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現在。
『マオ・ノーム記念物理学研究所』、通称ノーム研究所は、富豪リチャード・ビルラーが私費を投じて創設した大規模なフォールド物理学の研究センターだった。惑星軌道を巡る実験施設は、同じくビルラーが創設した『蘭雪美(ランシェ・メイ)記念疫学研究所』と並んで、バジュラ戦役後の疲弊しきったフロンティア船団を復興させるための雇用促進事業でもあった。
マオ・ノーム研究所の特色は、惑星軌道を丸ごと使用した巨大な粒子加速装置だ。これで惑星上では不可能なスケールの実験を可能にする。
2061年10月、ひとつの壮大な実験が始まろうとしていた。
「Dマイナス60、エネルギー規定レベルまで上昇。安定状態です」
「観測機器群、オールグリーン」
「カウントダウン、10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、0!」
惑星破壊砲に匹敵するエネルギーを注ぎ込まれた粒子と反粒子が衝突。
素粒子をまき散らして崩壊していく様子を観測機器が克明に記録した。
「おかしい……衝突時の放出エネルギーが予測値より大幅に少ない」
「フォールド空間構造に変化!」
「これは…」
「通常空間からフォールド空間に……いや、時間でエネルギーが消費されたのか!」
実験が生み出した爆発エネルギーは“時震”となって、現在を起点に過去と未来へ向かって衝撃波を広げていった。

