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美星学園航宙科では、パイロットコース、エンジニアコース、フォールドエンジニアコース、アテンダントコースの区別なく、全ての生徒が在学中に一度は実習艦マハーヤーナに乗ることになる。

今年の航宙実習はバジュラの襲来を警戒して、新統合軍の艦隊と行動を共にすることになった。
パッシブ・ステルス外装の濃紺や暗緑色の軍艦たちの中で、唯一白い外装に鮮やかな青のラインが入っているマハーヤーナはよく目立つ。艦齢は30年を超えるが、丁寧な保守点検で端正な容姿を保っていた。
付近を航過するVF-171の編隊から、発光信号が送られてきた。
“ハ・ヤ・ク・ト・ビ・タ・テ・ヒ・ナ・ド・リ・タ・チ”
艦橋で当直についていた生徒たちから歓声が上がる。
新統合軍パイロットの中に卒業生がいるのだろう。

艦橋でシェリル・ノームは当直を引き継ぐべく、次の当番に向かってマハーヤーナの状況を報告した。
「銀河標準時2059年6月○日0時。本艦の現在位置はブラボー・ブラボー・エンジェル。スピンワードに向けて第一戦速で加速中」
報告を受けた生徒は敬礼すると、内容を復唱する。
「銀河標準時2059年6月○日0時。本艦の現在位置はブラボー・ブラボー・エンジェル。スピンワードに向けて第一戦速で加速中」
これで引き継ぎが終わった。
シェリルと同じ班の面々は部屋に引き揚げていく。全員が揃いのツナギだ。
生徒たちが収容されているのは4人部屋。二段ベッドが二つある。
ベッドには寝袋が設置してあって、これに入って眠る。人工重力機関が故障した場合や、艦が急加速した場合に、体が寝台から転げださないようにするための設備だ。
ツアーでは高級ホテルに宿泊し、移動も客船の一等船室やファーストクラスのシートを利用するシェリルにとって初めての経験だ。窮屈ではあるが、冒険旅行みたいでワクワクする。
その思いは、この部屋を利用している他の女子生徒も同じようで、なかなか寝つけない。
小声で囁きを交わしているうちに、話しこんでいた。
実習のスケジュール。
先生の評判。
試験の傾向と対策。
恋の噂。
いつの間にか、話題は美星学園に伝わる不思議な話になっていった。

「校舎の屋上にあるバルキリー、あれに乗ってたパイロットが戦死していたって知ってた?」
「知ってる知ってる、夜に見るとコクピットに死んだパイロットが座っているとか、誰も動かしていないのに、フラップが動いているとか」
「そんなはずないわよ。だって、あの機体、一度も実戦で飛んだことないのよ。実技の教官が言ってたわ」
「えー、そうなんだ?」

「長距離操縦実習で使うヴィマーナ4って、出るんだって? ユーレーが」
「やだ、来週、実習なのよ。怖いこと言わないでよ」
「あの実習って、下級生8人と上級生2人で乗るでしょ? 長距離偵察仕様の機体だから、人工重力もないし、機内の明かりも最低限」
「やめてよ、乗れなくなっちゃうじゃない。もー」
「暗いところで、お互いの声だけ聞こえる感じなんだけど、たまに居るはずの無い11人目の声がするって」
「もう、ヤダ、止めて止めてっ」
「でも11人目の声って、アドバイスをくれるって言う話。実習でミスして単位を落としそうになった時に正しい座標を教えてくれたって、先輩の話聞いた」
「へぇ、案外いいヤツなのね、幽霊クン」

