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クランクランはクァドラン・ローの民生用モデルに搭乗し、二酸化炭素が多量に含まれた濃密な惑星大気の底で観察を続けていた。
「GST(銀河標準時)1815。発射が迫っている」
クァドランの光学センサーが、約30km向こうに聳え立つ塔状の構造物を画面中央に捉えている。同時に、静止衛星軌道に配置した無人観測機から見える上空からの映像も重ね合わせている。
ゼムリャー2は、標準的なサイズの地球型惑星だった。
ただし、大気中に大量の二酸化炭素と水蒸気を含んでいて、温室効果のため地上は湿気と熱気の地獄だった。
新統合政府は、将来的にテラフォーミング(惑星改造)して居住可能惑星にする計画を練っていたが、主にコストの問題から現状は無人観測網を設置するに留めていた。
クランが、この世界に降り立ったのは、圧力鍋の中のような世界で生息している生物を観察するためだ。
「ビックバレルに変化。液体酸素の注入が終わったらしい。センサーが拾っている振動が0に近くなった……点火を確認」
遠目には聳え立つ木製の塔に見えるビッグバレル、その高さは実に100mに近い。基部から白い煙が何箇所も噴出している。
「発射」
バレルのてっぺんから、やはり木製のような色合いの紡錘形の物体が飛び出した。最初は静々と、次第にスピードを上げて陽炎で揺らめく曇り空へと駆け上っていく。
「……発射体、上空で破壊。衝撃波を確認」
白い航跡を残しながら天へかけあがった紡錘形の発射体は大気との摩擦に耐え切れず、大量の燃料とともに爆発した。白い煙の花が咲き、大きな破片が燃えながら飛び散る。

クランが観察していたのは生体ロケットとも言うべき植物『ボストーク』だ。
銀河系の核恒星系から延びる射手座渦状腕に沿って分布していて、宇宙空間を漂流する種子をばら撒いている。
地球型惑星の地表に定着した種子は、光合成、化学合成など複数の手段を用いて芽吹き、成長する。
成長の過程で栄養分を生産し、蓄積する葉、種子を打ち上げるビッグバレル(巨大砲身)、打ち上げ燃料となる炭化水素系燃料を生み出す藻類を繁殖させる養殖池などに分化していく。
分化した器官の中には、宇宙空間に出た種子を加速する巨大なレーザー発振器さえもある。
十分に発育したボストークは、小さな町程度の面積に成長する。
ただ、ボストークの原産惑星は、ゼムリャー2に比べて大気が希薄だったようだ。打ち上げられる種子ロケットは、ゼムリャー2では大気との摩擦に耐え切れず、宇宙空間に出る前に破壊されてしまう。

「……」
何万年と繰り返されるボストークの試行錯誤を思って、クランはしばし異境の薄緑色に染まった空を見上げていた。
いつか、もっと強固な外殻を供えた種子が、打ち上げ時の燃焼をより精密に制御できるようになるまで、ボストークが宇宙に帰れる日は来ない。

彼等には人間のような形での知性は無い。バジュラのようなネットワーク知性とも異なる。
地球産の植物の中には、視覚が無いにも関わらず、受粉のため雄蕊をある種の昆虫の雌に擬態させるものもいる。
神経器官に依存しないタイプの知的行動が、生体宇宙基地と呼べるボストーク全体を統べていた。

「これより帰投する」
クァドラン・ローは衛星軌道まで上昇した。

静止衛星軌道で待機していた母船はゼントラーディ仕様の長距離偵察艇を改造した観測船ダンデライオン4930だ。
異星生物学の学位を持っているクランは、新統合政府運輸通信省の委託で、異星生態系無人定点観測拠点を巡回し、収集されたデータの検証を行っていた。
人手が圧倒的に足りないため、単独航行の単調な任務だったが、ゼムリャー2が終われば、惑星フロンティアに戻れる。
クァドランから降りてブリッジに行くと、メッセージが入っていた。
差出人は直接の上司だ。
「シュークルダールで……?」
他星系の有人観測拠点で異常が発生したらしい。
クランが最寄りの場所に居るため、フロンティアに帰還する途中で寄って様子を見て欲しいとの依頼だった。
メッセージに添付されていたレポートによると、シュクールダールに設置された有人観測拠点と連絡が途絶したというものだった。
奇妙なのは、観測拠点のメインコンピュータから送信される定時通信では異状無しと報せてきている事だ。
しかし、肝心の観測員とは連絡が取れない状態が24時間以上続いている。
危険も予想されるので、外部から観察するだけでもかまわない。
事態究明の為に、新統合軍が艦艇を派遣しているが到着は2日先になる。
一方、クランが急行すれば、36時間の行程。半日ほど先行できる。
クランは少し考えた。依頼を断ってフロンティアに帰還しても咎められない。
しかし、船乗りのモラルに従って、シュクールダールに行くことにした。
「了解……と」
クランは返信すると、ダンデライオン4930をフォールドさせる準備に取り掛かった。

