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「何だって?」
早乙女アルトに向かってシェリル・ノームはピッと人差し指を立てて解説した。
「お雛様。3月3日桃の節句にお祝いする女の子のお祭り。または、お祝いの時に飾る人形の事ね」
「そんなのは知ってる。俺が聞いているのは……」
アルトの言葉に被せるようにシェリルは言った。
嵐蔵さんにアルトの説得を頼まれたのよ。私たちをモデルに雛人形を作りたいって、付き合いのある人形作家さんから依頼が来たんですって」
シェリルが預かってきたと言って差し出したのは、薄いパンフレットだ。
アルトが手にとって開いてみると、人形作家の作品が並んでいる。和風をモチーフにした人形達の中に変わり雛と称して、その時に話題に上ったカップルを雛人形風にしている。タッチは様々で、リアルに似せてあるものもあれば、コミカルにデフォルメしているものもあった。
嵐蔵さんも、直接アルトに言えばいいのに。稽古場で顔を合わせているんでしょ?」
「芝居のこと以外、話さないけどな」
「変な親子ね」
シェリルが笑った。嵐蔵と言い方が一緒だ。
「お前の方が、親父と仲がいいじゃないか」
嵐蔵さんによれば、不肖の息子のできた嫁だそうよ」

収録までの待ち時間、テレビ局のカフェテリアで時間をつぶしていたら嵐蔵が通りがかった。
挨拶をして一緒にお茶を、ということで差し向かいに座る。
日本茶を口にしてから、嵐蔵が切り出した。
「今日は歌番組の収録ですか?」
「いいえ。ドキュメンタリーなんです。旧ギャラクシー市民の、その後を扱っている番組です」
シェリルの言葉に嵐蔵は頷いた。
「それは重要なお役ですな。ご成功を祈っていますよ」
「はい、ありがとうございます」
マクロス・ギャラクシー船団は、バジュラ戦役の首謀者として新統合政府の手により接収・解体されていた。
解体後、一部の市民は惑星フロンティアが引き取っている。残りは他船団や、植民惑星の社会へと組み込まれている。
もちろん、元ギャラクシー市民といえど、戦争犯罪に関わっていない大多数の者は、法律面などで他の市民と同等に扱われる。
しかし、新統合政府始まって以来の大規模な事件だっただけに、人類社会に微妙な陰りを作り出すことがあった。
たとえば、戦争犯罪者の内、一部の資本家や、行政府高官は未だに治安当局の追及の手を逃れて潜伏している。そこには元ギャラクシー市民によるシンジケートの存在が噂されていた。
「こちらもドキュメンタリーでしてな」
嵐蔵は、次の公演に向けて、舞台裏を記録するドキュメンタリーの打ち合わせに招かれているのだと言う。
「役者は舞台の上で芸をお見せするのが本分なんですがねぇ」
嵐蔵に向かって、シェリルは身を乗り出した。
「でも、貴重な記録ですもの。ぜひ、残してください。アルトも出るんですか?」
「ええ」
頷いてから、つけたしのように嵐蔵が尋ねた。
「あれは、どうしていますか?」
「アルトですか? ええ、お芝居に打ち込んでいますわ」
「そうですか」
「稽古場で毎日のように顔を合わせているのではありませんか?」
「芝居以外の事は話さないので…」
嵐蔵の唇の端がほんの少し上がったのは、苦笑だったかもしれない。
親子とはこれが普通なのだろうか、とシェリルは思った。世間では、もっと親密なものだと聞くが。
(もっとも、アルトも嵐蔵さんも“普通の人”ではないけれど)
シェリルは、もしかしたらこの二人は、師匠と弟子という形でなら会話できるのに、親子として語り合う言葉を持ってないのではないかと思い当たった。
(特定の音程が出ない楽器みたいね)
「アルトは最近、地球時代の映像記録を取り寄せて勉強し直してています。昔は見えなかった事が見えるようになったと」
「ほう、それは。まあ、どこまで判っているのものか…」
辛口な物言いながら、嵐蔵は顔を綻ばせた。
「稽古場では、どうなんですか?」
「そうですな……ようやく、荒れていた芸が、お見せできる芸になってきましたな」
それから、シェリル自身の活動や、テレビ局内の動向など、話に花を咲かせた。
そんな話題の中で、嵐蔵は雛人形の話を持ち出した。
「私の古い友人に人形作家が居りまして、彼からシェリルさんとアルトにモデルをして欲しい、と持ちかけられました」
「モデル?」
嵐蔵が、人形作家のパンフレットをシェリルに向かって差し出した。

「村辻さんだろ? 村辻久三さん。人形浄瑠璃の」
「嵐蔵さんは、古いお友達って言ってらしたわ」
シェリルはリビングのソファに座って、パンフレットのページをめくる。
「ええと、30年来の友人じゃなかったっけな。モデルか……そんな話なら、親父も直接言えば良いのに。俺達が選ばれたのは、最近結婚した話題のカップルってことかな」
「じゃあ、アルトはOKなのね?」
「役者としては名前を売るチャンスは活かさないと。お前は?」
「もちろん。面白そうじゃない」
アルトは直ぐに村辻に連絡を取り、日取りを相談した。

