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ドキュメンタリー『銀河の妖精、故郷のために銃をとる』の撮影チームはマヤン島を訪れた。

「これが海の匂い?」
見晴らしの良い高台に設置されたベースキャンプから青い海を眺めていたシェリルは胸一杯に深呼吸した。旅行用ドレスの裾を翻して振り向く。
「複雑な匂いね」
SMSのユニフォームを着たアルトは、海面からの照り返しに目を細めた。
「お前は大丈夫なのか? グレイスなんか顔をしかめていたぜ」
「ええ。香水みたいに良い香りじゃないけど平気よ。グレイスは嗅覚をシャットアウトしてるみたいだけど」
「便利な体だな」
「時々うらやましいわ。でも、みんなサイボーグになると均質化されて面白くないじゃない」
「それもそうか。……そろそろ仕事だな」
アルトは左腕にはめているパイロット用の時計を見た。
アルトの仕事って?」
「機材の設置と、着陸地点の整備。こういう時、バトロイドは便利なんだよな」
「ね、アルト、私にやらせて」
シェリルが目を輝かせた。
「大丈夫か?」
内心面倒なことになったと思いながらも、アルトはどうやったら回りに迷惑かけなくて済むのか、段取りを考えた。
「バトロイドモード、この前ガッコの授業で、やったばっかりよ」

今、マヤン島には、ランカが出演する映画『Bird Human』のロケも行われている。シェリルのドキュメンタリーとともにSMSが全面協力をしていて、撮影のために2個小隊8機のVF-25Tを運用している。
そのため、着陸地点と整備スペース、臨時の管制所・通称『マヤン・コントロール』を設置する必要がある。
アルトは与えられたVF-25Tを人型に近いバトロイドモードに変形させた。
「最新鋭のバルキリーを使ってるけど、やっていることはアナログね」
タンデム配置の前席でシェリルはゼントラーディサイズの草刈り機を慎重に振り回した。学校の授業で教えられた通りに、きっちりとパイロットスーツを着込んでいる。
まずは、バルキリーが離着陸できるスペースの確保だ。
「人型作業機械は汎用性があるんだ……っとぉ」
シェリルの操作が大振りになって、上半身がバランスを失って泳いだ。すかさず後席のアルトが下半身のコントロールを奪って踏みとどまる。
「あ、ありがと」
さすがにヒヤッとしたのか、シェリルは額の汗をぬぐった。
「一応、訓練用とは言え、軍用機だからな。学校の機体と同じ調子で扱ってると、コケるぞ」
民生用の機体は、安定性を高めるために安全機構が充実している。
しかし、軍用機では高度な機動や、格闘戦を行うために、可動範囲を広くとっている。そのため、安定性が犠牲になっていた。出力も桁違いに多い。
草刈りが終わると、ローラー車が出てきて整地を始めた。

事前の計画通り機材の設置が終わると、監督がスタッフを招集して今後の予定を説明。
それで、この日の主な仕事は終わり。
撮影スタッフや、航空機運用スタッフが、明日使用する予定の機材の点検に散った。

「チェックシートE-3まで終了」
機載コンピュータと外部のコンピュータでクロスチェックしながら、機体を点検する。
ガウォーク形態で着陸したVF-25Tの右掌に乗って、外装の目視点検。
「アルト、アールートー!」
下から聞きなれた声がした。
「ちょっと待ってろ。もうすぐ終わるから」
チェックシートから目を離さずに、最後に残った項目を消化する。
「降ろしてくれ」
VF-25Tは音声コマンドを認識すると、ゆっくり手を下げた。
地面についたところで、アルトは腰に付けた安全帯を外す。
視線を上げるとシェリルがいた。大きめのサングラスをかけ、丈の短いライダージャケットは下に着けているビキニのトップスが見えるように胸元を開けていた。ボトムはデニムのホットパンツで、へそが見えている。
「お前、マメに着替えるな」
「なぁに、どこ見てるの?」
ぐいっと胸の谷間をアピールするかのように、アルトに向かって押し出す。
アルトは思わず視線が吸い寄せられそうになって、あわてて目をそらした。
「で、なんだ」
「ロケハンに行きましょ」
ロケーションハンティングは撮影に向いている場所を探すことだ。
「そんなの、撮影班とか監督が、とっくにやってるだろ?」
「だめよ、なんでも他人任せにしちゃ。もちろん、プロのスタッフがやっていることだから信頼はしてるけど、アルトのパイロットとしての視点が欲しいわ。プロなんでしょ、飛ぶことにかけては」
「でも、バルキリーは動かせないぜ。お役所に出したフライトプランの関係で、明日9時以降でないと」
「そうなの。じゃあ、今日のところは地上からね」

