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(承前)

ブレラ・スターンとオズマ・リーは脅迫状が指定した座標へと徒歩で向かっていた。
そこはアイランド1からさほど離れていない原生林のただなかだった。
「あった」
ブレラは脅迫状の二次元バーコードに含まれていた暗証番号を送信した。
原生林の茂みに、熱光学迷彩で溶け込んでいたVF-27SFが姿を現す。ガウォーク形態で着陸姿勢を維持していた。
「やはり、スローター・フォース(屠殺部隊)」
ブレラの呟きにオズマが振り返った。
「間違いないのか?」
「ああ。この機体が配備されているのは、ギャラクシー艦隊の中でもスローター・フォースだけだ」
ブレラはうなずいた。
スローター・フォースとは、全てがサイボーグで構成された最精鋭部隊の一つだ。特殊作戦を担当し、高度なステルス機能を備えたVF-27SFで敵地深くへ侵入、破壊工作を行う。
新統合政府によるギャラクシー船団解体の際に、巡洋艦をハイジャックして脱走を試みたが、追尾され、新統合軍連合艦隊の集中砲火を浴びて全滅したはずだった。
VF-27SFはキャノピーを開いた。中は無人だった。ご丁寧にパイロットスーツ一式が、座席の上に置いてある。
「これを着て、飛べ、ということか」
オズマの言葉にうなずくと、ブレラはコクピットに乗り込んだ。
誘拐犯のグループが予めプログラミングしていた通りに、VF-27SFは離陸した。アクティブステルスモードで大気圏を出る。
残ったオズマ・リーは背負ったレーザー通信機で報告した。
電波ではなく、指向性と出力を絞り込んだレーザー通信機は、使用条件が限られるが、理論上、傍受がほとんど不可能と言える。
「こちらスカル1、座標は以下の通り。アンタレス1の追跡は可能か?」
打てば響くような返信があった。
“こちらスカル3、現在、光学観測でアンタレス1を捕捉。予想軌道を絞り込んでいます。事前のシミュレーション通り、デルタ1の演習宙域と重なっています”
久しぶりにEXギアを着用したルカは、オズマの部下に戻った口調で言った。
ランカを頼む」
“最善を尽くします”
オズマから話を聞いた段階で、ルカは誘拐犯が軌道上にいる可能性が高いと見込んでいた。
この惑星上で人類が居住するのは、まだアイランド1か、その周辺に限られている。監視の目も行き届いているので、長期に潜伏可能な場所は少ない。
ましてや、人類の他にバジュラたちもいる。
ブレラの見立てによれば、実行犯はギャラクシー船団の高度なアクティブステルス機能を搭載したサイボーグによる犯行の可能性が強いとのことだった。ブレラの鋭敏な感覚器官に捕捉されずに、目と鼻の先で誘拐を実行できる存在は、銀河中探しても数少ない。
更に、このタイプの軍用サイボーグであれば、消費エネルギーは桁違いだ。アイランド1周辺で不自然なエネルギー消費の偏りがあれば、これもすぐに察知される。犯行グループはフロンティアの社会から独立したエネルギー供給系を持っている可能性が強い。
結論、軌道上に高度なステルス機能を持った艦が潜伏している。

