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2059年。
銀河中心領域で、フロンティア船団がバジュラ女王の惑星をめぐって乾坤一擲の決戦を挑んでいた頃。

意識が眠りの淵から急速に現実へと浮上してきた。
まだ重たい瞼をこじ開ける。
サイドテーブルの上を手探りして、バイブレーションしている携帯端末を掴んだ。
「……んー」
もしもしと言おうとして、口を開いたところで向こうが呼びかけてきた。
「ダイソン中佐、こんな時間に失礼します。現在、惑星エデン全土に、コンディション・ブラッディーマリーが発令されました。可及的速やかにニューエドワーズ基地に出頭して下さい」
スピーカーから聞こえてきた声は、緊張感に満ちていた。
ブラッディーマリーは、防衛体制が最高レベルの警戒度になったことを示す符丁だ。敵が目前に迫っている。
「あー、何の冗談だ? 今…」
寝癖のついた褐色の髪を撫でつけながら、イサム・ダイソン中佐は携帯の時刻表示を確認した。
「午前3時過ぎだぜ」
「残念ながら、冗談でも訓練でもありません。敵が攻め寄せて来ています。コード・ヴィクター……恒星間センシング・システムがホワイトアウトしています。大群です」
「あぁっ?」
がば、とイサムは起き上った。
レーダースクリーンが敵の反応で真っ白になるほどの大群。
「判った、すぐ行く」
「迎えを差し向けています」
「了解」
そこで通話を切った。着信履歴を見ると、相手は間違いなくニューエドワーズ基地の司令部からだった。
「畜生」
小さな声で罵った。
「……どうしたの?」
イサムが横たわるベッドの上、隣で寝がえりをうった東アジア系の女性は、ミュン・ファン・ローン。幼馴染であり、パートナーの女性だ。
「軍から呼び出し」
「こんな時間に?」
ミュンも彼女の携帯端末に手を伸ばした。
「ちょっとした非常事態らしい。行ってくる」
「行ってらっしゃい」
ミュンは体を起こして、イサムの頬へおざなりなキスすると、また枕に顔を埋めた。
「おいおい、もうちょっと色気のあるキスが欲しいなぁ。この星を守るために出るんだぜ」
イサムはベッドを抜け出して、クローゼットから軍服を取り出した。
「バルキリーで飛ぶんでしょ? だったら心配してないわ」
ミュンイサムに背中を向けたまま、肩越しに手をヒラヒラと振った。
「イサムのする事を真面目に心配してたら、体がもたないもの」
パイロットにとって最高の殊勲を表すロイ・フォッカー勲章を半ダースほど受賞した新統合軍の名物男は、大げさな溜息とともに肩を竦めた。
「お前な、最近、冷たいぞ」
「信頼してるのよ、エースパイロットさん」
スラックスをはき、上着に袖を通したイサムは、ニヤリと唇をゆがめた。
「パパパパっと片づけて、朝飯前に戻ってくるからな」
「行ってらっしゃい」
ちょうどその時、家の前に停車する音がした。軍からの迎えなのだろう。
「行ってくる」
イサムは、かがんでミュンの頬にキスをすると寝室を出た。

車が走り去ってから、ミュンはベッドの上に座った。
寝室に備え付けられたAVシステムのスイッチを入れ、ニュースチャンネルを見る。
速報が流れていた。
エデン行政府から非常事態宣言が発令されていた。
状況の推移次第では、地下シェルターへの避難も始まる可能性がある。
ミュンは窓辺に立って、夜明け前の暗い空を見上げた。
イサムは、あの空の向こうへ行く。
行って戦うのだろう。
ミュンは夜明けが遠のくような感覚に襲われた。

