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(承前)

ルカが審判用のブースに入った。マイクを握ると、校舎の壁面に掲げられた巨大なモニターと、電光掲示板にスイッチが入った。電光掲示板には50mと表示されている。
ギャラリーから歓声が上がった。
「あー、テス、テス……では、ご覧の皆様、ゲームのルールをご案内しまーす」
ルカは手際よく愛想良く、しかし今ひとつやる気の無い声でルールを説明した。
「バトロイドモードで、竜鳥の卵をキャッチボールします。距離は50mから。双方がキャッチに成功すると、25mずつ距離を離してゆきます。受け止めた時に卵が割れたら、受け止めた側の負け。相手がキャッチできない所に投げたり、スピードが速すぎたりしたら、投げた方の負け。卵にはセンサーが取り付けてあるので、微妙なジャッジはこれで判定しまーす……と、こんなところです。では、コイントスどっちか決めてくださいね~」
「私は『表』よっ!!」
やる気に満ちたシェリルの声がグラウンドに響く。
「……じゃ、『裏』で」
アルトの言葉を合図に、ルカが投射機のスイッチを押す。グラウンドに落下したコインは、表が上になっている。
「はい、それではシェリルさんが先攻ということでさくっと終わらせてください」
「うふふ、やはり天は私に味方しているようね!」
フォークリフトに乗せられた巨大な卵をバトロイドの手で持ち上げると、感覚的にはバスケットボールぐらいの比率になる。
「私の用意したチケット、絶対受け取ってもらうわよアルトっ!!」
シェリルのRVF-25は両手で卵を保持すると、アンダースローでそっと投げた。
アルトの操縦するVF-25Fは胸の辺りに構えた両手で難なく卵をキャッチした。
「お前なぁ……ここまでするかフツー!?」
アルト機は25m下がって、投げ返した。
シェリル機も、しっかり受け止める。
「ここまでさせたのはアルトでしょ!?」
口喧嘩を挟みながら、電光掲示板に表示される数字を50m、75mと伸ばしてゆく。
125mになったところで、シェリルが投げそこなって、思わず叫んだ。
「あっ!」
右方向へ逸れる卵の軌跡を眼で追う。
「よっ、と!」
アルトが右腕を伸ばして、危うくワンハンドで受け止めた。
「ナイスキャッチ!」
シェリルの声に、アルトは笑った。
「いいのかよ、勝ち負けがかかってるんだぜ」
「そう言うアンタも、今の見逃せば勝てたじゃない」
「そんなセコい手使えるかよ。ほら、いくぜ」
シェリルが身構えたのを確認して、アルトは卵を投げ返した。
距離が100mを超えると、かなり勢いをつけて投げなければ相手に届かなくなる。受け取る方も、今までより大きな動きで慣性を吸収しないと、卵を壊してしまう。
二人の動きは期せずして、呼吸を合わせるようになった。
それと共に、口喧嘩も微妙にトーンが変わってきた。
「大体、包丁は使うなって言っただろ? 怪我でもしたらどーすんだよ」
アルトが投げると、シェリルはキャッチしてから拗ねた
「だって、いつもやってもらってばかりで悪いじゃない。ちょっとは手伝おうと思ったのよ」
(包丁? 他にも喧嘩の原因があったのかな?)
ルカは呆れながら、電光掲示板の数字を125mから150mに増やした。
VF-25Fはシェリルが投げた卵を受け止め、膝を大きく屈伸させながら勢いを吸収する。
「オレが好きでやってるんだからいいんだよ」
「……あ、アルトだって素直にたい焼きの頭受け取ればよかったのに。私はしっぽのカリカリも、ホントに好きなのよ?」
