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(承前)

パーティーの夜が明け、マクロス7の街並みが目覚めつつある頃。
ホテルのスウィートルームでアルトは目覚めた。
気分は、まずまず爽快で、昨夜の酒も残っていない。
起き上がろうとして、左腕が動かない。
そちらを見ると、アルトの腕を枕にして眠っているシェリルがいた。
「ん……バサラ」
唇からこぼれた寝言に、アルトは苦笑い。
形良く尖ったシェリルの鼻先を右手の指で摘んだ。
「ぅん…」
シェリルが顔をしかめたが、まだ起きる様子は無い。
シェリルが熱気バサラのフォロワーなのはアルトも知っていた。
コンサートでシェリルが叫ぶ“私の歌を聴けぇ!”というオープニングコールは、バサラに倣ったものだ。
バサラの放浪癖は有名で、一度飛び出すと半年や1年は行方不明だ。
せっかくのマクロス7での長期滞在なのに、遭遇できる確率は0に近い。
(気持ちは分かるんだがな)
もう一度、シェリルの鼻を摘んだ。
「うーん……なによぉ…」
寝ぼけ眼のシェリルはアルトの手を払った。
「ベッドの中で、他の男の名前なんか言うんじゃねーよ」
アルトが額に口づけながら言う。
シェリルはハッと口元に手を当てた。
「誰の名前? バサラ?」
「ああ」
「夢に出てきたのよ。追いかけても全然追いつけない……妬いてるの?」
「んなわけない」
「んーふふっ」
シェリルは起き上がると、アルトの頬を両手で挟んだ。
「こんなことするのはアルトだけよ」
唇を合わせて、シェリルの方から積極的に舌を絡める。
「ん……だから妬かない、妬かない」
「ったく」
文句を言いながらも、アルトはキスを返した。
「ジョギング、行こうか」
「ええ」

朝、早く目覚めるようになってきた。
年を取ったのだ。
そんな事を考えながら、春井藤花は布団の中で目覚めた。
洗顔を済ませ、仏壇に供え物をして手を合わせると、散歩に出るのが日課だ。
猥雑なアクショを出て、シティ7の外縁に沿って広がる閑静な緑地帯をゆっくり散策する。
宇宙空間の深遠をドーム越しに見ながら森の中を歩くのは、不思議な趣がある。
樹齢100年を越すように見える立派な大木が、遺伝子工学と促成栽培の結果だと知っていても安らぎを覚える。
いつものあずま屋まで来ると、座って一休み。
血圧が不安定なので無理はしないこと、というかかりつけ医の忠告に従った。
木々の向こうからリズミカルな足音が聞こえてきた。
誰かがジョギングしているようだ。この辺では珍しくない。
トレーニングウェア姿の一組の男女が茂みの向こうに見える。
「まあ」
男性はアルトだった。
女性は豪華なブロンドをポニーテールにまとめている。女性としては背が高い。
一瞬、挨拶しようかと考えて、何故か思いとどまった。
二人は歩調を緩め、クールダウンしながら小さな広場になっているところで立ち止まった。
深呼吸して息を整える。
柔軟体操をするアルトの傍らで、女性はドームの方を向いて立つと、腹部に手を当てて発声練習を繰り返した。
明らかに専門的な訓練を受けていると分かる声量と、声域。
藤花は耳を澄ませた。
やがて、発声練習は歌になった。

 Puff, the magic dragon,
 Lived by the sea
 And frolicked in the autumn mist
 In a land called Honah Lee.


