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惑星エデン。
地元ミュージシャンの間では、最高の設備だと言われているレコーディングスタジオでは、早乙女悟郎とミュン・ファン・ローンのコラボレーション・アルバムの制作が進行中だった。

ミュンは50代のベテラン女性歌手であり、エデンのローカルな音楽業界内でプロデューサーとしても知られている。
若かりし頃は、あのバーチャル・アイドル『シャロン・アップル』のプロデューサーを勤めていたことは、公にされてはいないが、知る人ぞ知る経歴だ。

一方の早乙女悟郎は、惑星フロンティアの出身。
バジュラ戦役の撃墜王・早乙女アルトと、銀河の妖精シェリル・ノームの間に生まれた。
20を過ぎたばかりではあるが、幼少の頃から歌舞伎界と音楽界でキャリアを積み上げてきた変わり種。
舞台の上では、江戸時代中期の名優・七世早乙女嵐蔵の再来と評される華やかさで知られている。
音楽の分野では、多作ではないもののコンスタントにアルバムを発表していた。ボーカルもさることながら、楽器演奏に才能を発揮し、アコースティックな音作りで定評がある。
今回のアルバムでは、ミュンのリードボーカルに合わせて、デュエット、バックコーラス、ギター演奏で参加していた。

天井から吊り下げ式に設置されたマイクの前に立つミュン
周囲をドラム、ベース、キーボード、ギターの奏者が取り囲んでいる。
悟朗はリードギターを担当していた。
ジャジーなサウンドに乗せて、気怠いボーカルが流れる。
「10 light years from Earth…」
最後のフレーズの余韻にかぶせて、悟郎のアコースティックギターがソロパートに入る。震える弦を握って止める。
レコーディングディレクターがサムアップで、OKのサインを送ってきた。
ミュンが拍手し、続いてバンドのメンバーも拍手する。
悟郎も拍手しているうちに、周囲のメンバーたちが消えた。
仮想現実空間のスタジオが消えて、物理現実の小さなブースが視界を占める。
コードレスヘッドセットを外し、ギターをスタンドに立てかけてブースから出た。
「お疲れ様。このトラックで行きましょう」
ミュンはミュージシャン達に声をかけて、休憩室へと導いた。東アジア系の真っ直ぐな黒髪をボブカットにし、齢を重ねてもほっそりとした立ち姿のイメージは変わらない。優しそうな黒い瞳は、芸能人のイメージからは少し離れているかも知れない。ひっそりと、自分で納得できる曲だけを、自分のペースで発表しつづけている楽曲制作の姿勢が表情に現れている。
休憩室では、飲み物とお菓子が用意されていて、ティータイムとなった。
アルバムの収録も予定の4分の3を終え、終りが見えてきた。
悟郎にとって、このアルバムで初めて顔合わせをしたミュージシャン達ともプライベートな話題を持ち出せるほど打ち解けている。
「マクロス・コンツェルンの頃の話?」
ミュンは、若いドラマーにシャロン・アップルの話をねだられて、少し口をつぐんだ。
「あそこは、特殊な世界だったわ。元々、半官半民のプロジェクトとしてスタートしたの。だから、マクロスの名前を冠しているんだけれど…」
ミュンの話は、シャロン・アップルというバーチャル・アイドルを生み出した、マクロス・コンツェルンの背景にまで及んだ。
「移民船団が地球から遠く離れていくと、均質性を保つのが難しくなるでしょう? 言葉も訛りやスラングができてくるし、文化的だったり政治的だったり。歌で文化的な均質性を保とうとしたのが、シャロン・アップル計画の出発点。こんな音楽って、歴史上なかったんじゃないかしら? プロパガンダと分からないようなプロパガンダね」
悟郎は自分が生まれる以前に流行した歌姫の舞台裏について興味深く耳を傾けた。
「その頃の私は、歌手になるっていう進路に見切りをつけて、地球の大学で心理工学の学位をとったわ。でも、それがあの計画に参加するきっかけになるなんて不思議なものね」
その後のミュンが辿った経歴は、悟郎もある程度は知っていた。
シャロン・アップルのプロデューサーと言う肩書きを得たミュンだったが、それは文字通りの職務ではなかった。人工知能のシャロンに、人間の情感に反応する外部増設プロセッサの役割を勤めたのだ。
「シャロンのライブでは、観客からの反応を私が受け取って、私の前頭葉とのダイレクトリンクでつながったシャロンが、歌い方に反映させる……肉体的には専用のインターフェイス、ベッドみたいなものに横になっているだけなんだけれど、ひどく疲れる作業だったわ」
苦い過去を、微笑みながら回想できるようになったミュン。
「シャロンには、ある種の愛情を注いでいた。私の分身みたいなものですもの。でも、分身だったシャロンが、ユニバーサルボードのチャートを駆け上がって行くにつれて、シャロンが本体で、私の方が彼女の分身みたいな、オマケみなたいなものになっていった……」
その後、何が起こったのかは、悟郎もよく知っている。
ネットで検索すれば、新統合政府がまとめた事件報告書が閲覧できる。

