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7月7日の七夕はフロンティア船団に乗り組んでいる日系人コミュニティにとって大きなイベントの一つだ。
美星学園も、その校名が示すように創立者が日系人で、こうしたイベントにはしばしば協力している。
芸能科の生徒による『織姫・彦星の伝説』は伝統的な演目だ。
他に夜店や屋台、浴衣のレンタル、日本の伝統文化を紹介する様々な催しも開いている。

イベントの準備に慌ただしい空気に包まれた美星学園の教室。
「と、いうわけで、織姫と彦星は一年に一度しか、会えなくなってしまったのです。一年に一度、逢瀬の夜が、この7月7日、なんですよ」
ルカに七夕の説明をしてもらって、シェリルは頷いた。
「ふぅん、フォールド航法が無かった時代のお話なのね」
「え?」
「オリヒメとヒコボシがオリオン腕を横断するのに一年かかってたってことなんでしょう?」
「そ、それはちょっと違うような」
ランカがやってきた。
シェリルさん、ゲネプロ(通しリハーサル)始まりますよ」
「ええ」
シェリルランカと連れだって、校庭に設置された特設ステージへと向かった。

美星学園には、多くの学生バンドがある。
芸能科の学生による本格的なものもあれば、サークル活動程度の気楽な集まりまで、数えれば二ダースは下らないだろう。ジャンルも、ロック、ポップス、エレクトロニック、民族音楽、クラシック、アカペラのコーラスグループ、さまざまだ。
それらのバンド有志がシェリルに頼み込んだ。
「今度のイベントで、歌って貰えませんか?」
シェリルのプロフェッショナル意識の前にはねつけられるかと思われた申し出だったが、意外にも快諾された。
「いいわよ。その代わり条件があるわ。チャリティーコンサートにして。収益金はバジュラの攻撃で身内を亡くされた遺族に贈るのよ」
もちろん、この提案は受け入れられた。

「ふふっ、いかにも手作りって感じね……私、こんな場所で歌った経験ないから、とっても新鮮」
シェリルはパイプが組み合わされた仮設ステージの下を覗き込んだ。
「設備の整ったホールで歌うのは気持いいですけど、こんなステージだとお客さんの顔が見えて、距離感が近いって言うか、一体感があるって言うか……」
ランカも、心に浮き立つものを感じていた。
手作りイベントだが、シェリルとデュオを組むのだ。憧れの人と。
しかも、曲はシェリルの書き下ろしが三曲。
「シェリル・ノーム名義で出した曲だと、契約とか権利関係がややこしいのよ。だから、この曲の作曲者は“謎の妖精さん”なの」
「もう、夢みたい……こんなステージ、二度とできませんよね」
ランカは手元のスコアを見た。
「目一杯楽しみましょう……あ、衣装担当が来たわ」
ランカが顔を上げると、自走コンテナを引っ張ってくるアルトが見えた。

楽屋代わりの教室で、アルトは調達してきた衣裳を並べた。
イベントのテーマが日本の伝統ということで浴衣が並べられている。
「珍しい、いろんな柄があるわ」
衣装選びは女子の楽しみ。シェリルも、ランカも目を輝かせている。
「知り合いの衣装屋に掛け合って借りてきたんだ。汚すなよ」
「ありがとう、アルト君」
ランカの礼にアルトは頬笑みを返した。
「で、どれにするんだ?」
「うーん、どうかな。迷っちゃう、こんなにあると」
アルト、これはどうかしら?」
シェリルが藍染の地に大きなアゲハ柄をあしらったものを羽織って見せる。
「いいんじゃないか」
「本当にいいと思ってるの? 面倒くさいから適当に答えているんじゃないでしょうね?」
シェリルの突っ込みにタジタジとなりながら、アルトは浴衣に似合う帯を示した。
「それだと、これが合う」
「着付け、お願い」
「い……そうか、和服着たことないよな。待ってろ、日舞の女子部員を探して…」
「時間がないわ。アルトがしなさい」
「それは、ちょっと」
「アルトが衣装持ってくるのが遅かったせいなのよ」
言いながら、シェリルはパパっと素早く制服を脱いだ。コンサートで衣装替えの必要から素早い着替えが習い性になっている。
「シェリルさん…」
ランカも、その大胆さに目を丸くした。
女性から見ても羨ましいプロポーションを惜しげなくさらしている。繊細なレースをあしらった薄いラベンダー色の下着に胸がときめく。
アルトも覚悟を決めたらしい。
「判った、こっち袖通して。お前、胸でかいから……ええい、タオルで補正するか」
手早く着せてゆく。ストロベリーブロンドの後ろ髪を三つ編みにして、シェリルの持っていたピンでまとめた。左右、ひと房ずつ、髪を耳の前に流して出来上がり。
「さあ、ランカちゃんも」
シェリルに促されて、ランカの髪が左右に跳ね上がった。
「はいっ?」
「さっさと衣裳決めて、行きましょう」
「えっ……そんな……何を」
アルトは、黄色い地にホタルの模様を散らした浴衣を取り上げた。
「これが、いいんじゃないか? 髪の色が映える。着付けは大丈夫か?」
「あ……着たこと、ない」
「そうか。手つだってやるから」
アルトの申し出に、おずおずと浴衣を受け取る。
「もう、巻きが入っているわよ」
シェリルがじれて、ランカの制服を脱がせにかかった。
「えっ、えっ、えっ……」
気がついたら下着姿に。ギンガムチェックが入った上下のセットだ。
(しまった、今朝もっと可愛いのを選んでくるんだった!)
軽いパニック状態で、見当違いなことを考えてしまう。
そんなランカに手慣れた動きで、浴衣を着せてゆくアルト。
緑色の髪を結いあげて耳を出すと、見る人に新鮮な印象を与える。
「さあ、いってこい」
下駄や髪飾りなどの小物を渡して送り出すアルト。

