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ランカ・リーはシェリルの横顔に見惚れていた。
(綺麗)
一般教養・プロトカルチャー古典語の授業を聞き流しながら、隣の席を盗み見る。
シェリルは明らかに変わった。
(ギャラクシーから戻ってきてから、だよね)

バジュラ戦役が終結し、アイランド1はバジュラ女王の惑星に着水した。
マクロス・ギャラクシー船団は、フロンティア船団を犠牲にして人類社会の覇権を握ろうとした罪により裁かれ、新統合政府により接収・解体された。
国家並みの戦力を保持するギャラクシー船団を接収するために、フロンティア船団や他の植民惑星から艦隊が派遣された。
ギャラクシー市民であるシェリル・ノームと、新統合軍のパイロットとして早乙女アルトは、フロンティア船団からの派遣艦隊に参加していた。
彼らがフロンティアに戻ってきたのは、先週のことだ。

シェリルは綺麗になっていた。
ギャラクシー船団滞在中に、アルトと何かあったのだろうか。
たぶん、あったのだろう。
胸の奥の深い所で微かにザワつくものを感じながら、ランカシェリルの横顔から視線を逸らせないでいた。
前から美人だった。何しろ、銀河系音楽チャートのトップアイドルだ。
天性の素質に加えて、莫大な資本を投入して磨き上げられた美貌は、多くのファンを惹きつけていた。
ランカシェリル・ファンの一人だ。同じ世界で仕事をするようになっても、それは変わっていない。
でも、マスメディアに登場するイメージだけでは説明できないものが、シェリルの表情に付け加わっていた。
クラスメイトとの他愛ないおしゃべりで笑い転げるシェリルは、年相応の若い女性。
今、授業で『愛・おぼえていますか』の原曲に耳を傾けている様子は、熱心な学生。
ランカと同じ芸能プロダクションに所属する歌手としては、プロフェッショナルとして妥協を許さない厳しさもある。
その一方で、ランカは、ちょっととした空き時間、白い頬に指を触れさせて物思いに耽っているシェリルに、ハッとさせられる事が増えた。
窓から見える惑星の青空を見上げているシェリルの瞳は、空の青と瞳の碧が重なっている。ランカは、その色合いに思わず見つめてしまう事も多い。
ランカの視線に気づいたシェリルが、こちらを見て微笑むと、訳もなく赤面する。
(色っぽい…かな?)
ランカは心の中で自問した。
即座に“違う”と思う。
ステージの上では、セクシーと清楚の間を自在に行き来するシェリルだが、ランカが感じ取っている物を表現するには一面的すぎるような気がした。
(悩ましい…かな?)
シェリルの表情に陰りは無い。
悩ましいのは、ランカの心の方だ。
(内側から輝いている?)
ランカの持っているボキャブラリーの中から、一番ふさわしそうな表現が見つかった。
今のシェリルは、スポットライトを浴びて光っているのではなく、内面からにじみ出る輝きがある。
アルト君のせい、なの?)
「ふぅ…」
シェリルに聞こえないように、こっそり溜息をつくランカ。

翌日。
「どうかしたんですか、シェリルさん?」
美星学園の教室でランカが尋ねた。
「ランカちゃん……」
シェリルは、気落ちした様子でランカを見た。
しょげているシェリルにも、見惚れてしまうランカ。
「何かあったんですか?」
並んで椅子に座り、誰にはばかることなくシェリルの美貌を独り占めする。
「聞いてくれる?」
シェリルはランカの手をとって話し始めた。
「夕べ、アルトが愛用しているコップを落として割っちゃったの」
ランカの胸の奥がチクンとする。
何気ない話題が、アルトとの距離の近さを感じさせる。
ランカは頷いて、話の続きを促した。

「大丈夫か、シェリル!」
キッチンの物音にアルトが駆けつけてきた。
「ああ、割ったか……お前、指切ってないか?」
アルトはシェリルの手をとって見た。どこにも傷は見当たらない。ホッと安堵する。
「良かった」
シェリルは、アルトが自分の身を最初に心配してくれたのが嬉しかったが、罪悪感も抱えていた。
「あ……ご、ごめん。割れちゃったの、アルトが愛用しているコップ」
「え」
アルトは床に散らばっている破片を見た。灰色の釉薬をかけた、厚ぼったい陶器の欠片だ。コップと呼ぶよりは寿司屋の湯呑に近い。
「ああ、これか。仕方ない」
塵取りを持ち出してきて、大きな欠片をつまんで片づけ始めた。
「気に入ってたんでしょ? どこのメーカー? 探して買ってくるから」
シェリルも手伝う。
「プライマリー・スクールの頃に図工の課題で作ったんだ。だから売ってない」
「そうだったの…どうしよう」
「気にするな」
アルトは笑った。
「出来が悪かったし……もっと良いデザインの探すさ」

