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惑星フロンティア、早乙女嵐蔵邸。
アルト
稽古場で若手の指導をしていたアルトは呼ばれて振り返った。
「はい、先生」
稽古場では親子ではないから、そのように呼びかけるのが決まり事だ。
嵐蔵は袖から手を出して、顎に手をやった。
「稽古を切り上げてくれ。少し話したいことがある」
「はい」
丁度、予定の時間になったことだし、アルトは終わりの号令をかけた。
神棚を礼拝して稽古を終えると、場を支配していた緊張感が緩んだ。
アルトは改めて嵐蔵に向き合った。
「日本舞踊の春井流という流派がある。知っているか?」
「いいえ」
「京舞の流れを汲む流派で、男子禁制を謳っている」
アルトの記憶に引っかかるものがあった。
「もしかして……母方の遠縁にあたる」
「そうだ。お前から見れば、大叔母にあたる方が今の家元だが、後継者が居ない。もう高齢でもあるし、このまま失われてしまうには惜しい」
嵐蔵は歌舞伎役者だが、他の伝統文化の継承にも心を砕いてきた。彼自身、いくつかの芸事の家元を兼ねている。
「どちらにいらっしゃるのですか?」
「マクロス7船団。お前が行って、伝授されてこい」
アルト
「よろしいのですか? 男子禁制とうかがったのですが」
「うむ、他に適任者が居らん。やむを得ん。流派が絶えるよりはましだ」

「ダメよ!」
アパートに帰り、シェリルにマクロス7行きの話をすると、即座に止められた。
「だって、そんな、長期滞在になるんでしょう?」
「今のところ、半年の予定だ」
「私がツアーから帰ってきたばっかりなのにぃ」
キャミソールにホットパンツの部屋着姿のシェリルはソファの上で胡坐をかいた。
アルトも、それを言われると辛い。決して離れたいわけではない。
「だがな、今、この機会を逃すと、伝統が一つ消えてしまう」
「それは、そう……だけど。マクロス7ね」
シェリルは何か考え始めた。
「ミュージシャンが集まる船団よね……なんて言ったって、熱気バサラとサウンド・フォースがいるんだから」
マクロス7船団とプロトデビルンの戦いは、バロータ戦役と呼ばれている。
あれから20年近くが経過しているが、熱気バサラを慕うミュージシャンが船団に集まっていた。マクロス7のローカル音楽チャートは、ユニバーサルボードのような銀河系全体のチャートにも影響を与えるため、業界関係者から動向が注目されている。
シェリルも来るか? ツアーはしばらく無いんだろ?」
アルトは部屋着にしている藍染の浴衣の袖から手を伸ばして、アパートに備え付けの情報端末を操作した。
マクロス7の公式サイトにアクセスする。
かつてのフロンティア船団の進路とは別方向だが、銀河中心領域へ向けて移民可能な惑星を探査しつつ航行中だ。
「そうね。ひと月ほど充電期間を置いてから、アルバムの企画に入る予定だったんだけど」
シェリルはアルトの隣に座ると、形良い顎をアルトの肩に乗せた。
「向こうで企画とか、レコーディングっていうのもアリよね」
「大げさになってきたな」
「銀河はシェリル・ノームを中心にして回っているのよ」

早乙女アルトとシェリル・ノームは、快速貨客宇宙船アトランタに乗って惑星フロンティアからマクロス7船団への旅に出ることとなった。
“こちら船長です。我らがアトランタは、後1時間でシティ7に接舷します”
客室のスクリーンには貨客船の進行方向が映し出されていた。
第37次超長距離移民船団・通称マクロス7は、マクロス・フロンティア船団のようなアイランド・クラスター型の船団とは異なる編成だった。外見上の特徴は、参加する各艦の姿がバラエティに富んでいることだ。
各艦はミルキーウェイと言う名のイルミネーションで輝く通路で接続されている。
「あそこの、八面体みたいなのは、研究施設が集まっているアインシュタインね」
「巻貝みたいな艦もある……ええと、海洋リゾート艦リビエラ」
シェリルが五角形の特徴的なフォルムの艦を指差した。
「11時方向、武道艦よ、一度あそこでライブしてみたいって思ってたのよ」
シェリルとアルトは、外部映像の上に船団に所属している艦の情報を重ねて表示させながら景観を楽しんだ。
「マクロス7を企画した人は、遊び心に満ち溢れてたみたいだな」
まるで銀河を航行する遊園地のパビリオンのように個性豊かな艦の間を潜り抜けたアトランタの前方に、船団旗艦シティ7の威容が現れた。
「アイランド1と同じような形ね」
シェリルの指摘にアルトは頷いた。
「基本的な設計思想は同じだ。アイランド1の方が、全長で2倍以上デカい」

