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『炎と真空の狭間』――早乙女アルトを主人公にバジュラ戦役を描く大作映画の初号試写。
試写は試写会とは異なり、関係者のみを集めて映写される完成版のお披露目だ。
大画面に映し出された高解像度の画像。
アイランド1を舞台に繰り広げられる歌姫たちのライブと、バジュラたちとの高速戦闘。
かろうじてバジュラの群を撃退した後、アイランド1の中に時ならぬ雪が降る。
激しい戦闘で空気が漏出し、空調設備もダメージを受け、大気循環が滞った副作用だったが、ステージの上にいるアルトシェリル、ランカたちには、とても美しいもののように思われた。
やがて、カメラは舞台を俯瞰し、そのまま引いて、静かに雪が降り続くアイランド1を天蓋の外から眺めるアングルになる。
画面が暗転して、エンディングテーマ『そうだよ』が流れ、スタッフロールが映しだされた。

試写室に照明が灯された。
居合わせた人々の間から拍手が起こる。
ジョージ山森監督がスクリーンの前に立って挨拶する。
「この試写で制作サイドの作業は終了しました。後は、配給の方に頑張っていただきます」
山森は太い眉毛の下から、配給会社の担当者へ目くばせすると、試写室に笑いが満ちた。
「惑星フロンティアが第1級植民惑星指定されて10周年を記念した大作映画ですから、失敗は許されません。監督として今までにないプレッシャーを感じました。しかし、役者さんたち、スタッフの才能と努力で、ついに完成しました。ありがとうございます」
1級植民惑星とは、経済的に自立した社会が構築されたと新統合政府が認めた惑星に付与される資格だ。星星を超えて広がる人類社会の主要なメンバーになったと言える。
惑星フロンティアが、これほどまでに目覚しい勢いで経済成長を遂げた理由は、バジュラ達が生み出すフォールドクォーツと、フォールドクォーツを応用したスーパーフォールド機関が寄与するところが大きい。従来のフォールド機関より、10倍以上の距離を一瞬で跳躍できるため、銀河系人類社会の輸送・通信網に一大イノベーションが巻き起こっていた。
「完成したからには、もう私から語る事はありません。試写を見ていただいた皆さんが抱いた感想が私から伝えたいことです。全てのスタッフに感謝を。でも、まだ終わりではありません。続編がありますからね。よろしくお願いします」
山森監督の挨拶に、再び笑い声。少し苦笑が混じっている。
「では、別室にパーティーの用意がしてあります。立食スタイルです。気楽に、どうぞご歓談ください」

パーティー会場は映写室の隣にある会議室だった。記者会見などにも使用されるので、総勢30名程度の立食パーティーには十分なキャパシティがある。
早乙女アルトは30代になっていた。映画には、軍事アドバイザーとしてスタッフに名前を連ねている。今日の装いは、網代柄を織り出した紬の着流しに羽織。
アルト先生」
早乙女アルト役の少年マハロ・フセイニ、17歳。一見、日系人のように見える顔立ちだが、アラブ系とハワイ先住民の血を引くという複雑な出自だ。また、旧マクロス・ギャラクシー市民の家庭で育ったという履歴も、端正な横顔に微妙な影を与えている。
「ご指導、ありがとうございました」
丁重に礼をするマハロは、日本式のお辞儀が身についていた。
アルトが初めてマハロと引き合わされたのは撮影前の準備期間だったが、その頃から比べるとずいぶん肩の辺りが逞しくなり、胸板が厚くなった。
「ロードショウが楽しみだ」
「今から舞台挨拶の事を考えるだけで、心臓が飛び跳ねています」
マハロは自分の胸を掌で押さえた。
「大丈夫さ。いつもどおりの度胸があれば」
アルトは、いざ本番となると落ち着きを見せるマハロを傍で見てきた。EXギアを着用したアクションもスタント俳優無しでこなしている。
「先生、もし、よろしければ歌舞伎の稽古場、見せていただけませんか? しばらく映画関連の仕事で忙しいので、それが終わってからお願いしたいのですが」
アルトは微笑んだ。映画の中でアルトを演じることを通して、マハロは歌舞伎に興味を抱いてくれたようだ。
「ああ。いつでもおいで。新春の舞台が近いから、興行にも招待してあげよう」
「ありがとうございます」
マハロは、もう一度頭を下げた。
「素敵だったわよ、マハロ。本人より、すごいエースパイロットに見えるわよ」
話に割り込んできたのは、シェリル・ノームだ。今回の映画では、楽曲提供と歌唱指導を担当している。黒のパンツドレスで装っていた。
「俺だって、アレぐらい飛べるさ」
「そう? そうかも。でも、映画の中のアルトはヒコーキ壊してないわよ。本物のアルトは、何機、全損にしちゃった?」
「…3機」
「やっぱり、マハロの演じるアルトの方が優秀よ」
アルトをからかって遊んでいるシェリルに、マハロがとりなすように言った。
「だって、それは、本当の戦争だったし、ギリギリの状況だったから……ニルス・カタヤイネンみたいな例もあります」
マハロが持ち出したのは第二次世界大戦中のフィンランド空軍に所属するエースパイロットだ。本人が原因ではない機体の故障に付きまとわれ、搭乗した戦闘機を何機も壊していた。あまりにも壊し続けたため、一時期、爆撃機部隊へと転属させられたという逸話がある。ついたあだ名が『ついてないカタヤイネン』。
「まー、すっかりアルトの影響でヒコーキ馬鹿がうつっちゃったわね」
シェリルがおどけて目を丸くした。

(続く)


★あとがき★
話中に登場する映画『炎と真空の狭間』は、劇場版マクロスF『イツワリノウタヒメ』に相当する作品だとお考えください。
劇場版を見て、TV版のアルトシェリルが感想を述べるという、メタフィクションなお話です(笑)。
この話の前段となるのが『オーディション』です。

2009.12.05 


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