった。
何よりクランを危険にさらす時間を短縮したかった。
「ふっ、外したら、オマエのハズかしい秘密をアルトにばらしてやる」
「ガキの頃をネタに脅すのは止めろっての」
馬鹿話をしているようで、二人の機体は15Gを超える加速で軌道を変更していた。
「いくぞ、3、2、1」
クァドラン・レアが一瞬、加減速を停止した。
追う二本角。背負っている2門の主砲がエネルギーチャージの電光を放つ。
ミシェルのスコープがロックのサインを表示した瞬間、ためらわずに発砲。
同時にいくつかのことが起こった。
二本角のチャージが予想よりも早く、発砲。強力なビームがクラン機を掠めた。
スピン状態に陥るクラン機。
ミシェルのライフル弾は二本角の航宙器官を射抜いた。二本角も姿勢を制御できなくなる。
そして、二本角は後方についたミシェル機に向かってミサイルを発射。
追尾タイプではなくて、破片を撒き散らし濃密な爆散同心円で標的を包み込むタイプだった。
ミシェルは最も破片が濃密な部分は回避したものの、いくつかが機体に命中。
やはり姿勢制御が不可能になった。
クラン・二本角・ミシェルの三者は、惑星キムリ5の重力に引かれて落ちてゆく。

ミシェルはVF-25に揚力を生み出す翼があって良かったと心の底から思った。
推進機関にダメージを受けたクァドランが、かろうじて姿勢を制御しながら大気圏突入した時に、VF-25の優れた空力特性のおかげで追尾することができた。
ガウォーク形態のVF-25を操りながら、不時着したクラン機の近くへと舞い降りる。こちらもノズルにダメージを受けているので、騙し騙しの操縦だ。
「クラン!」
通信機に呼びかけると応答があった。
「泣くなミシェル」
キムリ5の地表に仰向けでハードランディングしたクァドラン・レアのメイン・ハッチが開いた。スーツを身につけたクランが顔を出す。
「泣いてないってーの。とりあえず無事で良かった……機体の状況は?」
「酷いものだ。かろうじて着陸できたが、推進剤は使い果たしているし、エンジンも出力が6割減だ。この惑星の第一宇宙速度にも到達できない」
「こっちも似たようなもんだ。エンジン自体は無事だが、ノズルが破壊され、推進剤が漏れてる。キムリ5からの自力脱出は無理だな」
VF-25は辛うじて自立しているが、飛び立つのは難しい状態だ。
「バジュラは?」
「判らない。しかし、大気圏突入で燃え尽きているわけではなさそうだ」
「ふむ。最悪の事態を想定しておいた方がよさそうだな」
「ああ」
二人ともバジュラのタフさを知っている。高度な神経系が無いため、基幹部にダメージを負っても平気で攻撃してくる。生物的な表現を用いると、痛覚が極端に鈍い。
ミシェルは自分の状況を再度チェックした。

キムリ5の大きさは火星ほど。
二酸化炭素が主成分の大気を持っているが気圧は地表面で地球大気の10分の1と低い。
惑星表面は酸化銅が豊富で青、緑、黒、藍など、カラフルに染め分けられている。

「武装は……ライフルが残弾10発。ミサイルは射耗。あとはサバイバルキットの拳銃と自動小銃か」
ミシェルが装備の状態を報告すると、クランも残された物を読み上げた。
「両腕に残弾が3000発。だが、機体の脚が着陸時に破損して、射界が著しく狭められている。ミサイルは、こちらも射耗している」
その時、ミシェルの機体に備わっている振動センサーが反応した。
「これは?」
「どうした、ミシェル」
「センサーが振動を拾っている。人間には感知できないレベルだが」
本来、機体の異常を検知するためのセンサーだったが、今は地面を伝わってくる振動に反応している。
「地震か? この惑星での地殻変動は極めて稀と聞いているが」
クランは首をひねった。
「いや規則正しい振動だ……これは二本角の足音?」
「方角は?」
「おおよそ南南東」
ミシェルはそちらの方角を見た。断崖がせりあがっていて、視界が遮られている。
不時着場所は浅くて広いクレーターの底だった。周囲の見通しは最悪に近い。
「ちっ、マズいな」
ミシェルは舌打ちした。
二人とも徒歩以外に、この場から移動する手段がない。
徒歩で移動すればバジュラ相手には丸腰だ。