アトランタはドッキングポートに接舷した。
アルトとシェリルが移乗ゲートを出ると、30代ぐらいの黒い肌の男が出迎えた。
「FGエンターテイメントのパトリック・オピオです」
ベクタープロモーションと提携しているプロダクションから、シェリルをアテンドするために派遣されてきた人物だ。
「ようこそ、マクロス7へ。長旅でお疲れでしょう。まずはホテルにご案内します」
オピオの運転する車で市街地へと向かった。
「明日のご予定はお決まりですか?」
ハンドルを握ったオピオの質問にシェリルが答えた。
「私は、FGさんへ挨拶にうかがうわ。アルトは?」
「親戚に挨拶してくる。その後は……どうかな、行ってみないと分からない」
アルトは、春井流の家元・春井藤花の人となりについて考えた。
嵐蔵の話によれば、かつて地球に居た頃は厳しい指導で知られていたと言う。
その後、植民惑星エウロス3に移住したが、反統合勢力によるテロによって政情が不安になり、3年前にマクロス7へ再移住した。
マクロス7に来てからは、何故か弟子をとってない。
「もし、観光に行かれるのなら、お声かけて下さい。ガイドしますよ」
オピオの申し出に、シェリルが微笑んだ。
「ありがとう。スケジュールが決まったらお願いするわ」

翌日。
アルトは一人でアクショに赴いた。マクロス7の船団旗艦シティ7のドッキングポートを不法占拠した移民船の中にある街だ。
治安は良くないが、家賃が安いので、次のバサラを目指すアーティストの卵達が多く暮らしている。
熱気バサラ自身もアクショの出身だ。
「悪所ってことか……」
羽織袴姿のアルトは、携帯端末で地図を見ながら目的地へと歩いて行く。
原色を多用した派手な看板が目立つ街角は賑やかで、せせこましい。本来あったビルの間に無理やり建てたペンシルビルや、ビルとビルの間を繋ぐ違法増築の空中回廊、店頭からはみ出た陳列棚のせいで、すれ違うのがやっとという道幅の露地が、あちこちにある。
ストリートミュージシャン達が雑多なジャンルの音楽を奏でていた。
都市計画が行き届いたフロンティア船団内で育ったアルトの目には、猥雑で活気を感じさせる街並みは新鮮に映った。
アーティストがデザインした奇抜な図柄のTシャツにジーンズ、払下げ品の軍服を改造したジャケット、辺境惑星の民族衣装を組み合わせた多種多様なファッションの中で、アルトの和服姿は目立った。道行く人の多くが振り返る。
目当ての番地にたどり着いたアルトは、かつては規格型のアパートだったのだろうビルの看板を確かめた。
「ここか」
そのビルには、飲食店や店舗などのテナントが入居していて、今ではアパートと言うより雑居ビルと呼ぶ方が相応しい。
アルトはエントランスより入り、エレベーターで6階に行った。
扉の脇に備え付けのインターフォンを押して来訪を告げると、部屋の主はすぐに扉を開けてくれた。
「初めまして。フロンティアよりまいりました早乙女アルトです」
アルトが礼をすると、和服姿の老婦人が笑顔で迎えてくれた。
「遠路はるばる、ようこそおいでくださいました。私が春井藤花です」
痩身の老婦人は、どこか鶴を思わせた。
通された部屋は、ひどく殺風景だった。30平方メートルほどの広いワンルームで、床はカーペットタイル。設備類は、住居と言うより事務所のような感じだ。
広い部屋の一角を可動式のパーティションで仕切っている。寝室として使っているのだろうか。
別の一角は畳を敷いてあり、中央に卓袱台と、ささやかな家具類と仏壇が壁際に並んでいる。
「お参りさせていただいてもよろしいですか?」
アルトの言葉に藤花は微笑んだ。湯気を立てる白磁の湯呑茶碗をちゃぶ台の上に置く。
「はい、どうぞ」
アルトは仏前で正座し、手土産の菓子折りを供えた。
線香に火を点けると、落ち着く香りが流れ出す。
数珠を手に合掌して頭を垂れた。
中央の位牌は、先代の家元の戒名が刻んである。その横に写真立てがあり、3人の若い女性の姿が映っていた。いずれも和服姿で、青、緑、赤とカラフルな髪の色と上端が尖った耳朶の形からゼントラーディの血を引いていると分かる。
「こちらの写真の方は?」
藤花の上品な微笑みに、寂しげな色が付け加わった。
「弟子……達です」
「では、エウロス3の動乱で?」
藤花は目を伏せた。
「残念なことに」
「痛ましい。お悔やみを申し上げます」
「ありがとうございます」
礼をしてから顔をあげると、藤花は本題に触れた。
嵐蔵先生からお話をいただいたのですが、私は、最早、人を教える事はできなくなりました。初代から先代に至る先人には、まことに申し訳ないのですが、こればかりはどうしても」
柔らかい口調だったが、頑なな響きが潜んでいる。
「しかし、このままでは、あまりにも惜しい。先の大戦で、どれだけの伝統が失われたのかご存じでしょう……曲げてお願いします」
アルトは畳に両手をついて深々と頭を下げた。
「アルトさん、フロンティアの歌舞伎は行政府の援助を受けていますね」
藤花はチラと仏壇を見た。
「はい。文化的多様性を保持する政策の一環として、です」
「何のために多様性を保とうとするのでしょうか?」
アルトは訝しく思った。その答えを藤花が知らないはずはない。
「人類社会の活力を保つため。異種の知性と接触する時に備えるため、です」
第一次星間大戦のゼントラーディ、バロータ戦役のプロトデビルン、そしてアルトが戦ったバジュラ戦役のバジュラ。いずれも人類は歌を手がかりに、生存の道を切り開いてきた。
「武器なのです。ご先祖から受け継いでいるものを武器にしてしまっています。感動で相手をねじ伏せようとしている」
藤花はアルトの目を真っ直ぐに見た。薄い褐色の瞳に、深い悲しみを湛えている。
「それは……」
違う、とアルトは藤花の言葉に反駁しようとした。
確かに新統合政府が伝統文化の継承者に期待しているのは、藤花が喝破したような側面がある。
だが、アーティストと観客を結びつける感動はいつの時代も変わらない。
玄関から元気の良い子供たちの声が聞こえた。
「こんにちは、先生!」
「こんにちはー!」
アルトが振り返ると、プライマリースクールぐらいの年頃の子供達が数人、玄関でキチンと礼をして入ってくる。
「近所のお子さんを預かっているのですよ。学校から戻ってきて、共働きの親御さんがお帰りになるまで……さあ、お客様に挨拶しなさい」
藤花が言うと、子供達はアルトに向かって礼儀正しく頭を下げた。
「こんにちは!」
アルトも居住まいを正して、挨拶する。
「こんにちは」
「皆もお茶にしましょうか」
藤花が立ち上がり、キッチンに向かった。

