2ntブログ
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--.--.-- 
(承前)

惑星近傍で繰り広げられる戦闘。
大出力・強武装・重装甲を誇るVF-27SF同士の決戦は互角だった。
互いに命中弾を与えながら、致命傷は無い。
機体の扱いはスコルツェニー少佐に一日の長がある。
この宙域についてはブレラの方が詳しい。
“やるなアンタレス1。不意打ちじゃなくても、戦えるんだな!”
「くっ」
サイボーグとは言え、脳髄は生身。激しい機動のもたらす加速度がストレスとなる。
戦場は大気圏ぎりぎりの高度まで下がってきた。機体にわずかながら大気分子の抵抗が感じられる。
(あと3.25秒)
ブレラは脳裏に刻み込まれた恒星系の位置関係を確認した。
“どした、フラついてんぞぉ!”
スコルツェニー少佐のサディスティックな罵声と共に、出力を上げた重量子ビームが放たれる。
ディスプレイ上でブレラ機の反応を示す数値が急激に上昇した。
“殺った!”
光学センサーで見れば、急激に膨れ上がる光芒が見える。
ブレラ機が爆散した!)
しかし、その光芒の中から必殺のビームが放たれた。
勝利を確信したまま、スコルツェニー少佐は愛機と共に爆発・四散。
残骸と破片は重力に引かれて大気圏へと落ちてゆく。
惑星表面から見上げれば、夜明けの空に時ならぬ流星雨が見えただろう。
ブレラは、ほっとした。
自分の機の位置と日の出のタイミングを合わせて、スコルツェニーを欺いた。
相手が戦いに逸っていたのを見越した賭けだった。
“アンタレス1、無事か?”
「ピクシー1、無事だ」
クランクランとネネ・ローラのクァドラン・レアが接近してくる。
“遺恨は晴らしたか?”
「ああ。ありがとう」
ブレラはピクシー小隊が決闘が終わるまで手出しをせずに見守ってくれたことに対して礼を述べた。
“そんな殊勝な台詞がお前から出てくると、びっくりするな。今しがた、アルトから通信が入った。ランカは無傷だ。マクロス・クォーターに収容されている”
「了解、これよりマクロス・クォーターに向かう」

マクロス・クォーターの居住区画。
空いている士官用の部屋にランカは収容された。
パイロットスーツ姿のブレラが駆けつけると、部屋のドアが開いて白衣を着たカナリアが出てきたところだった。
「どうした、何かあったのか?」
ブレラが詰め寄ると、カナリアは淡々と説明した。
「健康だ、肉体的には。しかし、心にダメージを受けている。そばに居てやってくれ」
「心に?」
「ああ。ランカの目の前で、誘拐犯の一人が射殺、一人が服毒自殺した」
ブレラは部屋に飛び込んだ。
ゆったりとした寝台の上で、艦に備え付けの寝巻きに着替えたランカがうつ伏せになっていた。
ランカ……」
ランカは顔を伏せたまま、こっくりと頷く。
ブレラはベッドのそばでひざまずいて、ランカの手をそっと握った。
ランカも握り返してくる。
時計の長針が半周する程の時間、兄妹はそうやって寄り添っていた。
「お兄ちゃん」
長い沈黙の後、ランカがようやく口を開いた。まるで喉が錆び付いているかのように、ぎこちない喋り方だった。
「辛いなら、話さなくていいぞ。いつまでだって付き合ってやる」
ブレラは平板な口調で言った。
こんな時、オズマなら、アルトなら、どんな風に声をかけるだろう。想像もつかない。
そんな自分が嫌になる。
「あたしのした事、間違ってたのかな?」
くぐもった声は、今にも泣き出しそうに聞こえた。
「誰もが間違っていた。誰にとっても予想外の出来事が続けて起こったから……間違いが少ない人間が生き残った」
「でもっ……あたしのせいで自殺した女の子は、何を間違ったの?」
ランカはバサク中佐が語ったことを伝えた。
「もし、そのラクシュミという子に間違いがあるとしたら、安易に絶望したことだ。父親に相談してたら、他の人に相談していたら、別の道があったかもしれない」
ブレラは心の中で自分を罵った。
(言いたいことはこんな事じゃない。ランカを癒せる言葉が欲しいのに、なんでこんな戦果評価みたいな言い方しか出来ないんだ)
ランカは泣き腫らした顔をブレラに向けた。
「でも、そんなの……お兄ちゃんだから言えるんだよ。だって、あたしと同い年の女の子なんだよ。あたしが同じ立場なら……死んじゃっても不思議じゃない」
「では、お前は何故、死ななかった?」
「歌があったから……歌があって、シェリルさんが居て、アルト君が居て、オズマお兄ちゃんが居て……それに、お兄ちゃんがどこまでもついていてくれたから」
「今でも変わらないぞ。お前が行きたいところに連れて行ってやる」
「ありがとう……でも…」
ランカの言葉は弱弱しかった。
ブレラは続きを待ったが、泣き疲れたランカはカナリアが投与した鎮静剤に導かれて浅いまどろみに落ちていた。

