2ntブログ
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--.--.-- 
ミハエル・ブランの病室に、医師、看護師が集まっていた。
クランは固唾を飲んで医師の処置を見守った。
看護師がミシェルの目から包帯を取り去ると、医師が呼びかけた。
「ブランさん、見えますか? 指を何本立ててますか?」
「2本…」
「これは」
「5本です」
「結構です。今から、視力と色覚を測定する機械を目に当てます。眩しい光が出ますが、目を閉じないように、視線を動かさないようにお願いします」
医師は双眼鏡のような形の機械をミシェルの目に当てた。
「視力は左右1.0、色覚は弱いですね。今後、徐々に回復していくと思います。体力が戻ったら、精密検査をしますので、お大事に」
医師と看護師は器具を片づけて病室を出た。

アイランド1に侵入した第2形態バジュラ群との戦闘で、クランを守って重傷を負ったミシェルは、奇跡的に救助されていた。
しかし、バジュラとの戦闘による創傷、流血によるショック症状、バジュラの体液を浴びたことによる感染症、真空被曝、宇宙線被曝、いずれを取っても即死してもおかしくないほどのダメージを身体に与えている。
救助された時は四肢の先端が壊死し、視覚・聴覚・嗅覚・味覚を失っていた。
病院に収容された当初は、意思の疎通さえも不自由だったので、医療用インプラントを脳に埋め込んでコミュニケーションをとっていた。
長い時間をかけて器官の再生、移植を繰り返し、ようやく視力を取り戻すところにまで至った。

スイッチを操作してベッドの高さを調節し、上半身を起こしたミシェルはしわがれた声で言った。
「やあ、クラン
クランは、幼い息子の手を引いてベッドに駆け寄った。ミシェルの頬に手を当てる。
「見えるのか、見えるのかっ、ミシェル?」
「ああ、よく見える……クランが相変わらず美人なのもよく見える」
ミシェルは手をのばして、クランの顔に触れた。視覚を奪われていた間、触れることでクランを確かめていたように指を這わせ、触覚と視覚のギャップを埋めるように見つめている。
「こいつ、その調子でナースも口説いていたんだろう。懲りない奴だ」
クランは目に涙をためながらも、笑顔を見せた。
「いつも世話になっているから、お愛想ぐらい言ってもバチは当たらないだろ」
笑ってみせるミシェルの顔は、左頬から頭にかけて大きな放射線焼けのケロイドが残っている。いずれは手術で消す予定だが、まだ他に優先しなければならない重要な器官が残っている。
「ミシェル、この子の顔も見てやってくれ」
クランは4歳になる息子・ガンツァを抱き上げた。
ガンツァがミシェルを見る目には、怯えが含まれていた。目を開いた父親の顔を見るのは、今日が初めてだった。
「ガンツァか……髪は青か。目は……緑、か? でもクランの目の色に近いな」
驚かさないように、ゆっくりと息子の頬に指を触れさせた。柔らかい幼児の肌に目を細める。
「ほら、ミシェルに抱っこしてもらうんだ」
クランが息子をミシェルに抱かせる。ミシェルの腕の中で、ガンツァは一瞬体を硬くしたが、幼いなりに血のつながりを感じたのか、そっと体を預けた。
ためらいがちに話しかける。
「お、おとうさん?」
「ああ。お前のお父さんだよ」

ガンツァはゼントラーディ語で戦利品を意味する。
現在でもミシェルの体は正常な性交はできない。
クランの強い希望で、ためらうミシェルを説得し、体細胞から生殖細胞を作り、体外受精で授かった子供だった。
人工子宮での出産もできたが、受精卵はクランの胎内に納められ自然分娩で誕生した。
生存という激しい闘争の末に、ミシェルとクランがようやくの思いで勝ち取った宝だ。

「お前、色が判るのか?」
クランは少し驚いた。先ほどの診断では、色覚は回復していないと言われたのだ。視力も10を超えていたものが、1.0にまで落ちている。
「世の中はモノトーンだ……でも、お前の髪と瞳の色を忘れるわけはないだろ」
「ミシェル…」
クランはベッドにこしかけ、ガンツァの体を間にはさんで、強く抱き合った。