シュクールダール、フランス語で飴細工の名前を持つ地球型惑星は、まるでデコレーションケーキのような外見だった。
白い大地と、鮮やかに青い海洋。植物は透明感のある緑色。全体に彩度が高い色彩が、衛星軌道上からも確認できる。
プロトカルチャーの影響を受けていない、独自の生態系を持つ惑星で、将来的な植民の可能性を探るために有人探査基地が設置されていた。

クァドラン・ローに乗って、大気圏内を飛行するクラン。
目指す拠点を目視で確認。
高空で浮遊する白く巨大な双胴飛行船だった。
メテオラ級観測船『ラブレン』、全長1200m、全幅200m、全高100m。
反応炉で暖めた大気を気嚢に詰め込んだ飛行船で、惑星の大気圏内では、ほぼ無限の航続距離を持つ。
気嚢を折りたためば宇宙船としてフォールド航行も可能。
生態圏が確認された惑星では、環境に与える負荷を可能な限り少なくするために、このタイプの観測船を基地として活用していた。
まるで絵の具を溶いたように鮮やかな青の海面に、光の筋が走った。
反射的にクランは周囲を警戒したが、危険な兆候は見られない。
海面に浮かび上がった光のパターンは同心円や放射状の直線が組み合わされていて、まるで集積回路のように見える。
(シュクールダール特有の自然現象なのだろうか?)
クランは気を取り直して、ラブレンに通信を試みた。
「こちら、クランクラン。新統合政府の依頼で、貴船と乗員の安否を確認に来た。誰か居ないか?」
クランはスピーカーの伝える音に耳を澄ませた。
“こちら、ラブレン・コントロール。クランクラン、あなたの来訪を歓迎します”
すぐに返事が来たが、音声は人工のものだった。おそらくはラブレンをコントロールする人工知能が応答したのだろう。
「ラブレン・コントロール、乗員の消息は? 誰でも良い、直接しゃべりたいのだが」
“乗員は全員健在です。しかし、多忙のため、手が離せません”
「こちらは待ってもかまわないぞ。どれぐらい待てば手が空く?」
“……”
人工知能が返事をしない。明らかにおかしい。
「そちらへ行く」
“歓迎します”
今度は人工知能が反応した。
ラブレンの飛行甲板へ、慎重にアプローチする。

「人の気配が……」
パイロットスーツ姿のクランは、ヘルメットを着用したままクァドラン・ローから降り立ち、周囲を見渡した。
民生用のVF-11や、ティルトローター機が並んでいる。いずれもマイクローンサイズだった。
クランはクァドランの物入れから護身用の拳銃を取り出す。
スーツの腰につけた環境センサーは、何の異常も検知していない。酸素分圧の低下も、有害なガスも、細菌類も無い。
「誰か!」
スーツに内蔵されたスピーカーを使って叫んでみたが、応えは無かった。
格納庫の隅にある端末にアクセスする。
端末はすぐに反応した。
「乗組員の所在を」
クランの音声コマンドを受け、ラブレンの見取り図と乗員の姿を示した光点を重ねて表示する。
「全員居る筈……なんだな」
船内はマイクローン規格なので、この姿のまま探し回るわけには行かない。
クランは再びクァドランの物入れを覗き込み、直径30センチほどの球体を5個取り出した。
スイッチを入れて起動させると、球体は浮かび上がった。
狭所探索用のプローブだ。これで、内部の通路を撮影する。
「よし、いけるぞ……」
プローブの一つが、この船のブリッジに接近する。
端末の表示によれば、乗組員二人がそこにいるはずだ。
「むっ!」
ブリッジに入って、周囲を撮影するプローブ。
パイロットスーツのバイザーに表示させた画像に、クランは驚いた。
誰も居ない。
誰かが居た形跡はある。
飲みかけのコーヒーカップが、コンソールの上にあった。
プローブが中を覗き込むと、干からびた褐色の物質が底にこびり付いているのが判る。おそらくは、水分が蒸発したコーヒーの成れの果て。
椅子にブラケットがかけてあった。
「誰か居ないのか?」
乗員が居る筈の場所、全てを確認したが、誰も居なかった。そこに居た形跡は残っている。
眠っていた形跡のあるベッド。
出しっぱなしのシャワー。
争った様子はない。ごく平穏な業務をこなしていたのだろう。
まるで、乗員だけが消えてしまったかのようだ。
「これは…ケアドウル・マグドミラ222333だな」
ゼントラーディの間で語り継がれている怪談めいた話を思い出した。
宇宙を漂流していた友軍艦を捜索したところ、ついさっきまで乗組員が居た形跡があるのに、全員が消えてしまっていたという話だ。宇宙服も艦載機も定数が揃っていて、エアロックも使用した形跡は無い。どうやって乗組員が消えたのか、今もって謎とされる。
地球人ならマリー・セレステ号の事件を思い出すだろう。
クランは拳銃のグリップを握りなおした。

(続く)


★あとがき★
お盆も近いから、というわけではありませんが幽霊譚っぽいお話を、SFのテイストで書いてみました。

2009.08.11 


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