ニュースはおおよそランカに同情的で、バサク中佐の行動を予防できなかった新統合軍に厳しい目を向けた論調だった。
一方でワイドショウなどでは、ランカの行動をつぶさに検証して、疑問を呈する向きもあった。
誘拐事件が一応の解決を見てからしばらく、ランカは休養という形で芸能界から身を引くことになった。美星学園も休学する。
人との付き合いも、親しい友人であるナナセやルカ、アルトシェリル、心を許しているエルモ社長に限った。

ランカの住まいにシェリルが訪ねて来たのは、新学期が始まる頃だった。
「ちょっとご無沙汰ね。元気にしてる?」
シェリルさん」
今のランカには航宙科の制服を着たシェリルが眩しかった。
銀河の妖精は、かつてのアイドルから脱皮して、より多くの人々の心に響くシンガーになっていた。
「ねえ、ランカちゃん、美星の制服に着替えてよ。面白いものが見れるわよ」
シェリルは少しばかり強引にランカを説き伏せて街へ連れ出した。
「ど、どこに行くんですか?」
「もちろん、制服に着替えたんだからガッコよ」
二人並んで歩く街並みは、完全ではないにせよ戦禍の傷跡が消えつつあった。真新しい建物が建ち、弾痕も補修されて目立たなくなっている。
美星学園も校舎を建て直し、かつてのように生徒たちが賑やかに行き交っている。
ランカは身がすくむ思いだった。
「シェ、シェリルさん……」
「遠慮しないで。誰にも文句は言わせないわ。休学中でも、ランカちゃんはここの生徒なのよ」
言い放つと、シェリルはランカの手を握って芸能科棟へ向かった。
途中すれ違う生徒の中には、ランカの顔を覚えているものが居て、遠慮がちな視線を向ける。
微妙に居心地が悪く、ついシェリルの影に隠れるようにして後をついていった。
「こっちよ。見て」
講堂には本格的な舞台があり、芸能科演劇コースの学生たちが練習に励んでいる。
シェリルとランカは講堂の壁に巡らされているキャットウォークから舞台を見下ろした。
今日は衣装や小道具から見ると、日本の伝統芸能を学ぶ授業らしい。
ランカは演劇コースの知り合いは少なかったが、何人か見知った生徒も舞台の上に居る。
指導する講師の傍らにいるのは……
アルト君」
「そうよ。やーっと、やる気を出したみたいね」
アルトは講師と何事か話すと、舞台の中央に進み出た。タンクトップを脱ぎ捨てて、上半身裸になる。
「きゃっ」
シェリルがはしゃいだ声を上げた。
「何を…」
ランカも見つめてしまう。
アルトは、瞬時に姿勢を変えると女形の動きを見せていた。しゃなりしゃなりと舞台の縁まで歩き、ターンして同じ歩きを見せる。
肌を露わにした背中は筋肉がうねり、男の体を女に見せるためにどれだけの鍛錬が要るのかを表していた。
次に、衣装の和服を着て同じ動きをする。裸の時には、余程の力を入れているのが分かったが、ひとたび衣装を着こなせば、その力感は隠れて、しとやかな動きだけが観客の目に映る。
演技指導の助手を務めているらしい。
「結局、芝居が好きなのよ……強制されてなくてもね」
アルトを見つめながら言うシェリルの横顔からランカは目をそらした。
「お家に戻るのかな」
「さあ、どうかしら」
シェリルは目を細めた。
「今は、どっちでも自分で選べるって、気づいてるはずよ」
しばらく、二人は舞台の上を眺めていた。
やがて、練習が終わり、舞台の上から人が居なくなった。
誰も居ない講堂で、シェリルはランカを見た。
「ランカちゃん……言いにくい事だったら、答えなくても良いわ。一つ質問させて」
「……はい」
ランカは胸の鼓動が早まるのを感じた。
「あなたがフロンティアから離れて、バジュラ女王の星……この惑星に向かうちょっと前に、アルトと会ったわね」
シェリルの口調は穏やかだった。
「はい」
ランカは頷く。
「その時、何故フロンティアを離れるのか、この惑星を目指すのか、アルトに伝えた?」
「あ……」
ランカは言葉に詰まった。
「どう?」
シェリルはそっとランカの肩に手を回して抱き寄せた。
その胸に頬を寄せるランカ。
「何故かって、その時は自分でも上手く言葉に出来なくて…確信も無かったし……アイ君を群れに戻すって、それだけ言ったんです」
「そう。アルト、ずいぶん苦しんでた」
ランカはシェリルの肩に額を押し付けた。
「行きがかり上、盗み聞きみたいになったんだけど……だから内緒にしてね。アルト、言ってた。SMSに入るきっかけはランカちゃんだったって。ランカちゃんを守るため、フロンティアを守るためSMSに入ったって」
ランカの目頭が熱くなる。これ以上、聞かされたら涙がこぼれそうだ。
「でも、ランカちゃんが飛び出して、バジュラの元へ行ったって軍で聞かされて……決心したの。フロンティアを守るためなら……どうしても必要なら……その時は、ランカちゃんを殺すって」
「…うっ」
嗚咽をこらえ、震えるランカの肩をシェリルが強く抱きしめる。
「すごく悩んでた……ランカちゃんは、アルトを信用していなかったんじゃない?」
「そんなこと!」
涙で濡れた目でシェリルを見上げる。
シェリルは、どこまでも穏やかな瞳で眼差しを受け止めた。
「だったら、上手く言葉にできないなりに、あの時アルトに説明してあげて欲しかった。ランカちゃんは、どうせ理解されないって諦めてなかったかしら? 自分の抱えている思いをアルトが受け止めてくれないって決めつけてなかった? 考えてみて」
ランカの視線が下を向いた。
「アルトはギャラクシーとの戦いで…」
シェリルは故郷の名前を苦々しい思いで発音した。
「あの戦いで、ランカちゃんが本当に敵になったんじゃないって判って……だからね、あんなにのびのびと飛んだの。目指すものと求めるものが、一つになって」
(ああ、やっぱりこの人にはかなわない)
ランカは、その想いを熱い涙と共に受け入れた。
シェリルが抱き寄せる。
その胸に縋って、声を殺して泣いた。

