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(承前)

バーソロミュー船団旗艦バーソロミュー1。
密閉型ケミカルプラントを採用した都市宇宙船は、収容効率を重視したデザインだった。良く言えば、無駄のない空間構成、悪く言えば狭苦しい居住環境だ。
全体の形状は円筒形で、船首から船尾にかけてメインストリートが貫通している。
早乙女アルトは、船首にある展望広場に仮設されたテントの中で、準備に余念がなかった。
「素敵よ、アルト
パンツスーツ姿のシェリルアルトを見上げた。
「当たり前だ。早乙女アルト、一世一代の花魁道中なんだからな」
豪華な伊達兵庫に結いあげた鬘。
惜しげもなく熟練の人手と絹を費やした打掛。
履いている三枚歯の高下駄は30cm近い高さがあるので、アルトの姿は群衆の中でもぬきんでていた。
江戸時代に培われた美意識の結晶が、凛とした立ち姿を見せている。
花魁の身の回りの世話をする少女・禿の役は、事前に応募した地元プライマリースクールの女子生徒が二人、扮している。初めて着せてもらう和服に、瞳を輝かせていた。
「俺にしても、こんなに長距離の道中は初めてだからな」
高下駄を履いている状態では、普通に足を運ぶことはできない。
吉原の太夫に特有の外八文字と呼ばれる特殊な歩き方は、足首を柔軟に使う上、熟練するだけでも3年はかかる。
今回のイベントに合わせて事前の準備はしてきたが、アルトにとって未知の領域だった。
「さあ、時間ですよ、アルトさん。さぁ!」
助六の拵えをした矢三郎が声をかけた。最後の一声は、舞台の上で使うような、張りのある、良く通る声だった。
「レセプション会場で待っているわね」
シェリルはアルトにキスをしようとしてためらった。下手に触れて化粧が崩れると問題だ。だから、自分の人差し指にキスして、その指をアルトの唇に触れさせた。
「いざ、いざ!」
アルトは微笑むと、まくりあげられたテントの出口へと向いた。
禿と男衆が配置に着く。
全員の準備が整ったところで、花魁姿のアルトは一歩を踏み出した。
鳴り物が賑やかに奏でられ、紙吹雪が祝祭の気分を盛り上げる。

ありとあらゆる娯楽ソフトの海賊版を作ってきたバーソロミュー船団が、銀河系全域をカバーする著作権システムに加入し、海賊版を根絶する。
今回のイベントは、著作権団体からの贈り物でもあった。

時刻は銀河標準時と同調している船団時間で19時。
日が暮れて、街の明かりが眩しくメインストリートを照らし出している。
そこに紙吹雪と、色とりどりのライティングで照らし出された行列が、独特の足取りでゆっくりと進む。
男衆が掲げる提灯に描かれた紋は包み抱き稲、武蔵屋の屋号を持つ早乙女の家紋だ。
メインストリートの歩道には、珍しいアトラクションを一目見ようと人だかりができていた。
沿道のビルの窓は煌々と明かりを煌めかせている。窓辺には、身を乗り出さんばかりに見ている人たちが見えた。
(ご見物の視線は揚巻の力になる。驕慢で、艶やかで、人目を集めずにはいられない、伝説の花魁)
アルト=揚巻の精神状態は、いきなり舞台の上で得られるクライマックスの状態に入った。
足元の高下駄や衣裳の重さはもう感じない。
ただ、自然に足を運べば、意識せずとも外八文字の歩みとなる。
揚巻が笑みをご見物に投げかけると、声にならない溜息の波紋が広がった。
全能感が体を満たし、視野が後方まで広がったような錯覚さえ覚える。
ご見物一人一人の顔が識別できた。
現代とは全く異なる空間と時間の彼方からやってきた美の結晶は、文化の違いを飛び越えて人々をハレの精神状態へ誘った。
ただ、ただ、揚巻を見つめる男。
揚巻に見とれている小さな女の子。手に持っているソフトクリームが溶けて手に垂れているのさえ気づいていない。
夢中で紙吹雪を投げている男の子。
数多くの舞台を踏んできたアルトにとってさえ、稀有な経験だった。
長い花魁道中の間、夢うつつの内に終点のレセプションホールにたどり着いた。
市庁舎に併設されたホールのエントランスにはレッドカーペットが敷き詰められていた。
バーソロミュー船団のセレブリティが早乙女一門を迎える列を作っていた。
その行く果てにいるのが、恰幅の良い白人男性ヴァレンティーノ・バルボ市長が満面の笑みを浮かべて両手を広げていた。
「ようこそ当船団へ。早乙女一座の皆様を歓迎いたしますぞ」
バルボ市長は辣腕で知られていた。今回のイベントは、トップダウンで決定されたと聞いている。
花魁姿のアルトは、市長の前で恭しく礼をした。
「お美しい」
高下駄を履いたアルトと身長差が無い。巨漢の市長は恭しくアルトの手をとって、貴婦人にするように手の甲にくちづけた。
市長の後ろで、すでにレセプションホールに入っていたイブニングドレス姿のシェリルが、ご苦労様と言いたげに笑っていた。

「かくして、我々は銀河をネットワークで結ぶ著作権システムに復帰し、わが船団のアーティスト達には新しい道が拓かれ、銀河系人類社会においては新しいアートの潮流が加わることになるのです」
演壇に上がったバルボ市長の名調子が続いている。
花魁姿から拵えを解き、幾分軽い振袖姿のアルトは、シェリルに寄り添って立っていた。
漆黒のスターシルクで仕立てたドレスをまとうブロンドのシェリルの隣に、黒髪を元結でまとめて背中に流し、真紅の地に絞りで花を散らした振袖姿のアルトは、あらゆる点で好対照で、着飾った紳士淑女の間でも今夜の主役に相応しい華やぎがあった。
市長が演壇を降りると、今夜のアトラクションとして船団出身のロックバンド・ボンファイヤーがステージに上がった。
「これ、楽しみにしてたのよ」
シェリルがアルトに小声で耳打ちした。
「へぇ…」
アルトはボンファイヤーのスタイルが昔のファイヤーボンバーそっくりであることに気づいた。
「コピーバンド?」
「そう、それも……聞いてて」
メインボーカルが、マイクを取ってMCを始める。
「今夜の演奏は、2049年8月、武道艦コンサートの最終日でいきます……おぉぉ俺の歌を聴けぇ!」
アルトはMCの意味が判らずに怪訝な表情でいると、シェリルが教えてくれた。
「本当にそっくりコピーするのよ。間違えたところまで。ここまで来ると、コピーバンドとは言え、ひとつの芸よね」
当日のセットリストの通り『突撃ラブハート』が始まった

(続く)

2009.05.26 


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