シェリルは黙って話に耳を傾けていたが、女子の一人が話を振ってきた。
シェリルさんは、そんな話聞いたことない? 不思議な話」
「そうね」
シェリルは少し考えた。
「学園の話は全然知らないけど、ギャラクシーの芸能界での話なら聞いたことはあるわ」
他の生徒たちが、聞きたいと声を揃えて返事した。
きらびやかな芸能界の裏話は、興味を持っている人が多い。
「私のビデオを撮影してくれたカメラマンの人が教えてくれたんだけど、その人の後輩がデビュー前のバンドのプロモーションビデオの制作に参加してたの。助監督っていう立場でね……」
シェリルが語ったのは、プロモーションビデオの撮影で、モブ(群衆)シーンに居るはずのない女性の姿が映っていた、という話だった。
女性はエキストラの間にまぎれて、画面中央で歌っているボーカルを恐ろしい目つきで睨んでいた。
「変なのは、そのビデオを映写するたびに、その女がボーカルに徐々に近づいてくるの」
「映像を加工したんじゃないの?」
質問した声は、少し怯えていた。
「直接目にしたわけじゃないから……でもカメラマンさんが言ってたのだと、素材になる映像はディスクに焼き付けていたから、加工できるはずがないって」
シェリルは部屋の中に、おどろおどろしい気配が広がるのを感じた。声音を低くして、話を続ける。
「9回目に映写した時に、その女の人の手がボーカルの首にかかってたそうよ」
「もしかして…」
「そう。ボーカルは車の交通事故で死んでしまったの。助手席に乗っていた、別の女性も一緒に亡くなったわ。ボーカルの首には絞めつけた指の痕が残っていた……」
一瞬、重い沈黙が室内に広がる。
「それ、本当?」
「どこまで本当か分らないけど、ボーカルが事故死して、デビューできなくなったバンドの話は、確かにあったわ。ギャラクシーで車の事故なんて、珍しいからニュースにもなったし」

シェリルの話が終わると、再び学園の怪談が話題になった。
「そ、そういえば女の子の幽霊って美星にも居たよね?」
「ああ、開かずのエアロック?」
「その話知らない」
「美星専用の桟橋があるでしょ? あれの一番奥が開かずのエアロック」
「もしかして、内緒でエアロックに隠れて逢引していたカップルが居たんだけど、女の子が待っている間に事故で減圧して死んじゃった、とか?」
「知ってるじゃない」
「知らなかったわよ。でも、良くあるじゃない、そんな話」
「まあ、ね。10年ぐらい前の事らしいよ。すごく美人だったって。彼女の幽霊が出るって噂が広まって、一時、男子が一目見たさに毎晩エアロック周辺に張り込んでたって聞いた」
「美人なら幽霊でもいいの?」
「バカよねぇ」
「ねー」
シェリルは天井を見上げながら、呟いた。
「開かずのエアロック……ね」

マハーヤーナが帰港してから、シェリルはアルトに聞いてみた。
「ね、アルト、開かずのエアロックって聞いたことある?」
「ああ。事故があったのは事実らしいな。どっかで記録を見た」
「美少女の幽霊も出るの?」
「それは知らんな。幽霊なんか興味があるのか?」
「そうね……見たことないし」
アルトは顔をしかめた。
「止めとけ。そういうモノは、好奇心でのぞくのはダメだ」
「どうして?」
「何か言いたいことがあるなら、向こうから出向いてくるだろ。出向いてこないなら、そっとしておいてやれよ」
「そうね」
シェリルは素直にうなずいた。
アルトは幽霊探しに引きずりまわされずにホッとした。
(いつもこれぐらい素直だと、可愛げがあるんだが)
シェリルは周囲を振り回すようなところがあるが、一方で、他者が大切にしているものや価値観を、むやみに傷つけない配慮ができる。本人の前では絶対に口にしないが、アルトが高く評価している理由の一つだ。
「この辺にあるのよね、開かずのエアロック」
二人が居るのは、アイランド1の側面から突き出した美星学園専用の桟橋。実習で使用する機材を取りに来ている。
「そうだな。機材はこっちだぞ」
桟橋の入り口近くに、EVA(宇宙服を着用した船外活動)実習に関連する機材を保管している倉庫があった。
アルトが教官から預かってきたキーで扉を開ける。
「うわぁ…」
シェリルが感嘆の声を上げた。
さまざまな規格のコンテナや、むき出しで積み上げられた機材の迷路が二人を出迎えた。
「整理されてない博物館みたいね」
アルトは、シェリルの形容を言いえて妙だと思った。
「えーとだな、探すのはLAIのFN040……フォールド航法装置だ」
アルトはコンテナに記されたプレートを頼りに装置を探す。
「じゃ、私はこっちを探すわ」
シェリルはアルトと分かれて探し始める。

