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「増えたな」
アルトが呟くように言った。礼装ではないが、ダークスーツにネクタイを締めている。
「そうね」
シェリルも頷く。シックで落ち着いた色調のワンピースを着ていた。
アーリントン墓地には、緑の芝生の上に白い墓石が規則正しく並んでいた。
フロンティア船団のバジュラ遭遇以前に比べて、格段に数が増えている。
「どっち?」
花束を抱えたシェリルが小首をかしげた。
「こっちだ」
水桶を手にしたアルトが先に立って歩く。

美与の墓石は、他の物と同じ規格品だった。
白い表面に命日と名前が刻まれている。
墓碑銘は無い。
アルトが墓石の表面を桶に汲んだ水で洗い流し、シェリルが花を供えた。
アルトが線香を手向け、二人は合掌して頭を垂れる。
(母さん……俺にも大切な人ができたよ。今になって、少しずつ母さんと親父の絆が判って来たような気がする)
心の中で、美与の面影に語りかけるアルト。婚約の報告だ。
「ちゃんと報告したの?」
シェリルの質問に、アルトは合掌を解いた。
「ああ」
「何か、返事あった?」
「笑ってくれた……ような気がする」
「祝福して下さったのね」
「そう解釈しておこう」
次の場所へ移動する。
歩きながらシェリルが尋ねた。
「アルト、なぜ髪を伸ばしているの? 歌舞伎の人はかつらをかぶるから、髪を伸ばさない様にするって聞いたんだけど」
シェリルは手を伸ばしてアルトの流れる黒髪を指に絡めた。早乙女邸の離れに寝泊まりしていた頃に見た美与と幼いアルトの写真を思い出していた。
「ん?」
「ちっちゃい頃から伸ばしてたじゃない」
アルトは少し黙ってから、おもむろに口を開いた。
「母さんは、子供の頃から虚弱体質で、成人できないだろうって言われてたんだそうだ。それでも結婚して、俺を生んだんだが、俺も子供の頃は体が弱かったらしい」
「覚えていないぐらい、昔の事なのね」
「ああ。古い日本の風習で、男の子を女の子として育てると、丈夫に育つっていうのがあって、それを実践してたんだ。だから、髪も伸ばして、女の子の服を着せられて、アルトって、男女どっちにでも取れそうな名前にしたんだとさ。今でも伸ばしているのは…母さんの願いを忘れないためだ」
アルトが足を止めてシェリルを見た。
「お前は、何か語りかけたのか? その、母さんに」
「決まってるわ」
「何て?」
「アルトを生んで下さって、ありがとう」
「生んで……そうだな。俺も、お前の両親には感謝しきれないぐらいだ」
アルトが手を伸ばしてシェリルの手を握った。
「どうする? 親御さんの墓、作るか?」
思いがけない質問だったらしく、シェリルは考え込んだ。
「ん……考えてみるわ。今まで、そんなこと、全然頭の中に無かったから」
シェリルの両親の墓所は、新統合政府が接収したメインランドの艦内にある。
「ああ、そうすると良い」

ミハエル・ブランと彼の姉ジェシカ・ブランの墓は並んでいた。
クランクランが、そのように取り計らった。
「誰かがお参りしたのね」
ミシェルの墓碑の前に、小さな花束が手向けられていた。花弁は瑞々しく、今日になって置かれたのだろう。
「誰かな? クランならジェシカの方にも、お参りするだろうし」
アルトは、ミシェルとジェシカの墓の前に、それぞれ花束を置いた。
手を合わせると、シェリルも倣った。
(かっこつけの、おせっかい焼きめ。うーんと爺になってから、そっちに行くからな。それまでナンパでもしながら待ってろよ)
ミシェルが“万年二位のアルト姫”と言い返したような気がして、思わず苦笑した。
合掌を解いて、シェリルを見た。
「なんか言ってやったか?」
シェリルは微笑んだ。
「軽くて、おせっかいな男だったけど、決めるべき所では決めたから褒めてあげるわ」
「ふっ……そうか。そうだな。大切な人を守り切ったんだから」
アルトの脳裏に、芝居がかった仕草で頭を下げるミシェルが浮かんだ。
“お褒めの言葉、ありがとうございます、女王様”
きっとそんな風に応えただろう。
「次に行こうか」
アルトは、踵を返して次の場所に向かった。

