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「さあ、アルト、たーくさん用意しておいたわ」
「こ、これは……」
シェリルが示した撮影用の衣裳、その種類の多さにアルトは絶句した。楽屋のなかには、10や20ではきかなさそうな数の衣裳類が所狭しと並べられている。
「今度のアルバム・ジャケットは、日本の伝統文化をフィーチャーするの。そこで、アルトの出番ってわけ」
「それにしたって、この量はなんだよ」
抗議する口調で言ってはみたものの、心のどこかで浮き立つような気分を味わっていた。
役者の家系で育った身としては、きらびやかな衣装を見ると血が騒ぐ。
「今日はカメラテスト用ね。いくつかアルトに着てもらって、会議にかけるの。まずは、それからお願いしようかしら?」
シェリルが指定したのは十二単だった。
背後に控えていた着付けのスタッフやメイクアップアーティストがよってたかってアルトを平安時代の姫君に仕立て上げた。

「その衣装はさっきよりシンプルだけど、神秘的な感じがするわ」
次の衣裳に着替えてホリゾントの前に立つアルトに、シェリルが声をかけた。
「これ、巫女の装束じゃないか……なんで女物ばっかりなんだよ」
「あら、そうだったの? アルトに似合いそうなのを片っ端からピックアップしただけなのよ」

「それは男の人の衣裳でしょ?」
次の衣裳に着替えて出てきたアルトは、シェリルの言葉を聞いてがっくりした。
「いや、白拍子だから女の装束だ。狙ってやってるんじゃないだろうな?」
「えーっ、だってカタナをつけてるじゃない」
「確かに太刀を佩(は)いているけどな、女が男装して舞うのが白拍子なんだよ」
「ややこしいのね」

「どうしてチャイナドレスが混じってるんだよ?」
赤い絹の生地に鳳凰の刺繍が入ったチャイナドレスをまとったアルトがスタジオに登場した。
撮影スタッフの間からどよめきが漏れる。
きわどいところまで切れ込んだスリットから、すらりとした脚線美をのぞかせる。
胸や尻はパッドとコルセットで補正しているため、見事な曲線を描いていた。
「素敵、予想以上だわ」
シェリルも目を輝かせた。
「お前な、俺を着せ替え人形にして遊んでいるだろ?」
「そうよ。でも、アルトにとってはお仕事なんだから気を抜かないの」
あっさり肯定されて、アルトは拍子抜けした。

「これで最後にしましょう」
振袖姿のアルトを撮影して、シェリルが宣言した。
「ふぅ、着せ替え人形も楽じゃないな」
アルトがボヤいた時、ハプニングが起こった。
「誰か、そいつを捕まえて!」
女性スタッフの叫び声。
控え室の方から、何かを抱えた男がこちらへ走ってくる。
アルトの脇を通り抜けようとした瞬間、アルトは袖を握って男の顔の辺りに袂を叩きつけた。
ガツンという硬質な音がして男の足が止まる。
そこへ男性スタッフやら警備員が飛びかかって取り押さえた。
後に判ったことだが、男はシェリルの熱狂的なファンで、控え室からシェリルの私物を盗み出そうとしていた。
「アルト大丈夫?!」
顔色を変えてシェリルが駆け付ける。
「大丈夫、問題ない。それにしてもアイツ、運がなかったな。振袖姿の俺の前にくるなんて」
「どういうこと?」
アルトは袂をシェリルの手に持たせた。袂の一番下の部分に何か固い物が入ってる。
「なにこれ?」
「袂落としって言って、袖の形を整える重し。とっさの時は今みたいに護身具として使える」
「アルトは意外性のカタマリね」
軽口を叩いてはいるが、シェリルはホッとした様子だった。
「時間外労働の手当が欲しいぜ、まったく。
撮影に来て荒事がついてくるとは思わなかった」
「そうね…ご褒美あってもいいかも。アルトは何が欲しい?」
「そうだな」
何が欲しいと言われると、アルトは困った。思いつかない。
「一日だけ、私が奴隷になってあげましょうか?」
シェリルが、あの悪戯っぽい微笑みとともに囁いた。

