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(承前)
惑星フロンティアの芸能界で最も目立つカップルであるアルトとシェリルは、常に人の輪の中心に居たが、次第に人の輪がばらけてきた。
シェリルはアルトの腕に腕を絡めてたずねた。
「どう、正直なところ、映画の出来は?」
「ん?」
アルトは手を止めてシェリルを振り返った。
「あ、酔っ払ってるわね、アルト」
シェリルはアルトの手から折りかけの折鶴を取り上げて、テーブルに置いた。
「そうでもないぞ」
反駁するアルトの鼻を、シェリルの人差し指がつついた。
「アルコールが回ってくると、そこらじゅうの紙で折るんだから」
アルトの近くにある椅子の上に、さまざまなサイズの折鶴が5羽並んでいた。素材はナプキンやら、箸袋などだ。
「で、どうだった映画?」
「いい出来じゃないか? あれだけの話を2時間に詰め込んで……まあ、現実に比べたら話が綺麗に整理され過ぎだけど」
アルトの視線は、ミハエル・ブラン役の俳優トルイ・ジークの横顔に向けられていた。
金髪に緑の瞳、優れた体格。ただし耳朶の形は先端が尖ったゼントラーディ・タイプだった。撮影中は特殊メイクで付け耳をし、ミシェルがゾラ人の血を引くことを示していた。
もっとも、プライベートでは内気で知られていて、ミシェルのように気軽に女性に話しかけられる性格ではなかった。
「現実の散文的な所まで詰め込むわけにはいかないものね……ライブの疾走感、素晴らしかったわ。視点が自在に切り替わる映画ならでは、の演出もあったけど」
シェリルは、シェリル・ノーム役とランカ・リー役の俳優たちを横目で見て続けた。
「現実の、私のライブも負けないようにしないと」
シェリル・ノームを演じたのは、ダナ・ポペスク。モデル出身で映画は今回が初挑戦となった。シェリルのバイタリティを表現するために、トレーニングを積んだそうだ。撮影中はシェリルに似せたストロベリーブロンドを、本来のストレートのブロンドに戻している。
シェリルの歌声を担当したのは、皐月・メイ。オーディションで見出された18歳の少女だ。当初は、声質の違いが疑問視されていたがシェリル本人の推薦と、皐月自身の歌唱力で周囲を納得させた。
一方でランカ・リー役のイツミ・藤は、CMソングの分野でキャリアを積んだ歌手だった。20を過ぎているのに、高校生に見える童顔で、聖マリアの制服姿に全く違和感がなかった。
ランカ本人は、長期の辺境惑星ツアーに出ていたので、映画へは楽曲提供のみの参加となった。
「シェリルさーん!」
皐月が大きく手を振って招いている。
「行ってくるわね、アルト」
シェリルはアルトの頬にキスして、彼女達の方へ向かった。
音楽が流れる。
「お、この曲は…」
シェリル本人曰く、頭の中を空っぽにして歌う歌『ギラギラサマー(^ω^)ノ』だ。
歌姫役のダナ、皐月、イツミの三人に、シェリルが加わって振り付きで歌い始める。
ギラギラサマーの歌詞で大きく右手を上げる振りは、会場に居合わせた多くの人も揃って右手を振り上げた。
「けっこう歌、上手いじゃない。こっちの方に進む気はない?」
余興の歌が終わった後で、シェリルはダナの手を握った。
「え…そ、そうですか。本気にしちゃいますよ」
白い頬を染めたダナは、ギュッとシェリルの手を握り返した。
「デビューする気があったら、いつでも言ってちょうだい」
そこでシェリルはイツミを振り返った。
「素晴らしいプロフェッショナル振りだったわ。あなたほどの経験のある歌い手が、初心者の声を出し方であれほど歌うなんて、感心したわ」
イツミはにっこり微笑んだ。
「ありがとうございます。でも、こんなにしんどい仕事は、これで最後にしたいですね」
イツミは、劇中でランカの成長をなぞるために、歌い方を細かく変えていた。プロになってから矯正された癖をあえて再現するのは、かなり疲れたらしい。
