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美星学園、午後。
試験時間終了のチャイムが鳴った。
教室内では、緊張が一気に解け、あちこちでノビをする生徒がいる。
「終わったー!」
「ダメだ…」
「クランベリーモールに行こうよ」
「ふっふっふ、読み通り!」
悲喜こもごもの生徒達の中で、航宙科で最も目立つ四人組が相談していた。
「どこか行きたい所、ある?」
ミシェルことミハエル・ブランがシェリル・ノームに聞いた。
「そうね、フロンティアに詳しい人に任せるわ。ランカちゃんも、ナナセちゃんも、今日試験明けなんでしょ? 合流してから決めましょ」
「いいね。それまでハンガー(格納庫)で時間を潰そうか」
ミシェルがチラと振り向くと、ルカアルトも荷物を手にして立ち上がった。

航宙科のハンガーでは、下級生達が十人ほど集まってワイワイと盛り上がっていた。
「何をしているのかしら?」
シェリルが言うと、下級生達が挨拶する。
「ちわーっす」
ルカが言った。
「アームレスリング大会ですね」
EXギアを装着した下級生二人が小型のコンテナを机代わりに腕相撲をやっている。
「誰が勝ってるんだ?」
アルトの質問に、小柄な女生徒の名前が挙がった。
「ジェマです」
「今、5人抜き!」
コンテナの向こう側で、メンバーの中で一番背が低い黒髪の女子がはにかんだ笑みを浮かべて頷いた。
「じゃあ、俺とやってみるか」
アルトがEXギアをロッカーから取り出した。飛行するつもりは無いので、制服の上に直接装着する。
「アンフェアだわ。アルトの方が強いに決まってるじゃない」
シェリルが言うと、ミシェルが説明した。
「まあ、見てなよ。EXギアの出力は一定で、装着者自身の筋力はほとんど影響しない。スキルを競ってるのさ」
審判役のレディー・ゴーの掛け声と共に、腕相撲が始まった。
アルトの胸までしかないジェマだが、勝負は拮抗していた。
緊迫する空気。
ジェマが歯を食いしばり、アルトも勝負に集中している。
開始位置から両者の拳が動かない。
「あっ…」
シェリルが小さな叫び声を上げた。
ふっ、と拳が動くと一気にアルトがジェマの腕を倒す。
「勝負あった!」
「姫に一日の長があったな……どうだい、女王様、やってみる?」
ミシェルの挑発に、シェリルは不敵な表情を作った。
「いいわよ。手加減してあげないからね、アルト」
シェリルルカに手伝ってもらいながら、EXギアを装着した。
「俺は手加減してやるよ。ハンデで両手使ってもいいぞ、シェリル」
「ハンデは無用よ」
周囲の注目が集まる。
アルトの腕が確かなのは、この場に居る全員が知っていたが、シェリルの身体能力が傑出しているのも周知の事実となっていた。
「では、手を握って。レディー・ゴー!」
あっけなかった。
シェリルの手の甲(正確にはEXギアのマニュピレーターの手の甲)が瞬きするほどの間でコンテナに押し付けられた。
「もう一回!」
シェリルは再挑戦したが、5本続けて負けた。
ハンデで両手を使ったが、それでも3本負けた。
「どうなってるのコレ?」
シェリルは不満そうだ。
ミシェルが言ってただろ。使い方の問題だって。ヒント、やろうか?」
アルトがEXギアを脱ぎながら言った。
「要らない、自分で見つける」
シェリルが唇を尖らせた。
ランカナナセが連れ立ってきたの見つけたミシェルが声を上げた。
「そろそろ行こうぜ、打ち上げ」

行き先は、クランベリーモールにあるカラオケボックスとなった。
「へぇ、これがカラオケなんだ」
ナナセが予約したパーティールームを物珍しそうに見回すシェリル。
「入ったことないんですか? シェリルさん」
ランカの言葉にシェリルは頷いた。
「スタジオか、ステージでしか歌ったことないの」
「楽しいですよ」
部屋の一角が、ささやかなステージになっていて、自動追尾のスポットライトで照らされる。
ランカさん、入れました」
「うん」
ナナセランカがステージに上がり、ちょっと前に流行った女性デュオの曲を振り付きで歌う。
「あら、ナナセちゃんもやるわね」
曲が終わって、シェリルも拍手した。
続いて、ミシェルがステージに上がって、早口のラップを歌う。
「どうです、シェリルさんも1曲」
ランカがリクエスト用の端末を差し出した。
「遠慮しとくわ。今日は喉を休めたい日なの。明日、録りの日だし」
ランカがしゅんと萎れた。
「あ……ごめんなさい」
「いいのよ。見ているのも楽しいから。あ、アルトがステージに上がるわ。下手だったら、思いっきり野次ってあげましょ」
アルトは、パーティールームの備品のギターを抱えた。
チューニングする手つきは案外慣れたものだ。
「弾き語り? アルトの癖に生意気」
シェリルが囁くと、ランカが首をすくめてクスッと笑った。
アルトはピックで弦を弾いた。

 吹けども傘に雪もつて
 積もる思ひは泡雪の
 消えてはかなき恋路とや
 思い重なる胸の闇
 せめてあはれと夕ぐれに
 ちらちら雪に濡鷺のしょんぼりと可愛(かわゆ)らし

