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リゾート艦・アイランド3。
気候は熱帯に設定され、サンゴ礁の海が広がる。
他船団からの訪問客の多くが観光にやってくる人気スポットでもある。
そして、今回、映画『Bird Human』とシェリルのドキュメンタリーのロケ地に選ばれた。
複座型VF-25Tの後席でアルトはチェックに余念がなかった。
「モードはアトモスフィア。各部異常なし」
「こちら、マヤン・コントロール。アモンティリャード1、クリアランス確保。いつでも飛びたてます」
臨時の野戦管制官としてSMSから出張してきたラム・ホアが発進許可を伝える。今回のロケでは、映画撮影も含めて二個小隊のVF-25を運用するため、管制のための機材・人員もSMSが全面バックアップしていた。
「ワクワクするわね」
前席で操縦桿を握っているのは、シェリルだ。ドキュメンタリー『銀河の妖精、故郷のために銃をとる』撮影の一環として、バルキリーを操縦するシーンを撮影するのが、今回のミッション。
「マヤン・コントロール、アモンティリャード1テイク・オフ」
アルトはスロットルを押し込んだ。
「グッド・ラック、アモンティリャード1」
ガウォーク形態のVF-25Tは、マヤン島から垂直離陸を開始。
続いて、随伴の同型機アモンティリャード2も離陸。
飛行中で難易度の高い離陸フェイズを終えると、ファイター形態に移行して巡航モードに入る。
「前席、コントロールを渡すぞ」
「了解、アルト」
シェリルが握っている操縦桿に翼が空気を切り裂く手応えが伝わってきた。
「致命的な操縦ミスは機載コンピュータがキャンセルしてくれるし、俺もフォローする。安心して無茶をやれ」
「シミュレーターでみっちり訓練してきたんだから、大丈夫よ」
シェリルは軽く操縦桿を動かして小さく翼を振った。
「しばらく、このまま直進して、マヤン島上空を航過したら、3回転のループね」
事前の計画を再確認する。
「お、アモンティリャード2に手振ってやれよ」
随伴機が右斜め上に位置している。こちらのコクピットを撮影しているのだろう。
シェリルはヘルメットのバイザーをあげて顔を見せ、手を振った。
「そろそろ、ね」
ランドマークに選ばれた山の上空でシェリルはバイザーを降ろした。
キャノピーの片隅に、ループ開始のサインが出る。
「いくわ!」
アモンティリャード1は急角度で上昇。随伴機もぴったりと位置を合わせて上昇する。
「曲率を保て!」
過大なGが体にかかる。
EXギアがブラックアウトやレッドアウトを避けるべく体を締め付けてサポートする。
「くっ」
食いしばった口元から、呻き声を漏らすシェリル。
1回転。
2回転。
3回転。
「あっ」
シェリルの手がぶれた。すかさず後席のアルトがコントロールして、機体の動きを保つ。
「ループ・フェイズ終了」
アルトの宣言に、シェリルが声を上げた。
「だめ! もう一度よ!」
「……気に入らないか」
「最後の最後でミスしたもの」
アルトは少し考えた。言い出したら聞かないシェリルだ。
「よし、もう一度ループ。アモンティリャード2、いいな?」
再びVF-25Tは上昇を開始した。
結局、3度目の挑戦でループが決まった。
「後はよろしく!」
地上へ戻ってから、シェリルは飛び出すようにVF-25Tから降りた。
「あのプロ根性は大したものだな」
シェリルの後姿を見送ってから、アルトはフライト後の機体チェックをする。
動力を落としてから、機体を降りて、シェリルの後を追う。
シェリルが向かったのは、休憩室に使っているキャンピングカーだった。
「どうだ、仕上がりは?」
ソファに座ったシェリルは、テーブルの上に並べた編集機材の前で映像をチェックしていた。
その隣に座って、画面を覗き込むアルト。
アモンティリャード2から撮影した画像や、コクピット内部でシェリルの表情を捉えているカメラ、地上から撮影された飛行機雲を引いて飛ぶVF-25T。
三度目に挑戦したトリプルループは完璧な航跡を描いていた。
「まあまあね……アルト、いつもあんな風に飛んでいるの?」
「宇宙空間だと、ちょっと感じが違うけどな。重力と大気が無いし…」
「ライブをまとめて三回したみたい…」
シェリルはあわてて口元を押さえた。嘔吐感が突き上げてくる。洗面所へと走りこみ、吐いた。
「おいっ」
アルトもかけつけて、シェリルの背中をさすった。
「はぁっ…はぁっ…はぁっ…」
えづきが収まると、顔を洗って息を整える。
「楽になったか?」
「え、ええ……アルト、ソファに座ってて」
「お前、大丈夫なのか?」
「いいから、言う通りにして」
水に濡れた顔を上げるシェリル。声の調子はいつもどおりだ。
