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戦禍からの復興が進むアイランド1。
今では惑星フロンティアの首都として建設ラッシュが続いていた。

きっかけは些細な事だった。
「適当に詰め込むなって」
夕食の後、キッチンの食洗器の中を見て、早乙女アルトが注文をつけた。
「いいじゃない。ちゃんと綺麗になるわよ」
後片づけ担当のシェリル・ノームが言い返す。
「こうすると洗っている最中に食器同士がぶつかって、陶器が欠けるんだよ」
食洗器の中に手を突っ込んで、並べなおすアルト
「細かいわね」
「お前が大雑把なんだって」
「好きにしなさい」
シェリルはエプロンを外すと、投げつけるように椅子の背にかけた。そのままキッチンを出る。
「やれやれ」
アルトはため息をついた。かなり機嫌が悪いらしい。どうやってフォローしようかと、片づけながら算段した。
結局、夜、ベッドに入ってもシェリルは口をきかなかった。
ベッドの端の方で、アルトに背中を向けている。
「お休み」
アルトは明かりを消した。

翌朝、シェリル・ノームは美星学園に登校した。
(ったく……キスのひとつもすれば許してあげるのに。ヘタレなんだから)
今朝は、アルトが起きる前にベッドを抜け出して、学校に来た。
(ま、私も、ちょっと感情的になり過ぎたんだけど)
ここのところ歌手としての仕事の方が忙しい上に、つまらないトラブル続きだったので、気持ちがささくれ立っていたのだ。
この日最初の授業は、一般教養の文学。
アルトは別の講座を取っているので、教室には居ない。
「今日の課題は、愛の告白をテーマとして詩を作りましょう」
講師がにこやかに言った。
詩の形式は、散文でも韻文でもOK。俳句を捻ってもかまわない。
いつに無く生徒たちの表情は真剣だ。
(私がガッコに来れない間に、何かあったのかしら?)
シェリルは仕事が忙しくて、1週間ぶりの授業だ。
隣に座っている中近東系のくっきりした目鼻立ちの女子に小声で尋ねる。
「みんな、ものすごく真剣じゃない?」
机に付属している端末で脚韻を踏むためにふさわしい単語を検索していた女子は少し驚いたようだ。しかし、相手がシェリルと判って納得した。銀河系のトップアイドルなら一般の学生の事情に疎くてもおかしくない。
「バレンタインディが近いからよ」
言われてシェリルも、この雰囲気の原因が理解できた。
「そうなんだ」

バレンタインディの風習は人類社会に広く伝わっていて、恋人同士の間でちょっとした贈り物を交わすことになっている。贈り物には、詩を書いたカードを添える事も多い。
詩作は、講師が気を利かせて出した課題だった。贈る相手の居る生徒たちが、こぞってこの授業に参加しているのだろう。
なお、日系の女子がハンドメイドのチョコレート菓子にコダワリを見せるが、その理由は当の本人達も知らないらしい。

「愛の詩、ね」
シェリルは愛用のペンを取り出した。
どういうわけか、詩作をする時は、キーボードを打つだけでは気分が出ないのだ。
ノートを広げて、思いつくままの言葉を並べる。

 翼を奪われた時
 願ったのはただ一つ
 白い翼が
 どこまでも遠く高く飛べるように
 あなたは選んだ
 傷ついた翼を抱きしめることを
 悲しくて
 嬉しくて
 甘い罪の香りに包まれて
 ぬくもりを求める

そこまで書いてから、手を止めた。
ほんの少し頬を赤らめてから別のページを開いて、新しい文を書き始めた。

 プレゼントが欲しかったら、指示に従え!
 人魚姫の頭のてっぺんを見ろ。

閃いた思い付きを、次々と書きとめてシェリルは悦に入った。
それから、ようやく授業の課題に取りかかった。
(授業が終わったら、色々と手配しなくちゃね)
アルトの反応を予想して、ワクワクする。