撮影スタジオ。
「ご足労いただいて、ありがとうございます」
村辻久三は背の高い、禿頭の男だった。物腰は柔らかで、仕事着として藍色の作務衣を着ている。
撮影や着付けの助手たちと一緒に、シェリルには十二単、アルトには衣冠を着せる。
立ち姿、座った姿を前後左右から立体撮影して記録する。
シェリルの十二単は、紫を基調とした“紫の匂”という襲色目(かさねいろめ)。下の紅から、徐々に濃い紫へと移り変わるグラデーションの色遣いだ。
「綺麗だけど重いわね。冬物のコートぐらい?」
慣れない正座でしびれかけた足の位置を変えながら、シェリルが言った。
「そんなところですかね」
村辻は助手たちに、袖や裾の具合を直すように指示しながら笑った。
「髪型はどうしますかね? おすべらかしにするか……」
「シェリルの髪質だと、おすべらかしは難しいと思いますので、このまま整えた方が」
衣冠束帯に、腰には太刀を佩(は)いたアルトが、シェリルの長いストロベリーブロンドを背中に流した。
その様子は王朝絵巻に似て、居合わせたスタッフ達から溜息が漏れた。
「なるほど」
村辻がうなずくと、ヘアメイク係がストロベリーブロンドを整え、小さな冠を着けさせる。
「では、よろしくお願いします」
村辻の合図で撮影が始まる。
シェリルとアルトは指示通り、微笑みや、厳かな表情を作っていく。
立ち姿の撮影を終えると、次は動きのある情景の撮影となった。
スタジオ内に、平安時代の寝殿造りの家屋の一部がホログラフで投影され、室内にいるシェリルの元へ、アルトが御簾を跳ね上げて入り、シェリルの手をとって見つめあう、といったシーンの撮影を行う。
「これ、何の場面?」
濡れた眼差しでアルトを見つめながら、シェリルが囁く。
「源氏物語の藤壺かな? 朧月夜かも」
シリアスに見つめながら囁くアルトの答えに、シェリルは後で調べておこうと思った。
「ご苦労さまです。次はこの衣装でお願いします」
用意されていたのは青と紺の小紋だった。
六段飾りの立派な雛人形たちの前で、美女二人が甘酒を飲んでいるというシーン。
「……俺も、小紋ですか?」
笑顔でうなずく村辻に、アルトは言った。
「構わないんですが…」
「まあ、そういうお役、ということで」
華やかさ優先、ということだろうか。
既に過去のわだかまりを解いて、女装への抵抗が無くなったアルトは指示に従った。
アルトは自分で小紋を着ると、髪を高く結いあげた。それからシェリルの着付けに手を貸す。
「ねえ、アルト」
太鼓に帯を結んでいるアルトに向ってシェリルが言った。
「ん?」
「その髪型だと、ちょっと寂しくない?」
「何が? できたぞ、帯」
シェリルはくるりと振り返って、自分の耳から外したイヤリングをアルトの耳につける。
「これでいいわ。」
準備ができると、雛壇の前で甘酒を酌み交わすシーンの撮影。
「お酒ってついているけど、あんまりアルコールの味がしないわ」
「子供向けの飲み物だからな」
「甘くて美味しい」
雛あられをつまみに、盃を重ねる。

その夜、ベッドの上でシェリルがアルトの首に腕をからめた。
「ふふ…どうしてなの?」
「何が?」
「女装した後は、激しくなるのね」
「え……そうか?」
「そうよ。こんなにはっきりマークつけたりするんですもの」
シェリルは髪をかきあげて、うなじを淡い明かりの下にさらした。鮮やかなキスマークが現れる。
「いつもそう……どきどきしちゃうわ」
余韻に頬を火照らせながらシェリルはアルトと唇を重ねた。
「んっ……女装するのって、そんなにストレスになるの?」
「わだかまりはなくなってるんだが」
アルトは仰臥して、シェリルを抱き寄せた。
その胸に唇を寄せるシェリル。
「アルトの中の男の部分が反発するのかしら? 女の部分を出すと、俺も出せって」
「そう…かもしれない…」
「もっと見せて…見たいわ、んんっ」
「ああ、そうする」

後日。
出来上がった作品を村辻の工房で見せてもらう運びになった。
緋毛氈の上に並んだ一対の雛人形。
シェリルは、その顔を覗き込んだ。
「美人に作ってもらってるわ。ありがとうございます」
村辻が笑って頭を掻いた。
「やー、そう言ってもらえると嬉しいです」
「不思議な表情だわ。無表情なのに……何か言いだしそうな感じ。いろんな表情を撮影したのも、この無表情を作り出すため?」
「それが村辻人形の特徴。見る人の気持ちを映す顔立ち」
アルトもしゃがんで、シェリルと顔の高さを合わせた。人形たちを見つめる。
動かない人形でありながら、端正な顔でありながら、何かを語りだしそうな人形たち。
「たくさん撮影させてもらいまして、それを活かしました。プラス、以前から、お能の面を研究しましてね。それからもヒントをいただいてます」
村辻の説明に頷いてから、シェリルはアルトの横顔を見た。
「アルトには、私のお雛様はどう見える?」
「そうだな」
アルトは見事に再現されたストロベリーブロンドの髪で縁取られたお雛様の表情から言葉を聞き取ろうとする。僅かに開いた唇は次に何を語るのだろう?
「歌い出しそうに見える」
「ふふ……アルトのお内裏様は、そうね、何だかお小言を言いそうな気がするわ」
「ひでぇな、いつも、そんなに小言を言ってるかよ」
シェリルは横眼でアルトを見て、微笑んだ。
「でも、凄くハンサムよ、お内裏様」


★あとがき★
Amieeさんのリクエストと、辻音楽士さんのサジェスチョンで生まれたお話です。
桃の節句っぽく、華やかなお話となりました。

関連作品のタイトルリストはこちらです。是非、ご利用下さい。

2009.01.18 


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