アルトは冷蔵庫から飲み物のボトルを取り出すと、言われたとおりのソファに座った。
顔を拭いたシェリルが戻ってきて、ソファに座ると、アルトの膝を枕にして横になった。
「俺は枕だったのか」
「そうよ……あら、ありがとう」
アルトが差し出したグラスを受け取るシェリル。
「何これ?」
「レモネード。口の中がスッキリするぞ」
シェリルは小さい子供のように、両手でグラスを持つと、よく冷えた液体をコクンと飲んだ。
「頑張ったな」
アルトの手がシェリルの前髪をかき上げた。
「当り前よ……私はシェリルなんだもの。それぐらい当たり前」
「大したもんだよ」
「なんか気持ち悪いわ。アルトらしくない…」
シェリルは眉を寄せた。
「勝手に決め付けるなよ。認めるところは認めているんだからな」
「アルトなんかに認められなくても……」
強がろうとしながらも、頬が緩んでくる。
アルトはソファの上で少し身じろぎして、シェリルの頭が安定するようにした。
「三回転のアクロバットって言えばさ、俺がすごい好きな話があるんだ」
「なぁに? 教えて」
「昔、地球で、地球人同士で大規模な戦争があった頃の話さ。伝説的な撃墜王が、敵の基地へ空襲へ行ったんだ。ところが、どうしたことか迎撃機が上がってこない」
「どうして?」
「たぶん、タイミングを逃したのか、整備に問題があったのか……地上を滑走している時の飛行機は一番脆弱だからな。で、やる気満々で乗り込んできた撃墜王とその僚機は、肩透かしされた腹いせに空中三回転したんだ」
「ふぅん」
「ところが、さ、後で上官にバレて、大目玉を喰らったって」
「どうして、判ったの?」
「空襲の後、敵の戦闘機が味方の基地まで飛来して、通信文を落として行ったのさ。素晴らしいショーをありがとう。次は必ずお相手する、ってね」
「ふふっ……でも、バジュラが相手だと、通じないユーモアね」
「そうだな。戦いにロマンなんてものが無くなって、みんなが大きな戦争機械の一部みたいに動いているよな。でも、パイロットだけは、名誉ある戦士たちの最後の子孫だと思える」
「男のロマンに殉じるより、私の膝枕になる方が重要よ」
シェリルの結論に、アルトは苦笑した。
キャンピングカーの窓から、夕方の光が差し込んでくる。
リゾート艦・アイランド3では、永遠に続く夏が宵の口に入りつつあった。
気候は熱帯に設定され、サンゴ礁の海が広がる。
他船団からの訪問客の多くが観光にやってくる人気スポットでもある。
そして、今回、映画『Bird Human』とシェリルのドキュメンタリーのロケ地に選ばれた。
複座型VF-25Tの後席でアルトはチェックに余念がなかった。
「モードはアトモスフィア。各部異常なし」
「こちら、マヤン・コントロール。アモンティリャード1、クリアランス確保。いつでも飛びたてます」
臨時の野戦管制官としてSMSから出張してきたラム・ホアが発進許可を伝える。今回のロケでは、映画撮影も含めて二個小隊のVF-25を運用するため、管制のための機材・人員もSMSが全面バックアップしていた。
「ワクワクするわね」
前席で操縦桿を握っているのは、シェリルだ。ドキュメンタリー『銀河の妖精、故郷のために銃をとる』撮影の一環として、バルキリーを操縦するシーンを撮影するのが、今回のミッション。
「マヤン・コントロール、アモンティリャード1テイク・オフ」
アルトはスロットルを押し込んだ。
「グッド・ラック、アモンティリャード1」
ガウォーク形態のVF-25Tは、マヤン島から垂直離陸を開始。
続いて、随伴の同型機アモンティリャード2も離陸。
飛行中で難易度の高い離陸フェイズを終えると、ファイター形態に移行して巡航モードに入る。
「前席、コントロールを渡すぞ」
「了解、アルト」
シェリルが握っている操縦桿に翼が空気を切り裂く手応えが伝わってきた。
「致命的な操縦ミスは機載コンピュータがキャンセルしてくれるし、俺もフォローする。安心して無茶をやれ」
「シミュレーターでみっちり訓練してきたんだから、大丈夫よ」
シェリルは軽く操縦桿を動かして小さく翼を振った。
「しばらく、このまま直進して、マヤン島上空を航過したら、3回転のループね」
事前の計画を再確認する。
「お、アモンティリャード2に手振ってやれよ」
随伴機が右斜め上に位置している。こちらのコクピットを撮影しているのだろう。
シェリルはヘルメットのバイザーをあげて顔を見せ、手を振った。
「そろそろ、ね」
ランドマークに選ばれた山の上空でシェリルはバイザーを降ろした。
キャノピーの片隅に、ループ開始のサインが出る。
「いくわ!」
アモンティリャード1は急角度で上昇。随伴機もぴったりと位置を合わせて上昇する。
