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(承前)

惑星シュクールダール。
その大気圏を航行する観測船『ラブレン』で発生した異常事態を確認するために、クランクランが操縦するクアドラン・ローはラブレンに乗り込んだ。
ラブレンを統べる人工知能は異常無しの定期連絡をしていたが、乗員の姿が見当たらない。

巨人形態のクランクランは、狭所探索用プローブから転送されてきた船内の様子に警戒レベルを上げた。
乗員は、日常の業務を行っている最中に、どこかに消えてしまったようだ。争った形跡は無いので、自発的に船外へ移動したと思われる。
しかし、船内格納庫にある民生用VF-11や輸送機類に不足はない。
状況が指し示すのは、ラブレンの乗員達は、体一つで船外に移動した、ということだ。
地表2000m前後の高度を航行している観測船から、どこに移動できるというのか?
推理小説じみた状況に、クランは拳銃のグリップを握りしめ、銃口を上に向けた。人差し指は、まだトリガーにかけない。
「現在まで判明した状況を、運輸通信省へ送信せよ」
クァドランに搭載されたコンピュータへ、音声コマンドで命じた。データは、大気圏外で待機している母船ダンデライオン4930を経由して、フォールド通信で送られるはずだ。
「……もう少し、手がかりが欲しいな」
ラブレン船内はマイクローンサイズなので、巨人形態のクランが行動できる場所は限られている。
とりあえず、格納庫内部を調べてみることにした。
手順どおりに、きちんと固定されているVF-11の周囲をぐるりと回り、機体の下を覗き込む。
「あ」
そこにはビデオカメラが転がっていた。
観測機材の一つなのだろう。耐真空/高圧仕様の頑丈なモデルで、宇宙でも深海でも使用できるものだった。
クランは手を伸ばして拾い上げる。
ケーブルとコネクターがマイクローンサイズなので、少しばかり手間取ったが、パイロットスーツとカメラを接続した。
カメラのバッテリーは切れていたが、ケーブル経由で充電できる。
しばらくしてから、内部に残っている画像を再生させた。
「ふむ…」
ヘルメットのバイザーに投影させた画像は、シュクールダールの地表を空撮したものだった。
プロトカルチャーの影響を受けていない、見慣れぬ植物で覆われた森林地帯のようだ。
やがて、撮影者を乗せた機体は、森林地帯から海上へと飛行する。
青い海面に光の筋が浮かび上がる。先ほどクランも目撃した現象だった。
「…この星、特有の自然現象なのか?」
場面が切り替わった。
ラブレンに帰投した後らしい。背景は、この格納庫だった。
叫び声が記録されている。
“誰だっ!”“そんな……”“母さんなの?”
画像が震えていた。持っている人間の手が震えているらしい。カメラに備わっている手ブレ補正機能が追いつかないほどの震え。
「何が?」
クランは目をこらした。
画像には、この船の乗員たちが動揺している姿が映し出されていた。
呆然と立ちすくむ者。
手で顔を覆う者。
ふらふらと前に足を踏み出す者。
画像は撮影するアングルを変えようとしたところで、激しく揺れた。
撮影者がカメラを落としたのだ。
床に転がり、横向きに傾いた画像。
一瞬だけ映し出されたのは、そこにいる筈のない人々だった。
「誰だ?」
少なくともラブレンの乗員ではない。
ユニフォームを着ていない。
まるで統一の取れてない服装の老若男女。
普段着姿の者も居れば、軍服を着ている者も居る。しかも、その軍服は統合軍時代のものだ。現在の新統合軍に改組されてからの軍服とは違う、古めかしい形。
ここに居る筈の無い人々。
そこで、クランは視線を転じた。
映像ではなく、たった今、格納庫から外部を見るための観測窓から光が差し込むのを目にした。映像にも記録されていた、海中の発光現象と同じ色合いの光だ。
「何っ?」
クランの全身を悪寒にも似た感触が走り抜ける。
周囲に素早く目を配る。
背後から声がした。
「クラン」
反射的に振りかえり、拳銃を構えるクラン。
「!」
その姿勢のまま息を飲んだ。
「おいおい、そんな物騒な物しまえよ」
忘れもしない。ブロンド、眼鏡のレンズ越しに見える緑の瞳、笑顔。あの時のまま、美星学園の制服姿で。
「…ミシェル
呆然としたまま、彼の名前を呼ぶ。
「クラン」
こちらに足を踏み出してきた“ミシェル”に向って、クランはトリガーを引いた。
ミシェル”は素早く伏せて、VF-11の影に隠れた。
「何すんだよ!」
「お前はミシェルじゃない!」
クランは油断なく銃を構えながら、クァドランの方へ後退する。
この“ミシェル”はクランを守って戦死した時のままだったが、たったひとつ違うことがある。身体がゼントラーディサイズだ。
「俺はミシェルだっての……お前が望んだままの」
クランの足が止まった。
「どういう…ことだ」
食いしばった歯の隙間から、絞り出すように言った。
「言ったままだ。俺は、お前が望むように、ココに居る」
“ミシェル”の言葉が、クランの胸を切なく疼かせた。
幼馴染でありながら、クランとミシェルは最後の瞬間になるまで互いの気持ちを確かめられなかった。それにはいくつかの原因があるが、最も大きな障壁に二人の特異体質があった。
