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アイランド1北京エリア。
天空門ホールをランドマークとする一帯が、赤と金に彩られ、賑わいを見せる季節が訪れた。
春節だ。
ベトナム系はテト、韓国系はソルラルと呼んでいるが、一般にはChinese New Yearとして知られている。

オズマ隊長の花道を作るぞ」
早乙女アルトが呼びかけると、EXギアを装備してアクロバット飛行する美星学園・パイロットコースの生徒達は一斉に返事した。
「了解っ」
天空門ホール前の広場上空、五色のスモークを引いて飛ぶ。
歓声と共に、観衆の目線が上に向けられると、空には宝珠を追って長大な体をうねらせる竜の姿があった。
宝珠はルカ・アンジェローニによってプログラミングされたゴーストだ。自機に宝珠の立体映像を投影しながら飛行する。彷徨うような軌跡を描きながら、失速寸前の低速飛行だ。
宝珠を追う竜の頭部は、オズマ・リー少佐が操るVF-25に立体映像を投影したもの。頭部に続いてうねる太い胴体は、アクロバット用のスモークを1ダース装備して表現している。
「さすがだな、隊長」
アルトはEXギアで緩やかに旋回しながら、オズマの晴れ舞台を眺めた。
竜が胴体をうねらせながら飛ぶ表現は、ガウォーク形態で高度な機動を行っている。
SMSには、オーナーのリチャード・ビルラーの意向もあって、こうしたイベントに協力を惜しまない社風があった。ビルラーはメセナ(文化事業)と位置づけているが、口の悪い隊員からは単なるミーハーなんじゃないかと言われている。
竜が東から西の空へと飛び去ると、大地を震わせる足音。
広場の一角でゼントラーディの巨人が二人一組で獅子舞を演じている。中国南方のダイナミックな動きが巨体で増幅されていて、迫力満点だ。銀河系の人類社会広しと言えど、ここフロンティアでしか見られない眺めだろう。
後ろ足を担当する巨人の肩に、前足と頭担当の巨人が飛び乗って、地上20m近い高みから獅子頭のギョロリとした目玉で観衆をねめつける。
拍手喝采が浴びせられた。

天空門ホールでは、ランカ・リーのニュー・イヤー・ライブが開催されている。
『星間飛行』『ねこ日記』『アナタノオト』と続けて歌ってから、MCが入る。
「さーて、今日はスペシャル・ゲストが駆けつけてくれましたっ! たぶん、みんなも予想がついていると思うけど……シェリル・ノームさんです!」
松浦ナナセがデザインした鮮やかな赤のミニドレス、腰につけた大きなリボンをなびかせてランカが振り返る。
舞台の袖から現れたシェリルは、唐服をアレンジした白のドレスで現れた。ゆったりとした袖大きく振ってオーディエンスに応える。
「このシェリルが、デュエットなんて滅多にしないんだからね。よーく、心に刻んでおくのよ!」
シェリルさん、光栄です!」
「セットリストを考えている時に、何を歌うか、けっこう迷ったのよね、ランカちゃん」
「はいっ」
「そして、ランカちゃんが見つけてきてくれた、この曲に決まったの。古い、地球時代の曲から……帶我去月球(私を月に連れて行って)」
ポップなイントロが流れ出し、二人がマイクを手にした。