「曲率を保て!」
過大なGが体にかかる。
EXギアがブラックアウトやレッドアウトを避けるべく体を締め付けてサポートする。
「くっ」
食いしばった口元から、呻き声を漏らすシェリル。
1回転。
2回転。
3回転。
「あっ」
シェリルの手がぶれた。すかさず後席のアルトがコントロールして、機体の動きを保つ。
「ループ・フェイズ終了」
アルトの宣言に、シェリルが声を上げた。
「だめ! もう一度よ!」
「……気に入らないか」
「最後の最後でミスしたもの」
アルトは少し考えた。言い出したら聞かないシェリルだ。
「よし、もう一度ループ。アモンティリャード2、いいな?」
再びVF-25Tは上昇を開始した。
結局、3度目の挑戦でループが決まった。
「後はよろしく!」
地上へ戻ってから、シェリルは飛び出すようにVF-25Tから降りた。
「あのプロ根性は大したものだな」
シェリルの後姿を見送ってから、アルトはフライト後の機体チェックをする。
動力を落としてから、機体を降りて、シェリルの後を追う。
シェリルが向かったのは、休憩室に使っているキャンピングカーだった。
「どうだ、仕上がりは?」
ソファに座ったシェリルは、テーブルの上に並べた編集機材の前で映像をチェックしていた。
その隣に座って、画面を覗き込むアルト。
アモンティリャード2から撮影した画像や、コクピット内部でシェリルの表情を捉えているカメラ、地上から撮影された飛行機雲を引いて飛ぶVF-25T。
三度目に挑戦したトリプルループは完璧な航跡を描いていた。
「まあまあね……アルト、いつもあんな風に飛んでいるの?」
「宇宙空間だと、ちょっと感じが違うけどな。重力と大気が無いし…」
「ライブをまとめて三回したみたい…」
シェリルはあわてて口元を押さえた。嘔吐感が突き上げてくる。洗面所へと走りこみ、吐いた。
「おいっ」
アルトもかけつけて、シェリルの背中をさすった。
「はぁっ…はぁっ…はぁっ…」
えづきが収まると、顔を洗って息を整える。
「楽になったか?」
「え、ええ……アルト、ソファに座ってて」
「お前、大丈夫なのか?」
「いいから、言う通りにして」
水に濡れた顔を上げるシェリル。声の調子はいつもどおりだ。
アルトは冷蔵庫から飲み物のボトルを取り出すと、言われたとおりのソファに座った。
顔を拭いたシェリルが戻ってきて、ソファに座ると、アルトの膝を枕にして横になった。
「俺は枕だったのか」
「そうよ……あら、ありがとう」
アルトが差し出したグラスを受け取るシェリル。
「何これ?」
「レモネード。口の中がスッキリするぞ」
シェリルは小さい子供のように、両手でグラスを持つと、よく冷えた液体をコクンと飲んだ。
「頑張ったな」
アルトの手がシェリルの前髪をかき上げた。
「当り前よ……私はシェリルなんだもの。それぐらい当たり前」
「大したもんだよ」
「なんか気持ち悪いわ。アルトらしくない…」
シェリルは眉を寄せた。
「勝手に決め付けるなよ。認めるところは認めているんだからな」
「アルトなんかに認められなくても……」
強がろうとしながらも、頬が緩んでくる。
アルトはソファの上で少し身じろぎして、シェリルの頭が安定するようにした。
「三回転のアクロバットって言えばさ、俺がすごい好きな話があるんだ」
「なぁに? 教えて」
「昔、地球で、地球人同士で大規模な戦争があった頃の話さ。伝説的な撃墜王が、敵の基地へ空襲へ行ったんだ。ところが、どうしたことか迎撃機が上がってこない」
「どうして?」
「たぶん、タイミングを逃したのか、整備に問題があったのか……地上を滑走している時の飛行機は一番脆弱だからな。で、やる気満々で乗り込んできた撃墜王とその僚機は、肩透かしされた腹いせに空中三回転したんだ」
「ふぅん」
「ところが、さ、後で上官にバレて、大目玉を喰らったって」
「どうして、判ったの?」
「空襲の後、敵の戦闘機が味方の基地まで飛来して、通信文を落として行ったのさ。素晴らしいショーをありがとう。次は必ずお相手する、ってね」
「ふふっ……でも、バジュラが相手だと、通じないユーモアね」
「そうだな。戦いにロマンなんてものが無くなって、みんなが大きな戦争機械の一部みたいに動いているよな。でも、パイロットだけは、名誉ある戦士たちの最後の子孫だと思える」
「男のロマンに殉じるより、私の膝枕になる方が重要よ」
シェリルの結論に、アルトは苦笑した。
キャンピングカーの窓から、夕方の光が差し込んでくる。
リゾート艦・アイランド3では、永遠に続く夏が宵の口に入りつつあった。
2008.06.09 ▲
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