ハンガー(格納庫)。
「ったく、ありったけの戦力をかき集めているな」
VF-24エボリューションのコクピットでイサムは情報端末から流れてくる軍の一般情報をチェックした。
LEO(低高度エデン周回軌道)上にデフォールドした多数の敵は、バジュラと呼称される生物兵器。現在、マクロス・フロンティア船団と交戦している勢力だ。
「俺みたいなロートルまで引っ張り出すたぁね。クリスタルパレス(防空司令部)も、なりふり構ってない」
イサムが率いる第508中隊の副隊長が、苦笑気味に言った。
「隊長がロートルなら、対抗演習で撃墜された連中は何ですか?」
「ヒヨッコさ」
多くのパイロットがウィングマーク(戦闘機パイロット有資格者を示す翼をかたどった徽章)を外す年齢になっても、イサムは一線で飛び続けている。
VF-24の開発でもテストパイロットとして関わってきた。
「じゃあ、この基地はヒヨッコばっかりです」
イサム程ではないが、惑星全土でも屈指のベテランである副隊長は笑いを含んだ声で言った。
巨大な機械腕が、VF-24にファストパックと呼ばれる追加装備を取り付けていた。惑星地表から、衛星軌道へ一気に駆け上がるために推力を増強する。
「んじゃ、戦術の確認な。中隊各機、聞いておけ。バジュラとやらの装甲は、えらく硬いそうだ。フロンティア船団と、民間軍事会社からの通報で、有効な弾頭の生産が始まっているが、まだ1会戦分も備蓄できていない」
対バジュラ仕様の弾頭は希少鉱物のフォールドクォーツを使用するため、量産が難しい。
「おまけに、バジュラは動きが早い。反則だよな。そこで、常に小隊(4機)単位で行動する。1編隊(2機)が囮になってひきつけ、残りの編隊で攻撃。無駄弾は撃つんじゃねぇぞ」
イサムは、通信機越しにメンバーたちの気配に耳を澄ませる。
歴戦の中隊長に鍛えられたパイロットたちは、それぞれ己の役割を心得ているようだ。
歯切れの良い“ラジャー”の声が返ってくる。
イサムは基地司令の口ぶりを真似て言った。
「前線の諸君、我々の補給は逼迫している。よって、弾は撃つな! 飯は食うな! 息はするな!」
通信回線は、苦笑、失笑、微笑、哄笑、さまざまな笑い声で満たされた。
ディスプレイに発進準備完了のサインが出た。
「行くぜぇ、野郎ども!」
イサムの乗る1番機から順に、滑走路に引き出されてゆく。

508中隊18機は極軌道で惑星エデンの大気圏へ突入しようとするバジュラの群を迎撃するべく、予測軌道をフルパワーでたどった。
“LEO防空航空団、損耗率30パーセント。継戦不能”
“防空衛星群による飽和攻撃に成功。与えたダメージは極めて軽微。2次攻撃の必要を認む。急げ”
“第32任務群、交戦空域へ急行中。反応兵器の使用は、これを許可。オール・ウェポンズ・フリー。繰り返す、反応兵器の使用許可が出ている”
“無人要撃隊、壊滅”
入ってくる情報は、新統合軍にとって旗色の悪いものだった。
「きびしぃーっ」
慣性制御システムで中和しきれない加速度に耐えながらイサムは大気圏突破のタイミングを心の中でカウントダウンしていた。
おそらく、目標の移動速度から見て、気圏を出た途端に攻撃されるだろう。
(何機、食われるか?)
翼が大気を切り裂いている手応えが、ふっと消えた。
「散開!」
イサムは操縦桿を操った。副隊長も遅れずについてくる。
いくつもの太い光条が星間物質を切り裂いて降ってくる。
バジュラの攻撃だ。
「艦砲射撃並みの出力かよっ」
ガンポッドの照準を示すレティクルの中央に、バジュラの姿が飛び込んだ。
赤いエネルギー転換装甲で覆われた、昆虫を連想させる生物兵器。
反射的にトリガーを絞る。
「ビンゴっ……中隊一番乗りは俺だぜぇっ!」
航宙器官を射抜かれたバジュラは、大気圏へとプラズマの炎をまとって落ちて行った。

地上のミュンが窓越しに見上げる夜空に、いくつもの流れ星。
あれは敵と味方の残骸なのだろうか?
天頂近くに現れた新星の様な輝きは、大型艦が爆発したのだろうか?
ミュンは胸の前で手を、ぎゅっと握り締めた。
かすれたウィスパーボイスが思いを紡ぐ。
「火をくぐり、この世の果てまで、行き着くところまで、あなたとともに……」