キャサリン・グラス中尉は憲兵隊の捜査に同行していた。
「ソーニー・バサク中佐は、昨日付で退職届を出し、受理されているのですか? では、計画的な犯行に関わっている可能性が高い?」
捜査を指揮する憲兵少佐はうなずいた。
「そうだ。ブレラ・スターン少佐の提供してくれた情報によれば、犯人グループはギャラクシー艦隊所属・第1841独立飛行中隊、スローター・フォースと呼ばれる特殊部隊か、その経験者だと言う。だが、ギャラクシーは船団ごと解体接収された。そんな幽霊みたいな連中がウロウロしているとしたら、外部に協力者がいなければ説明がつかない。補給も必要だろう。おそらくは接収の際に、バサク中佐と接触を持ったと推定される」
「それにしても、どうして協力なんか……」
キャシーは、両者を結び付ける接点が思い浮かばなかった。
「まだ確認ができていないのだが、バトルギャラクシーとの戦闘で、ブレラ少佐が、本来味方であるはずのVF-27を撃墜したな。撃墜されたパイロットと関係のある人間が、スローター・フォースに居るらしい。今、関係者に照会している」
「それで、ランカさんが囮に? だとしても、バサク中佐は……」
「バジュラとの戦争中に娘さんが自殺している。奥方はバジュラの攻撃による減圧で亡くなって、息子さんは戦死だ。これと何か関係があるのかも知れない」
「自殺? あっ」
憲兵少佐が軍用携帯端末に表示させた情報をのぞき見て、キャシーは小さく叫んだ。
「どうした、グラス中尉?」
「いえ、この日付は……なんでもありません」
バサク中佐の娘が自殺したのは、キャシーがオズマとともに、レオン三島が差し向けた追手から逃れて潜伏していた頃だ。レオンが手を染めたハワード・グラス大統領の暗殺の真相を、なんとかして世に出そうとしていた辛い日々。
潜伏していた時に、ささくれ立つ気持ちを紛らわせようと、オズマが話していた。
“幕僚本部のお偉いさんから、ランカのサインをねだられたっけ。バサク中佐、情報部のカミソリがあだ名だったが、娘さんには弱いみたいだな”
「もしかして……亡くなった娘さん、ランカさんのファンだって聞いたのですが……でも、こんな事が犯行に結び付くわけもありませんよね」
キャシーの言葉に憲兵少佐は眼を光らせた。携帯端末を操作する。
「まさか、それが……ビンゴ(当たり)だ、グラス中尉」
「え?」
「娘さんが自殺したのは、ランカ・リーが放送で、もう歌わない、と発言した次の日だ。娘さんが死んで、バサク中佐は最後の家族を失った」
「ええっ」
「あの当時、ランカ・リーは、我がフロンティア船団にとって希望の歌姫だった。その彼女が歌えないと言い、その上、船団を離れたのだからな。無理もない。私でさえ、バジュラとの闘いがどうなるか、不安に思ったものだ」
「ああ……」
キャシーは天を仰いだ。
異類のバジュラとさえ和解を成し遂げたのに、同じ人類同士が刃を向け合う。終わったと思ったのに、どこまで憎しみの連鎖は続くのだろう。
ランカの無事を祈る気持ちと、彼女を思うオズマやブレラの心中を察して、キャシーのため息は重かった。

ランカは暗い部屋の片隅で膝を抱えていた。
視界の隅に光の筋が走る。筋は徐々に太くなった。ドアが開いたらしい。
「お食事よ、希望の歌姫さん」
見上げると、パイロットスーツを身につけた女性がトレイを手にしていた。頬に走るメタリックな色彩のラインは、ブレラと同じような軍用サイボーグであることを示していた。
「あの……」
ランカはおずおずと声をかけた。
「なに?」
女性は気さくな口調で返事すると、しゃがみこんでランカに視線を合わせた。
「あの……どうなるんですか?」
「心配しなくていいわよ。あなたは無事に帰してあげる。もうすぐよ」
「何が、もうすぐなんですか?」
「うちのスコルツェニー少佐と、ブレラ・スターン少佐の一騎打ちが終わったら、解放してあげるわ。バサク中佐殿も、あなたには生きていて欲しいみたいだし」
「一騎討ちって…」
「ブレラ少佐にね、同期の相棒を撃墜されたのよ。だから、オトシマエをつけるんだって。男ってしょうがないわよね。そんなコトしたって、相棒が生きて戻るわけでもないのに」
女性は皮肉な口調で言うと、クスクス笑った。
「まだバサク中佐の方が合理的に思えるわ。ランカ・リーの心にトラウマを刻み込んで、長い人生、後悔しながら生きていくようにって。死んだら、それっきりだもんねぇ」

大気圏を抜け、衛星軌道に到達すると、今は懐かしくさえ思えるギャラクシー船団専用プロトコルの通信を受け取った。
“アンタレス1、ようこそ舞踏会へ”
ブレラの頭脳にダイレクトに届く圧縮データ。
「スコルツェニー少佐、貴官か」
“ああ。土壇場で裏切りやがって。フィルビーの仇だ。条件は同じVF-27SF、これなら文句あるまい。文句言っても受け付けないけどな”
2機のVF-27SFは互いを正面に捉え、重量子ビームを放つ。

「スカル3よりデルタ1へ。敵の座標を確認、指向性フォールドウェーブの照射、願います」
マクロス・クォーターではトリガーを握っていたボビー・マルゴ大尉が、送られた座標を確認し大出力フォールド波を照射した。
「敵艦の反応をキャッチ! 効果ありと認む!」
ルカはRVF-25の機上でデータを収集していた。
出現したのは、特徴的な双胴船体を持つデネブ改級シャマリーだ。ギャラクシー船団から接収したデータによれば、スローター・フォースの母艦として、オリジナルのデネブ級から大幅に改装されているらしい。テストとして搭載された新型フォールド機関の事故により廃棄、標的艦として処分されたはずだった。
「反応が鈍い? チャンスです!」

