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入院生活は単調で、検査と投薬の繰り返し。
しかし、この体調不良の原因は一向につかめない。
普段は普通に動けるのに、体調に波があって、下り調子になると発熱とめまいが襲ってくる。
周期は不定で、いつ体調が悪化するのかはっきりしない。
見舞いの花ばかりが増えていく病室で、シェリルは焦燥感に駆られていた。

今日も起床時間が来た。
看護師がモニターをチェックし、問診してまわる。
洗顔を済ませた頃に、朝食が運ばれてきた。シェリルの好みからすれば、やや薄味だが、バイオプラントを採用しているフロンティアらしく食材の種類は豊富だった。
食事を済ませると、最近の日課になっている散歩に出た。

午前中、この時間の屋上は人気がない。
シェリルは彼方に見える海に向かって、声を出した。
基本的な発声練習を繰り返し、喉を目覚めさせる。
「何を歌おうかしら?」
今日の気分は……空を見上げる。バジュラの攻撃が残した爪痕が天蓋に見える。
「きゅーんきゅーん、きゅーんきゅーん、私の彼はパイロット……」
能天気なメロディーを思い浮かべながら、手で飛行機の形を作って宙返りの軌道を描く。
ワンコーラス歌い終えたところで、ぱちぱちと手を叩く音が聞こえた。
「あら?」
振り返ると、車イスに乗った女の子が一生懸命拍手してくれていた。
シェリルはそちらに向かって深々と礼をした。
「おねーちゃん、お歌上手ね」
くりくりとした目の愛らしい、黒い肌の少女。年の頃はプライマリースクールに上がった頃だろうか? パジャマを着ていて、そのズボンの右足が風にそよいでいる。
(足が…)
シェリルは痛ましい気持ちになった。バジュラの攻撃で負傷したのだろうか。
かがんで、少女の視線に合わせる。
「ありがとう。あなた、いい耳を持っているわね」
「いつも歌っているよね?」
「ええ。調子が良い時はね。お名前、聴いてもいいかしら?」
「サミーラ。お姉ちゃんは?」
シェリルよ。シェリル・ノーム」
サミーラはシェリルの名前に聞き覚えがあるらしく首を傾げた。
「サミーラは、入院して長いの?」
「ううん」
シェリルが予想したとおり、バジュラの攻撃によって崩壊した建物の下敷きになって右足が切断されたのだそうだ。
「新しい足ができるまで入院してないといけないんだって。お姉ちゃんはどうして?」
「私は……どうしてかしらね? 原因が良くわからないの」
「ふーん。大変だね。あ、そろそろ戻らなくちゃ」
サミーラは左手に巻いた腕時計を見た。
「後で病室に行ってもいいかしら?」
「うん。わたしも遊びに行っていい?」
「もちろん、待ってるわ」
こうしてシェリルに友達ができた。

午後、さっそく教えてもらったサミーラの病室に向かった。
小児病棟の空気はプライマリースクールを思わせた。壁に子供たちの書いた絵が貼り出してあったり、ロビーに絵本や積み木、クレヨンが備えてある。
シェリルには、その年齢の頃に学校に通った経験はないが、ドラマで見たスクールはこんな感じだった。
番号を確かめながら目的の部屋を見つけた。
部屋からは賑やかな笑い声が聞こえてきた。
(お見舞いが来ているのかしら?)
一瞬、出直そうかと考えたところでサミーラが車イスに乗って部屋から出てきた。何かをこらえている顔だった。
「あっ」
シェリルを見つけて、顔がぱぁっと明るくなった。
「こんにちは。遊びに来たわよ」
「お庭に、いこ」
シェリルは車イスのハンドルを握って、エレベーターホールへ向かった。
「お部屋、賑やかだったわね」
シェリルが言うと、サミーラはこくんと頷いた。
「隣のベッドのね、ホセ君、いっつも誰かお見舞いに来てるの。家族がいっぱい居るんだって」
「そう。サミーラのご家族は?」
「……パパもママも、今、すっごく忙しいの」
両親は技術者でフロンティアの復旧工事に忙殺されているのだと言う。
庭に出ると、涼しげな木陰を作っている木の下で車イスを止めると、シェリルはベンチに座った。
「立派なご両親ね」
シェリルが言うと、サミーラは誇らしげに頷いた。
「うん。人の役に立つお仕事なんだって」
「そうよ。サミーラも良い子ね。おとなしく病院で待っているんでしょう?」
「うん」
大きくうなずく。
「良い子にしているサミーラの為に、何か歌ってあげましょうか」
「ほんと?」
「何がいい? リクエストある?」
「んーとね……」
サミーラは少し考えた。
「『私のお気に入り』ってわかる?」
シェリルは記憶を探った。
「ええと、こんな出だしかしら……Raindrops on roses and whiskers on kittens」
「そうそう、それそれ」
シェリルは呼吸を整えて歌い始めた。