 帶我去月球 那裡空氣稀薄
 帶我去月球 充滿原始坑洞
 帶我去月球 重力輕浮你我
 掙扎在一片荒漠 也不見嫦娥相從
 但我要背向地球 希望寄託整個宇宙

明るい曲調の中にも、不思議な哀感の漂う歌。
しかし、決してペシミスティックだけではない。
ランカがマイクを客席に向けて差し出すと、声を合わせてサビを歌う。

翌日、天空門ホール。
「年末からイベントの連続ね」
ボックスシートに座って、手足を伸ばすシェリル
この日は舞台の上ではなく客席から舞台を眺めている。
「多様性の保持が、フロンティア船団のテーマだからな」
隣の席でアルトが言った。
シェリルはギャラクシー船団を思った。利潤と効率を追求していた故郷では、短いサイクルでの流行の消長があったが、全体では緩やかな画一化が進んでいたように思う。
(異質なものを切り捨て続けて、何を残そうとしたのかしら?)
ギャラクシーではゼントラーディが獅子舞を舞うような新しい組み合わせは出てこないだろう。
演目は京劇『大閙天宮(だいどうてんぐう/斉天大聖、天宮を大いに騒がす)』。斉天大聖・孫悟空が天界を舞台に大暴れする劇で、派手でケレンたっぷりの殺陣が魅力だ。
中国語で上演されるため、アルトとシェリルは携帯端末のチャンネルを副音声に繋げ、同時通訳モードで観劇する。
幕が上がり、楽の音が鳴り響く。
シェリルは拍手を贈った。

孫悟空は石の卵から生まれた不思議な猿で、仙術を能くし、地煞(ちさつ)七十二の術に通暁している。東勝神洲・傲来国(ごうらいこく)・花果山・水簾洞(すいれんどう)の主で、猿の群れを治めている王だった。
ある時、老いの悲しみを知り、不老不死の術を求めて天界まで殴りこみをかける。
天帝は官位を与えて、悟空を懐柔する。
最初は従順かつ真面目に天界の仕事をこなしていた悟空だが、与えられた官位が最下級の馬の世話係と知り、暴れ出す。
数多くの天兵や、哪吒太子(なたくたいし)・顕聖二郎真君といった錚々たる天将を相手に如意棒を振るっての大立ち回り。
最後は釈迦如来の手によって、五行山の下に封じ込められる。
大唐の時代、西天取経の旅に出た三蔵法師が五行山の麓を通りかかるまで、後500年を待たなければならない。

シェリルが言った。
「人事の問題よね」
幕が下がり、俳優達が客席に向かって頭を下げる。
「え?」
アルトが拍手しながらシェリルを見た。
「あのお猿さん、すごい能力持ってるし仕事ぶりも真面目だったんだから、評価してあげたら、こんな大事にならなかったんじゃないかしら?」
「ああ、まあ、そうだな。でも大事にならないと芝居にならない」
「それもそうね」
シェリルがクスっと笑った。
「きっと、原作者の人、役人が嫌いだったんだわ」
「孫悟空も人が良すぎたんだろうな。ずーっと野生だったから、正面切っての戦いは強くても、役人に褒められて、調子に乗って、丸め込まれてってのに弱かった」
言ってから、アルトはシェリルの経歴がちょっとだけ悟空に重なるような気がした。生まれついての力に恵まれながら、天界の政治に絡め取られて、五行山の下に封印される悟空。
類まれなる歌の才能を持ちながら、ギャラクシーのスラムに遺棄され、グレイス・オコナーの陰謀の手駒として拾い上げられたシェリル。だが、グレイスがランカを発見したことにより、再び見捨てられてしまう。
「どうしたの?」
シェリルが小首をかしげた。
禍福がないまぜとなった運命がシェリルと自分を出会わせた。
アルトは手を伸ばして抱き寄せると、頬に軽くキスした。
「何か変よ、アルト」
舞台の熱気に当てられたのか、白い頬が上気している。
ふと、シェリルが如意棒を携えて筋斗雲に乗っている様子を想像した。
「俺は三蔵法師って柄じゃないな」
アルトは一人で苦笑した。
「もー、何、笑ってるのよ」


★あとがき★
ということで、思い付きを形にしてしまいました。
話中に登場した『帶我去月球』は、こんな感じの曲です。



extramfのi-Podから中国語圏の歌でお気に入りのを引っ張り出してきました。
大閙天宮もYouTubeで探したんだけど、イマイチ判りやすい画像が無い。orz

関連作品のタイトルリストはこちらです。是非、ご利用下さい。

2009.01.14 


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