2ntブログ
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美星学園の昼休み。ランチタイムのラッシュが過ぎたカフェテリア。
航宙科パイロットコースで一番目立つ4人組が雑談を楽しんでいた。
「死にそう、と思った経験ですか」
ルカ・アンジェローニは少し考えた。
「子供の頃に、ゴダードのロケットを再現しようとして、地面で破裂しちゃった時、ですかね」
アンジェローニ家の広い庭で、化学燃料を使った原始的なロケットを作っていたのだそうだ。
ルカらしいな。他にも機械いじりしてて、感電したりしたんじゃないか?」
ミハエル・ブランは紙コップのコーヒーを手にして言った。
あてずっぽうのつもりだったが、ルカが苦笑して頷いた。
ミシェルは、あれだ。二股か三股かけて修羅場の刃傷沙汰で死にそうになるクチだろ?」
弁当箱をすすいで来た早乙女アルトが、つまらなそうに言った。昼食は、たいてい自作の弁当だ。
「まあ、そんなトコ。姫は無いのか、そういう経験。死ぬかって思ったようなの」
「ある」
「ほう。どんなのだい?」
ミシェルルカも、興味深そうに耳を傾けた。
「荒事……歌舞伎の立ち回りで、緊張感を出せって、親父に真剣を突きつけられた」
「うわー、噂に違わない厳しさですね」
ルカが首をすくめた。
「それから、出演者全員、本物の日本刀を持たされて立ち回りの練習。一歩間違ったら怪我するし、死人が出るかもしれないから、異様な緊張感になった。練習では本番の如く、本番では練習の如くあれ、っていう心構えの実践だとさ」
「へぇ、歌舞伎でもそんな事言うんだ」
ミシェルは感心した。スナイパーは特に精神集中が要求される孤独な任務だ。かつて教官に同じような事を教え込まれた。
「じゃあ、シェリルは?」
ミシェルが水を向けると、シェリル・ノームは胸をそらした。
「あるわよ。私ぐらいの有名人になると、宿命みたいなものよ」
「宿命ってことは、熱狂的なファンってとこか」
アルトの分析に、シェリルは目をパチクリとしばたたいた。
「珍しく鋭いわね、アルト
「珍しく、は余計だ」
話が脱線しそうな気配を悟って、ルカが軌道修正を試みる。
「それで、シェリルさんの経験ってどんなのなんですか?」
「よくある話よ。熱狂的なファンが、シェリル・ノームを独占したくって、他人の前で歌うな、コンサート会場に爆弾仕掛けたって。俺のためだけに歌えって、脅迫状に繰り返し書いてあったわ」
「うわぁ。それはキっついですね」
「まあ、変なファンレターならしょっちゅうだけどね。その時は、本当に爆弾仕掛けてたのよ。ステージの奈落に」
奈落というのは舞台下に作られた空間で、エレベーターが設置されて舞台下から登場するなどの演出に使われる。
「映画みたいだね。それで?」
ミシェルが先を促した。
「資源採掘惑星のドーム都市でのコンサートの時だったの。脅迫状が来てたから、警察がステージ周りを捜査したんだけど見つからなくって、実際には爆弾なんか仕掛けてないんじゃないかってことで、コンサートは開催されたわ」
「無茶しやがる」
アルトが突っ込むとシェリルは言い返した。少しムキになっているようだ。
「だって、その頃、似たような狂言事件が銀河のあちこちで、いくつもあったのよ。愉快犯の模倣犯じゃないかって、みんな思ってたわ。スタッフも、警察も」
「で、銀河の妖精はどうしたんだ?」
アルトも先が気になるらしい。
「聞きたい?」
シェリルが焦らすと、アルトは視線をそらした。
「好きにしろよ」
「あ、僕は聞きたいです、シェリルさん」
ルカがとりなす。
シェリルはアルトの反応が不本意そうだったが、ルカとミシェルに向かって続けた。
「まあ、いいわ。私は、イヤーな予感がしたのね。でも、警察もスタッフも大丈夫って言っているし、ファンに中止なんて言えなかった。だから、セットリストを急遽変更したの」
「その時点で犯人は?」
ミシェルが疑問を口にする。
「捕まってなかった。コンサートの観客として来てたわ。でね、私は今日のコンサートで自分が死ぬかもしれない。この歌が最後になるかもしれないって、自己暗示をかけてバラード中心のナンバーで固めたの」
シェリルはMCで切々と聴衆に語りかけた。
“この銀河では、いつ、どんなことがあるか判らない。私が明日にだって歌えなくなるかもしれない。だから、一期一会のつもりで、最高の歌を聞かせるわ。目と耳に私を刻み込んで。お願い”
次の曲はダイアモンドクレバス。
サビを歌っている最中に、犯人が号泣して爆弾を仕掛けた場所を自白した。
「どこに仕掛けてたと思う? 奈落のエレベーターのボルトを、全部爆発ボルトに取り替えてたのよね。それも、ツアーの計画が発表された1年前に。構造に組み込まれてたから、警察も気づかなかったってワケ」
犯人は、舞台装置の製作とメンテナンスを請け負う会社の技師だった。
「犯人は、シェリルさんの生の歌に感動したんですね。それで犯行を思いとどまった…」
ルカがまとめる。
「銀河の妖精としては、これぐらい朝飯前なんだけれど、奈落に仕掛けてあったって聞いた時は、さすがにビックリしたわね。あのダイアモンドクレバスを歌い終わったら奈落から舞台下へ消えていく演出になってたんだもの。一歩間違えば、死んでたわ」
「そんな状況で歌えるなんて、お前、心臓に毛が生えてるんじゃねえか?」
アルトが呆れて言った。

放課後、シェリルが仮住まいにしているホテルのスウィートルーム。
グレイス、調べて!」
学校から帰るなり、シェリルは、マネージャーのグレイス・オコナーに言った。
「何でしょう?」
敏腕マネージャーは、シェリルのスケジュールを義体の情報処理能力の大半を裂いて調整している最中だった。
「心臓に毛が生える病気ってあるのっ?」
「心臓? 毛細血管の病気ですか?」
「そうじゃなくて、毛が生えるって!」
「そんな症例あったかしら? 毛って本当に毛髪みたいなものですか?」
シェリルは言われて考えた。
「わかんない」
「病気じゃなくて、慣用句なら検索にヒットしましたけど」
「え?」
「心臓に毛が生えている……日本語に由来する言い回しですね。度胸があるとか、図々しいとか、そういう意味です」
「図々しいって……アイツ!」
シェリルは拳を握り締めた。
「まさか、本当に病気だと思っていたんですか? シェリル」
グレイスは口元をほころばせて言った。
グレイスまでからかわないでよ。もう、なんか仕返ししなくっちゃ」
憤然と、ウォークインクローゼットに向かうシェリル。


★あとがき★
ご無沙汰してしまいましたorz
今回の話の元ネタはシェリル公式ブログよりいただきました。
シェリルって過酷な幼年期から、グレイスに拾われ、学校に通わずに来たので、網羅的に英才教育を受けているのでしょうが、どこか日常的なコトでポカっと欠落があるように思います。
タイトルは『ドンパン節』からいただきました(笑)。

2009.09.16 


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