いい声だ。
藤花は目を閉じて聞き入った。
地球時代の懐かしい曲。優しいメロディ。
閉じた瞼越しに強い光が当たっているのを感じる。
何事か、と目を開くと、ドームの外、宇宙空間に巨大な光の円盤が現れた。
光が描く幾何学模様が幾重にも重なった円盤の中心から、赤い巨大な物体が現れる。
昆虫にも似た異形の存在。
藤花は本能的な畏怖を感じた。

アルトの携帯端末に着信があった。
「もしもし…」
スピーカーから聞こえてきた声に背筋を伸ばす。
“私だ。マックスだ。艦隊司令部がシティ7の至近でバジュラを探知した。何か君達と関係があるのかね?”
「はっ。おそらく、シェリルに挨拶をしたものと思われます」
“挨拶?”
「シェリルが朝の発声練習をした時に、体内からフォールド波が発振されたのです。それを聞きつけた付近のバジュラが挨拶に出向いたようです」
アルトはバジュラを見上げた。
歌い続けるシェリルに向かって、外腕を振っている。
シェリルも手を振った。
「マクロス7も銀河核恒星系に接近したので、バジュラとの遭遇頻度が上がってるのでしょう」
“なるほど。脅威は無いんだな”
「はい……あ、今、バジュラが再フォールドします。船団から離れるようです」
バジュラは光の円盤の中へと戻っていった。
“良かった”
マックスの声から力が抜けた。
“あんまり脅かさないでくれ、とバジュラに伝えてくれないか? それとも、シェリルに言った方が良いのかね?”
「バジュラの大使に伝えておきます。提督、この番号が、よくお分かりになりましたね?」
“船団の人的資源は限られていてね、非常事態には、こっちにも情報が伝わってくる。もしかして、と思って情報部に働きかけてコネを濫用した。君にかけて正解だったようだな”
「はっ」
アルトは、ふと思いついた。
「提督、ご迷惑をかけた上に申し訳ないのですが、今、惑星エウロス3について調べています」
“ほう?”
「詳しい方、ご存知ではありませんか? 紹介していただければ、ありがたいのですが」
“エウロス3…心当たりは有る。何の為に?”
「個人的な事情なのですが、家業の…伝統文化の存続に関わる事です」
電話の向こうで、マックスは少し考え込んだようだ。
“分かった。後で連絡しよう”
「感謝します、提督」
通話を切ると、シェリルが笑っていた。
「驚かせちゃった?」
「この船団はバジュラ慣れしていないからな」

藤花は静かな感動を味わっていた。
女性と異類のバジュラが歌を通じて、心を通わせている。
傍ではアルトが携帯端末で何事か話していたが、話の内容までは耳に入ってこなかった。
ただ、目の前の光景に圧倒される思いだ。
やがて、バジュラはその巨体に見合わない身軽さで体を翻し、再びフォールドの光の中へと飛び込んでいった。

藤花宅へ向かうアルトの脚は重かった。
先ほど、マックスの紹介してくれた新統合軍の関係者に会って、エウロス3で何があったか、という話を聞いて来たところだ。
軍政の専門家だという法務大佐が語ったのは、次のような内容だった。

植民惑星エウロス3は、赤道直下でさえ地球の南極ぐらいの気温にしかならない極寒の惑星だった。
居住可能惑星としてはBの下だったが、2世紀かけて惑星改造工事を施すことにより、Aクラス惑星並みにできる可能性があった。
移住者の比率は地球人とゼントラーディが2対1。
最初は順調に行ったが、反統合勢力の浸透により、両者に対立をもたらす離間工作が行われた。
エウロス3の治安は悪化し、人種対立の火種が燻った。
ゼントラーディ側の不満分子がサボタージュや破壊工作を行う事件が頻発した。
エウロス3行政府は、新統合軍に救援を求めた。
対テロ部隊が投入されたが、あまりに数が少なかった。
同時期に他星域で発生した、人類と未接触のゼントラーディ基幹艦隊との遭遇戦に人手を奪われていた。
対テロ部隊もテロの標的になり、状況は悪化の一途をたどる。
そしてエウロス3を放棄するきっかけになった事件が発生した。
春井藤花に日本舞踊の教えをうけていたゼントラーディの娘たちが、対テロ部隊所属の軍人達に襲われ、乱暴された挙句、証拠隠滅の為に殺された。
その後、地球人とゼントラーディの亀裂は修復できないほどになり、最終的にはエウロス3の放棄と、移民の引き上げが決定された。
犯人は軍法によって罰せられたが、事件の情報は新統合軍により隠蔽され、積極的に報道されることはなかった。
反統合勢力によって利用されることを恐れた措置だ。

