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ドキュメンタリー『銀河の妖精、故郷のために銃をとる』の放映日、船団標準時2100。
SMSのラウンジでは、手すきの隊員達が大画面モニターの前に集まっていた。
“MBSドキュメンタリー・アワー、銀河の妖精、故郷のために銃をとる”
お馴染みの男性ナレーターの声がタイトルを読み上げると、歓声が上がった。
撮影にはSMSが全面協力しているので、画面に登場している隊員も多い。
中でも、シェリル・ノームと年齢が近いスカル小隊の面々は、しばしば登場する。
「だっせぇタイトル」
早乙女アルトは詰まらなさそうに言った。
「解りやすくて良いじゃないか。シェリルにしたら、故郷を救うために一生懸命なんだろう」
ミハエル・ブランは冷えたシュウェップスのグラスを口元へ運んだ。
「まあな」
タイトルはともかく、シェリルの動機にまでケチをつけるつもりはない。
アルトは撮影中を回想しながら、画面を眺めていた。
(確かに、アイドルなんて呼ばれている割には、ガッツがあったのは認める。反吐を吐いてまで撮影にチャレンジしてたしな)
映像はシェリル本人による状況説明と、VFパイロットとしての操縦訓練風景を交互に繰り返しながら流れていった。
“フロンティア市民の皆さん、とりわけ新統合軍フロンティア艦隊の軍人さん、ギャラクシー救援作戦を実行して下さってありがとう。ギャラクシー市民を代表してお礼を申し上げます。事態は進行中ですが、共に戦い、乗り切りましょう”
EXギアを着用したシェリルが、画面の中で敬礼している。
フロンティア船団内部には、ギャラクシー船団への救援に消極的な声もある。
シェリルは感謝を述べると共に、ギャラクシー船団を襲っているバジュラはフロンティア船団にも襲い掛かってくる共通の敵であることをアピールしていた。
ドキュメンタリーは、基礎となるEXギアの練習から始まっていた。VF-25のシミュレーターによる教程を経て、実機による訓練。
特に、実機では教習用のVF-25Tを使用していて、タンデムシートの前席にシェリル、後席にアルトが座っている事が多いため、必然的にアルトも登場シーンが増えた。
「こりゃあ、明日、学校で大騒ぎだぞ、姫」
ミシェルの冷やかしに、アルトは肩をすくめた。
訓練の合間、裾を縛ったTシャツとホットパンツという寛いだ姿のシェリルが愛用のペンを片手に、ノートに何事か書きとめていた。
“思いついた歌詞の断片をメモしたの。ダメ、見せてあげない”
シェリルはパタンとノートを閉じた。今時、珍しい紙のノートだ。
“どういうわけか、作曲、作詞する時は、キーボードとか携帯端末だと気分が出ないのよね。あ、でも、携帯の音声メモは使うかしら。とっさの時に便利なの”
アルトは、一部の編集作業にも立ち会ったが、こうして一つの番組としてみると、新鮮に見えた。
(こういう華やぎもあるんだな)
近くに居た時は気づかなかったが、こうして画面を通してみると、シェリルには華がある。ただジュースを飲んでいるだけ、飛行訓練後にVF-25Tから降りてへたり込んでいる姿でさえ、視線をひきつけずにはいられない。
アルトが経験してきた舞台の上とは、また別の魅力だ。
“何故、パイロットの訓練を受けるのか、ですって?”
夕暮れの海を見つめながらシェリルが言った。
“そうね……一つは、フロンティアで過ごしている時間を無駄にしたくないの。それに……歴史を調べたんだけど、戦争って、たくさん人手が要るでしょ? 昔は、補助空軍って言うのがあって、直接戦うわけじゃなくて、飛行機を回送したり、補給をしたりとか、そういう仕事に協力できればなって”
潮風が、ストロベリーブロンドを揺らしている。
“それに、私の仕事は歌手。軍人さんのとは意味合いが違うけど、命をかけて歌っている。バジュラという敵と最前線で戦い続けるパイロットの気持ちに少しでも近づきたい。近づいて、心に届く歌を歌いたい”
ラウンジは次第に静かになって、気がついた時には、皆、シェリルの言葉に耳を傾けていた。
“きっと、あの敵には、私たちが持てる全てのものをぶつけなければ勝てない。そんな予感がある”
「今時のスター、だな」
ミシェルがポツリと言った。
「なんだ、そのオッサン臭い言い回し」
アルトの突っ込みに、ミシェルは笑った。
「ほら、良い歌を歌ってればそれで良しって感じじゃなくて、ライフスタイルとか普段の言動とか、そういうのも魅力として売っているんだろ」
「ああ」
アルトは納得した。
歌舞伎の世界は舞台の上の虚構だけをご見物に見せている。
嵐蔵クラスの大物ともなればライフスタイルが云々される事もあるが、アルト自身は、その域に達していない。
どちらが良いとか、優れているというものではないだろうが、シェリルの背負っているものは24時間、彼女から離れることは無い。
画面は、フロンティア艦隊司令部からギャラクシー船団の消息について知らされるシェリルの横顔を映していた。
船団の所在は未だ不明という説明に、こわばった白い横顔がアップになっている。