ミュンの補佐という肩書だったマージ・グルドアが、統合軍の一部と結託して禁断の技術に手を出したのだ。
シャロンの回路に、バイオニューロンチップを組み込み、自発的・自律的な成長をさせた。その結果、シャロンは人間の制御を離れ、地球のマクロスシティ全域に居た人々を洗脳状態にした。
洗脳状態を打ち破ったのが、当時テストパイロットだったイサム・ダイソン中尉と、ガルド・ゴア・ボーマンの活躍だ。
現在ではシャロン・アップル事件と俗称されている。

「悟郎くん、ききたいことがあるんだけど」
「はいっ?」
ミュンがいきなり話を振って来たので、悟郎は少しだけ慌てた。
「先月、イサムが私のお店に、メロディさんを連れて来たのよ」
悟郎は母親譲りのストロベリーブロンドの髪に指をくぐらせた。
「メロディの自慢話聞かされました。あの、伝説のダイソン中佐と対抗演習ができたって」
「そう、喜んでもらえて、イサムも役に立つのね」
ミュンは少し皮肉っぽい言い方をした。クスっと笑ってから、少し改まった口調で続けた。
「メロディさん、メロディ・ノーム中尉って名乗っているけど、どうして?」
「ああ」
悟郎にとって、その質問は時々耳にするものだ。
「俺が割と早い…ほんの子供の頃に歌舞伎の、早乙女の一門に入ったんで、母のノーム姓を名乗るって決めたんですよ。地球の、古くから続く家名だから伝統が途切れるのが惜しいって」
耳を傾けるミュンは頷いた。
「お母様の事、誇りに思っているのね」
「それだけでも無いみたいです。母は、はっきりとは言わなかったけど、メロディに歌手になって欲しかったみたいだし。子供の頃は、俺と一緒に音楽教育を受けさせられて」
「でも、軍人さんになった?」
「そう。その辺の埋め合わせしたい気持ちもあるみたいです」
「なるほどね。ご両親共に、ビッグネームのお家で育つのも大変ね……でも、少しだけ、その気持判るわ」
ミュンはテーブルの上で組んだ両手の甲に、尖った顎を載せた。
「才能豊かな人の近くにいるのって、時々、苦しくなっちゃうもの」
悟郎は目を丸くした。
ミュンは華やかとは言えないが、才能がモノを言う音楽業界で、確かな地歩を築いてきたのだから。
そこで、レコーディングエンジニアがスタジオのセッティングが完了したと声をかけてきたので、メンバーは休憩室から移動した。

ブースに入って、ヘッドセットをつけると狭いブースが消えて、仮想現実内の空間にバンドメンバーが浮かび上がってくる。
「こんな風に、集まってレコーディングするのが増えたわね」
ミュンが、耳に手をやってヘッドセットの具合を直している。
「そうですね」
9歳の頃からユニバーサルボードのチャートに上がっている悟郎は同意した。
「やっぱりライブ感が欲しいですから」
楽曲制作は、機材や技術の発達により、ありとあらゆる可能性が追求されていた。
極端な話、ある人物の基本的な発音パターンを記録できれば、そこから実際には歌ったことのない歌詞でも、歌を生成する事は可能だ。
VV(バーチャル・ボーカリストの略。シャロン以降の仮想キャラクターをこう呼ぶ)を使えば、人間の歌手さえ必要ない。
だからこそ、ライブで生まれる一体感や、揺らぎ、意外性が求められるのが、この時代のトレンドだ。物理現実では、それぞれがブースに入って録音しているが、ライブ感覚を求めて、バーチャルリアリティー内では同じ場所にいる演出がなされている。
「じゃあ、次の曲……FarEast of Eden」
キーボードがピアノの音で流れるようなパッセージを奏でた。