(八方塞がり、か)
和服姿のアルトはため息をついた。
ゼントラーディとの軋轢が比較的少ないフロンティアで育ったせいもあって、アルトには人種対立についてピンときてなかった。
(藤花先生は、地球人とゼントラーディの架け橋になろうとしていたんだろう……)
それが、あろうことか軍の兵士によって踏み躙られた。
更には、新統合軍による組織的な隠蔽。
藤花の志は二度も深く傷つけられた。
アルトは仏壇の写真を思い出した。
(せめてもう一度、あの写真に手を合わせに行こう)
つらつらと考え事をしている間に、藤花宅の玄関前に来た。
中で何か騒いでいる声がする。
子供達が遊んでいるにしては煩いなと思ってドアを開けた。
「先生っ、大丈夫!?」
「冷たいよ? どうしよう?」
子供達の切羽詰った声が飛び出す。
アルトが部屋に入ると、子供達が泣きそうな顔でこちらを振り向いた。
「どうしたっ?」
藤花が畳の上に倒れている。
アルトは駆け寄った。
呼吸は? している。
体温は? 低い。大量に冷たい汗が出ている。
意識は?
「先生っ…藤花先生っ!」
藤花の瞼が重そうに開き、そして直ぐに閉じた。
「救急車は呼んだか?」
半分泣きべそをかきながら、子供達は首を横に振った。
アルトは携帯端末を取り出して、救急車をコール。
心配そうに見送る子供達を後にして、ストレッチャーに乗せられた藤花に付き添って病院に行った。

藤花は、ゆっくり目を開いた。
白い天井が見える。
微かに消毒薬の匂いがする。
「病…院…?」
自分は、どうなったのだろう。
突然、目の前が暗くなり、呼吸が苦しくなったのを覚えている。
子供達が心配そうに、床に横たわった藤花の顔を覗き込んだのまでは覚えている。
「お目覚めになりましたか?」
フワリと、良い香りがした。聞き覚えの有る声が降ってくる。
声のした方を見ると、艶やかな金髪を長く伸ばした女性がいた。穏やかな空色の瞳が、とても綺麗だと思った。
「ここは病院です。アクショの病院。アルトが救急車を呼びました。今、私と交代して、病院の手続きをしています。時間は…夜の9時。子供達は、無事に帰しました」
「あ……どなた?」
「シェリル・ノームです」
言われて、藤花はニュースを思い出した。バジュラ戦役を終わらせるきっかけとなった歌姫の一人だ。
「アルトさんとは…どういう……?」
「アルトとは……恋人、です」
シェリルが発音した“恋人”という言葉は、素晴らしく甘く響いた。
「そう」
そうだ。朝の散歩で見かけた女性だ。
「……シェリルさん」
「はい?」
「あなたの歌……素敵だったわ。感動しました」
やっとのことで、それだけ言った。
「ありがとう。ナースコール、しますね」
シェリルはベッドのヘッドボードから垂れ下がっているボタンを押した。
すぐにナースがやってきて、藤花に気分や具合を尋ねる。

「ありがとう、シェリル」
病院からホテルへと戻る道すがら、アルトが礼を言った。
「非常事態ですもの。で、どうなの、具合?」
「血圧が急に下がった。元々、低血圧の体質らしい。命に関わるようなものではないんだそうだ」
「そう。良かった」
「直ぐ退院できる……そしたら、様子見も兼ねて日参するか」
「奥義の伝授とかは、どうなっているの?」
アルトは溜息をついた。
「半分諦めかけてる」
「どうして?」
アルトはエウロス3で起こったことを話した。
「……グレイスの気持ちが、ちょっとだけ判ったような気がするわ」
シェリルは吐き捨てた。
「間違っているものを力ずくで叩き壊して、その後にきちんと作り直したい。そんな事したって、傷が大きくなるだけなのは知っているけど」
アルトは、それがバジュラ戦役で得た教訓の一つだと思った。
「藤花先生は、今でも心を痛めているのね」
「だと思う。そんな人を心変わりさせる言葉なんか知らない……だから、しばらく舞の事は忘れて、先生のお体のことだけ考えようと思う」
「そうね。まずは健康が大切よね」