ホテルのスウィート。
「ねえ、ちょっとグレイス聞いてよ!」
シェリルの口調からグレイスは次に続く話題が予測できた。
「パイロット君のことかしら?」
二人分のハーブティーを淹れるとティーカップに注いで、ひとつはシェリルに、ひとつは自分用にとテーブルの上に置いた。
「あのカボチャ頭ったら、私の誘いを断ったのよ。ほっといてくれ、だって。信じらんない。この、シェリル・ノームの誘いを、よ」
「カボチャ……あんなにハンサムなのに、カボチャはないんじゃないかしら?」
「カボチャで十分よ」
シェリルは自分の携帯端末を取り出すと、アルトのグラフィカル・シンボルを似顔絵からカボチャに変更している。
「でも、そういう所、気に入っているんでしょう? シェリル」
「それはそうだけど……にしたって限度があるわ。鈍すぎよ」
ハーブティーを飲みながら、グレイスの頭脳は素早く計算を続けていた。
芸能界で異性関係が破滅的なスキャンダルに発展した例は、有史以来数限りない。
アルトとの関係も、少しひやひやしながら見守っているのが正直なところだ。
しかし…
(故郷に戻れない歌姫と、彼女の為に戦場を駆けるパイロット……絵になる構図だわ)
ルックスも素晴らしいし、経歴も華やか。シェリルの相手として不足はない。
今のところは、シェリルとの関係に付け込んでシェリルの行動に介入してこようとはしていない。
この関係を、どんな形でメディアに公開したら、シェリル・ノームにとってプラスになるか。
笑顔の下で冷徹な計算を働かせるグレイス
「あー、何かまた悪だくみしてるでしょ?」
シェリルの指摘を、笑顔で受け流す。
「次のオフはどうします?」
「そうね……」
返事をしようとしたところで、シェリルの端末に着信のサインが出た。
カボチャのアイコンが明滅している。
シェリルは携帯端末を取り上げた。
「もしもし…」
アルトの声が聞こえてくる。なんとなく気分が沈んでいるようだ。
「ハイ、何の用?」
「ええと、だな……新統合軍からの依頼なんだが。その、シェリルに軍のためのキャンペーンソングを作ってもらえないかっていう話があって」
いつものアルトらしからぬ歯切れの悪さ。いかにも気が進まない、という口調だ。
「ああ、その話。私のところに直接オファーが来たけど、断ったの。戦争みたいな状態だから、協力は惜しまないけど、政治とかからは距離を置きたいから。なんでアルトから、そんな話が出てくるの?」
「いろいろ、しがらみってヤツさ。いいんだ。お前に一応、話すだけは話してみるってことで、説得は俺の仕事じゃない。お前のスタイルに合わないなら、断るってことだな。じゃ」
そこで通話が切れた。
シェリルはカボチャのアイコンが消えていく様子を見つめていたが、顔を上げてグレイスを見た。
心得顔のグレイスはインプラントされたインターフェイスを使って、フロンティア内部のネットワークにアクセス。高速で検索を終了した。
「早乙女アルトと新統合軍で検索したら、ヒットしました。アルト君、軍用機の無許可・無免許使用で軍に告訴されかかっているわね」
「なにそれ?」
「フロンティアでのファースト・ライブ直後の事件だわ。バジュラが船内に侵入したことがあったでしょう? その時に戦闘機に乗って派手に活躍したみたい。バジュラに襲われたという状況から見て、止むを得ない緊急避難だと思うのだけど……法的措置に乗り出すようよ。シェリルの歌と引き換えに、一種の司法取引みたいなものかしらね?」
「馬鹿、意地っ張り」
シェリルは唇を引き結んだ。なぜ、その事情を先に言わない。
答は判っている。
(私に無理強いしないため)
シェリルは立ち上がり、部屋の中をイライラと歩き回った。
ふいに立ち止まると、にっこり笑ってグレイスを振り返った。
「ねえ、グレイス。軍は私を利用したいみたいだけど、私も軍を利用させてもらってもいいわよね?」
「悪だくみを思いつきましたね?」
グレイスのメガネがキラリと光った。

