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歌舞伎役者・兼・シンガーの早乙女悟郎(17)は憂鬱だった。
憂鬱の原因は、人に話せば贅沢な悩みだ、と言われるかも知れない。
不世出の名優・十八世早乙女嵐蔵の孫にして、銀河の妖精と呼ばれたシェリル・ノームの息子。この世界で名を成そうとする人間が欲して止まない芸能界へのコネクションには事欠かない。
客観的に見ても音楽の才能は豊かで、最初に作曲したのが5歳。ユニバーサルボードのチャートに登場したのは9歳。
歌舞伎の方面でも、舞台での華やぎには定評がある。名前の由来となった曽我五郎を演じさせれば当代随一の呼び声も高い。
(この顔が良くないんだよな)
毎朝、洗面所で鏡を見るたびにため息をつく。
ルックスは母親の要素を多く受け継ぎ、ストロベリーブロンドの髪に碧い瞳。切れ長の目は父親のアルトから受け継いだもの。
友達連中からは、女ったらしの顔だと言われる。
実際の所、女の子は苦手だ。何を考えているか分からない。
異性で気楽に接することができるのは、母親と双子の片割れメロディぐらいなものだ。
もちろん、女の子からチヤホヤされるのは、決して悪い気分ではない。でも彼女(時として彼)が見ているのは、悟郎自身を通り越して、シェリル・ノームの息子とか、梨園の御曹司だとか、そんな肩書ばかりが評価されている。
かくして、処世の術として身につけたのは、ニヒルでクールな素振り。
だが、せいぜい冷たくしても向こうから寄ってくるのはどうしようもない。冷たいところが素敵なんて言われたら、もうお手上げだ。
(どいつもこいつも、俺自身とは関係ないところで盛り上がりやがって。俺は至って地味な性格なんだよ)
暇さえあればギターの技術を研鑽し、歌舞伎に精進したいのだ。

オフの日は、気分転換に街に出る。ニットキャップとサングラスで特徴を隠し、お気に入りのギターを肩に公園へ向かった。
(こんな天気のいい日は……)
悟郎は空を仰ぐとFIRE BOMBERのMY SOUL FOR YOUを奏でる。
本当なら歌もつけたいところだが、歌声で正体がばれるので、ストリートミュージシャンたちに交じって、のびのびと演奏だけを楽しむ。
サビの部分にかかると、別のギターが奏でる音色が聞こえてきた。悟郎の演奏に合わせている。
(お、なかなか……やるなぁ)
音のする方を一瞥した。
伸ばした黒髪を後ろへ撫でつけている髭面の男が小型のギターで演奏していた。くたびれたポンチョを着て、左右でレンズの色が違うサングラスをかけていたが、流行遅れのスタイルが却って決まっている。
気持ち良く即興の合奏を終えると、聞き耳を立てていた聴衆が拍手をした。
「どうも」
悟郎は手を上げて拍手に応えた。ついでに、見知らぬミュージシャンに向かっても手を振る。
髭面の男も軽く手を挙げた。
ふと、悟郎のイタズラ心が疼いた。
(よぉし、これについてこれるか?)
次に弾き始めたのは、大ヒット曲の『突撃ラブハート』。
髭面も心得たように、ベースのパートを奏でた。
ギターのソロパートで、悟郎は素早い指使いを要する即興のメロディを奏でた。
(さて、お手並み拝見)
髭面の男は、劣らないぐらいの素早い指使いを見せた。
(やるねぇ)
悟郎は嬉しくなった。今日は使うつもりの無かった奥の手を出す。
ソロパートで、ネックの部分を使って左手とピックなしの右手を合わせて演奏する。それぞれの手が別の旋律を奏でる。左の指が人並み外れて強いためにできるテクニックだ。
髭面の男は片方の眉をあげた。そして、弦の音色を歪ませた。うねる音は、楽器と言うより人の声、ボーカルのように聞こえる。
テクニカルなやりとりは、周囲からの注目を集めた。他のミュージシャンたちも手を止め、耳を傾けていた。
悟郎と髭面の男のギターが最後のワン・フレーズを奏で、余韻が消えてゆくと盛大な拍手が送られた。
男がサムアップサインを送ってきた。

「やるなぁ、プロかい?」
髭面の男は感心したようだ。
「ええ、実は……気分転換でストリートミュージシャンの真似をしているんです。ショバ荒らしになったらマズいから、たまに、ですけど。あなたもプロフェッショナルとお見受けしました」
自販機で買ったビールで乾杯しながら悟郎は言った。相手の年齢と積み上げたキャリアを感じ取り、目上への言葉づかいになる。
ビールの泡を髭に付けたまま男は肩をすくめた。
「昔は、な。今は単なる風来坊」
風来坊とは古めかしいが、男の雰囲気にぴったりだった。
「さっきのギグ、楽しかったぜ。記念にギターを交換しないか?」
「え? はい、喜んで」
悟郎はギターを差し出した。
男も自分のギターを渡す。
「俺は早乙女悟郎です。お名前、うかがってもいいですか?」
サングラスを外した悟郎は、名乗った上で相手の名前を尋ねた。
「礼儀正しい坊やだな。言ったろ? 俺は風来坊だ」
男はニヤリと笑った。
その顔どこかで見たな、と悟郎は思った。