「ええと、FN040ね……これ、かしら?」
シェリルはパレットの上にむき出しで置かれた機械を見た。全体のフォルムは台座の付いた球形で、コンソールが台座に取り付けられている。
「FN040……TM。 ちょっと型番が違ってる?」
アルトを呼ぼうと息を吸い込んだところで、機械がハム音を立てた。球形の部分から薄紫の光が脈動しながら周囲を照らす。
「触ってないわよ?」
一瞬、視界が暗くなった。

「立ちくらみでも、したかしら?」
シェリルは、いつの間にか倉庫から出て桟橋の通路に立っていた。
何か、自分の体が揺らいでいるような感じがする。
「何、コレ?  さっきの機械が原因かしら?」
振り返って倉庫に戻ろうとしたところで、美星学園の制服を着た男子生徒を見た。胸のマークからすると総合技術科だ。
シェリルが会釈しようとすると、男子は大きく口を開けた。
「わああああ!」
悲鳴を上げて、一目散に桟橋の出口へと駆けてゆく。
「何よ、失礼ね。シェリル・ノームを見て逃げ出すなんて、審美眼が歪んでる……わ…」
シェリルは、何気なく自分の手を見て驚いた。
向こう側の景色が薄っすら透けてみている。
「え!」
自分を映すものが無いかと探して、制服のポケットからコンパクトを取り出した。鏡を見ると、やはり体が透けている。話に聞く幽霊のようだ。
これに近い状態は、シェリルの経験から考えるとフォールド航行中の状態に近い。しかし、今、アイランド1は通常航行体制だし、さっきの男子生徒も異常は無かった。
「アルト!」
シェリルが声を張り上げると、再び視界が暗転した。

「何よ、これ……」
踏みしめようにも足の裏が床面と接している気配がない。頼りない足元を気にしながらシェリルは周囲を見回した。
今度は、どこか公園にでも出たらしい。
木々の生い茂る緑豊かな空間。近くから水の流れる音が聞こえる。
「……アルト」
名前を呼ぶと、上から声が降ってきた。
「だれ?」
見上げると、頭上に大木の太い枝が張り出している。枝の付け根から男の子が顔をのぞかせていた。
東アジア系の整った顔立ち。澄んだ褐色の瞳。まっすぐの長い黒髪を頭の後ろでくくっている。年の頃は6~7歳だろうか。身に着けているのは和服と袴。着物に詳しくないシェリルにも、手入れが行き届いているのが判る。
「あ、アルト?」
子供の頃のアルトを彷彿とさせる姿に思わずつぶやいてしまってから、そんなはずは無いと理性が打ち消す。
しかし…
「どうして、ぼくの名前を知ってるの?」
少年は樹上から不思議そうな顔でシェリルを見下ろしていた。
「本当に……早乙女アルト?」
シェリルは躊躇いがちに尋ねた。
少年は黙って頷いた。
「今は、何年かしら?」
「えと…2049年」
タイムスリップ、その単語が頭の中に浮かんだ。
2059年現在でも、真面目に時間を旅行するタイムマシンの可能性を追求している物理学者たちがいるが、実験が成功したとのニュースは聞いていない。
「戻れるのかしら?」
不安が胸の中に広がる。
樹上のアルト少年が、おずおずと話しかけてきた。
「おねえさんは……天使さん?」
見上げると、少年の目は期待と不安で揺らめいていた。
シェリルの胸の中では、きゅんと締め付けられるような感覚が、不安を吹き飛ばした。
「どうして、そう思うの?」
「なんか、とうめいで、ふつうの人じゃないみたいだし……きれいだし」
シェリルはアルトを抱きしめたくなった。その思いに反応したのか、体がすっと上昇し、アルトと同じ高さに浮かぶ。
「素直な、いい子ね」
シェリルはアルト少年を抱き寄せた。腕は少年の体をすり抜けてしまうので、そっと包むようにする。
「こんな所で、かくれんぼ?」
シェリルの言葉にアルトは首を横に振った。
「かあさま、お体のちょうしが良くないんだ…」
「そう」
「ぼくが、いい子にしてたら治るって言ったのに……いい子じゃないのかな? わるい子なのかな?」
「大丈夫よ。きっと良くなるわ。だってアルトは、いい子だもの……でも、こんな所で隠れてないで、お母さんのところに行ってあげて。あなたの笑顔が、何より嬉しいのよ」
シェリルの額に口付けた。幻のように頼りないキスだったが、アルト少年は指先で唇の触れた所を撫でた。
「うん……ありがとう」
アルトは慣れた身のこなしで、木の枝から飛び降りると何度も振り返り、手を振りながら木々の間を駆けてゆく。
その後姿を見送って、シェリルはここが邸宅の庭だったことに気づいた。茂みの向こうには和風の建物が見える。
(ここは、早乙女家?)
時刻は午後遅くだろうか。数奇屋造りの離れ、その縁側にアルト少年が上がるのが見えた。
シェリルはふと、この時代の自分のことを考えた。
ギャラクシーのスラム街で、ビルの隙間に隠れて眠っている小さなシェリル。
(伝えてあげたい……あなたには未来があるってこと)
再び視野が暗転した。

