2ntブログ
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--.--.-- 
新統合軍バックフライト基地は、キャピタル・フロンティアに程近い場所に建設されたVF部隊の拠点だ。
かつてアイランド1と呼ばれた都市宇宙船だった閉鎖系都市キャピタル・フロンティアの外部に初めて設置された基地でもある。それを記念して、フロンティア艦隊を指揮した提督の名前を冠していた。

基地の一般受付で勤務していた男性士官は目を丸くした。
エントランスに入ってきた長身の女性は、白いブラウスとデニム地のフレアスカートの上から、エプロンを着けていた。長く伸ばしたブロンドはスカーフでまとめている。
家事の途中で飛び出してきた、という風情だが、今時テレビのホームドラマでさえ、そんな演出はしないだろう。
「ようこそ、当バックフライト基地へ。何か御用でしょうか?」
男性士官は笑顔で挨拶した。
女性は華やかな笑みで応えた。少し濃い目のルージュで彩られた唇が、魅力的な曲線を描く。
「早乙女アルト大尉に取り次いでいただけないかしら?」
「はい。どのようなご用件でしょうか?」
男性士官は手元の端末を素早く操作した。アルトは会議中だが、終了予定時間は5分後だ。
「忘れ物を持ってきたんです」
女性は大き目の茶封筒をカウンターの上に出した。
「妻ですの」
目立つ来客に視線が集中していた。
「奥様ですね。今、大尉をお呼びしますので、あちらでお待ちください」
男性士官が示したのは、ロビーのソファだ。
「ありがとう」
シェリル・ノームは楚々とした挙措で座ると、封筒を膝の上に置いた。
「あれって…」
「大尉って結婚してたっけ?」
シェリル? シェリル・ノームっ」
「本物だよ、本物」
居合わせた人々の間に控え目なざわめきが広まった。
「ありがとう。オフの日に悪いな」
白を基調にした新統合軍の軍服を着たアルトが軽く手を挙げた。
「いいのよ、ア・ナ・タの為だもの」
シェリルが弾むような勢いで立ち上がった。
「え?」
アルトは訝しげな表情を浮かべた。
「何か悪い物でも食ったか?」
「バカ、せっかく新妻ごっこしているのに」
シェリルは封筒をアルトの胸に押し当てた。
「わざわざエプロン着けて来ることないだろ」
アルトは封筒を受け取って、中身を確かめた。
「これだ。助かった」
入っていた書類は、予備役編入の手続きに必要なものだった。
「いよいよ、歌舞伎役者に復帰ね」
「ああ」
惑星フロンティアの情勢は安定していた。
フロンティア行政府は軍事予算の削減を決定し、その予算を社会基盤の建設に振り向ける予定だ。
人員も多くが退役か、予備役に編入される。
この機会に、アルトは自分の進路をもう一度見直してみた。
「ちゃんと聞いたことなかったわね……空への未練は無いの?」
瞳を覗き込んだシェリルの質問にアルトはあっさり答えた。
「ある」
「あら」
少し意外そうな表情のシェリル。
「あるに決まってるだろ」
受付の窓から、飛び立つVF-25の編隊が見えた。
「でも、もう一つの戦場は、他人任せにできない」
アルトはシェリルを見つめ返した。
「根が役者だからな」
「そうね……ちょっとぐらいウジウジしている方が、あんたらしいわ」
「なんだよ、その言い方」
言い返そうとしたアルトの唇を、シェリルが熱烈なキスで塞いだ。
受付職員の間からヒュゥと口笛が聞こえてくる。
「じゃあね、お仕事頑張って。ア・ナ・タ」
職員たちへは投げキスを送って、シェリルは帰って行った。
「ったく、アイツ…」
後姿を見送るアルト。その肩をつついたのは、受付当番の女性士官だった。
「大尉、その…お口が」
アルトは慌てて口元を掌で覆った。指先にベッタリついた口紅の感触。
「なんてヤツだ」
シェリルは、わざと落ちやすいルージュを選んでいた。
とりあえず、アルトはトイレに駆け込んだ。


★あとがき★
ちょいと紛らわしい話になってしまいましたが、この時点では、アルトシェリルは同棲期間中で、結婚してません。
シェリルの悪戯というか、何か古いドラマでも見て影響を受けたのかも知れません(笑)。

2009.07.27 


Secret

  1. 無料アクセス解析