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(承前)

演習についてのブリーフィングを終えて、駐機スペースへと向かうイサムの背中に、メロディが呼びかけた。
イサムさん、これで良いのですか?」
メロディは、あまりにも不公平ではないかと気にしていた。
VF-31の2機編隊は、6機の無人機AIF-10Aが随伴する。機体の基本性能もさることながら、火力の差は歴然としていた。
「ハンデをくれって言いたいのかい?」
イサムは茶目っ気たっぷりにウィンクした。
メロディはイサムの自信たっぷりな様子に一瞬言葉に詰まった後、言い返した。
「そうではなくて……その、こちらが編隊(2機)なら、そちらは小隊(4機)で戦力が互角になるのではありませんか?」
イサムは唇に貼りついた笑いを消さない。
「メロディちゃんが言っただろ? 勝敗は意志の問題だって。そっちの意志が二人なら、こっちも二人にするのが筋ってもンだ」
イサムには意表を衝かれっぱなしだ。メロディは苦笑してしまう。
「ですが…」
「やってみようぜ。こんなDACTも面白い。そうだ、俺達が勝ったら、後でデートに付き合えよ」
「え?」
イサムは足を止めて、クルリと振り返った。
「ゲームには、ご褒美がつきものだろ。メロディちゃんは、何を賭ける?」
メロディは目を伏せた。
「そんな……私なんか連れまわしても面白くありません」
「そう言わずに、楽しくやろうぜ」
「それでしたら…私達が勝ったなら、部下達にディナーを奢っていただけますか?」
再びイサムを見上げた琥珀色の瞳には、力が宿っていた。
「うひょ、それは懐にキビシーな。判った」
イサムは笑うと、サムアップして見せた。

イサム達が搭乗するVF-19FBは軍の払い下げではなく、メーカーの新星インダストリーから納品されたファイヤバーズ専用にカスタマイズ済みの機体だった。
エンジンは新型に換装され、VFC(渦流制御器)も最新の技術を反映して改良型に置き換えられた。結果、大気圏内での機動能力はオリジナルより向上し、新統合軍のルーキー達にとって手強いアグレッサーであり続けた。
“ファイヤーバード1、どういう手で行きます?”
イサムの僚機ファイヤーバード2に乗るのは、イサムの現役時代からの付き合いがあるベテランパイロットだ。
「そだな……まあ、向こうのほうが機が多いから包囲してくるだろう。包囲させて、微塵隠れの術でも使うか」
コクピットに収まったイサムは機体をチェックする手を休めずに、答えた。
“久しぶりに使うトリックですね”
「派手に行こうゼ」

VF-31は短い滑走距離で舞い上がり、桁違いのパワーを見せ付けた。
3機のAIF-10Aがカッチリとした編隊を組んで続いた。
“アストライアー1、良いんでしょうか? 戦力差がありすぎですが”
僚機からの通信にメロディは微笑んだ。
「ダイソン中佐は、自信満々のご様子よ。容赦なく落としてさしあげましょう。今夜のディナーは中佐の奢りです。惑星エデンには美味しいものがいっぱいあるそうだし」
“了解”
VF-31の編隊は、演習空域へと進入した。
「エイドロン、ハウンド!」
メロディのコマンドを受けて、AIF-10Aは散開。索敵モードに入った。
AIF-10Aが画期的なのは、簡単なコマンドセットによりパイロットの意図を察し、自律行動でサポートする機能だ。
程なく、AIF-10Aが2機のVF-19FBを捕捉。空戦機動に入った。
「エイドロン、ケージ!」
メロディは無人機にイサム機を包囲させようとして、感嘆した。
惑星エデンの大気圏を知り尽くしたイサムは、加減速に風の動きを組み合わせて、AIF-10Aに照準を絞らせない。
無人機の加速性能や旋回半径は、脆弱な人間を乗せていない分、遥かに優れているはずなのに、2機のVF-19FBは連携を崩さない。
「…さすがね」
AIF-10Aから通信が入る。
“キャプチャー”
6機のAIF-10Aは、イサムたちを頂点とする多角錐の頂点に遷移し、ようやく包囲網を完成させた。搭載した重量子ビーム砲が押し包むようにVF-19FBに襲いかかる。
ビームの軌跡は前方を塞ぐように伸びているので、これを回避しようとすると減速を強いられる。そこに後方から迫ってきたVF-31の攻撃が襲いかかる。
メロディ達はビームを檻の格子に見立て、このフォーメーションをケージと呼んでいた。
VF-31はガンポッドの照準をイサム機に合わせトリガーを押し込もうとした瞬間、VF-19FBのウェポンベイ(ミサイル格納庫)が開いたのを視た。
飛び出したミサイルはモーターに点火せず、空気の流れでVF-19BFの後方に押しやられた。
「何っ?」
ミサイルが自爆。
もちろん、演習用の模擬ミサイルなので破片が散乱することはない。しかし、一瞬、センサー類がホワイトアウトした。イサム機を見失う。