「次回作は、少しキャリアを積んだランカちゃんだから、楽になるわよ」
シェリルはイツミを軽くハグした。
「シェリルさん!」
皐月がシェリルの肩をぎゅっと抱きしめた。
「素晴らしかったわ。皐月は、一人の歌手として、実力でこの座をもぎ取ったんですからね」
シェリルも抱きしめ返した。頬にキスして耳元で囁く。
「周りが色々うるさかったけど、決してミスキャストじゃないって皆に伝わったわ。自信を持って、公開を楽しみにしてなさい。シェリル・ノーム本人が言うんですもの。信じなさい」
「はい…」
そこから先は皐月は言葉をつなぐことができなかった。瞼の間からこぼれる熱い涙とともに、頷くしかなかった。
「ほうら、泣かないの。まだまだレコーディングは続くんですからね」
シェリルは皐月の背中を掌で撫でながら、かつてグレイスにこうして抱き締めてもらった自分を腕の中の少女に重ねていた。
惑星フロンティアの芸能界で最も目立つカップルであるアルトとシェリルは、常に人の輪の中心に居たが、次第に人の輪がばらけてきた。
シェリルはアルトの腕に腕を絡めてたずねた。
「どう、正直なところ、映画の出来は?」
「ん?」
アルトは手を止めてシェリルを振り返った。
「あ、酔っ払ってるわね、アルト」
シェリルはアルトの手から折りかけの折鶴を取り上げて、テーブルに置いた。
「そうでもないぞ」
反駁するアルトの鼻を、シェリルの人差し指がつついた。
「アルコールが回ってくると、そこらじゅうの紙で折るんだから」
アルトの近くにある椅子の上に、さまざまなサイズの折鶴が5羽並んでいた。素材はナプキンやら、箸袋などだ。
「で、どうだった映画?」
「いい出来じゃないか? あれだけの話を2時間に詰め込んで……まあ、現実に比べたら話が綺麗に整理され過ぎだけど」
アルトの視線は、ミハエル・ブラン役の俳優トルイ・ジークの横顔に向けられていた。
金髪に緑の瞳、優れた体格。ただし耳朶の形は先端が尖ったゼントラーディ・タイプだった。撮影中は特殊メイクで付け耳をし、ミシェルがゾラ人の血を引くことを示していた。
もっとも、プライベートでは内気で知られていて、ミシェルのように気軽に女性に話しかけられる性格ではなかった。
「現実の散文的な所まで詰め込むわけにはいかないものね……ライブの疾走感、素晴らしかったわ。視点が自在に切り替わる映画ならでは、の演出もあったけど」
シェリルは、シェリル・ノーム役とランカ・リー役の俳優たちを横目で見て続けた。
「現実の、私のライブも負けないようにしないと」
シェリル・ノームを演じたのは、ダナ・ポペスク。モデル出身で映画は今回が初挑戦となった。シェリルのバイタリティを表現するために、トレーニングを積んだそうだ。撮影中はシェリルに似せたストロベリーブロンドを、本来のストレートのブロンドに戻している。
シェリルの歌声を担当したのは、皐月・メイ。オーディションで見出された18歳の少女だ。当初は、声質の違いが疑問視されていたがシェリル本人の推薦と、皐月自身の歌唱力で周囲を納得させた。
一方でランカ・リー役のイツミ・藤は、CMソングの分野でキャリアを積んだ歌手だった。20を過ぎているのに、高校生に見える童顔で、聖マリアの制服姿に全く違和感がなかった。
ランカ本人は、長期の辺境惑星ツアーに出ていたので、映画へは楽曲提供のみの参加となった。
「シェリルさーん!」
皐月が大きく手を振って招いている。
「行ってくるわね、アルト」
シェリルはアルトの頬にキスして、彼女達の方へ向かった。
音楽が流れる。
「お、この曲は…」
シェリル本人曰く、頭の中を空っぽにして歌う歌『ギラギラサマー(^ω^)ノ』だ。
歌姫役のダナ、皐月、イツミの三人に、シェリルが加わって振り付きで歌い始める。
