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アイランド1が惑星フロンティアに定着し、宇宙船から都市へと機能を変えつつある頃。
プロジェクト・リンドバーグは新統合軍フロンティア艦隊の装備開発部門が推進する計画だ。VF-25用気圏内追加装備の開発とテストが主要な任務だ。
さほど緊急度の高い課題ではないので、現場の空気はノンビリしている。
幕僚本部は、バジュラ戦役中に苛烈な戦闘を経験した部隊を、この任務に割り当てていた。休暇に準じる扱いだ。
早乙女アルト大尉の操るVF-25Fはコンフォーマルタンク(機体と一体になるように成型されたタンク)の装着テストを終えてバトルフロンティアの格納庫に戻ってきた。
「先輩、どうでした?」
ルカ・アンジェローニ主任が、コックピットを覗き込む。
「重心位置がよく設計されていて、相当激しい機動をしても不安定な感じはしなかったな。低速では、少し振り回される感じがした」
ヘルメットを外したアルトは、手の甲で額の汗を軽くぬぐった。
「そうですか。明日はタンクを片方だけ装着した状態をテストしてみましょう……って、あれ?」
「どうした?」
ルカは、VF-25Fのコンピュータに手持ちのノートパソコンを接続して、飛行記録をチェックしていた。
「先輩、テスト項目ひとつ飛ばしてます」
「何っ?」
ルカが見せてくれた画面には、確かに完遂していない項目が表示されていた。
「まいったな……弛んでるな、俺」
アルトは両方の頬を掌でパンと叩いた。
「僕も気づかなかったのが悪いんです。これは明日に回しましょう。でも、先輩、弛んでいるんじゃなくて、気になる事があるんじゃないですか?」
ルカがにこやかに言った。
「え…何が?」
アルトは素知らぬふりをしてみたものの、ルカがこんな言い方をする時は何か掴んでいる事が多い。
「見たんですよ。シェリルさん、クラン大尉捕まえてカフェで愚痴ってましたから、また、ケンカでもしたんじゃないかと」
「う」
アルトは言い返せなかった。
「図星、ですね。今度は何がきっかけなんですか?」
「あー……鯛焼き、かな」
「鯛焼き?」
「鯛焼きが1個しかなくて、半分コするのに頭を食べるのか尻尾の方を食べるのかで揉めて。アイツ甘いの好きだから、餡子タップリの頭を勧めたら、私は尻尾の方がいい、とか言い張って」
(うわー、予想以上にクダラナイ原因だぁ)
ルカは人畜無害な笑顔のまま呆れていた。
「大変ですねぇ、先輩」
「その次は、あいつがコンサートのアリーナチケットを寄越してきたんだ」
「仲直りのサインですね」
「チケット突っ返したら…」
さすがにルカも驚いた。アルトは仲直りしたくないのだろうか?
「なんで、そこで突っ返すんですか!? シェリルさんのプラチナチケットですよ」
アルトは口ごもった。
「その……なんだ。ちょっとビックリしたんだよ。アイツのプロ意識は完璧だと思ってたから。身内よりご見物を優先するべきだろ、フツー」
「早乙女家の家訓ですか」
ルカは腕を組んだ。ただでさえ意地っ張りのアルトとシェリルの喧嘩がここまでこじれたら、周囲に影響が広がるのは必至。
「アルト先輩にとって、シェリルさんは、すっかり身内なんですね」
アルトの頬が染まった。
「ばっ……まあ、ほら一緒に暮らしているし。親父も気に入ってるし……」
「お父様も気に入ってるし?」
ルカが先を促すと、アルトは言葉を濁した。
「いずれは……まあ、なんだ。そんな感じだ」
「そんな感じなんですね……さっさと仲直りしてください。お二人が喧嘩すると、周囲に与える影響が大き過ぎます」
「う」
アルトにも自覚はあったらしく、絶句した。
しかし、事態はルカの予想より早く展開していた。アルトとシェリルの広げる波紋は、ルカも容赦なく巻き込んでいく。

