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本日、最終授業の終業ベルが鳴った。
「さて、これからどーすっかなー」
アルトは椅子に座ったまま、背伸びをした。
今日は珍しくSMSの訓練シフトから外れているので、放課後の予定はフリーだ。
背後から忍び寄る気配がした。
耳元で甘く囁く声。
アルト、私、今夜……」
銀河の妖精は、まるでバラードのように掠れた声で囁いた。
「お寿司が食べたいわ」
振り返ると悪戯っぽい笑みを浮かべたシェリルがいる。
「な…なんで俺が……悪いな、今日はシフトが入っているから、付き合ってやれない」
「ふふん、嘘はいけないわよ早乙女アルト君。これからヒマなのはルカ君に教えてもらったもの」
「くっ……守秘義務違反だぞルカ」
「やっぱりヒマだったのね」
シェリルは、勝ち誇った。
アルトもカマをかけられたのに気づいて、がっくりする。
「本当はね、さっきアルトが"どーすっかなー"って言うのを聴いてたのよ」
「耳が良いんだな」
かなわないと両手をあげて降参の仕草。
「いきなり寿司だなんて、どうしたんだ?」
「フロンティアって言えば、本格的な和食が食べられるって、有名なのよ」
「そうだな」
大規模なバイオプラントで、擬似的な生態系を構築しているマクロス・フロンティアは食材の豊かさで移民船団の中でもトップレベルを誇る。
アルトなら地元の人しか知らないようなお店を知っているんじゃないかって思ったの。せっかくだから合成物じゃなくて天然物で」
「そんなのネットで検索するとかして、勝手に行けよ」
シェリルは左手でブロンドをかきあげた。形良い耳たぶが現れる。
「イヤリング」
「くっ」
「返すって約束したでしょ。約束を破ったアルトは、奴隷なんだから」
イヤリングを失ったアルトは、シェリルに対して大きな負い目を感じていた。
「わーったよ、心当たりはある」
頭の片隅で口座の残高を気にしつつ、アルトは携帯端末を取り出して予約のコールをした。

その店は、繁華街の裏通りに『築地』という看板を出していた。
和風の引き戸を開けると、ドアベルの代わりにぶら下げられた火箸が涼やかな音を立てる。
「いらっしゃい、おやアルト坊ちゃん久し振り。彼女とデートかい?」
まだ客のいない店内、カウンターの向こうから老人の域にさしかかった大将が声をかける。
「坊ちゃんはやめてくれよ」
とは言ったものの、アルトは大将の様子が変わってないのが何となく嬉しかった。
若い衆の案内で、カウンターの端、奥まった席へと通される。
物珍しそうに店内を眺めていたシェリルが、アルトに小声で囁いた。
「このお店、メニューは無いの?」
「ああ、こういうところだと大将にどんなネタが入っているかを聞いて、その中から選ぶんだ。でも、今夜のところは」
アルトは大将に"おまかせ"でオーダーした。
「あいよっ」
威勢の良い返事とともに、白身の握りから出てきた。
シェリルはアルトのしぐさを見よう見まねで、ぎこちないながらも寿司を醤油に付けて一口たべる。目が丸くなった。
「あ、大丈夫か?」
アルトは口に合わなかったかと焦った。
シェリルは嚥下して満面の笑顔になった。
「おーいしぃ」
「お前が味のわかるやつで良かった」
アルトがほっとしたところで、タイミング良く次の握りが出てきた。
「ギャラクシーでもね、食べられはするけど、合成物なの。合成だからまずいって言うんじゃないけれど、やっぱり違うわ。握っててもロボットだし」
「そうなのか。でも、そのロボット、もしかしたら大将の弟子かもしれないな」
「弟子?」
「そう。大将が若い頃に握りの動作をサンプリングさせたロボットが銀河中に出回ってるって言ってた。そうだろ?」
話を振られた大将は、にっこり笑ってマグロを差し出した。
「サンプリング・モデルに選ばれるってことは……すごい人なのね、大将さん。なんで高校生のクセに、こんなお店知ってるのよ?」
「まあ、な」
アルトが言葉を濁すと、シェリルが笑って続けた。
「お父さんに連れられてきた、ってところかしら?」
「そんなところだ」

