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(承前)

アリス・ホリディの自宅は、高級アパートのペントハウスだ。
アパートの玄関につけられたリムジンからアルトが降り立ち、シェリルをエスコートすると、待ち構えていたカメラからフラッシュを浴びた。
この夜のシェリルの装いは、大胆にアレンジされた真紅のチャイナドレス。胸元と背中の肌を見せるカットに、太股の付け根まで入ったスリットから脚線美をのぞかせる。ストロベリーブロンドを左右二つのシニヨンに結って、残りの髪を背中に流している。
アルトは黒いシルクのマオカラースーツ。
赤と黒の取り合わせは、この日の招待客の間でも目立っていた。
エレベーターで最上階へ。
ホームパーティーという名目になっているが、マクロス7きっての実力派シンガーで、長い芸歴を持つディーバが開いた宴には、船団内の主だった芸能関係者のほとんどが集まっていた。
人の輪の中心に、ゴールドのラメを贅沢に使ったドレスを着たグラマラスな女性がいる。明るいブロンドに、肉感的な朱唇、浅黒い肌。アリス・ホリディその人だ。
招待された者の務めとして主賓へ挨拶しようとする二人。
先に向こうが気づいた。
「まあ、遠い所からよく来てくださったわね。初めまして、アリスよ」
銀河に多くのファンを持つ、低いハスキーボイスが響く。
「お招きにあずかりまして光栄です。シェリル・ノームです」
互いに軽くハグした。
シェリルって呼んでも良いかしら? こっちもアリスで構わないから」
「ええ、けっこうよアリス
「アルバム制作に来られたんですってね。マクロス7での滞在が楽しいものになると嬉しいわ……こちらの目の覚めるようなハンサムさんを紹介していただけないかしら?」
アリスの色っぽいタレ目が、アルトを見て微笑んだ。
「早乙女アルトです。お招きいただきありがとうございます」
「良い声しているわね」
アリスはアルトの肩に軽く手をまわし、アルトも軽くハグした。
シェリルより、だいぶ厚みがあるな)
そんなことをチラと考えてから、笑顔で感想を隠すアルト。
「あなたもシンガーなのかしら?」
「いいえ。舞台の方で。歌舞伎の役者です」
「まあ!」
アリスは目を丸くした。
「エキゾチックね。後で、ゆっくりお話聞かせて欲しいわ」
「喜んで」
そこでアリスを呼ぶ声がした。ハイトーンボイスに三人が振り向くと、招待客の間をかき分けるようにしてやってきたスレンダーな女性がいた。
鮮やかなピンク色の長い髪は、明らかにゼントラーディの形質を受け継いでいる。大きな目は、やや目尻が下がっていて、表情豊かに煌めく深緑の瞳が特徴的だ。年の頃は、20代後半か30代前半。アリスから見ると、一つ下の世代だろう。
ミレーヌ、どうしたの?」
「でっかいプレゼントが届いているわよ。車ぐらいのサイズがあるわ。スタッフが困ってた」
「そうね、とりあえず地下の倉庫に回してもらおうかしら」
アリスは携帯端末を取り出すと、スタッフに二言、三言指示を与えた。
それからシェリルに向き直る。
ミレーヌ、こちら、シェリル・ノームよ。シェリル、こちら、ミレーヌ
シェリルの目がハッと見開かれた。
「は、初めまして。シェリル・ノームです」
珍しく声が上ずっている。
ミレーヌ・フレア・ジーナスよ、よろしく」
握手すると、ミレーヌの華奢な肩に乗っている褐色の毛玉のような生き物が、大きな目を瞬かせた。ペットのギャララシ(銀河毛長ネズミ)のグババだ。
ミレーヌが来ているのなら、バサラも?」
シェリルの言葉にミレーヌは困り顔を作ってみせた。
「招待状はもらってたんだけどねー、アイツ、またどっかに飛び出してったわ。ミンメイの歌がどーとか言って」
アルトにはシェリルが大きく落胆したのが判った。だが、見事なまでに表情には出さない。
ミレーヌはちら、とアリスを振り向いた。別の招待客がアリスに挨拶している。
そこで、アルトとシェリルを庭へと案内した。
「フロンティアから、マクロス7まで来たの? いつ?」
「ええ、つい先日到着したばかり。アルバム制作のために来たの」
屋上の半分ほどを緑豊かな庭園にしてある。幻想的なライトアップを施してあり、その中をシルエットとなった紳士淑女が行き交う。
「いい選択ね。ここには、いっぱい良いミュージシャンがいるから。それで、そちらは“銀河の王子様”ね」
ミレーヌがアルトを見て微笑んだ。
「え?」
アルトは意表を突かれた。御曹司と呼びかけられたことはあっても、銀河の王子様なんて言われたことがない。
「こっちの女の子の間じゃ、そう呼ばれているのよ。惑星フロンティアの決戦でほら、シェリルが“アルトー!”って叫んだじゃない」
これには、二人揃って頬を赤らめた。
「銀河の妖精の王子様だから、縮めて“銀河の王子様”よ」
ミレーヌの肩の上でグババがクルリと回転した。
「ごめんね。戦っている当事者は必死だったって判ってる。私も戦場で歌ったからね」
ファイヤー・ボンバーのボーカル兼ベースだったミレーヌも、バロータ戦役では可変戦闘機VF-11MAXL改を駆って宇宙を駆け巡っていた。
「当事者以外には、ドラマティックな状況に見えたでしょうね。役者なんて人種は、不謹慎のカタマリみたいなものですから、外から見てる人の気持ちも判りますよ」
アルトは笑って言った。
「役者…そうだね、歌舞伎の御曹司なんだものね、アルトさんは」
「アルトで結構です」