SMSマクロス・クォーターの居住区画。
「そーゆーわけで、シェリルの答えはNoだ、キャサリン・グラス中尉殿」
「しかたありません、早乙女アルト准尉。軍は法的措置を講じます。後悔しても遅いのよ?」
アルトは携帯端末をポケットに突っ込んだ。
「軍もなりふりかまってないな。俺みたいなガキを脅すなんて」
キャシーは深いため息をついた。
「どうしてSMSの連中は……ま、いいわ。終わったことです」
アルトにも心積もりがあった。
今は戦時下。人口の限られた都市宇宙船では人手は貴重だ。何らかの刑事罰が下るにしても、執行を猶予されるか、状況が落ち着いてからのことだろう。
その時、アルトの端末が振動した。
手に取ると、相手はシェリルだった。
「はい……え、いいのかよ? 無理しなくって……えっ……あ、ああ。交渉してみる」
アルトは通話を切ると、なんとも釈然としない面持ちでキャシーに報告した。
「シェリルはキャンペーンソングを引き受けるとのことです」
「まあ、どういう風の吹き回しかしら? でも、ありがとうアルト准尉」
「別に俺が説得したわけじゃ……ついてはシェリルの方からの依頼があります」
依頼を耳にしたキャシーは難色を示したが、結局、新統合軍はシェリルの要求を呑むことになった。

複座型VF-171のコクピット。
タンデム配列の前席にはシェリルが、後席にアルトが乗り込んでいる。
二人ともきちんとパイロットスーツを身に着けた姿だった。
VF-171は巨大な機械腕によって飛行甲板へと搬出されつつある。
「軍にここまでさせるなんて、どんな手を使ったんだよ?」
アルトは機内だけで通じる回線で話しかけた。
「銀河の妖精は魔法が使えるのよ」
澄まして答えたシェリル。しかし表情は好奇心できらめいていた。初めて見る母艦の内部やキャノピーを隔てて見る宇宙空間に目を見張る。
シェリルは軍のキャンペーンソングを制作する代わりに、取材としてバルキリーへの搭乗を願い出た。
新統合軍は訓練用の機体を貸し出してくれた。
シェリルの表情が素材になるかも知れないということで、コクピット内部を写すカメラも設置されている。
パイロットはアルトを指名していた。
「答えになってないって。でもな……ありがとう。正直、軍の依頼を受けてくれて助かった」
「ふふっ」
素直なアルトの感謝が耳に心地よい。
「こちら管制、シルフィード1、発進位置に着いた」
管制がコールサインでアルトを呼び出した。
「こちらシルフィード1、発進位置を確認した」
「シルフィード1、発進許可が出た……銀河の妖精とデートとは羨ましいねぇ。帰ってきたら袋叩きに遭うぞ」
「管制、忠告感謝する。発進」
スロットルを押し込むと反応炉が出力を上げた。
機械腕が機体を解放する。
リニア・カタパルトの与える加速が体をシートに押し付けた。
蹴りだされるようにVF-171は虚空に躍り出る。
現在、フロンティア船団が停泊しているのは、ガスジャイアント型惑星の近傍宙域だった。ここで補給物資を収集している。
「さあ、訓練風景を見ていこうか」
新統合軍が射爆訓練を実施している宙域へと向かう。
途中でシェリルが声を上げた。
「あ、光った。あそこで訓練しているの?」
惑星から宇宙空間に向けて光が閃いた。
「あれは違う。自然現象……フラックス・チューブ(大電流束)だ。ガスジャイアントの周りには強力な磁界があって、その中を衛星が通る度に宇宙サイズの電撃が出る。遠いから細く見えるが、地球がまる焦げになるぐらいのサイズはあるぞ」
「すごーい。大きな電子レンジみたいなものね」
「そう……とも言えるな」
「でも、音が聞こえないと迫力ないわ」
「聞こえるぜ」
「ほんと?」
アルトは通信機のノイズ・キャンセリング機能を止めた。
ガガガガガ…ガガガガガガガガガガ…ッ!!!
巨大な何かを引っかくような音がスピーカーから飛び出した。フラックス・チューブに伴って発生する電波が、音に変換されたのだ。すぐに人間の耳に害のないレベルまで音量が下がる。
「どうだった、天上の音楽は?」
アルトの質問にシェリルは頭を振った。
「あまりに刺激的」
木星タイプ・ガスジャイアント型惑星の周囲には、環が5つ、衛星が10個ほど確認されていた。
複雑な空間構成で見所が多い。
ところどころで少し寄り道してゆきながら訓練宙域に到達する。
「こんな世界を、いつも見ているのね」
シェリルの声が寂しそうに聞こえたのは気のせいだろうか?