ギラギラサマーの歌詞で大きく右手を上げる振りは、会場に居合わせた多くの人も揃って右手を振り上げた。
「けっこう歌、上手いじゃない。こっちの方に進む気はない?」
余興の歌が終わった後で、シェリルはダナの手を握った。
「え…そ、そうですか。本気にしちゃいますよ」
白い頬を染めたダナは、ギュッとシェリルの手を握り返した。
「デビューする気があったら、いつでも言ってちょうだい」
そこでシェリルはイツミを振り返った。
「素晴らしいプロフェッショナル振りだったわ。あなたほどの経験のある歌い手が、初心者の声を出し方であれほど歌うなんて、感心したわ」
イツミはにっこり微笑んだ。
「ありがとうございます。でも、こんなにしんどい仕事は、これで最後にしたいですね」
イツミは、劇中でランカの成長をなぞるために、歌い方を細かく変えていた。プロになってから矯正された癖をあえて再現するのは、かなり疲れたらしい。
「次回作は、少しキャリアを積んだランカちゃんだから、楽になるわよ」
シェリルはイツミを軽くハグした。
「シェリルさん!」
皐月がシェリルの肩をぎゅっと抱きしめた。
「素晴らしかったわ。皐月は、一人の歌手として、実力でこの座をもぎ取ったんですからね」
シェリルも抱きしめ返した。頬にキスして耳元で囁く。
「周りが色々うるさかったけど、決してミスキャストじゃないって皆に伝わったわ。自信を持って、公開を楽しみにしてなさい。シェリル・ノーム本人が言うんですもの。信じなさい」
「はい…」
そこから先は皐月は言葉をつなぐことができなかった。瞼の間からこぼれる熱い涙とともに、頷くしかなかった。
「ほうら、泣かないの。まだまだレコーディングは続くんですからね」
シェリルは皐月の背中を掌で撫でながら、かつてグレイスにこうして抱き締めてもらった自分を腕の中の少女に重ねていた。
2009.12.08 ▲
泣けてきました
前後編読みおえて涙が少し出ました。
うまく伝えられないけど、この世界ではシェリルが幸せになっていて凄く嬉しいです。
オーディションを久しぶりに読み返した時もシェリルが遠藤綾ボイスで皐月がMaynの声で脳内再生されました。
ほんとシェリルが好きなんだなと伝わって来ますよ。
明日、映画四回目見に行こうと思います。絵チャも参加できたらしたいです。
(絵かけませんが)
いつも、素敵な話しありがとうございます。
うまく伝えられないけど、この世界ではシェリルが幸せになっていて凄く嬉しいです。
オーディションを久しぶりに読み返した時もシェリルが遠藤綾ボイスで皐月がMaynの声で脳内再生されました。
ほんとシェリルが好きなんだなと伝わって来ますよ。
明日、映画四回目見に行こうと思います。絵チャも参加できたらしたいです。
(絵かけませんが)
いつも、素敵な話しありがとうございます。
Re: 泣けてきました
心のこもったコメント、ありがとうございます。
何かの雑誌に掲載されていたのですが、脚本の段階でシェリルが死を迎えるプランも検討されてたと読みました。
でも、シェリルは、そのキャラクターとしての魅力で生を勝ち取りました。
そんな彼女だからこそ、人としての幸せを掴んでいって欲しいなと願わずには居られません。
この気持ちが、ブログを続けているモチベーションの一つになっています。
何かの雑誌に掲載されていたのですが、脚本の段階でシェリルが死を迎えるプランも検討されてたと読みました。
でも、シェリルは、そのキャラクターとしての魅力で生を勝ち取りました。
そんな彼女だからこそ、人としての幸せを掴んでいって欲しいなと願わずには居られません。
この気持ちが、ブログを続けているモチベーションの一つになっています。
2009/12/18 Fri 23:34 URL extramf[ Edit ]
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