ゼントラーディサイズの時は年齢相応の女性の姿であっても、マイクローン化すれば幼い少女になってしまうクラン。
一方で、ミシェルは辺境惑星ゾラ先住民の血を引くという遺伝形質のために、ゼントラーディサイズになることはできない。
マイクローンの時でも、ミシェルの隣に寄り添うのに相応しい成熟した女性の姿でありたい――それはクランの切実な願いだった。
「ならば、消えろ。ミシェルの思い出を汚すな!」
「ひどい事を言うな」
苦笑いしながら、“ミシェル”は両手を上げて機体の影から出てきた。
「動くな!」
クランが構えた拳銃、その銃口は揺るがずに“ミシェル”の胸に向けられていた。続けて詰問する。
「答えろ、この…ラブレンの中で何が起こった? 映像に記録された人たちは誰だ?」
「彼らは、ここに居た人たちが会いたいと望んでいた者だよ」
“ミシェル”は意外にも素直に答えてくれた。
「会いたい…だと? どうやって、ここに来たんだ。人類が乗った船は、しばらくシュクールダールに立ち寄ってない」
“ミシェル”は、ふっと微笑んだ。
「最初からここに居たんだ。彼らが望むから見えるようになった」
「…最初から?」
そこで、クランは、ある可能性に思い至った。
「あの、海の発光現象と何か関係があるのか?」
“ミシェル”は眉をひそめた。
「発光? ああ…それは、ここが思索に集中している時に光るんだ。だから、関係があるとも、無いとも言える」
今度はクランが首をひねる番だった。
“ミシェル”は“ここ”という場所を示す代名詞を主語として使っている。人間であれば“こいつ”だろうし、人間と呼べない存在であれば“これ”と表現するだろう。
「質問を変えるぞ。ラブレンの乗組員は、どこに居るんだ?」
「ここさ。見えなくなっただけで、ここに居る」
“ミシェル”は両手を上げたまま、肩をすくめた。その表情は、クランがぞっとするほど、あの頃のミシェルにそっくりだった。
「生きているのか? それとも…」
「ここと合一している」
“ミシェル”の回答は謎めいていた。
「言葉を変えて言ってみろ」
「彼らは、彼らが会いたいと望んだ人と一緒に居る。自然なことじゃないか、そうだろう? だからクラン、俺と一緒に…」
“ミシェル”がそこまで言った瞬間、足元が揺れた。下りのエレベーターに乗った時のような加速度を感じる。
クランは、船を制御するコンピュータに呼びかけた。
「ラブレン・コントロール、高度が下がっているのか?」
機械音声が即答した。
「本船は巡航モードです。何も異常は有りません」
「だが、この加速度は何だ?」
体感する下向きのGは無くならない。ということは、ラブレンが下降する速度を増しているということだ。
「コンピュータも、会いたいと望んだ人々と一緒に居たいんだ」
“ミシェル”は足元を見て言った。彼の視線は、甲板よりもっと下を見つめているかのようだった。
「どういう……」
クランは詰問しようとして、一つの可能性を思いついた。
“ミシェル”を作り出した何者かは、ラブレン乗組員が会いたいと願った人を出現させた。
どうやって会いたい人を知ったのか、また、その人を出現させたのか、具体的な手段は不明だが、今、ここでクランが“ミシェル”と対峙しているのは事実だ。
では、コンピュータは、どうか。コンピュータにとっての理想、あるべきラブレンの姿は日常の業務を滞りなくこなしている状態ではないだろうか? だから乗組員はコンピュータのデータ上で居ることになっている。何者かによって、騙されている。あるいは、夢を見せられている。
「クラン、俺と一緒に来いよ」
“ミシェル”は上げていた手を、クランへ向けて差し伸べた。
拳銃の銃口が揺らぎ、徐々に下へ向いた。
「さあ」
“ミシェル”が促す。
再びクランは拳銃を構えた。呟きのような小さな声で言う。
「行けない。ミシェルは……自分を犠牲にして私を守ってくれたのだ。だから、そっちへは行けない」
惑星フロンティアで待っている人々の顔を思い浮かべる。
グラリとラブレン全体が揺れた。
クランは身をひるがえし、クァドランに搭乗する。
脱出しようとして、発着甲板へと出るエレベーターに駆け寄った。
「何っ」
ラブレンの傾斜がきつくなってきたためか、エレベーターはセイフティがかかって作動しない。
「クラン、こっちだ」
“ミシェル”は、非常用のハッチを解放する。
ラブレンの下側に大きく開いたハッチの向こうに、惑星シュクールダール特有の鮮やかに青い海面が見える。
みるみる内に海面が迫ってきている。
「何故だっ? 私も一緒に連れて行きたいのではないかっ?」
ハッチの縁をクァドランの機械腕で掴んだクランは、“ミシェル”を振り返った。
“ミシェル”は、屈託のない笑顔を見せた。
「俺はお前が望んだままのミシェルだよ」
グラリ。
今やラブレンは、船首を海面に向けて急降下していた。
傾斜した弾みに、クァドランが空へと放り出される。
「み…ミシェル! ミシェール!」
空中で姿勢を維持しながら、クランはラブレンを見つめた。
ラブレンは海面に激突した。白い飛沫が高く上がる。落下した地点を中心に、あの光のパターンが広がっていった。
「ミシェル……」
クランは視野がゆがむのを感じた。熱い涙が頬を濡らすが、ヘルメットを着用しているので拭えない。
「馬鹿……二度も私の前で……馬鹿……」