「そうさ……いいコだ。ベイビィ、ベイビィ、いいコだから、そのままっ……!」
混戦が続いている。
イサムは1匹のバジュラを引きつけながら、VF-24を操っていた。
照準を誘うように、すんでの所で狙いをずらし、危険な囮役を続けている。
わざと直線飛行して、きわどい誘いをかける。
読み通りバジュラが突っ込んできて、機関砲を放とうとする、そのタイミングで副隊長機が背後からバジュラの装甲を打ち砕いた。
「よっしゃぁ! よくやった」
“お誉めの言葉ありがとうございます。しかし、今ので弾切れです”
イサム機と翼を並べた副隊長が、小さく翼を振った。
「引き返したいところだが…」
中隊は善戦していた。なんとかバジュラ群を食い止めている。
“次の群が来てますね”
「仕方ない」
イサムは愛機をバトロイド形態に変形させた。
「これ、使え」
自分のガンポッドを副隊長機の方へ投げる。
“しかし、隊長…”
「俺の方が飛ぶのが上手い。お前の腕はまだまだだが、射撃は巧いからな。この方がいいだろ」
副隊長機もバトロイドに変形して、イサムのガンポッドを受け止めた。
空になったガンポッドを捨てる。
「いくぜ!」
再びファイター形態に変形したイサム機と副隊長機は、新たなバジュラ群に向けて加速する。
イサム機が、敵群の先鋒に誘いをかける。
今度は2匹が食らいついてきた。
「お、大漁だなこら」
おどけてはみたものの、額に汗が浮いてきたのを感じる。
丸腰に近い状態だ。
バジュラは相互に連携して、イサム機を追い詰めようとする。
「一応、チームワークみたいなこともしやがるんだな」
個体では知性を持たないと言われるバジュラだが、その動きは侮れない。
次第に高度が低下していく。
「おい、どうだ?」
副隊長に呼びかける。
“今、小型のバジュラが割り込んで…交戦中……撃墜! 急いで参ります!”
「当たり前だ、マクロスピードで急げ!」
2匹のバジュラは、上からイサム機を抑え込むように機動した。
イサムは、惑星エデンの上層大気が機体下面に触れるのを感じる。
「うは」
対気速度はマッハ60前後。
このままでは大気中に降りようとしても、高速過ぎて、惑星大気に弾き飛ばされる。
上はバジュラが押さえているし、左右に逃れようとしても2匹いるので、先回りされるだろう。
逃げ場がない。
「こんちくしょーっ」
イサムは愛機を横転させた。
機首を地表に向け、急角度でパワーダイブ。
惑星地表に対して翼を立て、空気抵抗を減らし、上層大気へと切り込んでいく。
無茶な動きに機体が軋む。
バジュラは予想外の動きに、慌てたようだ。
イサム機に追随してと大気へ飛び込もうとする。しかし、バジュラの形状はVF-24ほど空力的に洗練されていないため、大気の抵抗を受けて宇宙空間へ弾き飛ばされた。
“タリホーッ!”
姿勢を崩したところで、副隊長機の射撃を受けて撃墜される。
「よし!」
イサムはスロットルを押し込み、再び宇宙空間へと出ようとした。
“隊長! これは…”
今度は副隊長が戸惑ったようだ。
「バジュラが……引き返していく?」
多数のフォールド反応がキャッチされていた。バジュラ達が戦場から離脱している。
「なんで?」
“判りません”
全体の戦況は、明らかにバジュラ側優位に推移しつつあったはずなのに。

バジュラ女王の惑星で、人類の命運をかけた決戦がフロンティア船団の勝利で終わったのを、イサム達エデンの住人が知るのは、もう少し先のことになる。

イサムは副隊長に部下たちを任せて基地に帰投させると、単機で成層圏からゆっくり対流圏へと降りて行った。
濃密な大気がVF-24のデルタ翼を支えるのを感じるとエンジンを切って、風に乗る。
夜明けの光の中を東へ向けて静かに高度を下げていく。
(約束、今回も守ったぜ)
地球の空で散った友人に胸の中で語りかける。
幼馴染の親友で、空のライバルで、ミュンをめぐる恋敵だったガルド・ゴア・ボーマン。
ミュンを守ると彼に誓ってから、20年近く。
イサムは回想を振りきると、エンジンを再点火。
「家に帰ろう」
一気に高度を下げる。

まんじりともせずにイサムを待っていたミュン。
時計の短針が10時を回った頃、遠くから聞き慣れた音が響いてくる。
ミュンは玄関脇の窓から、空を見上げた。
ガウォークに変形したVF-24が舞い降りてくる。
「また、私物化して」
ミュンの口ぶりは怒っているかのようだったが、唇はほころんでいた。
キッチンにとって返し、トーストをセットし、コーヒーを淹れる。
玄関前にVF-24が着地した軽い振動。
「たぁだいまーっと」
イサムの声に、キッチンから顔だけ出す。
パイロットスーツ姿のイサムが、左手にヘルメットをぶら下げていた。
「なぁに、また戦闘機を私用に使ってるの?」
「あー、故障して不時着したんだ。それが、たまたま自宅前とゆーだけで」
「嘘おっしゃい」
「だって、朝飯前に戻るって約束したろー?」
イサムは空いている右腕で、ミュンの肩を抱くとキスした。
「子どもみたいな言い訳して。さっさと座って。戻ってこないかと思って、朝食片付ける寸前だったわよ」
ミュンに背中をたたかれて、イサムは食卓についた。
さっと出てきたトーストとベーコンエッグが焼きたてなのに気付いて、にっこりする。
「で、どうたったの? お仕事」
トーストにバターを塗りながら、イサムは眉間に皺を寄せた。
「んー、なんだか良く分からん敵が攻めてきて、良く分からんけど帰っていった」
ミュンは差し向かいに座ると、頬杖をついてイサムの様子を眺めていた。
「何、それ?」
「俺が説明して欲しい。まあ、人類の危機なんて、人生に1度ぐらいでいいんだからサ。とりあえず、お互い、無事で良かった。いただきまーす」
ブラックコーヒーでトーストを流し込んだイサムは、一言付け加えた。
「また、お前の歌が聴ける」


★あとがき★
イサムの後日談です。
Arcadiaの投稿掲示板にアップしたのは、VFエヴォリューションこと、extramfです。
同掲示板にアップされていた、バサラがマクロスFのストーリーに突撃をかます話にインスパイアされて、書き上げました。

続きは、こちら、です。

2009.07.17 


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