「や、それは……美味い方をお前にやるのは男として当然だろ」
(そういうやり取りは、二人きりの時にしてください、先輩)
ルカは距離を150mから175mに増やした。
メサイアのサーボモーターが関節を駆動する音と、巨大な卵が風を切る音が聞こえる。
無事にキャッチする度に、ギャラリーの溜息がグラウンドに響く。
225mで、シェリル機が卵をキャッチした勢いを吸収しきれずに、グラウンドに尻もちをついた。
大地が揺れる。
「おい、大丈夫か!?」
ギャラリーがあげる悲鳴の中で、アルトが叫んだ。
「平気よっ!」
シェリルは右掌に卵を乗せて高々と掲げた。
「私を誰だと思ってるの?」
ゆっくりRVF-25が立ち上がる。
「ふっ…」
アルトは唇を綻ばせた。
「お前の、そういう、なんでも一生懸命なところ、嫌いじゃないぜ」
そこで、シェリルが投げ返した卵を両手で受け止めた。慣性を吸収するため、右足を軸にしてクルリと一回転する。
「記録更新だぜっ」
距離は250mになっていた。
アルトが卵を投げ返そうとして、あっけにとられた。
シェリル機がガウォークに変形していたのだ。
「なっ、シェリル!?」
しかし、このタイミングでは歴戦のエースパイロットであるアルトも、勢いのついた腕を止められない。
卵は宙を飛んだ。
RVF-25のキャノピーが跳ね上がり、EXギアの翼を広げたシェリルが射出される。
同時にいくつかのことが起こった。
シェリルの動きを見てとったアルトは、自分の機体もガウォークにしてキャノピーを開いた。EXギアを装備して射出されたアルトの腕の中に翼を空中で分離したシェリルが飛び込んできた。
竜鳥の卵は、空になったRVF-25のコクピット辺りに命中。盛大に中身をまき散らした。
「なに考えてんだよ! 新記録達せ――」
驚いたアルトの唇をキスでふさぐシェリル。
「記録なんてどうでもいいわ。それより、今のもう一度言って」
「な、何をっ」
「『嫌いじゃない』って……。もっとわかりやすい言葉で言いなさい」
「そんなこと、この場で言えるか」
「ケチ!」
「それより、いいのかよ? ゲームはオレの勝ちってことになるぜ」
「いいわ、勝ちは譲ってあげる。そのかわり……後で必ず言うのよ」
シェリルの晴れやかな笑顔を見て、アルトもぷっと噴き出した。
「なんか、俺も、どーでもよくなってきた。判った。今回はお前のチケット受け取る」
「ホント?」
「でも、次からは2階席にしてくれよ。ファンを大切にな」
「わかったわ。ホーント、アルトったら頑固なんだもの」
シェリルとアルトは仲直りのキスをした。
ギャラリーから歓声と悲鳴と、冷やかしの声が入り混じったどよめきが起きる。
傍目も気にせず、いちゃついているカップルを視界の隅で見ながら、ルカは愛機の惨状を見てブースから飛び出た。グラウンドに両手をついて、がっくりとした。
(この事態だけは避けたかったのにぃ)
「貧乏くじだったな」
クランがルカの肩をポンと叩いた。
考えてみれば、シェリルがルカのRVF-25を持ち出すのを提案したのはクランのはずだ。クラン本人は、都合良く忘れ去っているようだが。
「いえ、いいんです。だいたい予測はしてましたし」
苦笑いのルカは立ち上がって膝から砂埃を払うと、卵白と卵黄にまみれたコクピットの清掃をどうやったら手早く確実に済ませられるのか、頭の中で素早く算段を始めていた。
「今夜の夕食はアルトとシェリルの奢りだ。うーんといっぱい注文してやれ」
クランはニカっと笑った。