過去。
無人の遊園地では、鮮やかな色彩で彩られたパビリオンが虚しくたたずんでいた。
バジュラとの戦闘に疲弊し、戦時統制下にあるフロンティア船団では、全ての商業施設は休止、一般市民の外出時間も制限されていた。
「なんで、こんな所に……?」
軍から休暇を与えられたアルトは、早乙女家の離れで寝泊まりしているシェリルにねだられて、遊園地に案内した。
ゲートは閉ざされている。
「曲のイメージを煮詰めようと思って、ね」
シェリルはゲートの前をうろうろした。
「入れないのかしら」
「当たり前だろ」
アルトは肩をすくめた。
「あの…シェリルさん、ですか」
ゲートの向う側から、若い女性がためらいがちに声をかけてきた。施設の保守点検をするスタッフなのだろう。遊園地のロゴマークが入ったツナギを着ていた。
「ええ、そうだけど…」
「本人さんなんですねっ。あのあのっ、ファンです。新曲の『妖精』聴きました。もう、いつ聴いても涙が出るほど素敵で…」
女性は、いたく感激した様子で熱く語った。
「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいわ。今度、またライブを開くから、来てね」
シェリルの言葉に天にも昇らんほどの心地で、繰り返し頷く女性スタッフ。
「そうなんですかっ。ぜひ、行きます!」
「ところで、お願いがあるんだけど」
「できることなら、なんでもします!」
「遊園地に入れて欲しいの。遊びたいのではなくて…そう、新曲のね、曲想を練りたくって。施設に触らないから、許可してもらえないかしら?」
「そ、そうですね……」
女性スタッフは少しだけ考えてから、腰につけた通信機のスイッチを押して通話した。上司に許可をもらったようだ。
「どうぞ」
従業員用のドアを開けてくれた。
「このバッジをつけていてください。帰る時は返却してくださいね」
女性スタッフはシェリルにバッジを渡す。それからアルトの方を見た。
「彼にもお願い」
シェリルが頼むと、もう一つバッジを出してくれた。
「あの…シェリルさん」
「何かしら?」
女性スタッフはシェリルの耳に口を寄せると、何か囁いた。
シェリルも女性スタッフの耳元で囁く。それから唇に人差し指を当てて、内緒の仕草。
女性スタッフは目を丸くして、ガクガクうなずいた。それから、またアルトを見る。
アルトもバッジを受け取って、人の気配が無い園内に足を踏み入れた。
「さっき、スタッフと何を内緒話してたんだよ」
アルトはシェリルを振り返った。
「新曲…『妖精』について、ちょっとね、聞かれたのよ」
「ふーん」
何気なくうなずいてから、アルトは少し照れくさい気持ちになった。自分でも理由はよく判らない。
「まるで時間が凍りついたみたい」
中央広場は、バジュラの度重なる襲撃にも関わらず、塵一つなく整備されていた。
一部の遊具には埃避けのカバーがかけられている。
広場の真ん中でシェリルが周囲を見回した。
「お客さんの来ない真夜中の遊園地で、遊具たちが人間のコントロールから離れ、遊び出すのよ」
くるりとターンすると、青いミニドレスの裾が翻った。
作りかけの旋律を唇に乗せてハミングする。
「くるみ割り人形みたいだな」
アルトがチャイコフスキーのバレエ曲を口にすると、シェリルが唇を尖らせた。
「だめよ、そんなメジャーな曲持ち出されたら、引きずられてイメージ変わっちゃうわ」
「あ、すまん」
「ラ・ラララ・ラ・ラ・ラ・ラ・ラー」
シェリルのハミングは、くるみ割り人形の旋律に変わった。
警報が鳴った。
“アイランド1のフレームに大規模な亀裂発生。破断する可能性あり。最寄りのシェルターに避難してください”
園内だけではなく、この辺のブロック一帯に発令されている広域警報だ。
「シェリル!」
アルトが振り返った瞬間、シェリルとの間の地面に亀裂が走った。
地面を突き破ってアイランド1の枠組みを形作るフレームが聳え立つ。その断面は人がいっぱいに手を伸ばしても足りないほどの太さだった。
別の場所はで地割れが出来た。
立っていられない振動で、アルトはその場にしゃがみこんだ。
濛々たる埃や水蒸気が裂け目から噴き出し、視界を閉ざした。
「シェリルーっ!!」
声を限りに叫んだが、噴出音で自分の声さえ聞こえない。
バジュラの襲撃により、アイランド1は構造体にまでダメージを負っていた。
襲撃直後は応急処置で形を保てても、損傷の生み出すひずみが集中し、時間が経過してから思わぬ場所が破壊される可能性もあった。
どれぐらい時間が過ぎただろう。
アルトは携帯端末を取り出した。時刻の表示は、ほんの5分ほどしか経過していない。アンテナのアイコンを見ると、電波は受信できないようだ。構造体だけではなく、通信系にもダメージが発生したのか。
耳の感覚は、轟音の名残りでかすかな耳鳴りがする以外は正常だ。不幸中の幸いと言うべきか、減圧は発生していないようだ。
「ったく」
埃を吸って、口の中がジャリジャリする。
アルトは唾を吐き捨てると、亀裂やフレームの山を迂回して、シェリルを探そうと歩き始めた。
濛々とした埃が風に吹き散らされると、建物の影でうずくまっている小さな人影を見つけた。
「え?」
休止中の遊園地に、アルトたち以外の人がいるなら、保守点検要員ぐらいなものだ。
訝しく思ったものの、アルトは声をかけてみることにした。
「大丈夫か?」
こちらを見上げたのは、3~4才ぐらいの女の子だった。人種的な特徴は東アジア系で、もしかしたら日系人かもしれない。手入れの行き届いた黒髪を長くのばし、赤い組み紐でポニーテールにくくっていた。チェック柄のワンピースを着ている。
涙をたたえて見上げた琥珀色の瞳と整った顔立ちに、アルトは何故か見覚えがあるような気がした。
「立てるか?」
アルトはしゃがみこんだ。
「はい…」
女の子は頷くと、立ち上がろうとした。しかし、足が震えている。
アルトは背中を向けた。
「ほら、おんぶ」
「え……」
女の子はためらったが、アルトの背中に体を預けた。
軽い。
アルトは立ち上がった。
「お父さん、お母さんは?」
「はぐれました」
女の子はハッキリした声で言う。
「判った。後で探す……その前にツレを探さないと、病人だからな」
アルトは女の子を背に、瓦礫の山と亀裂を大きく迂回する。
一方、シェリルは…
「ごほっごほっ」
咳の発作が止まらない。
シェリルは目から涙をこぼしながらうずくまった。
粉塵をたっぷり含んだ空気から逃れないと。
よろめきながらも風上と思われる向きに歩く。
「ア、アルト! ゴホゴホッ……」
叫べば、激しい咳を誘発してしまう。涙もこぼれる。
街路樹にすがって、なんとか息を整えようとする。
「だいじょうぶ?」
背後から男の子の声がした。
「これ……」
何かコップのようなものがシェリルの手に押し付けられた。
シェリルは受け取って、手の中のものを見た。
水筒のフタらしい。中には麦茶が満たしてある。
ありがたく好意を受け取ることにして、それを口にする。麦茶は、よく冷えていた。
最初の一口は口の中の埃を洗い流すために吐き出したが、後は飲み下した。
「あ、ありがとう……楽になったわ」
振り返れば、3~4才ぐらいの男の子だった。ふわふわしたストロベリーブロンドと青い瞳で、外見は白人系の要素が多い。チェック柄のシャツに半ズボンをはいて、肩から水筒を下げている。
シェリルは幼いながらもはっきりとした顔立ちの男の子に既視感を覚えた。
「あなた……そ、そうよ。ここは閉園してて……お母さんは? 他に大人の人は?」
気丈そうにふるまっていた男の子は、急に不安な表情になった。
「わかんない。いつの間にかはぐれて」
「そう……」
シェリルは涙目で周囲を見渡した。
視界を閉ざしていた埃や水蒸気は風が流していったらしい。
アルトが居たと思われる方向は、飛び越えられそうにない亀裂や、突き出したフレームで遮られていた。
無事だろうか?
携帯端末を取り出してみたが、電波をほとんど受信していない。
まず、アルトを探そう。距離は遠くないはずだ。
シェリルは立ち上がって、男の子の手を握った。
「一緒に行きましょ」
「うん」
握り返した男の子の手は暖かかった。
シェリルを見上げて、勢いよく言った。
「泣かないでね、おねーちゃん。ボクがついているからさ」
シェリルは心の中が温かくなった。
自分も不安だろうに、元気づけようとしてくれている。
「頼りにしてるわ」
長い睫毛に残った涙の滴を指で振り払う。
とりあえず、被害が少なそうな左方向へ向かってみることにした。
「そうだ、あなた、お名前は?」
「ゴロー。おねーちゃんは?」
外見の割には日本風の名前、とシェリルは思った。
「私は、シェリルよ」
「おかーさんと、おんなじだ」
「そうなんだ」
「うん。すっごい歌がうまくて、あーてぃすと」
「アーティスト……どんな歌?」
「ええとね、こんなの」
ゴローは歌い始めた。

