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「もうっ、ヨーセーなんて呼ばないでよ!」
15歳のシェリル・ノームはドレッサーの前で、ヘアメイクアーティストに噛み付いていた。
困り顔で宥めにかかるヘアメイクに目配せすると、グレイス・オコナーはしゃがんでシェリルに目線の高さを合わせた。
「流行ってるみたいね……」
グレイスの言葉は、マクロス・ギャラクシー船団の芸能界にデビューしたシェリルが出演したラジオ番組のことを指している。

デビュー当初、シェリルのキャッチコピーは『奇跡のナチュラルボイス』だった。全身天然のままの肉体と資質をフィーチャーしていたためだ。
ところが、ベテランDJペリス・クプラーをパーソナリティに据えたラジオのバラエティ番組に出演した時に、ペリスからからかい気味に妖精と呼びかけられた。
ラジオは、この時代マイナーなメディアだったが、他の作業をしながら聴取できるため、芸能界の周辺で働くプロフェッショナル達にリスナーが多い。

「昨日の企画会議で、シェリルのキャッチコピーを銀河の妖精に変えようかって、提案が出たのよ」
グレイス!」
シェリルは目尻を吊り上げた。
「どうして? 妖精って素敵なイメージじゃない?」
「子供っぽくてイヤ。こんなのでしょ?」
シェリルが携帯端末で呼び出したのは、透明な羽を持つ少女、ピーターパンに登場するティンカーベルだった。
「妖精って意味が広いから、いろいろ在るわよ。怖いのも、美しいのも」
グレイスはインプラント端末を経由して古典のデータベースにアクセスした。立体映像で、シェリルの目の前にいくつものイメージを表示させた。
いたずらっぽい少年の姿をしたパックと、威厳のある妖精女王ティタニア、シェイクスピアの『真夏の夜の夢』から。
水辺に現れる馬のような姿のケルピーはイギリスの昔話から。
ギリシャ神話のナイデス、ネレイドー、ロシアのルサールカ、水の精霊たちは美しく若い女性のイメージだ。
「うーん…」
シェリルは投影された画像を指先でスクロールさせたり、拡大表示して詳細情報を眺める。
「ピンと来ない?」
「うん」
「銀河の妖精……スケールが大きいし、ギャラクシー船団出身ってすぐに分かってもらえるわ。妖精には、変幻自在なイメージもあるから融通も利く。悪くないと思うんだけど」
グレイスの言葉は、いつも正しい。シェリルは理解していた。
シェリルの養育者であり、今は敏腕マネージャーとして働いているグレイス。彼女の言葉には、常に膨大なデータの裏打ちがあるし、彼女の提案は最適解だ。
(でも…)
正しい事が、いつも受け入れられるとは限らない。
シェリルは幼いなりに、グレイスに欠けている部分を感じ取っていた。
グレイスの思考には、飛躍が無い。
正しい発声、美しい和音だけでは、人は飽きてしまう。均質化された量産品ばかりになる。
音楽は、それでは駄目だ。
どこかに不協和音やズレが無くてはならない。
シェリルは、とりあえずの妥協案を口にした。
「ちょっと考えさせて、グレイス」
「はい、シェリル」
グレイスは、打ち合わせのため楽屋を出て会議室へ向かった。
会議室とは言っても、全員が集まる部屋ではない。インプラントによる情報サイボーグ技術が普及したギャラクシー船団では、盗聴対策が施され高強度秘匿回線が利用できる小部屋を示す。

ヘアメイクを済ませたシェリルは、グレイスが残していった画像アーカイヴのインデックスページを漫然と眺めていた。
空中に表示されたサムネイル画像を、指で弾き飛ばして遊んでいる。
仮想のデスクトップの上を、サムネイルが飛んでいく。
その様子が面白くて、無心に遊んでいた。
サムネイルは静止画がほとんどだったが、中には動画も混じっていた。
シェリルの念入りに整えられたネイルの先にひっかかったのは、動画だった。
拡大表示させる。
舞台の上で、藤の花を担いだキモノの娘が踊っている。黒くて光沢のある大きな帽子(笠と言うらしい)の下からのぞく美貌は、シェリルにとって馴染みの無い化粧を施してあった。
「えーと、フロンティア船団?」
動画の付属情報から撮影地が他の移民船団であることを知る。
長い袖を翻し、滑るように舞台の上で舞う娘の姿に、息を止めて見入る。
5分ほどの短い動画だったが、何度も繰り返し再生する。
「あら、面白いもの見てるのね」
グレイスが戻ってきた。
「これ、何?」
グレイスはインプラントを利用して動画に組み込まれたリンクを辿り、シェリルより多くの情報を得る。
「藤娘…日本舞踊だわ」
「これも妖精?」
「ええ。藤、Westeria floribundaの妖精が舞っているの。…まあ」
グレイスは目を丸くした。何でも知っている敏腕マネージャーにしては珍しい事だ。
「これ、男の子だわ。シェリルと同い年の」
「ふぇっ?」
シェリルは驚きのあまり、変な声をたててしまった。
「こんな綺麗なのに?」
動画をさらに拡大表示させて、大画面で舞を観る。
「ええ。早乙女アルト……歌舞伎の伝統を継承する家の出身なのね」
「カブキって、なあに?」
「伝統芸能のひとつで…今から400年前頃に様式が確立した演劇や舞踊のことよ」
「400年? すっごーい」
グレイスは関連する動画を検索し、シェリルの前に表示させた。
楽屋で藤娘の拵えを解くアルトの姿が表示される。被り物を取り、化粧を落とすと、美しく整った少年の素顔が現れる。
「どうやったら、男の子が女の子になれるの?」
シェリルの素朴すぎる質問に、グレイスは返答に困った。
「衣装とお化粧、動き方のトレーニングを積んだのでしょうね。伝統技術だし、フロンティア船団はインプラントは違法だから外部記憶でレッスンしてないはずよ」
グレイスの返答は、シェリルが欲しかった答えとは違ったようだ。いまひとつ腑に落ちない表情のまま、シェリルは動画を見つめ続けた。
「これも妖精なのね。こういう妖精なら悪くないわ」
銀河の妖精、そのキャッチフレーズがシェリルによって正式採用された瞬間だ。

2010.03.11 


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