翌日には藤花は退院することとなった。
アルトが付き添って、家まで送る。
自宅に戻ると、藤花は仏前に正座して手を合わせた。
そして、同じように合掌しているアルトを振り返った。
「アルトさん」
「はい」
改まった声の響きに、アルトも居住まいを正す。
「本当にお世話になりました。……病院で眠っている時に夢を見ました」
「どんな夢でしょう?」
「この娘達の夢です」
藤花の視線が一瞬だけ、フォトフレームの中で笑っているゼントラーディの娘達に向けられた。
「本当に、久しぶりに、あの娘たちと会えました」
「きっと、藤花先生をお見舞いに来てくれたんですね」
「……許してくれたのだと思います」
「許す…」
「まずは、見てもらえますか?」
藤花は身支度を整えると、備え付けの情報端末から音楽を流す。
京鹿子娘道成寺の三段目。
どの流派でも娘道成寺は演目に含まれている。流派毎に振りに工夫を凝らすが、筋立ては共通している。
恋の切なさを娘の姿で表す舞だ。
「あ……」
アルトは一瞬、止めようかと思った。
まだ退院したばかりだ。娘道成寺は手の振り、身振りも動きが大きい。
しかし、藤花が帯びた気迫に、思いとどまった。
舞が始まる。
老人の域に達している藤花は、恋慕の情に身を焦がす娘になった。
そしてアルトが驚いたのは、
(左右反対だ)
振りが鏡像のように左右が反転している。
春井流では、師匠が弟子に教える時に左右を変えて目の前で踊ってみせる。弟子はそれを見て、鏡に映すようにして動きを覚える。
ひとしきり舞うと、藤花はふらり、と足元をよろめかせた。
直ちにアルトが駆けつけて支える。
「これを……これを覚えていただきましょう」
「先生、では!」
「ええ……ら、嵐蔵先生のご依頼、お引受けします」

アルトとシェリルの仮住まい、ホテルのスウィートルーム。
朝、シェリルは目覚めた。
隣でアルトが眠っている。疲れているのだろう。
(頑張っているものね)
ここ一ヵ月、アルトは舞踊に打ち込んでいた。
午前中、藤花から教えを受けると、午後は子供達の面倒を見て、夜はおさらい。
「と…うか…先生…」
寝言が聞こえた。
シェリルは、アルトの鼻を指で摘まんだ。
「う、ん……ひゃにをする」
目覚めたアルトは、シェリルの手を払った。
「ベッドの上で、他の女の名前を呼ばないでよ」
「あ…」
アルトは上半身を起こした。
「夢の中でも稽古してた」
「厳しい?」
「ああ、厳しい。親父以上かも」
「たっぷりしごかれなさい。その為に銀河を渡って来たんでしょ」
「もちろん」
シェリルもベッドの上に座って、アルトの頭をイイ子イイ子と撫でた。
アルトがシェリルの顔をじっと見る。
「どうしたの?」
シェリルが手を止めた。
「お前って、時々凄いな」
アルトは、藤花が昨日、打ち明けてくれた話を思い出していた。考えを変えるきっかけが、シェリルとバジュラが歌を介して思いを通わせていた光景だったそうだ。
(文化は新統合政府と人類社会にとって武器かも知れない。だけど、相手を傷つけない可能性を秘めた武器……か)
シェリルはナイティに包まれた豊かな胸を反らした。
「時々、じゃなくて、いつも、よ。銀河の妖精だもん」


★あとがき★
お話の中で、行方不明のバサラですが、何をやっているのかと言うと、こんなことしてます。

ハッキリ言って、日舞は詳しくないので、突っ込みどころありましたら承ります。
一応、春井流という流派は架空のものです、と逃げを打っておこう(汗)。

2009.03.04 


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