 空の青
 海の青
 ブルー同士でも
 混ざり合うことはない
 鳥は魚に恋をして
 魚は鳥を愛した
 空と海とのはざかいで
 触れ合える
 ほんの一瞬

この年齢の子が歌うにしては、ひどく難しい曲だった。
それを自信を持って歌っている。
シェリルは驚いた。
(この子……?)
曲の難易度もさることながら、未知の曲なのに聞き覚えがある。
(ほら、ここで転調して…)
シェリルの作る曲と癖が似ていた。
不意に立ち止まると、ゴローは腹に手を当てた。シェリルを見上げ、目を輝かせて断言する。
「こっち」
「え?」
「こっちにいるよ」
ゴローはシェリルの手をとって力強く引っ張った。
シェリルは周囲の様子を確かめながら、ゴローの後をついてゆく。
瓦礫の向こうから、聞き覚えのある声がした。
「シェリル!」
「アルト!」
シェリルが名前を呼ぶと、こちらを振り向く気配がする。
「そこか!」
アルトは小走りにやってきた。女の子を背負っている。
「無事か……その子は?」
「迷子よ。アルトこそ、おぶっているのは迷子?」
「ああ。おかしいな。閉園しているはずなのに」
アルトは背中の女の子を、そっとおろした。女の子は、ゴローに駆け寄る。
男の子は女の子を抱きしめて、ポンポンと背中を叩いた。
「兄弟? 双子、かな?」
アルトが言った。
見れば、二人の服は形は違うが同じ布を使っている。
「シェリルは大丈夫か?」
「ええ、ゴロー君がお茶をくれたおかげでね」
「そうか。ありがとうな、ゴロー」
アルトは男の子の頭を撫でて、礼を述べた。
振り返ると、シェリルの足もとがふらついていたので、慌てて支える。
「とりあえず、ゲートに行こう。この子たちの親も探さないと」
アルトの腕の中でシェリルは頷いた。それから、子供たちを見る。
「え?」
ほんの一秒前までいた男の子と女の子は、そこに居なかった。
「どこだ?」
アルトも周囲を見る。
遠くから大人の声がした。男女の声が交互に聞こえてくる。
「悟郎! そこにいたのか」
「もう、手離しちゃだめよ、混んでるんだから」
それに応える男の子と女の子の声。
「はぁい」
「ごめんなさい、お父さん、お母さん」
いくら目を凝らしても、姿は見えない。
やがて、さっきゲートに居た女性スタッフが、シェリルとアルトを探しに来た。
「ご無事でしたか!」
アルトが手を振ると、女性スタッフは胸を撫で下ろした。
「二人とも大丈夫……今、ここに子供がいなかったか?」
アルトの質問に、女性スタッフは首を横に振った。
「いいえ。入場者が居れば、バッジやIDカードでリアルタイムに位置を把握できます。もし着けてなくても、動体センサーがチェックしてますので……」
もう耳を澄ませても、親子の声は聞こえなかった。
シェリルはアルトと顔を見合わせた。
「まあ、でも無事に両親と会えたみたいだったわ」
「そうだな」
二人はスタッフの案内に従って、ゲートへ向かった。