「はっはー、これが微塵隠れの術ってヤツさ」
イサムは機をバトロイドモードにシフトさせる。戸惑っているAIF-10Aに狙いを定めて、ガンポッドで射撃。瞬く間に4機に撃墜判定を与えた。
微塵隠れの術は、イサムが忍者映画を見ていて思いついた戦術だ。安全距離ギリギリでミサイルに自爆させ、爆発に紛れて敵の死角に入る。

「下っ」
メロディはイサム機を発見。
パワーダイブで追随する。
僚機のアストライアー2も、残ったAIF-10Aを率いてイサム機を追う。
イサムのVF-19FBはすばやくファイターモードに変形して、低空へと逃れる。
グランドキャニオンと呼ばれる、壮大な侵食渓谷地形にもぐりこんだ。
“エイドロン、キル!”
アストライアー2は2機のAIF-10Aに積極的な攻撃を命じる。
複雑に入り組んだ渓谷では、VF-31の機体サイズが仇となる。
AIF-10Aのサイズは全長でVF-19の半分ほど。こういう状況では強みを発揮する。
「逃がしません!」
メロディがイサムの予測軌道を戦術AIに調べさせながら、ファイヤーバード2の位置を索敵しようとした瞬間。
“わぁ!”
アストライアー2に撃墜判定。
後ろ上方からファイヤーバード2による鮮やかな一撃離脱の攻撃だった。
「なんてこと!」
イサムは自らを囮としたのだ。
メロディは残る2機のAIF-10Aのコントロールを引き継ぎ、VF-19FB相手に戦いを継続した。

「やるねぇ」
アストライアー2を撃墜されてから、メロディはイサム機の後を追ってグランドキャニオンの渓谷に逃れた。
絶対有利な位置にいたファイヤーバード2が撃墜しようと突撃したところ、人間では不可能な旋回半径で回り込んだAIF-10Aによって撃墜された。
イサムが自らを囮としたように、メロディも自分を囮としたのだ。
モデルのようなルックスながら、闘志も、度胸も十分のようだ。機転も利く。
「天使とダンスタイムだ」
1対1の戦いは、演習がタイムアップとなるまで続いた。

ニューエドワーズ基地テストフライトセンターに戻ってきたVF-31とVF-19FBを関係者が拍手で迎えた。
機体から降り立ったイサムがメロディに話しかける。
「勝負は引き分け、かな?」
メロディは額の汗を手の甲で拭って笑った。
「いいえ。最新鋭の機体を揃えて戦果がこれでは……私達の完敗です」
敬礼してから、メロディは続けた。
「どこへなりとお供します」
「へぇっ、どーこでも良いんだな? 本当に?」
イサムがいたずらっぽい口調で念押しすると、琥珀色の瞳がほんの少し揺らいだが、きっぱりと言い切った。
「女に二言はありません」
「よろしい。フォーマルじゃなくていいけど、お洒落して来るんだぞ」