午後、リゾート艦リビエラ。
巻き貝型の艦体の内部に人工の海洋を収めた艦だ。
有名なのは、人工海岸に造成された各種のリゾート施設だが、巨大な水族館として浅海から深度2000mを超える深海までを見学できるコースも人気のスポットだった。
螺旋状の回廊を、電動カートに乗って巡る。
「結局、奥儀だか秘伝だかは教えてもらえなかったの?」
電動カートを自動モードにして、シェリルはトロピカルフルーツジュースを手にした。熱帯の花をあしらったプリント柄のリゾートドレスを着て、サングラスを前髪の上に載せている。
「教える資格を失ったって言ってた。やっぱりエウロス3がきっかけなのか」
アルトもラフなジーンズにタンクトップ、ジャケットを着ている。
薄青い微光で照らされた回廊は、海水の屈折や反射が神秘的な雰囲気を醸し出していた。
「エウロス……植民に失敗して放棄された惑星ね。反統合勢力がテロを繰り返したんだっけ?」
「そう聞いている。調べてみないとな」
「そう。バジュラやバロータ戦役で、たくさんの人が亡くなっているのに」
シェリルは眉をひそめた。
既知宙域に限っても、ゼントラーディを含めた人類社会への脅威は絶えない。それなのに、なぜ人類同士の戦いが無くならないのだろうか。
「超長距離フォールドで来たんだ。このまま引き下がれない」
アルトは気分を切り替えようと別の話題を振った。
「お前の方はどうだった?」
「FGの方には、エルモさんから話が行ってるし、全面的に協力してくれるって。それでね、こっちのミュージシャンと顔合わせするためにアリス・ホリディのバースディパーティーに招待してもらったの」
水槽を大きな白い影が横切った。全長20mを超える巨大なイカの姿に、シェリルが歓声を上げた。
「すごーい……ねえ、アルト。エスコートしてね」
「え、俺もパーティーに行くのか?」
アリス・ホリディと言えば、ユニバーサルボードの常連となっているディーバだ。
シェリルから教えてもらった日時なら、予定は入ってない。
「当たり前でしょ。招待状は二人分よ」
「了解」
「後で着る服を見ていきましょ」
「ドレス、持って来たんじゃないか?」
「こっちで、どんなのが流行っているのか見たいのよ」