放課後。
アルトは早めにアパートに帰った。
軍務のシフトも外れているし、パイロットコースのEXギア訓練も屋上カタパルトが修理中なので、しばらくお休み。
昨夜から冷蔵庫の中で寝かせてあるパイ生地を取り出して、シェリルが好きなストロベリーパイでも作ろうかと材料と道具を揃える。
パイ生地の形を整えているところで、テーブルの上に置いた携帯端末が振動した。
エプロンで手を拭いてから、着信した文字のメッセージを見る。
「プレゼントが欲しかったら……人魚姫?」
アルトはため息をついた。
シェリルからのメッセージは、仲直りのきっかけなのは判っている。
「これは、振り回されるな」
苦笑しながら、アルトは覚悟を決めた。

シェリルは高度300mの高みから、下界を見下ろしていた。
備え付けの高倍率望遠鏡を覗きながら、呟く。
「遅い」
その顔が、ぱっと明るくなった。
「やっと動き出したのね」
拡大された視野の中では、ジーンズにタンクトップ姿のアルトが小走りに駆けている。
「そうそう。急ぎなさい」

アイランド1の住人が人魚姫と聞いて真っ先に思いつくのは、マリーナの岸壁にある銅像だ。かつて地球のコペンハーゲンにあった、アンデルセン童話の人魚姫像を複製している。
アルトは素早く周囲を見てから、銅像の台座に足をかけてよじ登った。
「ごめんよ、お姫様」
銅像に謝ってから、手を伸ばして人魚姫の頭頂部を探ると予想通りにテープで張り付けられた紙片の感触がある。むしり取って、飛び降りた。
「今度は何だ……」
二つ折りにされたメモ用紙を広げると、シェリルの筆跡でメッセージが記してあった。
“シンデレラのガラスの靴を探せ”
「シンデレラ? お姫様シリーズか」
今度はピンとくる場所が無かった。携帯端末を取り出して、シンデレラで検索してみる。
ヒットした件数が多すぎる。
今度は、シンデレラに加えて、ガラスの靴で検索。
「これかな……あいつ、好きそうだし」
検索結果のトップに来たのは、クリスタル・パレスという名前のガラス工房だった。
注文生産でガラスの靴を作ってくれるらしい。

アイランド1の中心街・開拓路の外れに目指す店はあった。外見はアンティークショップのような店構えだ。古めかしいショウウィンドウに、小さなガラスの工芸品が並んでいる。
「いらっしゃいませ」
アルトが店内に入ると、上品そうな中年女性が声をかけてきた。
ざっと店内を見渡すと、一番目立つ陳列棚にガラスの靴が飾ってある。しかし、人魚姫の時のようにメモは見当たらない。
「あの…この店に、長いブロンドの女が来ませんでしたか? 美星学園の制服を着ている」
アルトは女性に尋ねた。
「ええ。いらっしゃいました。これを、渡して欲しいと。早乙女アルトさんでいらっしゃいますね」
「はい、早乙女です。ありがとうございます」
アルトが礼を言って受け取ったのは、小さな切子細工の瓶と、それに詰め込まれたメモだった。
瓶の蓋を開けて、メモを取り出す。
「何か言ってませんでしたか?」
女性は微笑んだ。
「ええ。ガラスの靴と、その小瓶をお買い上げになって、きっとアルトさんが来るはずだけど、もし来なかったら明日メモを引き取りに来ると……綺麗なお嬢さんね。恋人ですか?」
「はい」
アルトが頷くと、女性は、まあ、と言ってから、また微笑んだ。
「では急いで差し上げて。きっとドキドキしながらお待ちになっているわ」
「そんな、しおらしいとは思えませんが」
アルトはメモを見た。
“かぐや姫は空の上”

アルトはガラス工房を出ると、夕暮れ近い空を見上げた。
いくつかのアドシップ(広告用の飛行船)が低空を行き交っている。
(シェリルのことだ、俺の動きを逐一把握できる場所に居るんじゃないか?)
アドシップの一つがディスプレイに“Sheryl is here!”のサインを表示しているのが見えた。
「あいつ…」