イサムがメロディを案内したのは、郊外にあるダイニングバー『百花庭園』だ。
名前の通り、エデン原産、地球産を問わず、様々な花が咲き乱れる庭園と、眺めを楽しめる席が自慢だ。
店内にはステージがありショウも楽しめる。
ラフなスーツ姿のイサムが、小紋を着たメロディをエスコートして店に入ると、一瞬注目を集めた。
「目立ってるね」
予約席に座るとイサムが言った。
「和服が珍しいのでしょう」
メロディの装いは、縹(はなだ)の地に青海波と千鳥を白く抜いた小紋に藍鉄の帯を合わせている。
高く結い上げた黒髪とうなじの白さが新鮮に見えた。
「素敵なお店ですね」
今の季節はウッドデッキの上にしつらえられた葡萄棚から、葡萄の房がぶら下がっている。
「ありがと。ツレの店なんだ」
イサムは慣れた様子で、メニューを見ていた。メロディの希望を尋ねてから、コース料理を注文する。
オーダーを受けたウェイターもイサムとは顔見知りのようだ。
地球型惑星エデンは比較的初期に植民された惑星で、食材も豊富にそろっている。
バラエティに富んだメニューに舌鼓を打っていると、ステージにスポットライトが灯った。
光の中に登場したのは、黒のイブニングドレスにシルクの長手袋を付けた女性だった。イサムと同年代の中国系で、ほっそりとしたスタイルだった。
古めかしい形のマイクをセットしたスタンドに手をかけて、しっとりとしたウィスパーボイスで歌う。

 私達は互いの翼になるために生まれた
 どこまでも高く遠く
 Fly high

歌が終わると、メロディは拍手を送った。
両親が歌舞伎役者と歌手の家に生まれ育ったメロディが聞いても、今の歌は素晴らしかった。
「拍手、ありがとう……楽しい時間をお過ごしください。次の曲は、皆さんのお気に入り。Earth, Wind & Fire のナンバーから September」
ファンクミュージックのスタンダードが軽快なリズムに乗って流れ出す。
その後、2曲ほど歌うと歌手はステージを降りて、イサムのテーブルに来た。
「また、若い女の子を連れてきて。ちょっとは年のことを考えなさいよ」
白いシルクの長手袋をつけた手がイサムの肩に置かれた。
イサムは、その手を軽く叩いた。
「ご挨拶だな。売上に協力してやってるンだぜ。紹介しよう、こちら、メロディ・ノーム中尉。惑星フロンティアから遥々来たんだ」
「軍人さんなのね…初めまして、メロディさん。ミュン・ファン・ローンよ。私のお店にようこそ。もしかして、シェリル・ノームさんと関係がお有り? 娘さんがパイロットって、テレビの対談で仰っていたと思うのだけど」
「初めまして。お会いできてうれしいです。シェリル・ノームは私の母です」
メロディはミュンと握手した。
気を利かせたウェイターがミュンのために椅子を運んできて、三人でテーブルを囲んだ。
「そう…やっぱり、イサムが無茶言ったのね。ごめんなさいね」
メロディが店に来た経緯を話すと、ミュンがとりなした。
イサムはミュンの隣で苦笑しながら女同士の会話を聞いている。
「そうそう、近く、早乙女悟郎さんとレコーディングする予定なのよ」
ミュンが言ったのは、メロディにとって双子の片割れの話題だった。
歌舞伎役者であり、ミュージシャンでもある悟郎は子供の頃から息の長い芸能活動を続けていた。
「ビシビシ鍛えてあげてください。芸能界のサラブレッドと言われている割には打たれ強いヤツなんで。私も今日はイサムさんに鍛えられました」
メロディが笑う。それから目を店の内装に転じた。
「あの写真は?」
壁にいくつものフォトフレームがかかっている。ここのステージで歌ったり、演奏したりしているアーティストの写真だった。
「ここのステージから巣立っていった子達よ。ここ20年で、かなりの人数になったわ」
ミュンは自分自身も歌手活動を続けている傍らで、若い才能に歌う場所を提供していた。今は、歌手としてよりプロデューサーとして知られている。
イサムもミュンも、それぞれの道を歩きながら、寄り添って生きている。
そんな伴侶を、いつか見つけることが出来るだろうか。
メロディは自分を待ち受けている未来に思いを馳せた。

2009.09.19 


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