男と別れ、家に戻ると、シェリルが悟郎のギターに目を止めた。
「どうしたの、それ?」
「これは……」
悟郎は事の顛末を語って聞かせた。
「ふぅん、風来坊ねぇ」
面白がっているシェリルを前に、悟郎はギターを手にして、つま弾いた。
「本人がそう言ってた」
「アナクロと言うか、時代遅れというか。ギター見せて……熱気バサラ・モデルだわ、これ」
使い込んだギターを調べるシェリル。動揺した声で、アルトに呼びかけた。
「こ、これレプリカじゃないわ。アルト、ここ見て」
アルトはギターを受け取った。
「俺は楽器は専門外……って、これは」
ギターに組み込まれていたのは、新統合軍規格の無線アクセスシステムだった。アルトにとっては見慣れたものだが、組み合わせが意外だった。
「ギターにこんなものを取り付けるなんて……軍艦やバルキリーに乗って演奏するつもりか」
「やっぱり、これ……オリジナルよ。熱気バサラ・モデル・オリジナル」
「ええっ」
悟郎は驚いた。言われてみれば、あの髭面、髭を剃ってしまえば、この時代のミュージシャンなら誰でも知っている熱気バサラの顔だ。
「こうしちゃいられないわ…探さないと」
シェリルが立ち上がった。
「探してどうする?」
アルトが尋ねた。
「もちろん、サインもらうのよ!」
シェリルは悟郎を引きずるようにして家を飛び出した。


★あとがき★
シェリルの「私の歌を聴けぇ!」という決まり文句は熱気バサラ(マクロス7で登場)の影響で、彼のファンだった、という仮定で書いてみました。

★時系列の整理★
自分用のメモも兼ねて、アルトシェリルの子供たちのお話を時系列にそって並べてみました。

プロジェクト・初節句
初孫が出来て、舞い上がっている嵐蔵おじーちゃんのお話です。
きっと、こんな五月人形を発注したのではないかなぁ。

「アルトとシェリルが結婚して、子供が産まれたら」という妄想
アルト似の女の子と、シェリル似の男の子の双子が生まれたら、という掲示板の書き込みから思いついたネタをパパパーっと書きとめました。

受け継がれるもの
子育て期のアルトシェリルです。
また、早乙女家は親戚や門下の人々などで人間関係が濃密な環境だったと想像できます。アルトは早乙女家にいた頃、宗家の嫡男として目下の子供たちの面倒を見させられていたので、小さな子供たちを観察し、上手に遊んであげられるのではないか、と妄想してみました。
シェリル似の男の子・悟郎は活発であちこち駆け回るタイプ。
アルト似の女の子・メロディーはおとなしく一つの遊びに集中するタイプ。
アルトは、まずメロディーと遊んであげます。その様子が楽しそうだと、駆け回っていた悟郎が寄ってきて仲間に入ります。後は子供たち同士で遊ばせて、アルトは後ろで見守るというのが必勝(?)パターンです。
一方でシェリルは、愛情に不足はないと思うのですが、幼児期に他の子供と遊んだ経験も少なそうです。また、年上の大人ばかりに囲まれていた時期が長いため、幼い子供に接するのは不器用だと想定しています。いつの間にか、子供と一緒になって遊んでいてアルトに呆れられる、という感じでしょうか。

ホームワーク
子育て期のアルトとシェリルです。本編では病にやつれているシェリルですが、本来はパワフルで、パワーが余って空回り気味になるのが彼女らしさだと思っています。本作品でも子供たち相手に、思いっきりノロケています。

小麦粉・バター・砂糖・卵を1ポンドずつ
雑誌に掲載された河森総監督のインタビューで、シェリルは料理が下手であるとの記事があったところから着想しました。
筆者自身は、そんな彼女を、なんだかんだと言いつつフォローするアルトが気に入っています。
たぶん、子供たちが学校に通うようになって、他の子供たちがお母さんに作ってもらったお菓子の話題が出るようになったのでしょう。
シェリルは他人から期待されると、少し過剰なぐらい期待に応えようとする傾向があると睨んでいます。幼児期の生育環境が大きく関わっていると思いますが、そうした側面を表現した作品です。

早乙女悟郎の憂鬱
私の思いついたオリジナルのキャラクター・アルトとシェリルの間に生まれた悟郎のお話。悟郎というキャラクターは思いついたものの、あまりイメージが固まっていませんでした。mittin様のサイトにある男性版・シェリルの絵姿を見て、ピピっと閃いたのがこのお話です。
悟郎は異性との付き合いが苦手というあたりで内面はアルトに似ている、というご指摘もいただきましたが、実はシェリルの方に似ている、と筆者は思っています。
シェリルの場合、幼少期はスラムで残飯を漁るような生活をしていたため、そこから抜け出すために多大な努力を払いました。おそらくグレイスたちの計画にとって有用な人材であるということをアピールし続ける必要があったのでしょう。
悟郎の場合は、両親の愛情に不足がなくのびのび育ったので、周囲からどう見られるか、についてはあまり気にしていません。この点はシェリルと違うのですが、何をしても目立ってしまうところ、努力家なところ、異性に対して不器用なところは同じだと考えています。
アルトは悟郎を見て「親父も孫には甘いな。役者とシンガーの両立を許すなんて」と思っているはずです。

試練
私の思いついたオリジナルのキャラクター・アルトとシェリルの間に生まれたメロディのお話。地味なお話だと思うのですが、なんだか評判が良いです。
彼女は軍に入ってバルキリー・パイロットとなり、その後、退役して民間航路のパイロットをやっています。うさぎ様のご意見、反映させました。

2008.08.19 


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