その後の調査で、惑星シュクールダール表面に広がる海洋は、それ自体が一個の知性体であることが判明した。
シュクールダールの海は、他知性の思考にダイレクトに割り込む。
人類はもちろん、コンピュータのような機械知性であっても、その能力を発揮する。思考に干渉し、最終的には取り込んでしまおうとする習性があった。
今は、それを防ぐ手段が無い。
幸いにして、シュクールダールの海は宇宙を移動する手段を持たない。
新統合政府は思考干渉を防ぐ手段ができるまで、惑星シュクールダールと周辺宙域の閉鎖を決定した。


★あとがき★
前編を書いてから、後編まで3か月も開けてしまいましたorz。
しかも、なんかクランにとって酷い話になっちゃったし。
劇場版、このカップルには別の展開が待っているのでしょうか?

読者の方からご指摘をいただきましたが、元ネタはスタニスラフ・レムの『ソラリス』です。
他に、星野之宣『2001夜物語』、堀晃の連作短編『トリニティ・シリーズ』、神林長平『戦闘妖精雪風』、山田正紀『超・博物誌』と、作者の趣味をコレでもかっ、という具合に突っ込んであります。
元ネタが判らなくても、お楽しみいただけるようにしているつもりですが、元ネタ探しも楽しんでいただければ幸いです。

2009.11.21 


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