後日。
美星学園、航宙科の必須課目・航宙法規の授業が終わって、アルトとルカは一息ついた。
教室にシェリル・ノームが現れた。彼女は、今までEXギアの実習で飛んでいたはずだ。シャワールームで汗を流してきたらしく、微かなボディソープの香りを漂わせている。
アルトは片方の眉をヒクリと動かしたが、何気ない風を装って話しかけた。
「どうだった、実習は……」
そんなアルトに、シェリルはあでやかな笑みを見せた。
一瞬にして、教室中の視線がシェリルに集まる。
次の瞬間、無言のままでアルトにつきつけたのは、古風な蝋封を施した封筒だった。
制服のスカートをひるがえして、シェリルは教室を出た。
「何だこりゃ?」
シェリルが出て行った教室の出入り口と封筒を交互に見ながらアルトが言った。
「さあ?」
ルカは封筒を観察した。羊皮紙風の紙は、地球時代ヨーロッパの貴族が使っていた書簡の体裁を模しているらしい。
「凝ってるなぁ、シェリルさん」
「感心している場合か」
アルトは憤然と封を開いた。やはり凝った飾りと罫線の入った便箋に記された文面は次のようなものだ。
『挑戦状……明日19時、バルキリー卵投げデスマッチで決着をつけましょう』
末尾に流れるような筆記体でSherylの署名が入っている。
「バルキリーで卵投げぇ? クラン大尉の入れ知恵かよ」
ルカも頷いた。
「そうでしょうね。巨大竜鳥の卵を使った卵投げゲームって、ゼントラーディのゲームだって聞いたことが……がんばってくださいねアルト先輩! それじゃ、僕はこの辺で…」
そそくさとその場を去ろうとしたルカに、アルトが声をかけた。
「続きがあるぞ……追伸、ルカ・アンジェローニ殿のバルキリーを拝借いたします。そちらは好きな機体を選んで下さい……だとさ」
「えぇっ!? そんなぁ~!!」
ルカの脳裏に、シェリルが初めて美星学園に来た時の騒動が蘇った。あの時、ルカのEXギアで暴れまわったシェリルの後始末でしばらくハンガーにこもりきりだったのだ。
「ルカの機体が一番、器用にカスタマイズされているのに目を付けたか……なかなか侮れないな、こりゃ」
アルトはもう一度、挑戦状に視線を戻した。他に読みとれる情報は無いだろうか。
呆然とするルカをよそに、聞き耳を立てていた他の生徒たちが盛り上がっていた。
「早乙女とシェリルが決闘だってよ」
「シェリルさん、男前だわ」
「痴話喧嘩も派手だね、ドーモ」
「スケールが大きい…」
「どっちが勝つ?」
「賭けるぅ?」
「ブックメーカー、誰かやってくれよ」
この噂は学園の隅々まで光の速度で広まった。

(主よ、変えられないものを受け入れる心の静けさと、変えられるものを変える勇気と、その両者を見分ける英知を私に与えて下さい)
ルカは、心の中で20世紀アメリカの神学者ラインホルド・ニーバーの言葉を唱えた。ニーバーはプロテスタントだが、カソリックのルカにとっても宗派の違いを超えて今の気分にぴったりな祈りの言葉だ。
どうもアルトとシェリルの喧嘩には、常に巻き込まれる位置に居るようだ。
避けられない運命ならば、向かい合って切り拓くのみ。
ある意味、悲壮な決意を以って、ルカは卵投げデスマッチのために手配りした。
美星学園の理事長と交渉してグラウンドの使用許可を取り、放送部にかけあって電光掲示板や実況放送の段取りをつける。
ルカ本人は勝負の審判役を務めるため、ルールの把握に努めた。
そんな様子を見て、アルトが声をかけた。
「何だ? やけに協力的だな」
ルカは諦念をにじませた笑みを浮かべる。
「僕は学習したんです。その気になったシェリルさんを半端に思い留まらせようとしたら、却って被害が大きくなるって。こうなったら、コトがスムーズに運ぶよう審判でも何でもしますよ」
「う……、す、スマン」
「できれば、次は回避して下さると嬉しいです、先輩」