ステージ本番。
前座のバンドが観客を十分に盛り上げてくれた。
もちろん、シェリルとランカが登場するという期待感もあっただろう。
トリとして二人がステージ上に現れると、盛大な拍手と歓声が迎える。
「みんなーっ、素敵なステージをありがとう。こんなにオーディエンスと近いなんて、もしかしたら初めてかもしれないわ」
シェリルのMCから始まる。
「こんばんは! シェリルさんと同じステージに立ってるけど、気持ちはみんなと一緒です。もう、ドキドキが止まりません」
ランカの言葉に、観客席からS.O.S.(シェリル・オン・ステージの略)コールが湧き上がった。ランカもコールに唱和する。
「今夜は、私のいつものステージとはちょっと趣向を変えて、みんなに参加してもらいたいの」
シェリルはランカに頷いて見せた。
ランカはステージの下手(しもて)に立った。
「こっからこっちの皆さん、私について歌ってください。アー・アー・アアー・アー」
シンプルなコーラスを歌うと、観客もそれに応じてくれた。
ステージの上手(かみて)ではシェリルが観客に向かって同じようにコーラスを指導する。
「ここからこちらの皆は、アー・アー・アアー・アー。いい? できる?」
観客がコーラスを覚えると、二人は舞台中央に立った。
「真ん中のみなさんは、手拍子お願いします。1・2・パパン……このリズムで」
「イケるわね? それじゃ、静かにして。私たちが歌うから、合図があったら担当のパートをよろしく」
会場が静かになった。

 退屈な毎日でも
 1・2・clap
 手を叩けばホラ
 1・2・clap
 何かが動きだす

シェリルのボーカルに、ランカがコーラスを添える。ランカの合図で下手の観客が唱和する。

 立ち止まっても
 1・2・step
 向きを決めて
 1・2・step
 踏み出す夢のきざはし

ランカのボーカルに、シェリルのコーラス。シェリルの合図で上手の観客が唱和する。

 星図がなければ書けばいい
 いつだって誰だって踏み出せる
 宇宙を変えることだって
 時間を超えることだって
 星の恋人たちが今出会う

ランカとシェリルが手を高く掲げるとハイタッチ。それを合図に、中央の観客が手拍子する。
アカペラから始まったステージに、ドラムが入り、ベースが入り、ギターが入る。
前座を務めた学生たちのバンドがスポットライトを浴びて、音が重層的になってゆく。
観客は誰もがステージ上を見ていた。うつむいている人はいない。

「真夏の夜の夢……ね」
シェリルとランカは、涼を求めて美星学園の屋上に来ていた。
見下ろせば校庭や、その周辺で夜店の灯りがともっていて、そぞろ歩きの老若男女が行き交う様子が観察できた。
「ぶっつけ本番なところが多かったですけど、上手くいきましたね」
ランカがシェリルを振り返った。
「ええ。私たち二人が揃えば不可能はない、わ」
シェリルの笑顔がランカには眩しかった。
そこにアルトがやってきた。
「飲み物買ってきたぞ……ええと、シェリルにはこれも必要だな」
冷えたペットボトルを二人に渡すと、アルトはポケットから絆創膏を取り出した。しゃがみ込んでシェリルの足にできた鼻緒ずれに貼る。
「履き慣れない下駄で飛び跳ねるから……これでよし。明日には綺麗になってる」
「ご苦労さま、アルト」
シェリルは人差し指でアルトを招いた。そして、ランカと視線を合わせてにっこりする。
「なんだ?」
アルトが二人の間に立つ形になると、左右からシェリルとランカが抱きついて頬にキスする。
「お前らっ……」
よほど驚いたのか、アルトの声が裏返った。
「一生懸命駆け回ってくれた衣裳係さんに、ご褒美のキス……なーんて」
ランカがアルトの耳元で囁いた。


★あとがき★
観客をコーラスに参加させるのはゴスペラーズがライブでやっているのをテレビで見たことがあります。
楽しそうだな、と思ったので、今回取り入れてみました。

2008.06.24 


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