パーティーはたけなわ。
シェリルは音楽関係者とレコーディングについて盛り上がっている。
アルトは壁際に身を引き、カクテルを手にしてシェリルの話が終わるのを待った。
視界の隅でソファが空いているのを見つけて座る。
「隣、いいかね?」
見上げると、アルトと同じようにグラスを手にした男が立っていた。
「どうぞ、おかけ下さい」
アルトは立ち上がって、席を勧めた。
「ありがとう」
整った顔立ちに、レンズの大きなメガネをかけていて、オールバックにした髪は青味がかったグレーになっている。顔に皺は少ないが、案外年齢を重ねているのかもしれない。カジュアルなジャケットの襟元にスカーフを巻いていて、ロマンスグレーと呼ぶのがふさわしい。
「娘のオマケで来たんだが、久しぶりのパーティーは中々、疲れるね」
男は世間話を始めた。
「娘さん…どなたですか?」
「ああ、あの子だ」
グラスを持った手で指さしたのはミレーヌだ。
ということは……アルトは敬礼した。
マクシミリアン・ファリーナ・ジーナス大将でいらっしゃいますか」
「退役大将、だな。早乙女アルト予備役大尉」
マックスは茶目っ気たっぷりに答礼した。
「奇襲攻撃は成功したみたいだね」
新統合軍に、その人ありとして知られたマックスは、バロータ戦役において准将の身分でありながら、妻のミリア・ファリーナ・ジーナス市長(当時)と共に、バルキリーに乗り込んで最前線で戦ったという逸話の持ち主だ。
将官の階級を持つ戦闘機パイロットとして、第二次世界大戦当時の撃墜王にしてドイツ空軍准将アドルフ・ガーランドと並び称されている。
「全くの成功であります」
「バジュラ戦役のエースパイロットを奇襲できたんだから、まだまだ若い者には負けないな。まあ、座りなさい」
アルトは隣に座った。
第一次星間大戦とバロータ戦役という大きな戦いの英雄であり、アルト達のようなパイロットにとってはバルキリーによる戦術を確立した先駆者として、教本に載っているマックス
アルトは、どんな舞台の上でも経験したことのない緊張と高揚を感じていた。
「パーティーは……マクロス7を楽しんでいるかね?」
「はい、大いに楽しんでいます。長距離の貨客船で、こちらに来たのですが、外から見るとまるで遊園地みたいな船団ですね」
マックスは笑った。
「遊園地か……バロータ戦役の時は、悩みの種だった。何しろ、各艦の運航特性が違い過ぎる。回避運動も、それを計算しなくてはならない。設計上は、大きく違わないように建造しているんだがね、長距離航行している内に色々と問題が持ち上がって」
護衛艦隊を率いていた艦隊司令としての視点でマクロス7を語るマックス
話題は惑星フロンティアに移った。
「そっちは、どうだい? バジュラとの共存は?」
「環境は申し分ありません。バジュラとお互い、気を使って暮らしています。一番、苦労しているのは……知性の違いでしょうか」
アルトの言葉にマックスは身を乗り出した。
「ほう?」
「銀河系規模で並列思考可能なバジュラは、たとえば……100年かけて推移する自然現象を100年かけて理解するような気の長いところがあります」
「なるほど。人類では、そうはいかないからな」