講堂のトイレで、シェリルが濡らしたハンカチを差し出す。
「さ、これ目に当てなさい」
ランカは瞼に当てた。
「復帰はいつかしら?」
「え?」
ランカは右目を冷やしながら、顔を上げた。
「歌うんでしょ」
「あ……」
「私たちは歌うことしかできない。償いも、贖いも……アルトから聞いたわ。誘拐犯の軍人さんの手を取って歌ってあげたんですって?」
シェリルはランカの顔をのぞきこんだ。
「だって……他にできることは無いから」
「その人、娘さんの名前を呼びながら逝ったそうね。どうしようもなく嫌な事件だったけど、少しだけ救いがあったんだわ。最期に娘さんと会えたのよ」
「そうかな……そうだといいな」
「きっとそうだわ」
シェリルはランカの手を取った。
「歌い続けるなら、これから先、辛いことも多いと思う。でも、ランカちゃんは一人じゃない」
「はい」
「伝えるのを忘れないで」
次の日、ランカはエルモに復帰する旨を伝えた。


★あとがき★
長らく、気にしながら形にならなかったブレラランカの後日談です。
この後のランカはどうなるんでしょうか。
筆者の中に未来予想図はありますが、まだ上手くまとまっていません。
いつか、お話にできると良いのですが。

マクロス・ギャラクシー船団の解体接収については『帰郷』のお話をご覧ください。

2008.10.23 


Secret

  1. 無料アクセス解析