レコーディングは順調に進み、テンションを切れさせたくないというミュンの方針で夜半過ぎまでスタジオに篭った。
終了後、ようやくホテルの部屋へ戻った悟郎は、心地良い疲労を感じながらベッドに入る。
携帯端末を操作して、ユニバーサルボードのチャートをチェックした。悟郎自身の新曲『天体音楽』の動向をチェックする。
「ちぇーっ…」
悟郎は軽く舌打ちした。
今回の曲は力を入れていたし、思い入れもあった。
どちらかと言えば、ロックチューンや、フォーキーな曲調を得意としていた悟郎の新境地として、情報を高密度に詰め込んだ曲作りに挑戦したのだ。ARS(オーギュメント・リアリティー・サウンド、拡張現実音楽)と呼ばれるジャンルで、インプラントを利用した情報強化タイプのサイボーグや、専用のインターフェイスを通して音楽を聞くと、視覚的に様々な付加情報が展開されるという新しいメディアだ。
『天体音楽』は、銀河ネットワークで配信されるドラマのタイアップ曲ということもあり、ヒットは確実視されいた。
悟郎が目指していたのは、1億ダウンロードを達成する最短時間記録だった。
現在のタイトルホルダーは、シェリル・ノームが『射手座☆午後九時Don't be late』で達成した21時間32分55秒39。『ユニバーサル・バニー』でスマッシュヒットを飛ばし、その後で発表されたロックチューンは、ファンの期待もあって素晴らしい勢いでチャートを駆け上がった。
『天体音楽』の記録は24時間12分フラット。
悟郎がプロのシンガーとして活動を始めてから、シェリル・ノームは目標だった。悟郎自身は歌舞伎役者と二足の草鞋を履いているので、シェリルが持っている記録を破るのは難しいが、1億ダウンロードなら可能性があると睨んでいた。
落胆のため息をついたところで、携帯に着信。超長距離通話との表示が出たところで、予感があった。
「もしもし」
通話ボタンを押すと、画像が表示された。
“久しぶり、元気にしている?”
相手はシェリルだった。小さな画面に、バストアップで表示されている。黒のビキニのトップスに、背景はどこかのプールらしい。
“寝てた?”
シェリルも悟郎の背景がホテルの部屋であると気づいたようだ。
「いや、起きてた」
悟郎はベッドの上で上半身を起こし、座った。
“残念だったわねぇ”
「え?」
“新曲のダウンロード”
悟郎は、ぐっと言葉に詰まった。
(チェックされてる!)
「チャートの数字は気にしないんじゃなかったのかよ?」
“自分の曲に関してはね”
シェリルは、しれっと言い返した。
“でも、他人の曲の動向はチェックしてるのよ。ま、市場の評価はまだまだってところね。流行りを追っかけるより、アコースティックか、ロックでシャウトしてる方が良いんじゃない?”
「よけーなお世話だ。俺は、自分の仕事をこなすだけ」
“まあ、イッチョマエな事を。そうだ、今月中には帰ってくるんでしょ?”
「ああ、11月には顔見世興行がある。稽古に間に合うように戻る」
“そう。じゃあ、竜鳥の卵、お土産に買ってきてよ。特大の目玉焼きをアルトに作らせるんだから”
「わかった。眠いから、もう切る。おやすみ」
“おやすみなさい。おヘソ出さないようにね”
通話を切ってから、悟郎は頭を枕にボフッと沈めた。
「かなわねーな」
クスクスと苦笑しながら瞼を閉じた。
明日もレコーディングだ。
部屋の湿度を確認してから、エアコンディショナーを微調節して眠りにつこうとしたところで携帯にメールが着信した。
重い瞼を開けて、メールを読むと、記録更新のタイトルがついていた。
「何だ?」
10歳の頃に発表した『ハッピーバースディ・シェリル』がユニバーサルボード、ポップスチャート200位以内にチャートインしている最長記録を達成したとの内容だった。
「マイナーな記録だな…」
悟郎は苦笑いしたが、とりあえずシェリルの持っているレコードを上回った曲が一つできたことになる。母の誕生日に贈った歌だが、シェリルの部分を親しい人の名前に置き換えて、長く歌われているのが記録達成の原因だろう。
唇を笑みの形にしたまま、悟郎は瞼を閉じた。


★あとがき★
このお話に関しては、絵ちゃのメンツの方々から多大なヒントをいただきました。
ありがとうございます。
悟郎がシェリルの持っている記録(レコード)を破ろうと狙っているというアイディアは、かなり長くこねくりまわしていました。でも、具体的にどんな記録にするか、思いつかなかったんです。ヒントをいただきまして、1億ダウンロード最速記録と言う形にしてみました。
実は、絵ちゃでいただいたネタは、シャロン・アップル計画の裏話でも活用してたりします。
移民船団が地球から離れていくにしたがって、互いに差異が出来て行く。統合政府にとって、それは予測された事態であり、銀河播種計画の趣旨から鑑みて、ある程度は望んでいたのでしょうが、差異が大きくなりすぎると人類同士での対立が先鋭化する。そこで、望ましい均質さを維持するための仕掛けとして計画されたのがシャロン・アップルではないのか、という部分です。
人間のアーティストと異なり、コピーが可能なバーチャルアイドルは、その気になれば銀河系人類社会に偏在させることもできます。
蘊蓄はさておき、2009年最後の更新となりました。ご愛顧感謝いたします。
良いお年をお過し下さい。

2009.12.30 


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