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アイランド1が惑星フロンティアに定着した後、名前をキャピタル・フロンティアと変えて新しい機能を備え始めた頃。
美星学園、授業の合間の休み時間。
「早乙女君、お花見しましょう!」
早乙女アルトは、唐突な申し出に目をしばたたいた。
「なんで?」
「だって、春ですよ春」
言いだしたのは航宙科の級友ヘンリ・マデトヤだ。がっちりした体格とくすんだ金髪で遠くからでも目立つ男だが、日本文化のファンという側面もある。
「まあ、それはそうだが…」
「世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし……って言うじゃないですか。一度本式のお花見をしてみたかった」
「本式も略式もないんだが、好きにすればいいじゃないか。一人で好きなだけ桜を見てれば……」
「皆で集まってワイワイやりたいんですよ。そんでもって、できれば日本文化の神秘の女体盛りとか、ワカメ酒とかっ!」
アルトは眉間に皺が寄るのを感じた。
「どこで仕入れたんだ、そんな間違った知識」
「なぁに、ニョタイモリって?」
話に割り込んできたのはシェリル・ノーム。
「お前が知る必要はない」
「何よ、その言い方。アルトの癖に。じゃあ、オハナミは?」
ヘンリが説明した。
「桜の花が咲く季節の催しです。日本の伝統文化ですよね。皆で料理や飲み物を持ち寄って、ピクニックに行くんですよ。それで女た…」
「それは違うって」
アルトは脱線しそうになるヘンリの説明を遮った。
「まあ、ピクニックだよ。季節の移り変わりを楽しむための。アイランド1の中じゃ、季節はないけどな」
元は都市型宇宙船だったキャピタル・フロンティアは、未だに透明な天蓋に覆われている。
主な理由は防疫のためで、惑星フロンティア在来の生態系に由来する病原体を警戒しているのと、逆に地球由来の生物が惑星の生態系を汚染するのを防ぐ目的もある。
「美星には四季の園があるじゃないですか」
ヘンリは目を輝かせた。
美星学園は校名からも判るように、日系人が設立にかかわっていた。芸能科では日本舞踊などの伝統文化を教える授業もある。
『四季の園』は日本の伝統文化に深い関わりがある四季の移り変わりを保存するために、美星学園構内に建設されている大規模な温室だ。内部には、日本庭園が造られている。
「バジュラの攻撃でも奇跡的に桜は無傷だったそうですから。昨日、確かめてきたんですけど、今度の週末ぐらいに見頃になりそうですよ」
正直、アルトはめんどくさいと思った。
「いいじゃない。オハナミしましょ」
シェリルは賛成した。
「飲み物とかは僕が手配しますから」
ヘンリも調子を合せる。
「……それは、俺に料理を手配しろということか?」
アルトは眉間の皺が深くなるのを感じた。
「イヤだったら無理に参加しなくていいのよ。私たちでやるから。それに、お友達とピクニックって素敵じゃない」
シェリルの言葉に反論しようとして、アルトは思い止まった。
マクロス・ギャラクシー船団で垣間見たシェリルの人生には、友人や家族といった、多くの人間が当たり前に持っている経験が欠落していた。
「判った、判った。それじゃ、参加者集めて、役割分担決めよう」

お調子者のヘンリは案外マメで、参加者集め、参加費の徴収、料理班の為に調理実習室を借りる手配をしてくれた。
「えーと、ここはお握り、そっちは焼き物、煮物はこっち。煮物班は包丁得意なのが来てくれ。こっちの机がデザートな」
協力してくれるのは、航宙科キャビンアテンダントコースを中心にした有志が10名ほどで、女子生徒が多い。
アルトは指示をしながら、予めプリントアウトしておいたレシピを各机に置いていく。
「ええと、お握りの半分は海苔無しでな、苦手な人もいるから」
机を回って様子を見る。
「アルト、上手く作れない」
ストロベリーブロンドをスカーフでまとめたシェリルが手を飯粒だらけにしていた。
「あーあ。えーと、お前はこれ使え。これにご飯詰め込めば、お握りになるから」
タッパーウェアのお握り型をシェリルに渡す。
「こんな所にまでお弁当つけて」
シェリルの頬についた飯粒を、アルトは摘まんで自分の口へ持っていった。
あまりに自然な仕草だったので、一瞬周囲の反応が遅れた。
アルトが煮物の机に向った後で、あちこちでクスクス笑いが漏れる。
笑い声の中心で、お握りの型にご飯を詰め込みながらキョトンとしているシェリル。
「どうしたの?」
「仲が良いのね」
黒髪の巻き毛がゴージャスな印象を与える女子生徒マリア・ロサ・ガルシア・マディーナが笑った。彼女は美星に在学中にも関わらず、キャビンアテンダントの資格を取得済みで有名だった。
「ケンカもするけどね」
シェリルは型からお握りを押し出して完成させた。