「振動センサーによると、二本角はこちらに接近しているようだ。機体が発信した救難信号でも感知したのか……頼むぞ、クラン」
「任せておけ」
EXギアを装着したミシェルが、パイロットスーツ姿のクランの肩に乗っている。
二人は作戦を立てた。
EXギアの飛行機能で飛び上がり、バジュラの位置を確認する。可能であれば、遠隔操作でミシェル機のロングレンジライフルを使う。
ただし、キムリ5の大気は薄過ぎるので、EXギアの翼では十分な揚力が得られない。推進剤を多く使うことになる。推進剤を節約するためにクランの手で投げ上げてもらうのだ。
「私がさらに遠くを見ることができたとしたら、それは単に私が巨人の肩に乗っていたからです……か」
笑いを含んだミシェルの言葉にクランが小首をかしげた。
「何だ、それは?」
「アイザック・ニュートンの言葉だ。今の状況にぴったりだと思わないか?」
ゼントラーディ・サイズのクランは、平均的な人類の5倍のスケールだ。
「ニュートン……? それは、まあ、そうだな。用意はいいぞ」
クランは両手を組み合わせて掌を上に向けた。
ミシェルは、EXギアの翼を折り畳んだ状態で掌の上に立つ。
「クラン、お前、もうちょっと眉を整えた方がいいぞ」
「なんだと」
クランがムッとした顔になる。
「怒った方が力が出るだろ」
「こいつっ……思いっきり投げてやる。3、2、1」
クランのカウントダウンは早かった。真上に向かって両腕を振り上げる。
ミシェルは回転しながら投げ上げられた。EXギアの翼を展開して、姿勢を制御する。
「あっ!」
二本角バジュラは思いがけず近くにいた。今、まさにクレーターの縁を乗り越えようとしている。
ヘルメットに装備されている視線照準システムがバジュラを捉えた。トリガーを引くと、VF-25に無線でその動きが伝わりロングレンジライフルが残弾を速射する。
同時に二本角も外腕に装備している機関砲でミシェルを攻撃。
「ミシェルっ!」
クランの叫びが聞こえた。
機関砲弾の衝撃で意識が吹き飛ぶ。

ミシェルが意識を取り戻した時、周囲は真っ暗だった。そして暖かい物に包まれている。
「クラン……?」
「目覚めたかっ」
喜びをにじませた声が頭上から降ってきた。同時に体全体に震動が伝わる。
「俺は……どうなったんだ? ここは」
「至近弾がかすめて、EXスーツが壊れた。落下したお前を受け止めたんだが、スーツの気密も破れたので、ワタシのスーツの中にいる」
「え?」
ミシェルはクランの言葉を頭の中で繰り返した。
(クランのスーツの中?)
と言うことは……ミシェルはアンダーウェア姿でクランの豊かな乳房の間に挟まっていた。
「暑くて狭苦しいだろうが、我慢してくれ。緊急事態だった」
「あ、ああ……」
「二本角はライフル弾の直撃で撃破されたぞ」
「そ、そうか。良かった」
ミシェルの心臓の鼓動は早鐘のようだ。顔も熱くなっている。多分、赤面しているはずだ。
「クラン……お前は大丈夫なのか? 俺を入れる時にスーツを開いたんだろ?」
「心配するな。ゼントラーディは、真空被曝に耐性がある事ぐらい知っているだろう? ここは辛うじて大気があるしな。それより、お前が二酸化炭素中毒にならなくて良かった」
「助かった」
「うん……救援が早く来るといいな」
クランは何かにもたれかかっているようだ。上体が、やや上を向いている。素肌から伝わる体温が、熱く感じられるが、同時に心地よくもあった。
「できれば、アルトやオズマ以外だと良い」
クランの言葉にミシェルが首をかしげた。
「なんでだ?」
「ワタシの胸に抱かれているなんて、きっと向こう一年はからかわれ続けるだろう」
「ああ、なるほど……俺は、からかわれてもかまわない」
「そうか?」
「もうちょっと、この時間が続いても……」
そう言いかけたところで、クァドラン・レアの通信機が救難チームからの信号を拾った。
「……残念」
呟いたクランも気持ちは同じだったようだ。


★あとがき★
タイトルは「真後ろに注意せよ」という戦闘機パイロットの警句から。
夢がいっぱいつまったマグロ饅に挟まれてみたいアナタに捧げます。

2008.06.28 


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