「でもね」
シェリルは続けてランカに話した。
「出来が悪いって言いながら長く使っているものだし、愛着があるんじゃないかと思うの」
「そうですよね」
ランカは頷いた。
「今朝見たら、欠片、紙に包んでキッチンの隅っこに置いてたわ。片付け魔のアルトが捨てないんだから、やっぱり、捨てにくい理由があるのよ」
ランカは眉を寄せた。
「うーん、そうなると……こういうのは、どうですか? シェリルさんが手作りのコップをプレゼントするとか」
「そうね、それしかないわよね。アルトが軍の仕事で三日ほど出てるから、それまでに」

放課後、ランカとシェリルは、松浦ナナセの案内で美術科棟の陶芸教室に向かった。
「先生に許可をいただいてきましたよ」
まだ右目の眼帯が取れないナナセがロクロの用意をしようとして、足元をふらつかせた。アイモ記念日の襲撃で負傷した傷と、長い間意識不明だったため、まだ後遺症が残っている。
すかさずシェリルが手を貸した。
「ありがとう、ナナセちゃん、座ってて。私に教えてくれたらいいから。それで、これなんだけど…」
シェリルは、いったん自宅のアパートに戻ってコップの欠片を取ってきていた。作業台の上で包み紙を開いて見せる。
「ああ、私もプライマリースクールの頃に作りましたよ。教材用の土だから、ここにもあります。釉薬も、やっぱり教材用ですね。学園で材料、全部揃います」
ナナセは大きな欠片を並べて、元の形を推測しようとした。
「ロクロで形を作って、それを手で捏ねて変形させたんですね。織部っぽい感じかな。あら?」
シェリルとランカはナナセの手元を覗き込んだ。
「落款(らっかん)が本格的ですね」
ナナセは糸底に当たる破片をひっくり返した。
そこには釉薬がかかっていなくて、素焼の肌に”有人(アルト)”の印が捺(お)してある。全体に子供らしい稚拙な造形の中で、隷書体風の落款が目立っていた。
「こういうのよく判らないんだけど、何か特別な理由があるの?」
シェリルの質問に、ナナセは繊細な指先で有人の文字をなぞった。
「判りません。もしかしたら、早乙女君、落款は他の誰かに作ってもらったのかも知れませんね」
シェリルは、その破片を手にとって目の前で観察した。
「やっぱり修理できないかしら、これ」
「でも、こんな粉々になったんじゃ、無理じゃないですか?」
ランカの言葉に、ナナセが断言した。
「いえ、修理できますよ。完全に元通りとは行かないですけど。1か月ぐらいかかっても良ければ、私が預かってもいいですか?」
「え、ホント? お願いしてもいいかしら…あ、でもナナセちゃんに無理がかからない?」
「大丈夫です。作業するのは私じゃなくて、専門家ですから」
ナナセの左目、菫色の瞳が微笑んだ。
その様子を見て、ランカはホッとした。
長い昏睡状態から目覚めたナナセは、怪我で右目を失明していて、かなり塞ぎ込んでいる。画家志望のナナセにとって、遠近感を失うのは、大きな痛手だ。
(やっぱりナナちゃんは、創作しているのが自然だよね)
コップの修理について話がまとまったところで、せっかく出したロクロを使ってみようと、ランカとシェリルは、ナナセの指導の下、粘土を捏ね始めた。

三日後。
休み時間に、ランカはシェリルと廊下ですれ違った。
「ランカちゃん、アルト、喜んでくれたわ。手作りのコップ」
そう言うシェリルの表情が眩しい。
ランカは目を細めて言った。
「良かった。あたしも、あの時作ったのお兄ちゃん達に上げたら、好評でしたよ」
「そう。素敵ね。ブレラ少佐は、最近、どうしているの?」
「相変わらず軍のお仕事で忙しいです。でも、最近、表情が出てきました」
「そう……自分の人生取り戻しているのね」
ブレラ・スターンの境遇と、シェリル自身の短い人生を重ね合わせているのだろう。
接点が少なかったとは言え、二人ともグレイス・オコナーの指揮下で手駒として扱われてきた。
「ええ。あたしも居るし、オズマお兄ちゃんも助けてくれます」
「家族ね……あ、急がなくちゃ。またね」
時計を見たシェリルは手を振りながら足早に教室を移動した。