「アルト、これ何に使うんだ?」
黒く錆びた古い鉄釘をつまみあげて、アジア系の男子生徒レ・バン・カインが言った。パイロットコースではアルトに次ぐ成績で、EXギアのスタント飛行もチームを組むことが多い。
「あー、それは黒豆の色付け」
人参に飾り包丁を入れながらアルトが言った。
「げぇっ、これ食べるのかよ」
「食べないって。色付けって言ってるだろ。豆の色が綺麗になるんだよ」
「でも、こんな汚い」
「洗ってあるから汚くないって。サプリメントで鉄分摂ったりするだろ?」
「まあ、そりゃな…」
「手止めるな。お前、器用で貴重な人手なんだからな」
「こんな風にめんどくさいことしなくても」
文句を言いながら、アルトの作ったお手本を見習って人参に刻み目を入れている。
「こうするとな、見栄えも良くなるし、表面積が増えて味が染み込むし、熱の通りも良くなるんだって」
しゃべっていても、アルトの手は止まらない。

四季の園、桜のエリアは、ヘンリの予想通りちょうど満開だった。
ソメイヨシノの大木の下、敷物を広げヘンリのリクエスト通りの伝統的な漆器の重箱に収められた料理が拡げられている。
他にも、バーベキューセットを持ち込んでいる生徒や、ダッチオーブンで野趣に溢れる料理を作っているメンバーも居た。
「えー、では不肖、わたくしヘンリ・マデトヤ乾杯の音頭をとらせていただきます。本日は誠にお日柄も良く、早乙女君も料理で頑張ってくれました。心残りはワカメ……っ」
アルトがヘンリの後頭部をひっぱたいて突っ込んだ。
「いい加減やめろっての」
「えー、何はともあれカンパーイ!」
参加者たちも唱和した。
和食が苦手ではないメンバーは、重箱の中の料理に箸をつけて感動した。
「美味しい」
「見た目も本格的だ」
誉められて悪い気はしない。アルトは顔には出さなかったが面映ゆい気持になった。
「美味しいですよ、アルト君」
眼鏡をかけた男子生徒は、フォールドエンジニアコースのツトム・ホーピー。ちょっとマッド・サイエンティストっぽいところがあり、代々のフォールドエンジニアコースの生徒が続けているタイムマシンの研究を受け継いでいる。
「ああ、喜んでもらえて作った甲斐があったよ」
「アルト君、変わりましたね」
「そうか」
「以前は、こういう集まり、参加しそうになかったでしょ?」
「そうだな、そうかも…」
言いかけて、アルトは自分の肩を振り返った。
シェリルがもたれかかっている。
「ああ。その、こいつ、今日は撮影してから、学校に駆け付けたから疲れてんだろ」
周囲もシェリルの様子に気づいて、静かになる。
「あ、悪い」
アルトはシェリルを慌てて起こそうとしたのをツトムが止めた。
「いいんですよ、このまま寝かせてあげてください」
お花見の参加者全員が、バジュラ戦役の終結に、アルトとシェリルが果たした役割を知っている。
「ああ、でもこのままじゃ不安定だし」
アルトは胡坐をかいている自分の腿に、そっとシェリルの頭をもたせかけた。
よほど疲れているのか、シェリルは目覚める様子が無い。健やかな寝息が、唇から洩れている。
その時、四季の園内部に風が吹いた。換気のための計算された人工の風が桜の花びらを散らす。
クルクルと回転しながら舞い落ちる花びらが、シェリルのストロベリーブロンドの上に散る様子は、ちょっと幻想的な眺めた。
(もうしばらく、このままじっとしていよう)
アルトは、そう思った。


★あとがき★
そろそろ桜の季節ですね。
バジュラ戦役終結後の美星学園の風景です。
お話の中で出てきたタイムマシーンは『学校の怪談・美星学園版』に登場します。

今年はお花見できるかなぁ。

2009.03.26 


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