呼び出し符丁デルタ1ことマクロス・クォーターのブリッジで、ジェフリー・ワイルダー艦長が発令した。
「全艦、接舷移乗戦闘用意! マクロスアタックだ!」
「アイアイサー!」
ボビー大尉の操作でマクロス・クォーターは強攻型に変形。左腕にあたる部分にピンポイントバリアを集中して、シャマリーの舷側に叩き込んだ。
食い込んだ部分から艦載デストロイド(歩行戦車)の部隊が殴り込み、シャマリー艦内を制圧する。
シャマリー側の反応は鈍く、対空砲火を除けば積極的な対応は無かった。
EXギアを装備した部隊がデストロイド部隊の随伴歩兵として続く。
早乙女アルトも、その中にいた。
手近の端末に接続して、艦内の状況を調べる。
一部の居住区画にエネルギー消費が集中している。それ以外は、艦の運行に関する部分にエネルギーが注ぎ込まれているだけだ。
「ほとんど自動操縦で動かしているのか?」
アルトが率いる部隊はEXギアのローラーダッシュで目的の居住区に迫った。
時折立ちふさがる隔壁はルカが支援するハッキングで開放する。

「!」
サイボーグ女性が立ち上がった。
どうかしたのだろうか。
「予想より、かなり早かったわね」
次の瞬間、床が激しく揺れた。
歯を食いしばって耐えるランカ。
「ちっ、手の内は知られているか」
サイボーグ女性は卓越したバランス感覚と反射神経でかろうじて立っていた。
サイレンが鳴り響く。何かの警報だろう。
スピーカーから聞きなれた声がした。
“艦内は制圧した。抵抗は無駄だ。投降せよ!”
アルト君!)
ランカは救いを求めるようにスピーカーのある辺りを見上げた。
ドアが開いた。
いくつもの銃口が現れた。
「ゲームオーバーね」
サイボーグ女性は両手を上げる。
EXギア姿のSMS隊員たちが現れた。
「ランカ、無事か?」
ヘルメットを上げて顔をさらしたアルトに、ランカは思わず涙がこぼれた。
アルト君」
ランカの元に駆け寄るアルト
次の瞬間、アルトの表情が険しくなった。ランカを突き飛ばす。
「きゃあ!」
閃く銃火。
ランカに熱い液体が降りかかる。白い人工血液はサイボーグのものだ。
「ど、どうして!」
人工血液にまみれたランカは叫んだ。
アルトはライフルの銃身で示した。
全身に対物ライフルの銃弾を浴びて仰向けに倒れているサイボーグ女性、その両手首から幅広の刃が飛び出している。内蔵した武器で最後の抵抗を試みたのだろうか。
脱力して床に座り込んだランカを傍観者にして、事態はなおも進行していた。
ドアでつながった隣の部屋に突入したSMS隊員が大声で叫ぶ。
「バサク中佐発見! 毒を飲んでいる!」
カナリア中尉を!」
EXギアを着けたカナリア・ベルシュタイン中尉が駆けこんできた。その場でEXギアを解除すると、ベルトのパックに詰め込んだ医療キットで応急手当を試みる。
「バイタルサイン低下! 中和剤をっ……!」
カナリアは横たわったバサク中佐にまたがって心臓マッサージを施した。
その横で、いつの間にかやってきたランカが床に座った。顔にこびりついた人工血液を拭う様子も見せずに、力なく投げ出されたバサク中佐の手を握った。

 わたしのなまえを
 ひとつあげる
 大切にしていたの
 あなたのことばを
 ひとつください
 さよならじゃなくて

ランカの唇から『蒼のエーテル』が流れ出た。
周囲は号令や、指示、怒号が飛び交っていたが、静かな歌声は不思議によく聞こえた。

 攻撃でもない
 防御でもない
 まんなかの気持ち
 きらめきと絶望のあいだの
 まんなかの気持ち

バサク中佐の瞼が震えた。震えながら、瞼が開く。
焦点のあってない瞳がランカを見る。
「…ラ……ラクシュ……ミ…」
切れ切れに紡いだ言葉は娘の名前だ。その顔は、切れ者として知られた情報将校のものではなく、ありふれた父親の顔になっていた。
ランカの手がそれに応えて握り締めると、中佐も握り返した。
思いがけず強い力にランカは両手で中佐の手を包みこむ。
そして、ソーニー・バサク中佐は全てから解放された。
瞼は落ち、手から力が抜け、血圧が低下し、脈拍、呼吸が止まる。最期に、唇からため息のような呼気が漏れた。
「死亡を確認」
カナリアが立ち上がる。
アルトが敬礼を捧げた。
周囲の隊員たちも、続いて敬礼をする。
ランカの歌声は涙に溶けて行った。

(続く)


★あとがき★
前後編のつもりでしたが、話が膨らんでしまって前中後編となりました。
あと一つ、お付き合いください。

2008.10.22 


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