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シェリルは、今ひとたびグレイスと対峙していた。
シェリル
聞き慣れたグレイスの声は、気持ち悪いぐらいにいつもどおりだった。
「私たちには……フロンティア船団には、あなたが必要なの。もう一度、一緒に仕事をしましょう」
「私は死ぬんでしょう、グレイス。その日が一日、二日延びたところで何が変わるというの?」
ニヒリズムを装った切り口上は、相手の出方を見るために放った言葉のジャブ。シェリルは読みにくいグレイスの表情を読もうとした。
「あなたが、キチンと治療を受けてくれたら、治せる可能性はあるわ。望むなら、サイボーグ化手術も手配できるのよ」
「つまらない取引ね。予想していた答えのうち、一番つまらない選択肢だったわ」
グレイスは少し考えた。
「何をお望み?」
「何も。私は私の欲するものを自分で手に入れる。アンタの手なんか借りなくても十分」
「あら……また熱が出てきたんじゃない?」
グレイスの赤外線視覚には、シェリルの肌が微熱を放っているのを捉えていた。
シェリルは熱くなってきた掌を握りしめた。
「私の本質はアイドル……そう言ってたわね」
「そう。シェリル・ノーム、銀河の妖精の名声は私たちが作り上げたもの」
グレイスが口にした“私たち”には、シェリルが含まれないようだ。
シェリルは唇を笑みの形に歪めた。
「シェリル・ノームのプロデュースは巧くいったけど、ランカちゃんには手を焼いている」
「ええ、正直、困っているの。だから、シェリル……体を壊しているあなたに無理を言って申し訳ないけれど、協力して欲しいわ。ランカさん、シェリルと一緒に歌うと感情指数が安定してポジティブになるの」
「グレイス……アンタはマネージャーとして有能この上なかったわ。だけど、プロデューサーとしては無能もいいところね。ショウビズの大切な部分を理解していないわ」
「あら、何が分かってないのかしら?」
グレイスは困り顔を作って見せた。シェリルがわがままを言うと、いつもこんな顔をして、結局は願いを聞き入れてくれたものだ。
「ランカちゃんのアイモ……あの曲のアレンジを聞かせてもらったわ。何のためにいじったの?」
「それは…フロンティアの人々を勇気づけるための編曲よ」
そう言ったグレイスの顔は貼り付いたような微笑みを浮かべていた。一転して、シェリルの病について告知した時のような、嘲りの滲ませた笑顔に変わった。
「いいえ、言葉を飾るのはやめましょう。ランカさんの感情指数を安定させるためよ」
「あんな歌、バジュラは聴きたがっているの? ランカちゃんは歌いたがっているの?」
シェリルの問は、グレイスの意表をついたようだ。表情が漂白されたように一瞬で消えた。しかし、一瞬後には、貼り付いた笑顔が戻ってくる。
「あなたにバジュラの気持ちが判るのかしら?」
「判らないわ。しゃべったこと無いもの。でも、理解しようとすることはできる。グレイス、アンタがプロデューサーとして無能なのは、全てを数字でしか見ないからよ」
「……」
グレイスは沈黙した。
「この世界で大切なことは、数字で表せない。文字でも書き表せない。感じるしかない」
シェリルは片手で髪をかきあげた。髪の生え際がわずかに汗ばんでいるのが感じられる。熱が上がったのだろう。
「グレイスがシェリル・ノームのプロデュースに成功したのは、アンタが数字を操り、数字で分からない部分を私が感じ取っていたから。私を管理していたからって、私と同じ事がアンタにできるわけ無いのよ」
「道具がよく喋ること」
グレイスの悪態は、シェリルに勝利の感覚をもたらした。
「道具が無くちゃ、お仕事が上手くいかないんでしょう? どっかで探していらっしゃい」
グレイスは身構えた。
「力ずくで事を運ぶのは趣味じゃないんだけど……」
しなやかな肢体を構成する人工の骨格と筋肉が出力を上げる態勢に入った。
その途端、フリーズしたように固まる。
シェリルの背後に舞い降りたのは、ガウォーク形態のVF-25。翼下のパイロン(固定架)に小型指向性フォールド・ウェーブ・アンプを下げている。
「機械の体も大変ね、グレイス」
シェリルはグレイスの額を人差し指で突いた。
飛びかかろうとした姿勢で固まったため、マネキンのように倒れるグレイス。地面で硬質な音を立ててバウンドした。
アンプから放たれる大量のデータがグレイスのフォールド・リンケージの入力機器を飽和させている。
中枢システムは破壊されるのを防ぐため、全ての外部入力を一時的に完全遮断した。
破壊効果はないが、足を止めるには十分以上の戦果だった。
「お仕事頑張って。悪いけど、私には私の仕事があるの」
シェリルは、スカートの裾をVF-25が巻き起こす風になびかせながら背中を向けた。そして、機械腕の掌につかまりタンデム配置の後席に乗り込む。
「いくぞ!」
前席のアルトが叫んだ。
生き残りをかけた作戦が始動する。


★あとがき★
20話で歌姫として復活を遂げたシェリル
そんな彼女が威勢の良い啖呵を切るシーンを見たくて、妄想してみました。

2008.08.22 


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