未来。
遊園地の名物であるパレードがクライマックスを迎えた。
派手なスモークや、花火、ホログラフが童話の世界を繰り広げる。
アルトとシェリルの間に生まれた双子の悟郎とメロディは、人混みの中で少しだけ両親とはぐれてしまった。
すぐに再会できて、今度ははぐれない様に悟郎はしっかりとシェリルの手を握っていた。
メロディはアルトに肩車してもらいながら言った。
「あのね、こわくて、しゃがんでたら、知らないお兄さんにおんぶしてもらったの。お父さんに、似てたの」
「そうか……お礼言わなきゃな」
「おねーさんと歌ったらメロディを見つけたんだ」
悟郎がシェリルに向かって言う。
「歌……やっぱり、この子たちからもフォールド波出てるのかしら?」
シェリルはアルトに向かって言った。
「あり得るな。一度、精密検査しておいた方がいいだろう」
アルトも頷く。
シェリルは悟郎に視線を転じた。
「たぶん、その歌のお陰で、私も悟郎を見つけられたんだわ」
「そっか。歌って、やっぱりスゴイんだね」
悟郎が憧れの目で母親を見上げる。
かつてアイランド1と呼ばれた都市型宇宙船は、惑星上の都市として機能している。
今日は、アイランド1が惑星表面に着水して7回目の記念日。
アドバンスドEXギアを装備したアクロバットチームが、色とりどりのスモークで7の文字を青空に描いた。


★あとがき★
辻音楽士さまのリクエストを頂いて書いてみました。
タイトルは超時空迷子の意味です(笑)。
“超時空”が“Super Dimension”になっているのは、『超時空要塞マクロス』の英語タイトルが『The Super Dimension Fortress Macross』となっているのに因んでいます。

時制が分かりづらい話になっていて申し訳ありません。
現在に相当するのが、フロンティア船団が惑星に定着して1~2年後ぐらい。
過去はフロンティア船団がバジュラと戦って、戦時統制モード下に置かれている頃。本編22話ぐらい。
未来は、惑星に定着して7年後です。

きっと、ノーム研究所で実施された大規模実験の影響は『学校の怪談・美星学園版』にも表れているのでしょう(後付け伏線…笑)。

話中で悟郎が歌っている歌は、未来のシェリルが映画『Bird Human』のために書いた曲です。
本編10話でも、シェリルは『Bird Human』にイメージソングを提供していました。
しかし、この曲は元から映画のために制作されたものではなく、芸能事務所間の力関係でイメージソングとして採用されたみたいですね。シェリル自身も「曲が映画にハマってないのは仕方ない」という意味の台詞を述べていました。
この時の心残りを、母親になってから新しい曲を書いて解消した、というお話が筆者の頭の中にあります。

2008.10.16 


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