1ヶ月後。
昼休み、美星学園構内の木陰で、ナナセと一緒にお弁当を広げていた。
ナナセの右目に光は戻っていなかったが、ルカ・アンジェローニが手配した最新の再生医療による治療が近く始まるらしい。
明るい話題に、二人の笑みがこぼれる。
「良かったね、ナナちゃん」
「すごくルカ君が、頑張ってくれて……でも、いいのかな。こんな風にしてもらって」
ナナセはルカの気持ちに気付いていないのだろうか。
ランカはナナセの顔を見つめながら言った。
「いいんだよ、ナナちゃん。最新式の治療のテストも兼ねているんでしょ? フロンティアのあちこちにナナちゃんみたいな人居るんだから、次は、その人たちの役にも立つんだし」
「でも……私より、もっと必要な人が」
「誰かがテストしないといけないんだし、あたしも、ナナちゃんと一緒にお仕事したいんだよ。早く元気を取り戻して」
「ランカさん…」
ナナセは感極まって、目に涙をためた。
「だから、ルカ君と良く相談してね」
「ええ!」
ナナセはランカの手をぎゅっと握った。
これで、ナナセがルカと向き合う時間が増えれば良い、とランカは思った。ささやかな応援だ。
そこで、ナナセの肩越しに、何かが見えた。
「ナナちゃん、あれ、見て」
言われてナナセも振り返った。
緑の中で舞う人がいる。
普通の制服姿なのに、そこには無い和服の袖が翻るのが見えたような気がする。
長い黒髪が、舞の動きからワンテンポずれて揺れる。
「アルト君……」
今まで見たことのない姿だった。
「久々に見ます…早乙女君。何か、心境が変わったみたいですね」
ナナセはアルトの舞を見たことがあるらしい。
日本舞踊について、全く知識の無いランカにも、舞が喜びを表現しているのは十分伝わった。
アルトは木漏れ日の下で、ひとしきり舞うと、残心の姿勢を維持してから終えた。
校舎へ戻ろうとして、ランカ達を見つけた。
「よ」
軽く手をあげて挨拶したアルトは、どこか照れているように見えた。
「アルト君、スゴイね。今の日本舞踊?」
「あ、ああ。まあ、そんなところだ……そうだ、湯呑、修理から戻ってきたよ。ナナセが、あれこれ手配してくれたんだって? ありがとう。まさか子供の時の作品が、金継ぎ(きんつぎ)して戻ってくるとは思わなかった」
「お役に立てて良かったです、早乙女君」
金継ぎとは、陶器などの割れた部分に金と接着剤を混ぜたものを充填して繋ぐ技法だった。ナナセが依頼した職人は、金と希少な漆を混ぜたものを使っている。天然の漆がしっかり陶片を繋ぐように丹念に手仕事を繰り返すので、時間が必要だった。
「シェリルも感心してた。継ぎ目が模様みたいで、芸術品みたいな仕上がりだって」
「大切なものだったんでしょう?」
ランカの言葉にアルトは頷いた。
「ああ、母さんが作ってくれた落款が捺してあるからな。落款印は失くしてしまってたし……」
「それで……良かった」
ナナセとランカは、アルトの母が幼い頃に亡くなっているのを知っている。
「アルト君、どっち使ってるの?」
「今はシェリルのお手製のヤツ使ってるよ。仕舞う時は、金継ぎで戻ってきたのと並べて置いてある」
アルトは、またな、と言うと校舎へ向けて歩いて行った。
その背中を見送って、ランカは心に誓った。
(あたしも、シェリルさんに負けないように、素敵な恋を見つけるぞーっ!)


★あとがき★
KEY様のリクエストに応えて作ってみました。
いかがでしょうか?
KEY様からいただいたのが、ランカ視点から見たアルトシェリルとのことで、どの時点のお話にしようかとさんざん迷った挙句に、25話の後日談という形にしました。お話としては『帰郷』や『小さな海』『翼の楽園』『翼の祭典』の後に続きます。
お楽しみいただければ幸いです。

当初、ゆい様からのリクエストと書いていたのですが、KEY様からのリクエストです。
お名前を取り違えて申し訳ありません。

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2009.02.15 


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