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早乙女家。
夕食後、一家団欒のひと時。
アルトと子供達は、そろってソファに座った。
ピンストライプが入ったダークスーツ姿のシェリルがリビングに戻ってきて、レーザーポインター片手にAVセットのスイッチを入れた。
「それじゃ授業始めまーす」
「はい先生」
ピンクブロンドの男の子・悟郎と長い黒髪の女の子・メロディは元気よく返事をした。二人は双子で、今年ジュニアハイに進級したばかりだ。
「何も着替えてこなくてもいいだろ?」
アルトが呆れて突っ込むと、シェリルは人差し指を立てて小さく振った。
「こういうのは、気分を出さないとね」
シェリルのファッションは教師のイメージらしいが、豊かなピンクブロンドをひっつめにして後頭部でまとめたのは良いとしても、ちらりと胸の谷間がのぞける開襟シャツと前スリットのタイトスカートはセクシー過ぎる。
大画面のモニターに、小規模な移民船団の全景が映し出された。
「これが、今度、私とアルトがお仕事に行くバーソロミュー船団よ」

両親が多忙な芸能人である早乙女家では、家族間のコミュニケーションも兼ねて、子供達に仕事内容をかなり詳しく教えている。
悟郎自身、すでに梨園と音楽界で活動をしている芸能人でもあるので、ビジネスの勉強になっている部分もあった。

「バーソロミュー船団について知っている人」
シェリルが家族の顔を順番に見ると、アルトが小さく手を上げた。
「はーい、アルト君」
指名されてアルトが説明した。
「2050年に地球を出発した私企業による移民船団で、資源採掘で利益を上げながら航宙している」
「よくできました」
シェリルが大きく頷いた。
「でも、芸能界では別の意味で有名なのよね。悟郎君、知っているかしら?」
「海賊版」
ぼそっと悟郎が答えた。
「ありとあらゆるソフトの海賊版を売って、裏の商売にしているのよね」
シェリルは眉間に皺を寄せてから、華やかな笑みを作った。
「でも、今回、海賊版は止めて、ギャラクシーネットワークに復帰することになったの。それを記念して開催されるイベントが、シェリル・ノームのライブと、早乙女一門による歌舞伎公演。他にも、銀河のあちこちからアーティストが集まってくるわ」

2060年代の楽曲販売は、ユーザーが楽曲データを持たずに常にネットワークからダウンロードするタイプの“配信型”と、楽曲データをユーザーに販売する“ダウンロード型”に分かれる。
一般に“配信型”の方が収録曲数が多く、1曲あたりの単価が安い。その代わり、楽曲データの二次利用(たとえば自作ビデオデータのBGMとして使う)などは不可能だ。
“ダウンロード型”は、ネットワークを常に利用できるとは限らない、辺境航路を航行するユーザーがメインだった。1曲あたりの単価は比較的高価だが、楽曲データの二次利用が認められている。
著作権の保護と簡便な二次利用は、地球時代から続く互いに分かちがたく絡み合った問題だった。
クリエイターが正当な利益を得られなければビジネスとして継続しない。
一方で、コンピュータの登場により一般市民がDTM(DeskTop Musicの略。コンピュータを使用して作曲・編曲・レコーディングなどの活動を行う)などの手段でクリエイティブな活動に参加できる社会では、二次利用を制限し過ぎると社会全体の創作活動の活力が低下する。常に次に来るトレンドを探しているエンターテイメント業界にとって、望ましくない状態だ。
銀河系に活動領域を広げた人類社会は、二通りの音楽配信手段と、それによって収益を上げるネットワーク企業を構築することによって、一応の解決を見た。

「先生」
メロディがぴっと手を上げた。
「はい、どうぞ」
シェリルに促されてメロディは続けた。
「いくつも船団がある中で、どうしてバーソロミュー船団だけが海賊版をたくさん取り扱ってるんですか?」
「いい質問よ、メロディ。そうねぇ、凝り性の暇人が多かったってことかしら」
シェリルは大画面にバーソロミュー船団の航路を表示させた。
「あちこちの星系で資源採掘しているんだけど、星系の間を移動したり、資源探査をしている間、船団全体がワリと暇なのよね。余暇を使ってプレイリストとか、MADムービーとかMODとか、市販されているコンテンツを利用して遊んでいたわ。そうして作られたものが、資源交易の時に一緒に流通するようになっちゃったの」
バーソロミュー船団が他の移民船団と接触し、海賊版コンテンツが流通・拡散していく様子がモニターに映し出されている。
「私も見たけど、結構面白いのよね。安いし。入手経路が限られているのも、ある種のマニアにはたまらなかったみたい。一部で流行したんだけど……私達みたいな、プロ活動しているアーティストには面白くないわよね。ちょっと、アルト、私にだけ喋らせるつもり?」
のほほんと湯呑を手にお茶を飲んでいたアルトは、危うくむせるところだった。
「お前が先生役やるって言ったから、任せてるんだぜ」
「しゃべり疲れたから、交代」
シェリルに押し付けられたレーザーポインターを手の中で転がしながら、アルトはどうやって続けようかと、しばし考えた。
「まあ、その二次創作物が面白すぎたって言えるかな。市場に出せば、ちゃんとした売り物になるぐらいに面白い。そこで、きちんと著作権料を支払って、銀河ネットワークに復帰することになった。今度のイベントはバーソロミュー船団にアーティストが集まる裏で、各種の著作権者団体が乗り込んで海賊版機材の破棄を確認するのが大きな目的なんだ」
シェリルは、子供達の頬にキスした。
「1ヵ月近く家を空けることになるけど、マーゴットの言うことを良く聞いてね」
留守の間、家を任せているハウスキーパーの名前を出して、シェリルは子供達に言い含めた。
「はい、お母さん」
「イエス・マム」

(続く)


★あとがき★
新シリーズの開幕でございます。
大きな風呂敷広げておいて、上手くまとめられるかしらん?

2009.05.18 


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