しばらくしてから、アルトシェリルが子供を連れて見舞いにきた。
「お前、老けたなぁ」
ミシェルの言葉にアルトは苦笑した。
「のっけからそれかよ」
シェリルは綺麗になった。昔い……いや、前と変わらず」
ミシェルは傍らのクランを意識して、言葉を濁す。
クランの眉毛がピクリと動いたが、この場では突っ込まないことにしたようだ。
「ふふっ、目が開いたら、以前と同じ調子なんだから。見えなかった間は、ナースをどうやって口説いていたの?」
シェリルの質問にミシェルはウィンクを一つした。
「主に声を誉めてたな。あとはシャンプーの香りとか。職業柄、香水は付けない人たちだか…ら……」
クランの眉がピクピクと反応している。
「ああ、口説いてたんじゃなくて、お愛想、お世辞だって」
クランに向かって弁解するミシェル。
アルトは、その様子をニヤニヤと見ながら5歳になった男女の双子・悟郎とメロディに言った。
「さあ、ミシェルおじさんに挨拶してこい」
“おじさん”の発音を、少しばかり強調した。
二人は声をそろえてミシェルに挨拶した。
「こんにちは、ミシェルおじさん。お加減はいかがですか?」
「こんにちは。今日は皆の顔が見れたおかげて、気分が良いよ。できれば、おじさんを外してくれると、もっと気分が良くなる」
ニッコリ笑ったミシェルは、アルトシェリルの方を向いた。
「悟郎がシェリル似で、メロディはアルト似なんだな。話は聞いていたけど」
「ええ、そうよ。性格はね、外見と反対かも」
シェリルとミシェルが話している横で、アルトはガンツァ、悟郎、メロディに折り紙を渡した。折り鶴の作り方を実演し、子供達も真似して折り始める。
「そうだ、ルカ君、地球から帰ってくるみたいよ。もう立派なエグゼクティブになっているわ」
シェリルの話す友人たちの消息に、ミシェルは流れた時間を実感した。
「それは見たいな。あのルカがね」
「ランカちゃんはゾラで公演。これから、みんなにミシェルの事を伝えようと思うんだけど、何か付け加えたいことある?」
「そうだな……最近、ようやく摂食機能が回復したから、土産で美味いもの持ってきてくれると嬉しい」
「判ったわ」
「早く回復しないとな、倅とキャッチボールもしたい」
子供たちは、でき上がった折り鶴を糸に通して、すでにベッドの横に吊るしてある千羽鶴に新しい仲間を付け加えた。


★あとがき★
20話で、ミシェルが奇跡的に救助されていたら、という仮定で書いてみました。
MURA様のリクエストにお応えしましたが、いかがでしょうか?

ガンツァ君のお名前はゼントラーディ語『ガンツ=勝利』から造語してみました。

マクロスFを通して感じることですが、病院が頻繁に出てきます。
怪我をして入院したり、戦闘後のメディカルチェック、感染症での入院など。
人間の体が、いかに脆く傷つきやすいのかを、物語の通奏低音のように訴えかけているかのように思います。
親しい人が今日にでも死ぬかも知れない。
しかし生き残った人は、その間もお腹は減るし、トイレも使います。
儚くて同時に強い命に考えを馳せます。

話変わって、20話で、待避壕の中でシェリルがダイアモンド・クレバスを歌うシーンがあります。
これを見て、思い浮かんだのが、第二次世界大戦の頃の日本での話。各地で防空壕に避難した人たちが空襲に耐えている間、持ち込んだ蓄音器から流れる音楽に耳を澄ませて息を殺していたのだそうです。
前線での戦闘が止まった、と伝えられるリリー・マルレーンのエピソードほど劇的ではありませんが、音楽の力を感じさせる逸話です。

2008.08.26 


Secret

  1. 無料アクセス解析