望遠鏡を通して見ていると、アルトがこちらを見上げた。一瞬、目が合ったようだ。
もちろん錯覚だ。肉眼でこちらの表情が見えるはずはない。
「ふふん、思ってたより気付くのが早かったわね」
シェリルは窓際のシートで、脚を組み替えた。
アルトはエアタクシーに乗って、こちらに向かってくる。

無人制御のアドシップだが、客室が設けてあって貸切での遊覧飛行にも使用できる。
観光や、デートでは定番コースの一つだった。
アルトはエアタクシーからアドシップに乗り換えると、船体の下面にぶら下がっている客室に入った。
「遅いわよ、アルト!」
入るなりシェリルに一喝された。
大きく開いた窓を背景に仁王立ちしているシェリル。
窓から差し込む夕日の光で、一瞬目が眩んだ。
「お前は巌流島の宮本武蔵かよっ」
アルトの言葉に、きょとんとするシェリル。
「なにそれ?」
「いや、いい……それより何だプレゼントって」
シェリルは人差し指を立てて、招いた。
アルトがシェリルの前に立つと、小さな細長い箱を両手に持って差し出した。
「開けてもいいのか?」
「もちろん」
箱の中身はパイロット用のクロノグラフだった。アルトはさっそく左手首につけた。軍用にも耐えるだけあって重量感がある。
箱の中にはカードが入っていた。

 天の川
 何光年と
 離れても
 君と同じに
 時を感じる

短歌のようなものがしたためられていた。
最後に書いてある署名を見て、アルトは吹き出しそうになった。

 Jぇりる

平仮名で書こうとして“し”の字が反転して“J”になっている。
「どうしたの?」
シェリルが尋ねた。
「いや……平仮名、練習したんだな」
アルトは笑いを何とかこらえた。
「まあね。始めたばっかりだけど」
少し照れた様子で、シェリルが背中を向けた。
窓の向こうに広がる街の景色は、夜景へと移り変わる。
深い藍色と夕映えが染め分ける空の下で、街の灯りが煌めき始めた。
アルトもポケットから小さい箱を取り出した。掌に載せてシェリルの前に差し出す。
「あら、アルトからのプレゼント?」
シェリルは受け取って箱を開けた。
女性用の小ぶりな懐中時計だった。鎖ではなく、細い組み紐が竜頭に付けられていて、和装の時に使えそうだ。
「組み紐はアルトのお手製?」
「ああ。裏も見てみろよ」
懐中時計の裏面には、揚羽蝶の家紋が刻まれている。アルトがシェリルの為に選んだ紋だ。
シェリルは背中をアルトの胸に預けた。
「お互い時計だなんて、凄い偶然ね……でも、詩もつけて欲しいわ」
「う……即興で思いつくほど器用じゃないんだ」
「引用でも許してあげる」
アルトは少し考えてから、シェリルの耳元で囁いた。

 朝寝髪(あさいがみ)
 我は梳(けづ)らじ
 愛(うつくし)き
 君が手枕
 触れてしものを

「どういう意味?」
「朝、髪にブラシをかけたくない。夕べ、愛しい人が触れたこの髪だから…」
「可愛らしい詩だけど、そんなことしたらすぐに絡まってしまいそうね。私たち、二人とも」
アルトは鼻先をシェリルの髪に埋めた。
「帰ったら、ストロベリーパイが待ってるぞ」
「ホント!?」
シェリルは目を輝かせた。
「でも、もうちょっとだけ、この景色を見ていたいの」
「ああ」
夜の帳が空を覆う。
天上では銀河核恒星系の濃密な星々が輝き、地上には人の営みの灯りが周囲を照らしている。


★あとがき★
ゆい様のリクエストをいただいて、お話を仕立ててみました。
いかがでしょうか?

同棲し始めの頃って、けっこう、どうでもいい事で喧嘩しちゃうんですよね。

2009.01.13 


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