「そろそろ見えてくるはずだ…」
キャノピーにいくつかの記号が表示された。友軍機のシンボルだ。
「こちらシルフィード1、グリフィン・リーダー応答願います」
すぐに返事がきた。
「こちらグリフィン・リーダー、シルフィード1歓迎する。特等席へご招待だ」
座標を指定してくるので、誘導に従って飛ぶ。
今日の訓練は母艦のような巨大な目標への攻撃訓練だった。
電子的に作り出された実物大ダミーめがけて、小隊単位での攻撃をしかけている。
砲火をかいくぐり、やはりダミーの対艦ミサイルが射出され、命中とともに巨大な火球が生まれる。
「グリフィン4、貴様は撃墜された。離脱せよ」
グリフィン・リーダーの判定に、翼を翻すグリフィン4。
新統合軍は高性能の無人戦闘機に頼りすぎていた。
強力なジャミング能力を持つバジュラに対抗するため、人間のパイロットが再び重視されてきてはいるが、練度不足は否めない。
「ね、アルト、参加してみたくならない?」
シェリルが声をかけてきた。
「ちょっと待て、子供の遊びじゃないんだぞ。事前の計画に沿ってやらないと…」
アルトが嗜めるのも聞かず、シェリルはグリフィン・リーダーに呼びかけた。
「こちらシェリル・ノーム。グリフィン・リーダー聞こえますか?」
「感度良好。まさか軍用の回線でシェリルさんの声が聴けるとは思ってませんでしたよ」
「飛び入り参加させてもらってもいいかしら?」
しばらくの沈黙があって、グリフィン・リーダーが返答した。
「いいでしょう。その代わり、怪我をしても知りませんぞ」
「ありがとう、グリフィン・リーダー」
キャノピーに表示されたグリフィン・リーダーの映像に向かって投げキスを飛ばすと、シェリルはアルトをけしかけた。
「許可が出たわよ」
「お前なぁ……舌を噛まないように歯を食いしばってろ」
使い慣れない新統合軍のVF-171だ。頭の中でスペックの違いをチェックしながら、攻撃位置に遷移した。
機載コンピュータに訓練の設定、使用するダミー武装のデータが入力される。
「行け、シルフィード1」
グリフィン・リーダーの合図とともに、標的艦へと加速する。
個艦防御システムの砲火をひらりひらりと回避し、バトロイドに変形して砲塔を潰し、再びファイター形態にシフトして、実体の無いダミー弾を射出する。
「おお……」
通信回線にグリフィン小隊一同の声が響いた。判定は敵艦の撃沈。
アルトにしてみれば、バジュラの母艦と相対した時のことを思えば、たいしたことはない。
「さすがだ、シルフィード1」
グリフィン・リーダーの賞賛とともに、小隊各機がバンク(小さく翼を振る)して同意を示した。
「飛び入り許可、感謝する……大丈夫か?」
礼を述べると、前席のシェリルに声をかけた。
「め…目が回ったけど……だ…だいじょぶ……でも、疲れたわ」
「OK、帰投しよう」
アルトは機首をアイランド1へと向けた。

(続く)

2008.05.19 


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