翌日、美星学園
授業修了のチャイムが鳴り、教室にほっとした空気が漂う。
アルトは授業で使用していた端末を終了させたところで、取り囲まれているのに気づいた。
「早乙女君」
キラリと眼鏡を輝かせたのは、総合技術コースのツトム・ホーピーだ。シェリル・ファンクラブの会員番号2桁台なのが自慢と言う、熱狂的なファンだ。
「な、なんだ?」
イスに座っていて囲まれたので、アルトの視線は自然に上向きになる。
「人類社会が銀河系に広がった現在、フォールド通信を以ってしても、情報の伝達にはタイムラグがあります」
「そ、そうだな」
ツトムの口調は滑らかだった。
「銀河規模のネットワークでも、情報リソースの共有は難しいのが現状。そこで、早乙女君!」
声を一段と張り上げてから、一転して小さな声で言った。
「シェリルさんの情報、僕らとリソースの共有を図りましょう」
「はぁ?」
「具体的には、ドキュメンタリーの撮影で、カットされちゃったところの話とか」
周囲を取り囲む男子生徒達が、ウンウンとうなずく。
「オフタイムの話とか、何か、ご存知でしょう? それを是非…」
アルトは周囲からの期待に満ちた目線に圧迫感を覚える。
「そんなのミシェルの方が…」
アルトは視線を泳がせた。ミシェルとルカは、さっさと教室から出たらしく、姿を見かけない。シェリルは仕事で登校していない。
「だいたい、本人に聞けばいいだろ。クラスメイトなんだぜ」
「こう言うのはね、周りに居た人の話の方が面白いんですよ。早乙女君、級友のよしみで、ちょっと語ってくれませんか?」
アルトは周囲をもう一度見渡して、軽く溜息をついた。
「あー、何が聞きたい?」
「まずは、オフの過ごし方とか、ですかねぇ」
アルトは少しばかり考えた。
「そう……シェリルは海を見るのが初めてって言ってたな。宇宙船の中の人工のものでも、すごくはしゃいでた。裸足に砂がくすぐったいとか」
おおー、と取り囲んだシェリルファン達がどよめく。
「ど、どんな水着で…っ?」
「黒のチューブトップの……ええと」
アルトは携帯端末を取り出して、画像を表示させた。
きわどい水着姿のシェリルが朗らかに、素の表情で笑っている。黒の水着が白い肌をこの上なく引き立たせていた。
「こんなの」
うぉー、と野太い歓声が教室に響き渡る。
「そ、そのデータくれ」
「金を払ってもいい」
「うわぁ、眼福じゃ眼福じゃぁ」
「ダメだって。芸能人の肖像権ってのがあるだろ。記憶に焼き付けとけ」
アルトはそっけなく携帯をしまった。
「そ、そんなぁ」
「もうちょっと!」
アルトは立ち上がって肩を怒らせた。
「いい加減にしろ」
一喝すると、包囲を突破して学食方面へ逃走する。
「早乙女くーん」
「アルトーっ」
背中にかけられた声を、アルトはすげなく振り切った。


★あとがき★
夏の日の2059年』にいただいた、こばと様のメッセージから生まれたお話です。
劇中のドキュメンタリーも、映像出してくれないかなぁ。
他には、シェリルが映画に提供した楽曲とか、#5のデートでパンツに書き記した曲も聴きたいです。
そこのところ、劇場版でどうなるでしょうか。

書いていて、軽い疑問を感じました。
#3で、ルカがアルトに、SMSに所属しているのは機密になっているという旨を話していたのですが、シェリルのドキュメンタリー撮影に当たって、アルト達も画面に登場していますし、SMS所属機のVF-25も登場しています。#10の時点で、多少情報は開示されたのでしょうか??

2009.07.22 


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