アルトは借りたモーターサイクルのハンドルを握っていた。後ろにシェリルが乗っている。
(なんか、また上手く乗せられたような気がする)
空に映し出された太陽は傾き始めていた。
「アルト、あの岬なんかどう? 岬の先端に立ってる私を空撮でアップにする、とか」
シェリルが指す方を見た。海蝕地形を再現したらしい、尖った形の岬が海に突き出している。
「ああ、今ぐらいの時間なら、太陽の角度がちょうど良いんじゃないか」
「あっちの谷も撮影に使うの?」
「ああ、低空で航過するから、迫力出るぞ」
「いいわね…」
そこで、昔風のヘリコプターが立てるローターの音が聞こえてきた。
海の方から、旧統合軍仕様の低視認性青灰色に塗装されたヘリコプターが降下してきた。地球で起きた統合戦争を背景とした映画『Bird Human』の撮影が始まっているのだろうか。
アルトの背中に、シェリルの体が押し付けられた。
「ちょっと浜辺に降りてみない?」
「了解」
モーターサイクルを路肩に停めると、道路から砂浜へと下っている階段を、二人連れだって降りた。
ショートブーツを脱いで、素足になるシェリル。
「ひゃっ……なに、コレ」
白い砂が足の裏にはくすぐったく感じるようで、シェリルは恐る恐る砂浜に足跡を残す。
「おい、もしかして……素足で地面に触れるのって」
「そう、初めてなの!」
シェリルは、くるりと振り向いた。いつものプロ意識の塊のようなシンガーはいなかった。どこにでもいる17歳の少女がはしゃいでいる。
「歌詞によく出てくるけど、砂浜ってこんなのなのね」
アルトは微笑みながら、シェリルを見守った。
ヒールのついたブーツを手に持って、波打ち際までゆくシェリル。濡れた砂を踏みしめ、足に波がかかると飛び上った。
(なんて言うか、猫みたいだな)
アルトは、ふと思いついて波打ち際でしゃがみ込んだ。
「どうしたの?」
シェリルが声をかけた。
「あった。これ……」
アルトはシェリルの掌に小さな貝殻を落とした。
「なに?」
「桜貝。綺麗な爪を例える時に、桜貝みたいな、って言うんだ」
「ふぅん。大きさも爪みたいね」
シェリルは貝殻をつまんで、透かして見た。それから、アルトに向かって手の甲を上にして差し出す。
「私の爪は、桜貝みたいかしら?」
アルトはシェリルの手をとった。入念に手入れされた爪は、確かに美しかった。
「ああ」
「って、アルトの爪も綺麗ね。何か手入れしてるの?」
「いや、特には」
「もぅ、なんかムカつくわね。髪もお肌も爪も、何もしてないのに」
「そんなところでムカつかれても」

砂浜に沿って歩いていると、行く手がにぎやかになってきた。
映画のセットだ。
今も、続々と小型船から機材が運び込まれ、スタッフが車や船、ヘリコプターで集まりつつある。
「挨拶して来るわ」
シェリルもイメージソングという形で映画に楽曲を提供している。シェリルは、ひときわ大きなテントに向かって歩きだした。
「ああ、そうだな」
テントの下では、監督・助監督・音楽監修が額を寄せ合っていた。
風に乗って聞こえてくる内容は、劇中で使用される挿入歌について議論しているらしい。
助監督が、音楽監修が押し付けてきたシェリルの歌を使うという点では妥協するが、挿入歌については譲れないと主張していた。
シェリルがふっと唇をゆがめる。その顔は、プロ意識で武装したトップシンガーになった。
「聞き捨てならないわね。妥協であたしの歌が使われるの?」
助監督が驚いて振り向いた。
「あ、ミス・シェリル。妥協だなんて、滅相もない!」
シェリルは表情を和らげた。
「冗談よ。この映画のために書き下ろした曲じゃないから、はまらないのは当然よね。監督さん、なんだったらそのサラの曲私が書きますけど?」
寡黙な監督は助監督に向かって何事かを囁く。助監督が監督の言葉を代弁した。
「少し考えさせてくださいとのことです」
「必要だったらいつでも言ってください。いい作品を作りましょ」
アルトは寸劇を見ているような気分になった。
(役者が上、か)
いつ言われても、期待されたクォリティの曲を提供できる自信があるのだろう。シェリルの放つオーラが見えるような気がした。
「シェリルさん!」
そこに、ミス・マクロスに選ばれた主演女優が話しかけてくる。さっきから、シェリルにアピールしたがっていたのを、アルトは視界の隅で見ていた。
「あら?」
シェリルが横を向いた。
「あの、私、主演のミ……」
続けようとする主演女優をスルーして、シェリルはランカに声をかけた。
「ちゃんと登ってきてるのね」
ランカが元気よく返事する。
「はい!」
無視された格好の主演女優はしばらく固まっていたが、踵を返して主演俳優の方へ行った。
「ほらアルト。あんたも何か言ってあげなさいよ」
いきなりシェリルから話をふられて、アルトも固まった。
「え……よぉ」
「どうして?」
ランカが質問してくれたので、アルトは固まっている状態から脱した。
「命令さ。例のコイツのドキュメンタリーも、SMSが全面協力とかで……」

「よ、アルト。どうした、なんかげっそりした顔になってるぞ」
映画撮影に協力しているミシェルが声をかけてきた。
「ああ、さっそく振り回されている」
アルトは主語を省いて話したが、ミシェルには十分通じていた。
「女はわがままって相場が決まってるのさ」
「まったくだ。お前が言うと、説得力が有り過ぎるほど有るな」
アルトの皮肉は柳に風と受け流して、ミシェルは続けた。
「最初は、だな。ちょっとした我ままから始まるんだ。今日は、あれしたいとか、どこに行きたいとか」
アルトは心の中でうなずいた。バトロイドの操縦に付き合わされたし、ロケハンと称して連れまわされている。
「その内エスカレートしてくるんだ。最後は、仕事とワタシ、どっちが大事なのってね。比べようが無いものを比較させられる。覚悟しとけよ、アルト」
そこまで言われると、何故かムカっとした。
「それは無いな」
「どうして判る?」
「なんとなく。でも、それだけは絶対に言わない、あいつは」
「おーやおや、なんか分かり合っているみたいですよアルト先生。でも、男と女ってのは誤解と錯覚の連続なんだぜ」
「そうかもな」
ミシェルの軽口に合わせたものの、アルトは確信していた。


★あとがき★
はち様のリクエストと、はづき様のリクエストを組み合わせてみました。
10話は色々と、行間を妄想したくなる回でしたね。

2008.08.05 


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