卵投げゲーム当日。
19時になるとナイター用の照明にスイッチが入った。
美星学園校舎には正面に大きな階段がある。グラウンドで何かの競技がある時は、即席の観客席になる。
ランカ・リーと松浦ナナセは、並んで座って観戦モードだ。
「すっごい集まったね」
ランカは階段を埋め尽くした生徒たちを見渡して言った。
校舎の窓から、文字通り高みの見物と洒落こんでいる講師もいるようだ。
「お祭り好きはうちの伝統ですから……ランカさんは、どっちに賭けます?」
「うーん……バルキリーはアルト君の方が上だと思うけど、シェリルさんも本番に強いし。今日は意外性でシェリルさん! ナナちゃんは?」
ランカさんが、シェリルさんに賭けるなら私も……」
「ダメだよ。それじゃゲームにならないじゃない」
「そうですね」
ナナセはバトロイド形態で屈伸運動している緑色のRVF-25を眺めた。
シェリルが搭乗している機体は、イージスパックを外されているので、通常は背負っている巨大なレドームが無い。とても身軽に見えた。
一方で、アルトが乗るVF-25Fは白を基調に赤と黒の鋭いラインが走っている。
「じゃあ、付き合いの長さで早乙女君に賭けます」
「そうこなくっちゃ。負けたら、ケーキバイキング、オゴリだからね」
「ええ」

ルカはクランクランが用意してくれたエデン原産・巨大竜鳥の卵のぐるりにテープ状のセンサーを張り付けていた。割れたり、微妙なジャッジになった場合の判定用だ。
「おー、ルカ。御苦労さんだな」
台車をガラガラと押して来たのは、マイクローンサイズのクランだった。
クラン大尉も、あんまりシェリルさん焚きつけないで下さい」
「放っておくと、もっと暴走するぞ。この程度で良かったと思うんだな」
そう言っているクランは事態を楽しんでいるようだ。額には必勝の二文字が入った鉢巻を絞めている。
ルカは胸の中で溜息をつきながら、微笑んで見せた。
「ところで、その台車に乗っけているものは何ですか?」
台車の上にはジャッキのような形の機械が載っている。機械の上には、マンホールの蓋ぐらいの大きさの金属製円盤が乗っていた。わずかに青味を帯びたチタン製のプレートには、第1次星間大戦を終結に導いたゼントラーディ側指揮官ブリタイ・クリダニクの肖像が刻まれている。
「ああ、先攻後攻を決めるコイントス用のマシンだ」
「ええっ……そんなものまで持ち込むんですか? じゃあ、これ、ゼントラサイズのコイン?」
ルカの記憶に引っかかるものがあった。
「ひょっとして、第1次星間大戦終結記念メダルですか?」
ゼントラーディ側が地球人類との和解と文化を取り戻した記念として発行したメダルだった。
しかし、終結後、統合政府に対するゼントラーディの大規模な反乱が生じた。反乱制圧後、統合政府は全ゼントラーディのマイクローン化を定めたため、残っているのはごく少数の筈だ。マイクローンサイズで持ち歩くわけにはいかないサイズであり、重量だった。
「ああ、母から貰ったんだ」
「そんな貴重品、いいんですか? こんな夫婦喧嘩に使ったりして」
クランは胸を張った。
「戦いに尊卑は無い!」
「あー、そうですか」
今後はアルトとシェリルが揉めた時は、クランの動向にも気を配っておこうと、ルカは肝に銘じた。

(続く)

2009.06.19 


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