コースが終わり、緑茶で喉を潤す頃には、店内はそれなりに混んできた。
「いらっしゃい」
また新しい客が入ってきたようだ、そちらをチラリと見たアルトは固まった。よりによって、今日かち合うとは。
嵐蔵さん、ご無沙汰で」
大将がにこやかに挨拶している相手は父だった。いつもの指定席にしている座席に案内されている。
今、アルトたちが座っている席は、嵐蔵からは死角になっていた。
(そうか大将、気を使ってくれたんだな)
アルトは心の中で大将に頭を下げた。
嵐蔵はタニマチ(後援者)らしい紳士と二人連れだった。
今の嵐蔵は舞台の真っ最中で、興行中はこの店に来ないことをアルトは知っていた。
だが、タニマチに誘われたのなら付き合わないわけには行かないだろう。
「どうしたの?」
突然動きが固まったアルトを怪訝な様子で見ていたシェリルは、アルトの視線の先を見て理由が判ったらしい。
「ふふ…」
悪戯っぽい笑顔になると、シェリルは席から立ち上がった。
「おい?」
アルトがあっけにとられていると、シェリルは混んでいる店内をするりと通り抜けて、嵐蔵のところまで行った。
「失礼ですが、早乙女嵐蔵さんでいらっしゃいますか? 私、シェリル・ノームです。ご挨拶にまいりました」
「おお、これはご丁寧に。さあ、どうぞ……お座りなさい」
嵐蔵は隣の椅子をシェリルに薦めた。
「おいおい…」
意外な成り行きにアルトはなす術も無かった。
シェリルと嵐蔵、そしてタニマチとは和やかに会話が弾んでいる。途中で嵐蔵が片手をあげて、大将に呼びかけた。
「すまんが、筆と色紙はあるか? 墨も」
その声に大将は愛想よく答え、店に用意してあった毛筆を嵐蔵に渡した。
嵐蔵は達者な手つきで色紙に何事か書くと、シェリルに渡した。
シェリルも別の色紙にサインをかきいれて、タニマチに渡していた。それをきっかけに、他の客や寿司屋の若い衆もシェリルにサインをねだって、ちょっとしたサイン会の様相を呈した。
「ありがとうございます。大切にします」
丁重に挨拶すると、シェリルは色紙を抱えてアルトのところに戻ってきた。
「さあ、出ましょう」
「あ、ああ……」
呆然としたアルトは、シェリルに手を引かれて店を出た。

近くの公園で散歩する二人。
「ね、アルト、これは何て書いてあるの?」
シェリルが差し出した色紙を見ると、見慣れた父親の筆跡で墨痕鮮やかに漢字が散らし書きされていた。
「序破急」
「どういう意味?」
「親父は教えてくれなかったのか?」
「ええ、連れに聞いてみなさいって、おっしゃってたわ」
やっぱり気付かれていたか。アルトは苦虫をかみつぶした。
「日本の伝統的な芸能の分野で使われる言葉だ。いろんな解釈があるけど、序は物事の始め、師匠の動きを徹底的に真似る段階」
アルトは公園の噴水を取り囲む縁の上に飛び乗って、両手を拡げてバランスをとった。
「破は、師匠の真似を破り、自分の形を追求する段階。急は完成の段階だ。芸の道は、序破急を永遠に繰り返すこと……だってさ」
「素敵な言葉だわ」
シェリルは噴水の縁に座って、靴を脱いだ。素足を水面に付けて、冷たさに小さく悲鳴を上げる。
「芸能界の先達として、若輩の私に相応しい言葉を下さいって、お願いしたの」
「そうだな。成長していかないと」
「きっとお寿司屋さんの大将さんもそうね。動きを真似しただけのロボットじゃ、あんな風にできない。ずっと成長し続けている」
「へぇ、気づいたのか」
「お客さんの食べるペースに合わせてネタを用意してたわ。まるでオーケストラの指揮者みたいに」
「すごいな」
もちろん、アルトはその事を知っていたが、それは父親から教えられたものだった。
シェリルへの尊敬の念が湧いてくる。
「……でもな、俺に対する、ものすごく遠まわしな嫌味のような気もする」
「家出したから?」
「知ってたか……ゴシップの記事にちょこっと載ってたからな」
アルトはシェリルの真似をして、靴を脱いで噴水に足を踏み入れた。
「厳しそうな方だけど、素敵なお父さんじゃない」
「実態を知らないからそんなことが言えるんだ」
ちょっと強い口調で言ってから、アルトはしまったと口を閉じた。シェリルの生い立ちを思えば、肉親を罵るのははばかられた。
シェリルの隣に座って、並んで空を見上げた。
夜空にはリニアの軌道が見え、その向こうに星々がきらめいている。
「アルトはぜいたくなのよ」
シェリルがアルトの後ろ髪を手にとって、弄ぶ。
歌舞伎って何百年も伝統があるんでしょう? 伝統なんてお金出しても買えないわ」
分が悪いと思ったアルトは、話題を逸らした。
「……何を話してたんだ? 話が弾んでたみたいだった」
「あのお店、ネットに情報公開してないんですって。だから、どうやって見つけたのか聞かれたわ。フロンティア現地採用スタッフが教えてくれたって言っておいたけど」
シェリルはアルトの長い髪を三つ編みにしたり、ほどいたりしながら答えた。
「現地採用かよ」
「あら、嘘はついてないわ。奴隷に比べたら、スタッフの方がずいぶん出世していると思わない? ところでアルト、シャンプーは何を使ってるの?」
「え、何って普通の」
「市販品でこんなにつやつや、まっすぐなの? もう、やっぱりぜいたくだわ、アルト。恵まれ過ぎよ。女の子でも羨ましがるわ」
「女みたいって言うなよ」
「言うわよ。実際、誰が見ても美人だもの。でも…」
シェリルはアルトの髪をぐいっと引っ張って、顔を寄せた。
「アルトが男らしいことも知っているわ」
アルトは噛みつくように唇を合わせた。


★あとがき★
7話以降のお話です。
嵐蔵とーちゃんとシェリルの邂逅は書いてみたいシーンでした。あと、それを影から見ながら、ハラハラしているアルトも^^

2008.05.16 


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