2ntブログ
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初めてのスタジオ録音。
大勢の観客の前で歌うわけではないから大丈夫だと思っていたが、自覚している以上に緊張しているらしい。
ランカは泣きそうな気分だった。
ガラス窓の向こうではディレクターとして紹介された男性がスタジオエンジニアに指示を飛ばしていた。
今度もOKが出なかったようだ。
「休憩を入れようか。1時間ほど」
スピーカー越しの声が降ってきた。
弱小プロダクションにとってはスタジオの使用料も馬鹿にならない出費だ。
ランカは深いため息をついた。
「ちょっと外の空気吸って来まーす」
スタジオを出て、ロビーの自販機のところに行く。
「はぁ…」
また溜息が出る。
(アルト君…)
アルトの飛ばす白い紙飛行機のイメージを心に描くが、沈んだ気持ちは浮き立たない。
とりあえず、オレンジジュースを買った。
出てきた缶を手に取ったところで、背後から威勢の良い声が聞こえてきた。
「ダメよ。納得できないもの。何度でも録りなおしするわ」
聞き覚えのある女性の声にランカは振り向いた。
スタジオエンジニアやミュージシャンに囲まれているのは、どこにいても目立つブロンドの妖精。
シェリルさん…」
同じスタジオを借りていたのかと驚いた。
そして、もっと驚いたのは、シェリルがこちらを見たことだ。
ランカちゃん」
小さく呟いただけなのに聞こえたようだ。
「こ、こんにちはっ」
ぺこっと頭を下げる。
シェリルはエンジニアに何事か告げると、ランカのところにやってきた。
「こんにちは。あなたは……レコーディング?」
「はいっ」
「偶然ね、私もそうなの。でも行き詰まっちゃって…聞こえたかしら?」
ランカはうなずいた。
「わ、わたしもそうなんです。シェリルさんとレベルが違うんですけど……」
「ふぅん。どうしたの?」
「なかなかOKのトラックが出なくって」
「ああ、あるわ、そういう時。今がちょうどそんな時なんだけど」
「でも…」
ランカはチラリと自分のスタジオを振り返った。
「わたしはディレクターさんにOKもらえないんです。
シェリルさんみたいに、自分の理想をおいかけているんじゃなくて」
「ははぁん」
シェリルは何事か思いついたようだ。
「いいわ。先輩のシェリル・ノームが相談に乗ってあげましょう。来なさい」

シェリルはランカの手を取って、今までシェリル自身がレコーディングに使用していたスタジオへ向かった。
そのスタジオは、ランカが使用しているものとは比べ物にならないほど規模で、オーケストラの録音にも使えそうな広さだった。実際、オーケストラが入っていたようで椅子が並んでいる。ただし、今は休憩時間なのかスタジオ内に人はいない。
「えーと、あれはどこだったかしら?」
ランカがスタジオ設備に見とれている間に、シェリルはコンソールを操作して、目当ての曲データを探し出していた。
「ランカちゃん…」
「ランカでいいです」
シェリルは慣れない手つきながらも、コンソールのディスプレイに楽譜を表示させた。
「じゃあ、私もシェリルでいいわ。このスコアを見て。このコーラスのパートを歌って欲しいの。私はメインのパートを歌うから」
「ええっ」
ランカは目を丸くした。
「ちょっとしたお遊びよ。気軽にね」
シェリルはヘッドセットをランカに渡した。
「オケ(曲のみ)を一度聴いて、それから歌ってみましょ」
ランカはヘッドセットをつけて流れ出るメロディーに耳を澄ませた。
その曲のイントロはメロウなピアノのコードから始まっていた。初めて耳にする曲だ。
「聴いてもらったわね。じゃ、いくわよ」
ランカがオケを聴いたのを確認して、シェリルはマイクを前にした。
あのイントロが再び聞こえる。
「It's only love……」
シェリルの歌声を耳にして、ランカもコーラスのパートを歌い始める。あまりに急なことで、余計なことは考えられず、無我夢中になって楽譜を追う。
歌い終わると、シェリルから次の曲の楽譜を与えられ、また二人で歌う。今度はデュオで。
曲は、電子楽器のサウンドをメインにしたテンポの良い曲だった。

「どうだった、ランカ?」
歌い終わってシェリルが尋ねた。
「あのっ、すごい難しい曲で……ついていくのが必死」
ランカが額に手を当てると、うっすらと汗をかいていた。
「ふふっ。どんな風に難しかったの?」
シェリルは再びコンソールを操作して、今、録音した歌を画面上に呼び出していた。
「ええと、最初の曲はメロディが変則的で、コーラスも何かすごい変。音がオクターブずれてたり、変なんだけど、耳には綺麗に聞こえるんです」
「そうね。普通のハーモニーじゃないわ、確かに。次の曲は?」
「次のは、やっぱり難しかったんですけど……ええと、何かな。テンポかな?」
「そうよ。メロディーが4拍子なのに、ボーカルが5拍子なの。よくついてこれたわね。
ランカは色々考え込むと、上手くいかないタイプなのかしら? 初見の曲でこれだけ歌えるのに」
「ええっ」
歌手として憧れ続けたシェリルからの言葉は、ランカを驚かせた。
「才能があるってことよ」
「えっ…えっ……そんな…さいのうなんて…」
ランカは頬を赤らめ、言葉はつっかえている。
「あら…」
そんなランカの様子を微笑んで見つめるシェリル。
「才能だけで渡っていけるわけじゃないけれど、大きな武器なのは違いないわ」
夢見心地のランカはシェリルの言葉が耳に入っていないようだ。
「もう、舞い上がりすぎよ……えいっ、ショック療法」
シェリルはランカの唇にキスした。
「ひゃっ」
ランカの緑の髪がピクンと反応した。
「さあ、あなたのスタジオに行きなさい。銀河の妖精がかけてあげた魔法が解けないうちに」
シェリルはランカの背中をポンと軽く押し出した。
「は、はいっ、いきますっ」
ランカはぺこんと頭を下げて、スタジオを出た。右手と右足が同時に前に出ている。
シェリルはニッコリ笑って手を振った。
魔法のおかげか、ランカの歌は休憩後の録音で一発OKが出た。


★あとがき★
アルトとシェリル以外の組み合わせにも挑戦してみるべ、ということで書いてみました。
マーティー・フリードマンのJ-POP批評を読んでいて、思いついたネタ。
話中に登場する曲は、宇多田ヒカル『Beautiful World』とPerfume『ポリリズム』をイメージしています。

2008.05.17 


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