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愛機VF-25Fは傷ついた翼で懸命に風を捉え、揚力をかろうじて生み出していた。
コクピットのディスプレイにはアラートのサインが満ちていた。
いまや、完全に機能しているパーツを探す方が難しい。
アルトはキャノピー越しに肉眼で浅海に着水したアイランド1と、バトルフロンティア、マクロス・クォーターの姿を捉えた。
そしてシェリルのイヤリングを経由して伝わってくる、シェリルランカの存在感。
バジュラ女王の惑星を巡る戦いは終わった。
澄んだ大気の中をVF-25Fが駆け下りて行く。
ひときわ大きな警告メッセージがヘッドアップディスプレイに表示された。
飛行姿勢維持不能。
アルトはバイザーの破れたヘルメットを脱ぎ棄て、緊急脱出のレバーを引いた。
キャノピーが吹き飛び、EXギアごと射出される。
空中で反転し、落ち行くVF-25Fに向けて敬礼を捧げる。
(ありがとう、メサイヤ)
VF-25Fは、機体を守るエネルギー転換装甲用のパワーを使い尽くし、白く美しかった表面は無残に焼け焦げていた。プラズマの名残りを炎のように閃かせながら錐揉み回転しつつ青い海面に消える。
アルトはEXギアの翼を展張した。
すぐに風を捉えた。
惑星の風を全身で感じながら飛ぶ。
(これが空……シェリルランカが開いてくれた、本物の空)
シェリルランカは海岸にある小高い丘の上に立っていた。
ふと悪戯心を出して、急降下。風を巻き起こし、二人の上空を加速しつつ航過した。
振り返れば、二人が髪を押さえてこちらを見上げている。
反転して緩降下。
少し離れた所に着陸した。
過熱したバックパックを切り離して、シェリルランカの元へ駆け寄る。
アルト君!」
ボールみたいに弾むランカ
アルト!」
豊かなブロンドと衣裳のフリルをなびかせてやってくるシェリル
二人の手を取って輪になる。
「シェリル……ランカ……!」
今はその言葉しか出てこない。
達成感・安堵・歓喜そして哀悼……あふれ出そうになる感情が、言葉を失わせていた。
最初に口を開いたのは、ランカだった。
「あの……お兄ちゃん…ブレラお兄ちゃんの所に行くね。また、後で…」
ランカは小走りに駆けだした。

重装甲を誇るVF-27は傷つきながらもガウォーク形態で惑星表面に着陸し、ブレラを送り届けてくれた。
(傷だらけだな……これでよくもってくれた)
地表に降り立ったブレラは愛機の装甲を掌でいとおしむように撫でた。
この機体にそんな感慨を覚えたのは初めてのことだった。自分の変化に戸惑いながらも、感動を味わう。
鏡面処理された部分にブレラ自身の顔も映る。
「ふっ」
端正な顔は左半分が焼け爛れていた。
マクロス・クォーターが放った主砲の衝撃波に巻き込まれた時に、機内で発生した誘導電流で負った傷だった。
痛覚は遮断しているので、どうということはないが、その結果として外部からの強制コマンドを受信するレセプターが破壊されたのは、まさに怪我の功名と言えた。
「お兄ちゃん!」
振り返ればランカが駆けてくる。
ルビー色の瞳に涙をためている。
「どうした、ランカ……どこか怪我でも……」
「ううん」
ランカは兄の胸に飛び込んだ。手を伸ばしてブレラの髪をかきあげる。
「お兄ちゃんこそ、ひどい傷」
「ああ、なんという事はない。すぐに補修できる。痛覚も遮断した……それより、お前」
ブレラは指でランカの睫毛を濡らす滴を拭った。
「ううん。大丈夫。ちょっと心が痛いけど……でも、こうした方が良いと思うから」
ランカはブレラの胸に顔を埋めた。

