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2059年9月。
グロームブリッジ星系、惑星エデン、新統合軍ニューエドワーズ基地。

可変戦闘機が並ぶ一画で、イサム・ダイソン中佐は愛機だったVF-24エボリューションの機体を撫でていた。
「お前の事が嫌いになったんじゃないんだぜ。今でも頼りになる、大事なパートナーだ」
コクピットの下に書き込まれたイサム・ダイソンの名前を指先でたどる。
「でも、VF-26も手塩にかけて育てたコなんだよ。今日は、あっちの晴れ舞台だからな。いいコにして待ってろよ」
機体に語りかける様子は、まるで二股かけた男の言い訳みたいだ。
パンと、軽く掌で機首の先端近くを叩くと、イサムはVF-24に背中を向けた。

格納庫前の駐機スペースには、演壇が設えられていた。
来賓並びに報道陣の前で、演壇に上がっているのは礼装姿の基地司令だ。
「本日は、VF-26量産1号機が、新星インダストリーから納品された記念すべき日でありましてー」
基地司令はカメラの砲列の前で、長々と挨拶をしていた。
「今回の計画は、VF-24以降、見直されてきた有人戦闘機の価値を高めるべく始まった計画でして、やはり勝利をもたらすのは、ゆるぎない人間の意志と新統合政府への忠誠であります…」
司令の合図で格納庫の耐爆ドアが開き、話題の新型可変戦闘機がしずしずと現れた。
VF-19エクスカリバーの面影を受け継ぐ前進翼の白い機体が、陽光をキラリと反射した。
「御覧下さい、これがVF-26。ペットネームはマサムネです」

VF-26のコクピットでは、デモンストレーションのパイロットを務めるイサムが、大きな欠伸をしていた。
「いいから、さっさと飛ばせろよっての」
“こちらコントロール。カタナ1、そんなに大きな欠伸したら、撮影されちゃいますよ”
この日、イサムに割り当てられたコールサインで通信機越しに呼び掛けたのは、新星インダストリーのベテラン技術者ヤン・ノイマン主任だ。
「せっかくバージンのカワイ子ちゃんとデートってのに、延々オヤジの話を聞かされるんだもんなぁ」
ヤンとは、VF-19開発計画以来の長い付き合いだった。あの頃は、ソバカスだらけのティーンエイジャーだったが、今では鼻の下に髯を蓄えた30代半ばの男だ。
“司令の話が長いの、今に始まった話じゃないでしょ?”
「あーもー、飛んじゃおうかなぁ」
イサムは退屈のあまり、掌をヒラリヒラリと動かした。展示飛行での機動をイメージしたトレーニングだ。
“ダメですよ。今、降格されたら。恩給が減っちゃいますってば。どうせ、退役直前の昇進なんて、ありえないんでしょ?”
ヤンは笑顔で窘めた。
上官への反抗的な態度と複雑な経歴のため、イサムは長らく昇進できずにいた。
“どうです。そろそろウィングマーク(戦闘機操縦資格)取り上げられるんでしょう? 軍を辞めてウチに来ませんか?”
かねてより、ヤンはイサムを新星インダストリーの開発部門へ来ないかと誘っていた。
イサムの返事は、いつも同じだ。
「ああ、考えとくよ」
“期待しないで待ってます。そういえば、フロンティア船団の事件、聞きました?”
イサムは、声をひそめた。
「聞いてる。どうも入り組んでいて良く分からないな」

発端はバジュラと呼ばれる異星起源の生命体だった。
従来のフォールド航法を遥かに超える跳躍距離で銀河を移動する完全生物。
バジュラの体内に生成されるフォールドクォーツと呼ばれる鉱物をめぐって、移民船団マクロス・ギャラクシーと、マクロス・フロンティア船団が戦闘状態に突入した。
その過程で、バジュラを支配下においたギャラクシーが、全銀河の人類社会を武力制圧せんとして、バジュラをエデンや地球、その他の主要な移民船団に差し向けた。
イサムもエデンを襲ったバジュラの群を迎撃している。
最終的にはフロンティア船団が勝利し、ギャラクシー船団の野望を挫いた。
新統合政府は、異種知性体であるバジュラとの交渉を始めたと言う。

“新統合政府は、ギャラクシー船団の解体を決定したそうですね”
「そりゃ、当然、そうなるだろう」
イサムは頷いた。

移民船団ぐるみの大規模な犯罪は、新統合政府始まって以来の事件だ。その重大さから言っても、厳格な対処が必要になる。
エデンの軍関係者の間では、ギャラクシー船団の解体にあたって戦力を派遣すると噂されていた。
大規模なギャラクシー船団ともなれば、保有する戦力は小さな国家並みだ。
抵抗も予想されるため、新統合軍は主要植民惑星や、移民船団から戦力を抽出し、連合艦隊を編成する予定だ。

“エデンからは、VF-26部隊を出すそうですよ。行きたいでしょう?”
「そりゃな。他所の艦隊に、こいつをセールスするチャンスだし……あっちこっちの離れた所の部隊と顔合わせするのも面白そうだ」
“じゃあ、お行儀良くしてくださいよ、ダイソン中佐”
「ったく悪知恵が回るようになったな、ヤン
そんな話をしている間に、いよいよVF-26による展示飛行の開始時間になった。
“カタナ1、発進許可、出ました。グッドラック”
「サンキュ」

名刀の名を冠したVF-26は、ペットネームに相応しい鋭い軌跡を描いて、雲ひとつない青空へ駆け上った。
重力を断ち切るような勢いに、観客から讃嘆のどよめきが湧きあがる。
「どうです、素晴らしいでしょう?」
満面の笑みを浮かべた基地司令は、来賓に向って誇らしげに言った。
VF-26は魔法のように小さな半径で旋回し、白いスモークで青空のキャンバスに絵を描く。
次第に形になるイサムの絵を見ている内に、基地司令の笑顔が引きつってきた。
「あ、あれ、リンゴの形ですね。なんでリンゴなんですか?」
記者の質問に基地司令は、引きつった表情をごまかしつつ、にこやかに言った。将官を目指すほどの軍人なら、演技の素養も必要だ。
「さあ、なんででしょうね? 苦労の多かった開発が終了して、VF-26という果実が得られたと、そう言いたいのかもしれませんね」
もちろん、基地司令は知っていた。
リンゴの絵は、イサムから上層部への皮肉だった。
イサムは、彼が関わった人工知能暴走事件・通称シャロン・アップル事件について、口を噤むように強制されてきた。事件には軍の一部も関係していたため、機密保持を理由にした緘口令だ。
スモークで描かれたリンゴの中央を貫くように、VF-26が飛び出した。
観客の間から、拍手が起こった。


★あとがき★
惑星エデン@2059』の続編です。
さらに『翼の楽園』へと続いていきます。

2009.07.18 


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