ギターを三味線代わりに『鷺娘』を歌う、その様子は巧みでランカは目を輝かせた。
「凄いよ、アルト君」
「地方(じかた)の練習もさせられたんだ。今時の歌は知らないから、こんなので勘弁してくれ」
シェリルは、珍しく照れ笑いを浮かべるアルトにムカついた。
(うっかり聞き惚れちゃったじゃない)
いい声だった。シェリルの知っている発声法とは異なるが、キチンと訓練を積んだ通る声だ。
腕相撲で力を入れすぎて痛くなった手首を摩りながら、何とかアルトをやり込めてやろうと、シェリルは思った。

シェリルの仮住まい、ホテルのスウィートルーム。
帰宅したシェリルは、ゆったりとした部屋着に着替えてからも、考え込んでいた。
「どうしたんですかシェリル?」
グレイス・オコナーがインプラントされた情報端末をチェックしながら尋ねた。
「え…」
シェリルが顔を上げた。
「力瘤でも作りたいんですか?」
グレイスに指摘されてようやく気がついた。手を腕相撲の形にしている。
「あのね、グレイス。もし、もしよ、全く腕力の同じ相手と腕相撲するとして、負けっぱなしになるとしたら、何が原因かしら?」
シェリルの質問に、グレイスは妙な顔をした。
「腕相撲? 体育の授業で、そんな競技があるんですか?」
「そうじゃないけど…」
「アームレスリングですね……もしかしたら、こういうことかしら?」
グレイスはローテーブルを挟んでシェリルと向かい合わせに座った。
「義体の出力をシェリルと同じに調整しますね。手を出して」
グレイスが肘をテーブルにつけて手を差し出した。
シェリルも同じ姿勢になる。
「3、2、1、Go!」
「きゃっ」
シェリルの手がパタンと倒れた。
「そう、こういう感じ。何でなの?」
グレイスは微笑んだ。
「使っている筋肉の数が違うんですよ。今、シェリルは肩、肘、手首の筋肉を主に使っていました。でも、私は足から指先の筋肉を一気に使ったのです。これなら、筋肉の出力が同じでも、力は格段に違います」
「そうなのね!」
「でも、簡単にはできませんよ。私のようなサイボーグボディならともかく、人間の肉体なら動作を反復して覚えないと。足指から手の指まで連携して力を伝えるイメージが大切です」
「判ったわ。でも、何か良い練習器具が欲しいわね……」
グレイスは、考え込むシェリルを前にして、インプラントでネットワークにアクセス。アームレスリング・ゲーム用のインターフェイスを検索していた。

1週間後。
「アルト! リターンマッチよ」
放課後、EXギアを装備したシェリルがアルトをビシッと指差した。
「なんだ、まだ根に持ってたのか?」
アルトが皮肉な笑みを浮かべて、EXギアをロックした。
「うるさい。向上心が有るって言うのよ」
「いいぜ。このコンテナを使うか」
他の生徒が注目する中、勝負が始まった。
ミシェルが審判役を買って出る。
「レディー・ゴー!」
キュィン、とEXギアのモーターが微かなうなりを上げる。
今度はシェリルも簡単には倒されない。1~2秒は拮抗していた。
少しずつアルトが圧し始める。
ゆっくりとシェリルの手がコンテナについた。
「また負けた…」
悔しそうな表情のシェリルだったが、アルトは驚いていた。
「お前、どこで覚えた? この前とは格段に出力が違うぞ」
「ふふん。銀河の妖精は魔法が使えるのよ」
シェリルは、ほんの少しだけ溜飲が下がった。
「言ってろよ。練習、始めるぞ」

ホテルのスウィートルーム。
美星学園から帰ってきたシェリルを出迎えたグレイスは、フワリと花の芳香に包まれるのを感じた。
「ありがと、グレイス」
シェリルが大輪のバラの花束を差し出した。
グレイスは受け取ると、花に鼻先を埋めるようにして香りを楽しんだ。
「ロサ・ギガンティアね……こんな珍しいバラが栽培されているなんて、フロンティアらしい。どうしたんですか、シェリル?」
「アームレスリングでね」
「勝てた?」
「負けちゃった。でも、いい所まで行ったのよ。アルトが目を丸くしてたわ。だから、お礼。品種はよく判らなかったけど、そんなに珍しいバラなの?」
「ええ」
グレイスは花瓶に生けながら返事した。
「中国原産の原種に近いバラです。今ある栽培品種のバラは、これを元に交配したり、改良されたものなんです。中国系も多く乗り組んでますものね、この船団」
「そうなんだ。それに白バラの花言葉、知ってるでしょ?」
シェリルは、制服のリボン・タイを解いた。
「純潔……この場合は相応しく無いわ。尊敬の方かしら?」
グレイスの言葉にニッコリしたシェリルは、着替えようとウォーク・イン・クローゼットに向かった。


★あとがき★
貴絲(グレイス)さまのリクエストにお応えしてみました。
お待たせしてごめんなさい。
タイトルは、掛詞です(笑)。

気軽な学園ドラマ、久しぶりに書いた気がします。
なにやら、アニメ雑誌の『ニュータイプ』の方では、マクロスFの幕間劇みたいなイラストとショートストーリーで綴る連載が始まっている模様。秋まで、これで萌えを補給しようっと。

2009.03.11 


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