 薔薇の上の雨の滴
 仔猫のヒゲ
 ピカピカの銅のヤカン
 暖かいミトン
 紐で縛られた茶色の紙の小包
 それらは私のお気に入り

サミーラも声を合わせて歌う。歌っているうちに、声が湿ってきた。涙がポロポロとこぼれる。
シェリルは歌いながらサミーラを抱きしめた。リズムに合わせて背中を撫でる。
細い腕がシェリルの首に巻きついた。抱き寄せる力の強さに、少しだけ母親の気分を味わう。
サミーラは小さな声で、ママとつぶやいた。
「良い子ね。サミーラは、とっても良い子」
シェリルの上に影がかぶさった。
見上げると、アルトが居た。穏やかな表情でシェリルに頷いて見せる。

サミーラが泣き止んでから、アルトが車イスを押して、シェリルと一緒に小児病棟まで送った。
「何か言いたい事あるんじゃないの? 安静にしてろ、とか」
シェリルはアルトの前に立って病室へ戻ろうと、廊下を歩く。
「いや。小さい子のために歌ってやるヤツに小言を言う料簡は持ち合わせてないぜ」
アルトの癖に、偉そうだわ」
「お前がマクロス・クォーターのブリッジに入り込んだおかげで、パワー切ったEXギアで格納庫20周させられたんだ。少しぐらい偉そうにしてもいいだろ」
「……ごめんなさい」
シェリルはベッドに入ると、シーツを引き上げて顔を隠した。目だけ出して、アルトの様子をうかがう。
「気が済んだか?」
「ええ」
シェリルの中で決心が固まりつつあった。
グレイスは、シェリルに隠していることがある。シェリルのライブ、バジュラの襲撃、第33海兵部隊の叛乱、ランカの歌を使った実験。何もかもがタイミングよく起こり過ぎる。
(だとすれば……)

それからほどなくして、サミーラが退院する日が来た。
「シェリル、早く元気になって、歌をいっぱい聞かせてね」
サミーラの右足にはギャラクシー製の義足が取り付けられていた。
「ええ。サミーラも元気でね。私もすぐに退院するから」
「そだ、髪の長いお兄ちゃんって、シェリルの彼氏?」
サミーラの質問にシェリルは微笑んだ。
「そう見えるわよね。でも、ちょっと鈍感なの、あいつ」
「どんかん?」
「女心が判ってないのよね」
「大変ね。でも、シェリルの歌を聞かせたら、いいと思うわ」
「そう?」
「だって、いっぱい元気もらったもの」
「判ったわ。試してみる」
サミーラは明るい笑顔を見せると、待っている両親たちの方へ足早に駆けて行った。
「今までも、歌を聞かせてきたんだけど……」
シェリルは苦笑しながら、小さな背中を見送った。
ランカと『What 'bout my star?』を歌った時を思い出した。
目を白黒させているアルトの表情を思い浮かべて、苦笑が微笑みに変わる。
「ちょっとは通じてるのかしら」


★あとがき★
17話の行間を妄想してみました。
格納庫の罰ゲームの後、ミシェルからシェリルの容体を聞かれたアルト
「あいつの辞書には安静って文字は載ってないらしいからな」
と言っていたので、病院へお見舞いには行っているんだろうなと、お話を作りました。

『私のお気に入り/My Favorite Things』は映画『The Sound of Music』から引用。

2008.08.04 


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