翌日、アルトは藤花宅を訪ねた。
「お邪魔します」
「あら、いらっしゃい」
和服姿の藤花は、いつもの上品な微笑みで迎え入れてくれた。
「こんにちは!」
予想通り子供達も5人ほど居る。
卓袱台を囲んでノートパソコンを広げ、学校の宿題に取り組んでいる。
部屋に備え付けの情報端末も、学習情報を検索するサイトが表示されているところを見ると、藤花も手伝ってあげていたようだ。
「市場で懐かしい物を見つけて」
「あら、何ですの?」
手に提げた袋の中から取り出したのは、お手玉だった。
「まあ、これは……」
藤花は手にとって感触を確かめた。
中には小さくて硬くて軽いものがたくさん詰まっている。
「アクショのマーケットを冷やかしていたら、小豆を見つけたので作ってみました。子供達の玩具になればと」
「アルトさんのお手製?」
「日常でも真女形であれ、というのが嵐蔵の教育方針でしたから」
藤花は綺麗な縫い目に感心した。
背後を振り返って子供達に呼びかける。
「お客様が来たので、お茶にしましょうか」
「はーい、先生!」
舞踊を教えるつもりはなくても、藤花は他人に何かを教える事に喜びを覚える性格なのだろう、と子供達の声を聞いてアルトは思った。
「今日はお手製のおはぎなんですけど、小豆を見てお手玉を作るのは思いつきませんでした」
藤花は、小皿におはぎを乗せて子供達とアルトの分を卓袱台の上に並べた。そして、抹茶を入れたお茶碗を並べる。
「いただきまーす」
「先生、お茶ニガいー」
薄茶だったが、いきなり口をつけた子供達には苦いようだ。
「おはきから先に頂くのよ。そうしたら苦くないから」
わいわい言いながら、おやつを頬張る子供達に、アルトは目を細めた。
「さあ、アルトさんもどうぞ」
「頂戴します」
藤花の勧めでおはぎに手をつける。甘さ控えめの懐かしい味だ。
ひとつ食べてから黒楽風の茶碗に手を伸ばす。
「ん?」
左掌に載せ、右手を添えて抹茶を喫する。
飲み干してから器を見ると、楽の落款が捺されている。
「これは……楽宗家の?」
藤花は頷いた。
「お分かりになりました? 星間大戦、エウロス3と、ほとんど失ってしまいましたが、辛うじて手元に残っているものです」
アルトが手にしているのは、茶道の世界では有名な楽焼の宗家が焼いた茶碗だった。他の子供達が持っている茶碗も、それぞれ名工の手になる作品だ。
「お道具ですから、使って差し上げないと」
藤花は、二口半で抹茶を飲み干した。

その夜。
FGエンターテイメントが手配してくれたリムジンに乗って、アリス・ホリディ邸に向かうアルトとシェリル。
「それから、どうしたの?」
「子供らにお手玉教えて帰ってきた」
「ふぅん」
シェリルは優雅に足を組み替えた。
「苦戦しているみたいね」
「俺が生まれる前から舞踊の世界で名前を成した人だ。その人が教えないと決心したんだから、半端な決意じゃない。その気になってもらえるまで、気長に通うさ」
「まるで小野小町のお話ね」
アルトは目を見開いた。
「覚えてたのか、深草少将百夜通(ふかくさしょうしょうももよがよい)」
「ええ、アルトが話してくれたじゃない」
空色の瞳が微笑んだ。
「そうだな……でも、どちらかというと、蝉丸法師の琵琶を待ちわびる源博雅の気分だ」
「どんなお話?」
アルトは今昔物語に収められた源博雅にまつわる説話を語った。

源博雅は、平安時代中期の公家で、楽器の名手として名を知られている。
逢坂山に庵を結んだ蝉丸という僧が秘伝の曲を知っていると耳にした博雅は、3年間通い続けた末に秘曲を伝授されたと言う。


「気の長い話ね」
「ああ。それも、蝉丸が自発的に弾くのを待って、夜な夜な通った上に、隠れて待ってたと伝えられている」
「ストーカー?」
シェリルは、ちょっと顔をしかめた。
「現代的な基準だと、そう言われても仕方ないな。今昔物語の時代には、芸術に打ち込む風流人のエピソードとして語られたんだが」
「アーティストって、どこかぶっ飛んでるものね」
シェリルの言葉にアルトはしみじみとうなずいた。
「それはそうだな、お前が言うと実に重みがある」
「何よ、常識人ぶっちゃって。あんただって…」
軽くじゃれあっているうちに、リムジンは目的地へと向かって走る。

(続く)


★あとがき★
フォールド・ハイ』の続編となります。

お話の中でシェリルが言っていた小野小町の伝説については『空虚の輪郭』に登場します。

話中に登場するアリス・ホリディですが、ミレーヌ・ジーナスが彼女に憧れて歌手を志したそうです。
アリスの楽曲として発表されているのは『Galaxy』。
こんな曲です↓


2009.03.02 


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