微かな胸の痛みとともにランカの背中を見送っていると、シェリルが言った。
アルト、追いかけなさい! ランカちゃん……」
「その前に」
アルトは振りかえった。
「続き……聞くんだろう?」
シェリルは、はっとした。
出撃前、アルトが告げようとした言葉をキスで遮った、その言葉だ。
「俺は、お前と飛びたい」
言葉は短かったが、アルトにとって空がどんなに大切なものかを知っているシェリルには、万感の思いが伝わった。
「でも…」
想いを受け入れることに戸惑うシェリル。
アルトは、ふっと唇を笑みの形にした。
「ビビってんのかよ」
シェリルはキッとアルトを強い眼差しで見つめた。
「何よ、アルトの癖に……アルトの癖に、偉そうな事、言ってるんじゃないわよ」
最初は激しい語気も、次第に尻すぼみになった。
「ビビってないなら、返事しろよ」
アルトは自分の耳からイヤリングを外すと、シェリルの耳朶につけなおした。
「くっ……」
シェリルは反射的に何か言い返そうとして、唇を噛んだ。
アルトは外していたバックパックをもう一度背負うと、シェリルを横抱きにして飛び立つ。
「きゃぁ! 何するのよ!」
急激な加速度に悲鳴を上げるシェリル。
「体に判らせてやる!」
上昇気流に乗って高度を稼ぐ。たちまち、マクロス・クォーターのブリッジの高さを超え、バトルフロンティアのブリッジより高く飛ぶ。
「これが……シェリルとランカがくれた空……そして、あのガリア4から続く本物の空だ」
アルトの言葉にシェリルは胸がいっぱいになった。
アルトの誕生日プレゼントとして贈るはずだった空を、今、惑星を代えて二人で飛んでいる。
シェリルは体をEXギアの腕に預けて言った。
「判ってるの? その……私、アルトの思いを受け止められないかも知れないのよ」
V型感染症がどうなったのか、この時点では判らない部分が多い。シェリルの体調は嘘のように良くなっているが、それが今後も続くものかどうかは断言できない。余命も判らない。
「絆はいろんな形がある」
アルトは脳裏に父母の絆を思い浮かべていた。
EXギアは緩やかに高度を上げ、着水したアイランド1の天蓋の上に着陸した。
シェリルはアルトの手を借りて降り立った。
風に乱れる髪を押さえながらアルトを振り返る。
「いつから、一人で飛んではいけないって思った?」
アルトは蒼穹を仰いだ。
青空を透かして、宇宙空間に浮かぶバジュラの巨大な“巣”が見える。
「美星学園でランカのライブがあっただろ? あの時、飛んでて……何もかもが完璧にできた。ルカやミシェルとのチームワークで」
ミシェルの名前を口にするたびに、取り返しのつかない喪失感が胸を突く。
「ええ、素晴らしかった」
シェリルも頷く。
「その後、恋人ごっこしてた頃に…」
アルトはシェリルの言い回しを借りて言った。
シェリルは、くすぐったそうな表情になる。
「訓練や任務から帰投する時に、お前、桟橋公園で待っていただろ」
「迷惑だったんでしょ?」
「まぁな。照れくさかった……嬉しかった。飛んで、帰る場所があるのが」
シェリルはアルトに背中を向けた。
「あのアパート、時々アルトの方が、先に帰ってたことあったじゃない」
フロンティア行政府がシェリルのための住まいとして提供したアパートの鍵は、シェリルとアルトが一つずつ持っている。
「ああ」
「自分が帰る部屋に明かりが灯っていて、ドアを開けると部屋の空気が暖かいって素敵な事ね。オカエリって……最初聞いた時には変な言葉って思ったけど」
フロンティアの社会でも、“お帰りなさい”という挨拶は日系人しか使わない。
「でも……聞けないと寂しいわ」
アルトは背中からシェリルを抱きしめた。
「たとえ同じ場所にいなくても、お前は俺と一緒に飛んでたんだ……これからも、一緒に飛びたい」

バトルフロンティアの戦闘指揮所で通信オペレーターが声を上げた。
「司令! アンノウン(未知の相手)からの通信を受信。相手は……バジュラと名乗っています!」
指揮所全体がどよめいた。
「通信回線開け。セキュリティチェックを三系統で独立して走査せよ」
音声とデータによる通信が流れ込んでくる。意外なことに、新統合軍が運用しているフォールド通信プロトコルに完全に則したデータ形式だった。
“私たちは、伝えたいことがある。あなた達に”
穏やかな女性の声で始まるデータが戦況ディスプレイに表示される。
「深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ……グレイス・オコナーめ、自分たちがバジュラのプロトコルを解析しているつもりで、自分たちも解析されていたのだな」
フロンティア艦隊司令はニーチェの言葉を引用して状況を要約した。
バジュラからのデータ内容は多岐に渡っていた。
整数の数列と円周率のデータ。
基礎的な物理単位。
バジュラ女王の惑星の天文学的な諸元。
バジュラと人類の間で通信プロトコルの策定に関する提案。
バジュラ側からの大使の派遣。
人類側の窓口についての質問。
戦後処理……等々。
「我々も変わらねばならん」
仮にも、言葉が通じて人型のゼントラーディとさえ軋轢が消え去ったわけではない。
その上、人の形でもなく知性の種類さえも違うバジュラとの交渉をしなければならない。
艦隊司令は遥かに続く道のりを思った。
だが、その先に微かな希望の光が見える。
子供たちに伝えるべき未来がある。


★あとがき★
ケイ氏とseraph様のリクエストを組み合わせてみました。25話直後のお話です。
あんまり甘々という感じではありませんが、じんわりと未来への希望が伝わると良いな、と思って書きました。
いかがでしょうか?

2008.10.27 


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