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キャピタル・フロンティア、街路樹の緑が目に優しい道玄坂。
渋谷地区でもっとも賑やかなこの通りにあるオープンカフェ。
フェミニンなクリーム色のワンピース姿のランカ・リーは、席に座る前に、待ち合わせの相手を探していた。
6割がた埋まっている席の中から、しなやかな手が挙がった。
「こっちこっち」
聴き慣れた声に視線を向けると、顔の半分を隠すような大きなサングラスをかけた女性を見つける。
タンクトップとジーンズにラフなジャケットを合わせた女性はサングラスをちょっとずらした。空色の瞳が微笑んでいる。
シェリルさん」
ランカは、シェリル・ノームの向かいに座った。
注文を取りにきたウェイトレスに紅茶をオーダーする。
「レコーディング、どう?」
シェリルの質問に、ランカはちょっと苦笑気味の笑みを浮かべた。
「ぼちぼち、です。シェリルさんの方は?」
「私も……ぼちぼち、かしら」
シェリルはカプチーノを口にした。

所属会社ベクタープロモーションが持っているレコーディングスタジオで、たまたま顔を合わせた二人は、仕事から上がるとおしゃべりしようとカフェで待ち合わせていた。

「ライブで悟郎をゲストに呼んだんですって?」
早乙女悟郎は、アルトとシェリルの間に生まれた息子で、歌舞伎役者とミュージシャンとして活躍しているアーティストだ。
「ええ。楽しかったですよ。悟郎君ったら、楽器、何をさせても上手いんですね。お母さん似て、ホント天才」
ランカは、辺境の植民惑星で開催したライブの話をした。
「でも、オムツ取り替えてあげてた子が、同じステージに上がって、お酒飲める年齢になるなんて、一気におばちゃんになった気がします」
ランカちゃんから見ると、うちの子たちって甥っ子、姪っ子みたいな感じですものね」
息子を褒められて、ご満悦のシェリルは感慨深げに頷いた。
「一つ、気付いたことが。悟郎君、髪がほら、ストロベリーブロンドだし、瞳が青だからシェリルさん似のイメージが強かったんですけど、案外アルト君にも似てますよね」
「声とか、でしょ?」
「そうそう。喋り方とか、あの年の頃のアルト君を思い出したり…」
「電話口で、映像無しだと、アルトと間違われるのよ」
「間違える人、続出ですね、きっと」
「そうそう、ランカちゃんの…」
シェリルが言いかけたところで、街頭の巨大スクリーンからシェリルの歌声が流れた。
二人がスクリーンを見上げると、パイロットスーツ姿のシェリルがVF-25に乗り込む場面だった。
「もう流れてるんだ」
ランカが目を丸くした。
ヘルメットのバイザー越しに、青く染まった唇が妖艶な笑みの形になる。
VF-25は宇宙空母からカタパルトで射出される。惑星フロンティアの青い大気圏へ突入し、地上の滑走路に着地する。
コクピットから降り立ったシェリル。ヘルメットを取ると、豊かなストロベリーブロンドが流れ落ちた。
鏡面処理されている機体を鏡代わりに顔を映し、口紅を取り出すと青い唇の上から塗る。
瞬間、ピンク系の淡い色合いになり、シェリルの表情が明るく溌剌としたものに一変した。
「あのルージュ面白いわよ。落とさなくても、上塗りするだけで色が綺麗に変わるの。スクランブルってシリーズ」
「さっき、社長から見せてもらいました、あの映像」
ぽむ、とランカは手を合わせた。
「撮影の為に、資格まで取ったんですって?」
「そう、VF母艦発着資格……アルトのスパルタ教育で。大変だったわー」
シェリルが唇をヘの字に曲げた。その唇が微笑みに変わる。
「で、ランカちゃんの方はどう?」
「あたしは相変わらず、ツアーとレコーディング。あ、そうそうキャシーさんが大統領選に立候補するから、オズマお兄ちゃんちは大変ですよ」
「へぇ、ついに立候補するのね」
オズマ・リーと結婚したキャサリン・グラス・リーは、フロンティア議会の議員という経歴を経て、大統領候補への道を歩んでいた。
「オズマさんは?」
シェリルの質問にランカは視線をシェリルへ戻した。
「SMSでマクロス・クォーターの艦長やってますよって、これは知ってますよね。昨日、ブルース君と親子喧嘩して勝ったって、自慢してました。背負い投げ一本勝ちだそうです」
オズマとキャシーのカップルには、ハワードとブルースという兄弟がいた。特に弟のブルースの反抗期に手を焼いている。
シェリルは明るく笑った。
「すごーい、それは大した腕っ節ね。ブレラは?」
「まだ軍にいるんですけど、今の所属が情報軍なんです」
新統合軍の中にあって、最も新しい軍種が情報軍だ。コンピュータネットワークの防護や、諜報活動を司る。
「インプラントネットワークの使い方が優れているとかで、フロンティア艦隊から引き抜かれたんですよね。住んでいるのはキャピタル・フロンティアなんですけど。そうだ、メロディちゃんは? 元気でやってます?」
メロディ・ノームは、悟郎と双子だ。軍に入り、バルキリーパイロットとして任務についている。
「頑張ってるわよぉ」
シェリルは、いそいそと大き目のバッグから雑誌を取り出して、ランカに渡した。
「これ……わぁ」
受け取った雑誌は軍の広報誌だった。白い通常勤務服を颯爽と着こなしているメロディのバストアップが表紙を飾っていた。長く真っ直ぐな黒髪と、琥珀色の瞳がアルトを思い起こさせる。
「モデルさんみたい」
「もー、我が子ながら、美人に育って」
シェリルの微笑みは、親バカ全開モードだ。
「みんな、上手くやっているんですね」
「そうね」
二人はカップを空にしたところで、付近を散策することにした。

時刻は夕方から夜に差し掛かる頃。
賑やかな繁華街から、一本裏の通りに入ると閑静な住宅街だった。
繁華街と住宅街の間を仕切る公園の辺りを二人は歩いている。
「また、遠くへ行くの?」
シェリルの質問にランカは頷いた。
「今度は、8000光年向こう。長旅になります。こっちに戻ってくるのは来年に」
ランカは夕映えが薄れ行く空を見上げた。
「そうなんだ」
シェリルもランカが見ている辺りを仰ぎ見た。サングラスを取る。

 星を回せ世界の真ん中で

歌声が聞こえる。
シェリルは声の主を探した。
公園の向こう、締め切ったビルのエントランスに向かって振りつきで『ライオン』を歌う少女が二人。
エントランスは全面ガラス張りになっていて、鏡代わりに使っている。
とんとんと、肩を叩かれて、シェリルはランカを振り返った。
ランカは面白がっている目つきで、黙ったまま、少女達を指差した。
シェリルも頷く。
二人は足音を忍ばせて、彼女達の背後へ歩いていく。

 生き残りたい
 生き残りたい

サビの部分で、少女の声に重ねるように、シェリルとランカが、それぞれのパートを歌う。
そのハーモニーは自然で、最初は気持ちよく歌って気付かずにいた少女達。
ガラスに映っている大人の女性に気付いて、振り返った。
「ら……ランカ?」
「シェリル、だ…」
驚きか感激か、少女達は掌で口元を覆った。
ワンコーラス歌い終わってランカがウィンクした。
「こんなサービス、めったにしないんだよっ」

2009.07.23 


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