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(承前)

鏡の前で、アルトは身嗜みを確認した。
「良し」
トイレからパーティー会場へ引き返そうと、ドアを開けたところで、この場にそぐわない騒がしい足音が廊下が迫ってくる。
そちらを向くと、メイド服姿の黒い肌の少女がスカートを持ち上げて全力疾走でこちらに駆けてくるのが見えた。
「助けてっ」
少女の赤褐色の大きな瞳にランカの面影が一瞬だけ重なる。
「何っ…!」
反射的にアルトは身構えた。背後から二人、タキシード姿の男たちが走ってくる。手にはスタンガンとブラックジャック(袋の中に砂などを詰めた殴打用の武器)を持っていた。どう見ても警備員という得物では無い。
少女がアルトの脇を駆け抜けると、男たちも左右に別れてアルトを避けようとして、ひっくり返った。顔面を押さえている。
アルトは男たちの得物を素早く蹴り飛ばした。
「ふっ……」
アルトは手に握った振袖の袖をブンと振った。
袖の中、先端近くには袂落しと呼ばれる鉛製の錘が縫い付けられている。本来の用途は袖の形を整えることだが、今のように袂を振り回して顔面に叩きつければ護身具になる。
「ありがとう! おじさん強いんだねー」
少女がアルトの背後で言った
「お、おじさん……」
アルトは今まで感じたことのない衝撃を受けていた。
(そ、そうだな。ジュニアハイの子供がいるんだから、世間的にはおじさんだよな……)
内心で自分を説得して、衝撃を和らげようとするアルト。
「女みたいなカッコしているから、ヘンな人かと思ってたよ」
少女の口ぶりは屈託が無かった。スカートの下から拳銃を取り出すと、起き上がろうとする男達に銃口を向けた。
男達が固まる。
「女みたい、じゃなくて女形ってんだ……お前、剣呑な物持ってるな」
「ふーん。そういう芸人さん?」
少女はアルトと話しながら拳銃を振って、ここから去れと男達に指示する。
「明日から公演やるから見に来い。オペラ座で助六って演目に出るから」
男達はジリジリと這いずり、やがて素早く立ち上がると廊下の向こうの角を駆け足で曲がった。
「で、何だ?」
少女の銃口がピタリとアルトの胸に向けられた。
「拳銃だよ、おじさん」
少女の声は、あくまで普段の調子だった。こうした事態に慣れているらしい。
「……何のために俺に突きつけてるんだ?」
アルトは、腕の悪い脚本家が書いた芝居に登場させられている気分になった。
「人質になってもらうんだ。さ、両手を頭の後ろで組んで」
「こんな動きづらそうな格好をした男を人質にすると、後が面倒だと思わないか?」
「そうねぇ。でも、おじさんVIPっぽいから、ケーサツは遠慮してくれるんじゃないかと思うんだ」
曲がり角の向こうから、複数の人間が駆けつける足音が聞こえてきた。
「こっちに」
少女が突きつける銃口が指し示す方向へ、しぶしぶながらアルトも足を運んだ。

シェリルは壁の時計を見上げた。
アルトの戻りが遅い。

贔屓目に見ても、事態は少女にとって悪化の一途を辿っているようだ。
追跡者の数が増えてきている。
「お前、何したんだっ」
走りながらアルトが詰問する。
「へへっ……ちょーっとお宝をね」
追跡者は、さっきの男達のようにタキシードを着てたり、運送会社を装っているのかツナギの作業服を着ているグループと、警察らしい制服を着たグループがあった。
警察は少女がアルトに銃を突き付けているのを見ると、通信機で指示を仰いでいる。
「お宝って?」
「んー、遺産よ。バーソロミューの遺産。へへっ、こう言うとカッコイイね」
レセプション会場の地下、保守点検用の通路に逃げ込んだ少女は油断なく銃を構えて、曲がり角の向こう側を拳銃の銃身に付属しているカメラでのぞきこんだ。
「こっち」
アルトを先に立たせ銃口を突き付けたまま、少女はその場から移動した。
背後から銃声と銃火。
思わず首をすくめながら、廊下を駆け抜ける。
「連中、マフィアか?」
アルトの声に、少女は振り返らずに走りながら言った。
「うん。荒っぽい連中だから、巻き添え食わないようにね」
「くそっ! 巻き込んでおいてヌケヌケと…っ」