「幸い、バジュラから派遣されてきた交渉用の個体“大使”のコミュニケーション能力は高く、異種知性間の交渉にしては、今のところ上手くいっているのではないかと思います」
「興味深いね」
マックスはカクテルで喉を潤してから、話題を変えた。
「ひとつ、立ち入った事を聞いてもいいかね?」
「なんでしょうか」
アルトは背筋を伸ばした。
「戦っている間、何が辛かった?」
アルトは唇を引き結んだ。しばらくそうしていてから、おもむろに語る。
「戦って、解決できない事が辛かったです」
「具体的には?」
「病気が末期に入り、余命が日単位で数えられる人に寄り添うしか無かった時。それから、誰よりも自分の事を考えていてくれた人に気づいてやれなかったこと」
マックスはグラスをサイドテーブルに置くと、顎を掌で撫でた。
「後悔できるということは、生きているってことだな」
「はい」
年齢も立場も違う二人に共通しているのは、エースパイロットと呼ばれたことだろう。エースは多くの死を看取るものだ。
「マックス、あなた。そろそろお暇しましょう」
緑色の髪の女性が呼びかけた。かつては眼光で敵を射抜くほどに鋭かった目は、時と経験で穏やかになっていた。ミリア・ファリーナ・ジーナス元市長。
「ああ」
マックスが立ち上がり、アルトもバネのように素早く立ち上がって敬礼する。
ミリア、紹介しておくよ。フロンティアから来た、早乙女アルト予備役大尉だ。こちら、ミリア・ファリーナ・ジーナス……退役中佐か、元シティ7市長か、私の妻か、ミレーヌの母か、どれが気に入った肩書きで呼びたまえ」
マックスが引き合わせる。
ミリアは答礼をしてから言った。
「年寄りの昔話につき合わせてごめんなさいね。退屈だったのではないかしら?」
「いいえ。提督のお話は、まさに興趣尽きせじ、です」
アルトの答えにニッコリするミリア。
「良かったわね、付き合いの良い若者で」
「失礼だね、ミリア。政治家と提督は、口が上手くないとやってけない仕事だぞ」
マックスは唇をへの字にした。そして、笑顔になるとアルトに向かった。
「では、私たちは失礼するよ。マクロス7を楽しんでくれたまえ」

マックスの運転するセダンで帰路に就くミリア。
「ミレーヌが、ずいぶん羨ましがってたわ」
「シェリルとアルト大尉を?」
「二人とも互いを思いやる様子が素敵ですって」
「確かに繊細な雰囲気だったな、彼は」
ミリアはルームミラーの中で小さくなるアリス・ホリディの住むアパートをちらりと見た。
「あの子、今夜あたりバサラの顔写真を貼り付けたサンドバッグをぶん殴ってるわ」
「何、そんなことしているのか」
「先週、あの子の所に遊びに行った時に見たのよ」
マックスは肩を竦めて、アクセルを踏んだ。

(続く)


★あとがき★
前後編のつもりが、例によって話が膨らんで前中後編になりそうです。
ミレーヌがどんな女性になっているのか、けっこう悩んでいました。マクロス7の中ではティーンエイジャーで、ガキンチョのイメージが強調されていた彼女ですが、こんなんでどーでしょ?

マックスミリアは、この時点で60代後半~70代ぐらいを想定しています。

2009.03.02 


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