2ntブログ
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--.--.-- 
シェリル・ノームはレコーディングスタジオのブースの中で溜息をついた。
新作アルバム制作の為にスタジオに篭り続けていたが、納得できるトラックは未だ録れていない。
「1時間ほど、休憩を入れるわ」
スタッフに声をかけてからブースを出た。
アシスタントが気を利かせて淹れてくれた薫り高いコーヒーを飲みながら、休憩室のソファに埋もれるようにして深く座った。
試行錯誤を繰り返しているが、この曲にピッタリというアレンジにめぐり合えていない。自分の中で、方向性が絞りきれていないのだろう。
仕事先はもちろん、家族からの連絡も緊急時以外は取り次がないようにして、没頭できる環境を作っていたが、行き詰まっていた。
「エルモさんも、好きなこと言ってくれるわ」
今回のアルバムを企画するにあたって、ベクタープロモーション社長エルモ・クリダニクが出したテーマは“親しみやすいシェリル・ノーム”だった。
シェリルさん、今やアナタは押しも押されぬディーバ、言ってみれば最上級の高級車みたいなものデス。このまま進んでもいいのデスが、若い人には手が出にくい。方向転換を図ってみまセンか?”
心の中で、エルモの注文に文句をつけてみたが、引き受けたのはシェリルだ。
(孤独よね、クリエイターって)
音楽のクオリティは、数字では表せない。
偏にシェリルの感性に依存している。
他人の意見も参考にはなるが、決定するのはあくまで自分。
音楽業界に数々の功績を残したシェリルでも、気まぐれな聴衆の心を掴めるかどうか、いつだって不安だ。
レコーディング中の歌のアレンジを、大きく変えてみるか、それも今の方向性で煮詰めてみるか、そんなことをつらつらと考える。
ドアをノックする音に、上体を起こした。
「何?」
ドアが開いて、アシスタントが顔をのぞかせた。
「シェリルさん、窓を、外を見てください。見えますか?」
シェリルは立ち上がった。
窓からは郊外の丘が見える。緑の若葉が目に優しい。
「何が見える…の……って」
晴れ渡った空には、白いスモークで描かれたSherylの文字が浮かんでいた。
「あら」
文字を挟んで、左右にピンクのスモークでハートマークが描かれる。
EXギアで飛行しながらスモークの軌跡を残しているのが誰か、シェリルには分かった。
「あの子たち…」
アルトとの間に儲けた男女の双子・悟郎とメロディだ。アルトも、近くに居るに違いない。
「飛んでるの、お子さん達ですか?」
「ええ。きっと……でも、何でかしら?」
アシスタントは、にこやかな声で言った。
「判りませんか。今日は母の日じゃないですか」
「あ!」
アルバム制作に集中していたので、すっかりカレンダーを忘れていた。
シェリルはアシスタントに背中を向けて、空を見上げた。
青空のキャンバスに描いた文字が、ふっと滲む。
アシスタントに気づかれないように、そっと目元をぬぐって振り返った。
「休憩時間の途中で悪いんだけど、スタジオ、準備できる? 今ならイケそうな気がするの」
「はいっ、スタッフに声をかけてきます」
アシスタントは小走りに休憩室を出た。
子供達に向けて歌うイメージでアレンジしてみよう。
シェリルは脳裏に浮かんだイメージを形にするために、スタジオに向かった。
早く仕上げて、子供達の元へ帰らなくては。


★あとがき★
時事ネタということで、母の日のお話でした。
調べてみたら、世界各国で母の日って微妙に日が違うんですね。
フロンティアの母の日は、どうなっているのでしょう?

2009.04.26 


Secret

  1. 無料アクセス解析