「ちょっと、失礼」
バーソロミュー船団の音楽関係者と談笑していたシェリルは、会釈して化粧室に向かった。
人目が無いのを確認して、アルトの番号をコール。

いくつもの太いパイプが交錯する空間。
床面はパンチングメタルの板で、下の階層が透けて見える。
「ヤバイわー」
少女はため息をついた。
「追手が?」
アルトの質問に、少女は装着しているゴーグル越しに天井と床を見て、肩をすくめた。
「上の階層と下の階層に、複数の動体反応アリ」
そこで、アルトの携帯端末に着信した。反射的に懐を押さえて振動音を消そうとした。
少女が銃口を向ける。
アルトは素早く銃身を掴んで銃口を天井に向けさせた。
「ちょっとぉ」
抗議する少女をそのままにして、懐から携帯を取り出す。
“何やってんのよ”
機嫌の悪そうなシェリルの声がした。
「済まん。トラブルに巻き込まれた」
“トラブル?”
「……誘拐された。俺は今、人質だ」
一呼吸して、シェリルの高い声が鼓膜をつんざいた。
“人質……って、アンタ、間抜けにも程があるわよ! その割に、携帯に出られるなんて余裕あるじゃない?”
「面目ない。誘拐犯に銃を突き付けられている。おまけにマフィアっぽい団体と警察っぽいのにも追い込みかけられている」
“どこに居るの?”
「レセプション会場から500mも離れていないと思う。地下方向へ移動した。多分、艦の躯体構造の中……集合配管みたいなスペースだ」
“集合配管……周囲を見渡して、脱出ボートへの案内板みたいなの無い?”
アルトは横目で看板を探した。人類社会で共通の記号はすぐに見つかった。
「ああ。ある…」
“傍にエアロックがあるわよね”
アルトは看板のところまで移動した。
少女もおとなしくついてくる。状況を打開するには、とりあえずここを脱出しなければ話にならないと判断したのだろう。
「ある」
“もしかして、入り口の左脇に制御版がない? 蛍光オレンジで、右上ジェネラル・ギャラクシーのロゴが入っている”
「ロゴ、確認した」
“それ、壊して。壊れやすいから。それで扉が開くわ”
アルトが銃身を放し、少女を見ると、少女も心得顔で拳銃を制御版に突きつけた。
発砲。
エアロックの扉に施錠が外れたサインが出る。
「開いた。お前、こんなのよく知ってるな」
“何か懐かしい気がしたのよ。この艦、たぶん、マクロス・ギャラクシーと同じ規格で作られてるわ。スラム居た頃に、よく逃げ込んでた”
シェリルは、いったん言葉を切った。
“……とりあえず、そこに逃げ込んで。ボートに乗り込んで。射出されたら、拾いにいくから”
「タイミングは?」
“60分…いえ50分。なんとか持ちこたえて”
シェリルも急いで移動しているらしい。息が弾んでいた。
「了解。ボートの番号はP-1508だ」
“ということは、左舷(portside)側?”
「そうだな」
“これ以上、下手踏むんじゃないわよ”
「おっかねぇ。最善を尽くす」
“すぐ行くから”
そこで通話が切れた。
「今の、おじさんの奥さん?」
少女はエアロックに足を踏み入れた。
「そうだ」
アルトも続く。
意外に近くから、銃声がした。弾丸が空気を切る音が通路に響く。
少女がアルトを振り返った。
「後でお礼言っといて」
「直接言えよ」
アルトはエアロックを経由して、脱出ボートに乗り込んだ。
操縦席でボートの動力を艦から、搭載されている電源に切り替える。
「シェリルのことだ、絶対、本人が駆けつけてくる」
「アクティブな奥さんだね」
少女もボートに乗り込んで、ハッチを閉める。
脱出ボートとは言え、宇宙船の船殻だ。拳銃弾ぐらいでは貫通しない。
間一髪で、エアロックに追跡者達が侵入する物音がした。
「脱出シークエンス開始。シートベルト着けろよ!」
アルトが叫ぶと、少女は素早くベルトを腰に巻いた。
ボートが射出管内で加速を開始した。

“そういうわけなの、オズマ艦長。アルトの回収をお願いします”
マクロス・クォーターの艦長席に座ったオズマ・リー大佐はシェリルからの連絡に、やれやれと苦笑いをして見せた。
「了解しました、ミズ・シェリル。オペレーターにランデブーポイントを計算させています…バーミリオン小隊、スカーレット小隊、発進せよ」
VF-25の2個小隊、8機が直ちにカタパルトから射出された。
オズマは艦内へ檄を飛ばした。
「久々の派手なお祭りだ。野郎ども、いくぜ!」
イベント向けに、シェリルが用意していたサプライズとして、マクロス・クォーター特設ステージでのライブと、VF-25部隊によるアクロバット・ショーが企画されていた。
それを前倒しする形で展開。その陰でアルトを回収しようとする作戦だ。
「ミズ・シェリルは?」
オズマの質問に、オペレーターが即答した。
「今、連絡艇で乗艦されました。特設ステージへ向かっていらっしゃいます」

「マフィアの船……か? こっちに近づいている」
アルトは3次元レーダーのモニターを睨んだ。
宇宙船の存在を示す輝点が三つ、ボートとのランデブー軌道に入った。
「どうも、それっぽいね」
少女は拳銃を自分の体に引き寄せた。
この状況では、大気圏内用の拳銃など、自殺以外に使い道はない。
回線をオープンにしている非常用の通信機が、聞き覚えのある曲のイントロをキャッチした。
「音楽? こんな所で?」
少女が目を丸くする。
「シェリルが来た……また、大掛かりな真似を」
アルトはスクリーンに表示されたSMSマクロス・クォーターの文字に安堵を覚えた。
曲は『ライオン』。原曲はランカとのデュエット曲だったが、聞こえてきているのはシェリル単独のバージョンだ。

 星を廻せ 世界のまんなかで

5機のVF-25が、緊密な編隊を組んだ状態でループを描く。
機体には、シェリルの姿がノーズアート風に描かれ、翼にはシェリルのサインが入っていた。
キビキビした機動でスタークロスを展開。スモークで星型を宇宙空間に描く。

 星座の導きでいま、見つめ合った

特別大サービスで、マクロス・クォーターもバトロイド並みの運動性能を見せつけるように、バレルロールを描いて船団の間を駆け抜けてゆく。
それらの動きに紛れるように、スカーレット小隊のVF-25がバトロイドに変形して、アルト達のボートを回収した。
“アルト大尉、ご無事ですか?”
「無事だ。その声は、エディ?」
“はい。まさか大尉をお助けすることになるとは思ってませんでしたよ。母に自慢できます”
エディ・ベルシュタイン中尉は、カナリアの息子だった。

(続く)


VF-25 シェリル・スペシャル
シェリル親衛隊

2009.05.29 


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