「シェリルさんっ! ……大胆なんだー」
ランカは思わず両手で顔を覆ったが、指の間からしっかり空中キスシーンを見ていた。
「本当に。でも、賭けはどうなるんです?」
ナナセが首を傾げた。
「うーん、ゲーム不成立じゃない? 当事者はどうでも良くなっちゃったみたいだし。ワリカンでケーキバイキング行こ」
明るい声で言うランカをぎゅっと抱きしめて、ナナセは言った。
「いいんですよ、週末に、私のオゴリで行きましょう」
「ナナちゃん……ありがと」
ランカは、胸の中の小さなチクチクがナナセが抱きしめてくれたお陰で和らいだのを感じていた。
(あたしって、諦めが悪いかなぁ)
豊かな胸にギュッと顔を埋めれば、ちょっぴりこぼれた涙もごまかせるはず。

翌日の午後。美星学園、航宙科用の駐機スペース。
「やっぱり、こびりついている……タンパク質だし」
整備用のツナギを着たルカは、愛機のコックピットの中にホースを引き込んで水洗いをしていた。
ガウォーク形態のRVF-25の掌に乗って、コクピット周りを洗剤をつけたブラシでこする。
元々、真空中でも問題なく使用できる機器類なので、動作に支障はない。
だが、卵白や卵黄が残っていると匂ってくるし、今回のような遊びで整備班の手を煩わせるのも申し訳ない。
「こんなところかな」
頬に飛んだ泡を指で拭い取りながら、ルカは地上に降り立った。
「ルカくーん」
声に振り返るとナナセが紙袋を持って、手を振っている。
「早乙女君とシェリルさんが、今夜、お家で晩御飯どうですかって」
「わあ」
アルトが腕を振るった食事は玄人はだしの出来栄えなので楽しみだったが、あいにくと今日は、この後の予定がある。
「……あ、でも、用事があるので遠慮しておきます」
「そうですか。じゃあ、ちょっとお茶しません? シェリルさんから鯛焼きを預かってきてるんですよ。ルカ君にって」
ナナセはペットボトルのお茶と、『たつみや』のロゴが入った紙袋を肩の高さに持ち上げた。
「遠慮なくいただきます!」
ルカは濡れてしまったツナギの上半身を脱いで、腰の辺りに袖を巻きつけた。
「はい、どうぞ」
ナナセが差し出してくれた鯛焼きは、時間が経っていて少し湿っていたが、今まで食べた鯛焼きの内で一番甘かった。バルキリーの水洗いで体を使ったので、一層美味しい。
「ルカ君、陰で大活躍でしたね」
「被害を最小限に食い止めたまでです」
謙遜してみたものの、褒め言葉は素直に嬉しかった。
「色んな意味で、シェリルさんと早乙女君は、学園の伝説になりますよね」
ナナセも鯛焼きをパク付いた。
「バジュラ戦役の英雄と、銀河の歌姫。まさかこんなコトしているなんて、外の人には想像もできないんじゃないですか?」
ルカの愚痴に、ナナセはクスクス笑った。
「みーんな巻き込まれちゃいますよね」
「そう。シェリルさんって、普通の人なら無意識にかかる歯止めが、最初っから無いんですよ」
とは言いながら、食事に招いてくれたり、労ってくれる部分もある。
かつては人との関わりを避けていたアルトも、そういうシェリルの影響を受けて変わってきたように思う。
「アクセルだけでブレーキが無いんですね。でも、ルカ君が居るから、ブレーキを踏まずに済むんじゃないですか?」
「え、そうなんですか?」
ナナセの指摘は、ルカにとって意外だった。
「そうですよ。シェリルさんって、無茶したりするけど、けっこう周囲に気を使う人ですよ。芸能界で揉まれた経験なんじゃないかと思うんですけど」
今、こうやって食べている鯛焼きも列に並ばないと買えないという評判の人気店のものだ。多分、並んだのはアルトだろうが。
「そうかも知れませんね」
「早乙女君だって、ぶっきらぼうでニヒリストみたいに思われてたけど、困っている人には手を差し伸べずにはいられない人だし」
「じゃあ、僕はお二人のエアバッグですか?」
「そうかも」
ナナセは口元を押さえて笑った。
「なんだかなぁ……」
「でも、頼りにされて、手際よく片づけられるのって素敵だと思います。私は、そういうのグズグズ考え込んじゃう方だし」
万事控え目なナナセの言葉にルカはハッとさせられた。少し、気持ちが上向いて来た。


★あとがき★
かねてよりの悪だくみとは、霜月ルツ様とのコラボレーションでした。
このお話をクランから見たのが『Girls’ tactics ―戦乙女の正しい利用法―』です。
extramf loves 霜月ルツ、という感じのラブコールで実現したこの企画いかがでしょうか?
お互いにアイディアのキャッチボールをしながら作り上げたので、普段以上に手がこんでいます。
その分、いつもとは違った面白さを感じ取っていただければ嬉しいです。

打ち合わせをしながら、しみじみ感じたのは、ルツ様は、やっぱり心の揺れを表現されるのが巧くていらっしゃいますね。
ついついゴテゴテした設定を説明するだけになりがちなextramfとしては見習わなければなぁ、と思うことしきりです。

2009.06.19 


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