「シェリル、見つけたぞ」
はっと振り返ると、アルトが台車の上にコンテナを積んで押していた。
「あ、ああ……アルト」
とっさのことで状況の変化についていけなかった。軽いめまいを感じる。
全てはいつも通りだった。
「ああ、それと間違ったか。無理ないけどな。元が同じ機械だから」
アルトの視線は、シェリルが見つけたFN040TMという型番の装置に向けられていた。
「アルト、これは何?」
「総合技術科のマッドな連中がいじっているタイムマシン」
アルトは型番の横に手書きで書き加えられたTMの文字を指差した。良く見ると大文字の間に、小さな文字が書いてあり、Time Machineと読める。
「本当にタイムマシン? 時間旅行ができるの?」
シェリルの言葉にアルトは笑った。
「んなわけねーだろ。何でも未来からの情報を受信する目的で作ったらしいから、通信しかできないはず……って言っても、何年か前に未来から来たらしいデータをキャッチしたのが1回きり。あとは、ウンともスンとも言わないんだそうだ」
「そうなの」
シェリルは装置の丸みを撫でた。
「フォールド航法は空間を折りたたんで距離を短縮、移動する航法だろ? それと同じ原理で時間を折りたたむって理屈だってさ。そろそろ、行かないと教官が待ってるぞ」
「ええ」
シェリルはアルトとならんで歩き出した。
再び、10年前のギャラクシーで暮らしていたシェリルの事を考える。
「未来の私が教えてあげなくても、十分たくましく生きてきたものね」
アルトが不思議そうな顔でシェリルを見た。
「お前、何言ってるんだ?」
シェリルは、子供のアルトはあんなに可愛かったのにね、と心の中で呟いた。
「アルト、木登り好きだった? 子供の頃」
「あ、ああ。紙飛行機を飛ばすのに良く登ったな」
「時々、木の上に隠れて泣いてた?」
「おま……誰かに何か教えられたのかよ?」
アルトは無表情になった。内心はかなり驚いているらしい。
「天使がいつも見守っているのよね」
「誰だ? ミシェルか……って、ヤツでも知らないな、そんなの」
「ふふっ、いい女には秘密があるのよ」
シェリルはウィンクした。

後日、美星学園の放課後。
「シェリル、面白いのをライブラリでみつけたぞ」
アルトが携帯端末を操作した。
「メディア部の連中が特集してた、開かずのエアロックと美少女幽霊。昔の記事だ」
画面に表示されたのは、手書きの人相書き。幽霊を目撃した男子生徒の談話を元に描かれた絵だった。
「え、見せて見せて」
シェリルは覗き込んで、絶句した。
ブロンドの長い髪、青い目、通った鼻筋、意思を感じさせる眉。そして制服の形。絵を描いた生徒はかなり上手に特徴を拾っていた。
「な、シェリルにそっくりだろ?」
「やだ、ホントに似てるわ」
笑顔のアルトにむかって、笑いながらシェリルは思った。
美星学園の美少女幽霊…その実態は銀河の妖精なんて、洒落にもならないわね。自分が怪談の主人公になるなんて)


★あとがき★
本編は怒涛のスペクタクルですので、学生らしい軽いお話を書いてみました。
シェリルの制服姿が好きなのですが、本編では二度と見られそうにないですね。
怪談のネタを提供していただいたmittin様に感謝。

このお話は『The Super Dimension Lost Children』とビミョーにつながっていたりします。

2008.08.27 


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