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「お母さん、えほん、よんで」
シェリル・ノームは3歳になる娘のメロディから渡された絵本の表紙を見た。
柔らかい水彩画のタッチで子狐が描かれている。
「あら、可愛い。ごんぎつね……」
初めて見る本だった。アルトが買い与えたのだろうか?
「いいわ。悟郎もベッドに入って」
「はーい」
男女の双子、悟郎とメロディは仲良く一つのベッドに入った。
シェリルは子供部屋の照明を落とし、ベッドサイドのシェードランプの明かりで朗読し始めた。

早乙女アルトはリビングでニュース番組を見ながら、ジントニックのグラスを傾けた。
子供達を寝かしつけたら、シェリルもナイトキャップを飲みにくるだろうと空のグラスも用意してある。
背後から聞き慣れた足音がした。
「寝たか?」
言いながら振り向いて、アルトはギョッとした。
ネグリジェ姿のシェリルは、空色の瞳を潤ませていた。アルトの顔を見ると、それまでこらえていたものを一息に吐き出した。
「可哀そう!」
「子供に何か…」
「ちゃんと寝かしつけたわよ……でも、きつねが!」
「き、きつね?」
アルトシェリルが手に持っている物に気づいた。
「まさか……絵本を読んで泣いているのか?」
「悪いっ?」
涙を湛えた青い眼がキッと睨む。
「い、いや」
「よくも、このシェリル・ノームを悲しくさせたわねっ……出版社にかけあってハッピーエンドに書き直させる!」
「ま、待て……」
アルトは立ち上がると、戸惑いながらもシェリルの肩を抱いた。ソファに並んで座る。
「だって、ひどいじゃない……ごんは…ごんは、一生懸命謝ろう、償おうとしてたのよ? そりゃ、兵十にいたずらしたのは悪かったけど、野生の子なんだもん。兵十だって可愛そう。鉄砲で撃った後で、ごんが償おうとしてたのを知ったら兵十だって……悲しすぎるじゃない。なんで、こんな救いの無い話、子供向けの絵本なんかにするのよ」
アルトは肩に顔を埋めるようにしたシェリルの髪を撫でながら、パジャマの肩に熱い涙の滴が染み込むのを感じた。
「ねぇっ、どうしてよっ」
顔を上げたシェリルが至近距離からアルトを見つめた。長いブロンドの睫に涙の滴が煌めいている。
(お前の子供時代の方が、童話なんかよりずーっとハードだったじゃないか)
そう思いながら、アルトはシェリルの頬を伝い落ちる滴を指でぬぐった。
「音楽だって、イケイケのアッパーチューンばっかりってわけにはいかないだろ?」
「そうだけど……でも…」
「絵本の子狐のために泣いてやるお前は、嫌いじゃないぜ」
シェリルは白い頬を染め、ついと目線をそらした。
「もうっ……いつの間に、そんなセリフ言えるようになったのよ」
アルトは淡いピンクの頬にキスした。
「お前と付き合うようになってから」
シェリルはくすぐったそうに片目を瞑った。アルトの両頬を掌で挟む。
「生意気」
囁くと、唇を合わせた。


★あとがき★
娘トラ3のグレイスとシェリルのお話を聞いた後で、テレビで『ごんぎつね』を取り上げているのを見て、びびっと思いついたネタです。
シェリルって、あれだけ不幸な目に遭っているのに、どうしてあれだけ高貴でいられるのでしょうか。銀河史上、滅多に居ないイイ女ですよーっ。

2009.06.04 


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