「この人は誰なの?」
墓碑に刻まれた名前は、ヘンリー・ギリアム。
「ギリアム大尉は、俺に戦うことの何たるかを教えてくれたんだ」
花束を捧げてから、アルトは訥々(とつとつ)と語った。
シェリルが、フロンティアでファースト・ライブを催した日、アイランド1に侵入したバジュラから、ランカを守ろうとして凄惨な死を遂げたSMS隊員。
彼が遺したVF-25で、アルトは初めて戦いの空を飛んだ。
「そう……なの」
シェリルはしゃがみ込んで墓碑銘に触れた。
“家族と仲間と同胞の為に盾となる”
ジェフリー・ワイルダー艦長が記したエピタフだ。
「お前は直接知らないだろうが、シェリルと俺の縁を作ってくれた人でもあるんだ」
「どういうこと?」
「大尉の遺品の中に、お前のイヤリングが紛れ込んでた」
そう聞いてシェリルは目を見開いた。
「この人だったの…」
シェリルは立ち上がってアルトに寄り添った。
「何が良くて、何が悪いか、本当に判らないものね……」
ヘンリー・ギリアムの名前を記憶に刻み込むように見つめながら、シェリルはグレイス・オコナーの事を思い出した。
両親に手をかけたのは、グレイス・オコナーのスポンサー達だった。
シェリルをフェアリー作戦の手駒として養育していたのもグレイス。
でも、そのシェリルに審美眼を教えてくれたのもグレイスだった。今の自分のかなりの部分がグレイスからの影響を受けている。
「万事は、塞翁が馬。禍福はあざなえる縄のごとし……」
アルトの呟きに、シェリルがじっと見つめてきた。
「良い事と悪い事は交互に来るものだ、っていう意味だ」
「そうね、本当に。ね、ここにも誰かが花束を置いているわ。ミシェルのお墓に供えてあったのと、お花が同じ組み合わせよ」
「SMSの関係者か…」

最後に参ったのは、礼拝堂近くに聳えている慰霊碑だった。
新統合軍の紋章が刻み込まれたプレートには“惑星ガリア4遭難者慰霊の碑”と書いてある。
屏風のような形に折れ曲がった黒い石の壁には、第33海兵部隊の隊員や、軍属、シェリル・ノームのスタッフとして赴き、クーデターに巻き込まれた人々の名前も刻まれていた。
敵も、味方も、巻き込まれた者も、グレイスが起動した次元破壊爆弾で消滅した。
献花台に花束を捧げて、二人は合掌した。
アルトは、シェリル・ノームのスタッフ達の名前を上から順番に黙読する。
ドキュメンタリー『銀河の妖精、故郷のために銃をとる』を撮影していた頃に、アルトと顔馴染みになった者の名前も刻まれていた。
(この事件で銀河の妖精の羽がもがれたようなものだった)
シェリルを振り返ると、目頭にハンカチを当てていた。
アルトは黙って、その肩に手を回す。
「グレイスがね…」
シェリルが呟く。
「グレイスがね、みんな与えてくれたのよ……グレイスが全部奪っていった」
「そうだな」
アルトは、いつかルカが教えてくれた旧約聖書ヨブ記の一節を思い出した。
“主は与え、主は取られる。主の御名は誉むべきかな”

アーリントン墓地から出ようとして、最初に気づいたのはシェリルだった。
「アルト、あれ」
自分たちの前、墓地の門を出たところで車に乗り込んだのは、略礼装の軍服を身に着けたジェフリー・ワイルダー大佐だ。連れ添っているのは、ゆったりとしたドレス姿のモニカ・ラング。
「妊婦さん、よね」
シェリルの言葉にアルトは肯いた。
モニカの腹部が、それと判るぐらいに膨れていた。
「ミシェルや、ギリアム大尉の墓に参ってたのは、艦長だったんだ」
「どうして、今日なの?」
「忘れたのか? 今日はバジュラ戦役の終結記念日でもあるんだ」
「部下のお墓を全部お参りしたのかしら」
「多分、そうだ」
走り去る車に向かって敬礼を捧げるアルト。
「帰りましょ、私達の家へ」
敬礼をといたアルトの右腕にシェリルが腕を絡めた。
「帰ろう」
アルトは、一度墓地を振り返ってから足を踏み出した。
「今夜の晩飯、何が良い? 食べたい物、あるか?」
「そうね、シチューが食べたい気分」
「了解」
二人には帰る場所があり、日々は続いていく。
(またな)
アルトは遠い場所から見守ってくれる人々に心の中で手を振りながら、明日へと続く道を歩幅を合わせて歩いて行った。

2009.02.07 


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